映像で音楽を奏でる人々 第5回 DA PUMP「U.S.A.」を手がけた多田卓也

映像で音楽を奏でる人々 第5回 DA PUMP「U.S.A.」を手がけた多田卓也

多田卓也

2018年、日本でもっとも話題に上ったミュージックビデオと言えば、多くの人々がDA PUMPの「U.S.A.」を挙げるだろう。1990年代の海外ユーロビートのカバーという、今の時代には一歩間違えば“ダサい”と一蹴されてしまいかねなかった「U.S.A.」という楽曲について、このMVはインパクトのある映像で視聴者に“ダサカッコいい”という新しい楽しみ方を伝えることに成功した。MVは2018年5月にYouTubeで公開されるやいなや大反響を呼び、わずか1週間で100万再生を記録。そして同年10月、この再生数はついに1億回を突破した。

本連載3人目のゲストは、この「U.S.A.」のMVを監督した多田卓也。前編では彼がMV監督としてどのような道を歩み何を考えてきたのかを聞き、後編では「U.S.A.」のMVについて制作の裏側などを語ってもらう。

視聴者にいろんなことを委ねる作品が好きだった

自分で映像作品を作ろうと思ったきっかけは20年くらい前。当時は素人でもDIYでいろいろなカルチャーを作って発信することができる時代になっていて、僕の周りの友だちが、機材を買って家で音楽を作ったり、スケボーしてるところをビデオに撮ったりみたいなことをしていました。それで「自分は何をやってみたいんだろう?」と考えたときに、僕は映画が、もっと広く言えば映像が好きだなと思ったんです。「これがどういう意味なのかは、あなたが自由に肌で感じてください」みたいな、視聴者にいろんなことを委ねる映像作品がすごく好きで。例えばアンドレイ・タルコフスキーの映画って、観る人次第でどうとでも解釈できるじゃないですか。そんな自由さがありながら、しかも映画として成立してて、ロシアから海を越えて日本の僕に届くというボーダレスさがある。それで「こういうものだったら自分でも作ってみたいな」って思ったんです。もちろん「バック・トゥ・ザ・フューチャー」みたいな映画も好きなんですけど、自分にいきなりアレが作れるかと言うと、さすがに無理なので。

なので学生時代は映画研究会に所属して、自主制作でずっと映画を作ってました。ストーリーものではなく、コマ撮りの作品だったり実験映画に近いものだったりでしたけど。当時画期的な性能だったソニーのDCR-VX1000っていうデジタルビデオカメラを買ったので、8mmフィルムとデジタル映像を合わせて何か新しい表現ができないかなと試してみたり。そうこうしているうちに「自分は映像を仕事にしていくな」と思うようになって、映像業界をフラットに見渡しながら、今の自分にやれることはなんなのか考えてみたんです。「テレビ番組ではないだろう」「映画は下積みが長そうだな」みたいに。で、ミュージックビデオ制作はそれまで経験したことがないものだったから、ちょっとトライしてみようと思って、スペースシャワーTVの制作部門から独立したSEPっていう映像制作会社に入社したんです。

MVは無声映画やダンスに通じる表現方法

MV制作の道に進んだ理由は、会話劇じゃない映像を作りたかったというのもあると思います。僕が大学生の頃、ファイト・ヘルマーっていうドイツの監督が撮った「ツバル」っていう映画が単館上映されてて。「ポンヌフの恋人」で有名なドニ・ラヴァンが主演してるんですけど、それがほとんど無声映画だったんですよ。「ツバル」ではセリフがなくても、人物の動きと表情とルックだけで世界観やお話を伝えることができていた。MVっていうのはまさに“セリフが排除された映像”なので、自分にはMVは向いてるんじゃないかなって。あと僕は最近、ダンスもののMVを撮ることが多いんですけど、ダンスってある意味「ボディランゲージでイメージを伝える」という表現なんですよね。体の動きやビジュアルだけで映像を作るというのは、もともと僕がすごくやりたかったことなんです。

ちなみに音楽に関しては、僕は学生の頃ほとんどテクノしか聴いていませんでいた。メジャーどころというか、自分で選ばなくても耳に入ってくるようなものは聴いていなくて。例えば、御茶ノ水のジャニスで借りないと聴けないようなマニアックなものばかり好んでいましたね。その流れでエイフェックス・ツインやSAKANAをよく聴いていました。当時MV監督で言えばクリス・カニンガムが大好きでした。

