日々創作と向き合い、音楽を生み出し、世の中に感動やムーブメントをもたらすアーティストたち。この企画は、そんなアーティストたちに、自身の創作や生き方に影響を与え、心を揺さぶった本についてを紹介してもらうものだ。今回は小説家としても活動している黒木渚が、不気味さや哀愁、カオティックな雰囲気が漂う3作を紹介してくれた。
01. 「青梅雨」(新潮社)
著者:永井龍男
“主人公への信頼”が揺らぐ不気味さ
青梅雨は13の話を集めた短編集です。私は青梅雨に収録されている「私の目」「快晴」をとても気に入っています。この2つの話は続きものになっていて、主人公の“私”が磯崎家の葬式と、翌日の火葬に参列する話です。一人称で物語が語られるとき、私たち読者は主人公を信頼し、彼の発言を信用に足るものとして話を聞きます。しかし、この2つの物語が進むうちにその信頼はだんだんと疑わしいものになってゆくのです。その不気味さが新鮮で好きです。
02. 「象牛」(文芸誌「新潮」2018年10月号掲載)(新潮社)
著者:石井遊佳
象牛というメタファーが放つカオティックな魅力
毎月、いろんな文芸誌を手に取るのですが、最近読んだものの中でもっとも心に残った作品です。インドを舞台に描かれる群像劇なのですが、そう簡単にまとめてしまうのが申し訳ないほど豊かな物語です。破天荒なインド研究者である片桐教授に公私共に振り回されている女性が、教授を追いかけてインドまで来てしまいます。人種や文化や宗教のごった煮であるインドの描写、そしてそこで見かける“象牛”という謎の生き物。「象でも牛でもない。合いの子でもない。象のような鼻に、牛のような体つきと間のびした顔」作品の中で象牛の生態が詳しく描かれるほど、これは一体何のメタファーなのだろうと考え込まずにいられないカオティックな魅力を持った作品です。
03. 「斜陽」(新潮社)
著者:太宰治
人間は恋と革命のために生まれて来たのだ
言わずと知れた太宰治の有名作。貴族の家庭が落ちぶれてゆくさまを描いた作品です。最後の貴婦人であるお母様の上品な立ち振る舞いや、世間知らずな娘のかず子が恋に焦がれる様、麻薬に溺れた弟直治の独白など、随所に哀愁があふれています。私は、もっとも印象的な「人間は恋と革命のために生まれて来たのだ」という、この1文のために斜陽が書かれたのではないかと思っています。そしてその通りだと思います。