ただまあ、好きな音楽はテクノなんですが、僕はフリーの映像作家ではなく会社員としてキャリアがスタートしているので、「仕事として関わる音楽」に対して自分からいいとか悪いとか感じることはまったくありません。映像を撮らせてもらえるならなんでもやりますし、それがバンドだろうがアイドルだろうが声優さんだろうがすごくフラットに音楽を聴いていて、「もらった曲の尺の中で、ミュージシャンとクライアントが伝えたいことにハマる映像ってなんだろう」ということを一番に考えています。もちろん音楽を聴くのは大好きですし、撮るアーティストについてはかなり調べてものすごく詳しくなってから撮影してますけどね。MVについては、求められたものに対して最大限努力しつつ、自分の趣味もちょっとは入れられたらいいなって感じ。だから僕には、あんまり作家性というものはないです。

僕は自己プロデュースみたいのがあんまり得意ではなかったし、裏方気質なところがあるんですよね。でもMVって結局ミュージシャンのものなので、あんまり監督が前に出るべきではないと思うんです。だから僕が作ったMVを観てくれた人の中で、本当に映像が好きで自分も作りたいって人には「誰が作ってるんだろう?」って気にしてもらえればと思いますけど、9割の人は気にしなくていいことだと思ってます。

MVにはドキュメンタリーという側面もある

MVの監督をお願いされるときは、ものすごく突飛な企画をやってくれって言われることもあります。「曲の内容を無視してでも話題になるようなものを作ってほしい」とか。でも、押さえておかなくちゃいけないフォーマットっていうのがあるんです。例えば、アイドルを撮るときはまず全員の顔を見せなくちゃいけない。そしてこの曲のために作ってきた振り付けを見せなきゃいけない。プラス、今の彼女たちの立ち位置やメンバーの関係性を視聴者に伝えなければいけない。アイドルのMVって、それまで練習してきた歌唱やダンスを披露する場なんで、ダンスは漏れなく全部のアングルから撮れるようにしておくんです。一方でイメージシーンは、1個1個の仕草まで全部決めたりしないで、ハンディカメラであえてラフな映像を撮ったりしてます。大勢でワイワイしてるところを撮ると、そのときのお互いの関係性が出てくるんですよ。もう1つ大事なのが、エフェクトなりを使って視聴者の目を1度殺すこと。同じテンションの映像が続いてると観ていて飽きちゃうものなんですけど、強度のある映像を入れて1回ショックを与えると、またオーソドックスな画に戻しても新鮮なものとして観続けることができるんです。演奏シーンとかダンスシーンがあるMVには特に有効なフォーマットかなと思います。

映像のクオリティにもよるんですけど、1曲5分の尺を1日で全部絵コンテ通りに撮るのって、正直無理なんですよ。5分間で使うための納得いくだけの素材を、すべてアングルを決めて撮るってなると、1日じゃ時間がどうしても足りない。例えばダンスや歌を見せるMVだと、踊り方や歌い方には絵コンテはないので、撮ったものがどう仕上がるかっていうのは、アーティストのその日のコンディションにもよるし、実際につないでみないとわからない。その瞬間を切り取ってるっていう意味では、MVにはドキュメンタリーっぽさがすごくあると思います。特にアイドルなんかは、短期間にどんどん成長していくから、その時々の記録をしているという側面もありますしね。

「どこまで攻めても大丈夫か」と「それをクライアントは求めているのか」

いろんなタイプのMVを作ってきたから、なんでもできる人だって思われてる部分もあるのかもしれませんが、もともとはそんなになんでも作れるタイプじゃなかったんです。鍛えられたってだけで。でも同じように監督をやってる後輩には「好きなことがあるなら、なんでもはやんないほうがいいよ」って言ってます(笑)。自分に作家性が付けられるなら、それは幸せなことなので。ただ、MVの世界は本当に日々進化しているので、ちょっとでも気を抜いたら置いてかれちゃう。だから若い子はどんどん作るべきだとは思います。MV監督として活躍している人たちは、みんなものすごい数を作ってます。数が多すぎて、何をやってる人なのか説明できない僕みたいな人は多いと思います。と言うか、数をやらないで成立する職業ではないんですよね。

とは言え、こんだけ撮ってもMVのことはまだわかんないですね。仕事をこなしているうちに、やっぱりある程度の型ができちゃうんですけど、「こういうふうに撮っときゃいいでしょ」みたいに流れに乗って楽をすることは、なるべくしないようにしようと思ってるんです。チャレンジしなくなったら終わりなんで。もちろん仕事なので、言われた通りのものを作れることも大事です。だから企画書をもらった時点で「どこまで攻めても大丈夫か」と「それをクライアントは求めているのか」を見極めながらチャレンジすることが重要なんですよね。

<つづく>

取材・文・構成 / 橋本尚平  撮影 / 梅原渉

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