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青野賢一のシネマミュージックガイド Vol.17 バッファロー'66

「バッファロー'66」場面写真(c)LIONSGATE FILMS 1998
約3年前2021年01月29日 10:05

DJ、選曲家としても活躍するライターの青野賢一が毎回1つの映画をセレクトし、映画音楽の観点から作品の魅力を紹介するこの連載。今回は本日1月29日に東京・渋谷のWHITE CINE QUINTO(ホワイト シネクイント)をはじめとした映画館で再上映がスタートした「バッファロー'66」を取り上げる。1999年7月に東京・渋谷のパルコ Part 3にあったシネクイントのオープニング作品として封切られ、ヴィンセント・ギャロが初監督、主演、脚本、音楽を務めたこの作品の音楽的な魅力とは。

文 / 青野賢一

若者の心を揺さぶる音楽

今回ご紹介する「バッファロー'66」は、1999年7月に日本で初公開された作品。当時、東京・渋谷のパルコ Part 3にあったシネクイントのオープニング作品として上映され、34週にわたるロングランヒットとなった。そのあたりの時代を思い返してみると、1996年に東京・シネマライズで上映された「トレインスポッティング」が大ヒットし、渋谷のいわゆるミニシアターが盛り上がりをみせていたのを覚えている。それ以前から渋谷には例えば、桜丘町にユーロスペースがあったが、どちらかといえば渋好みのシネフィル向きセレクションで、90年代後半の宇田川町界隈で盛り上がっていたミニシアターのようにユースカルチャーと結びついて爆発力を持つことはなかった。「バッファロー'66」と「トレインスポッティング」は、音楽が重要かつ印象的であり、そうしたところが当時の若者の心を揺さぶり、大きなうねりを生み出した要因の1つだったと思われる。実際、いずれのサントラ盤もヒットを飛ばしていた。

消え入りそうなボーカルの「Lonely Boy」

「バッファロー'66」は、ヴィンセント・ギャロの初監督作品であり、また主演、脚本、音楽も自ら務めている。物語は、ギャロ扮するビリーが雪の降る中、拘置所から出所するシーンで始まる。が、その前にオープニングシークエンスがあり、そこで映し出されるのは7歳のビリーが飼い犬のビンゴを抱いている写真である。バックに流れる曲は、ギャロによる「Lonely Boy」。音数少なくメロディを奏でるギターに、消え入りそうなボーカルが重なる、郷愁と切なさや悲しみが入り交じった曲だ。

タイトルに続いて、先に述べた出所シーンとなる。カメラは、1人ポツンとベンチに腰掛けて町へ向かうバスを待つビリーを少し離れた位置から捉えているが、そこにビリーの記憶と思しきさまざまな映像がオーバーラップして、現在のビリーを覆ってしまう。ピアノによる物悲しく重々しい音色の曲「A Cold And Grey Summer Day」が、観ているこちらの気まで滅入らせるように響く。最終のバスに乗り、故郷であるバッファローに戻ってきたビリーは、トイレを借りるためにダンススタジオに入り込み、そこでレッスンを受けていたレイラ(クリスティーナ・リッチ)から小銭を借りて、実家に電話をかけた。ビリーは服役していたことを親に伝えておらず、結婚して政府の仕事で遠方に行っていた設定にしているのだが、この電話で実家に妻を連れて行かねばならなくなる。そこでビリーは妻役を演じてもらおうとレイラを無理矢理さらった。

King Crimson「Moon Child」に乗せて

レイラを連れて実家を訪れたビリーだが、ここでの両親とのやり取りから、ビリーがどれだけ“Lonely Boy”だったかがわかる。母(アンジェリカ・ヒューストン)はアメフトのチーム・バッファローに夢中で息子のことなど眼中になく、父(ベン・ギャザラ)は子供時代のビリーの愛犬ビンゴを捨てた(本人は「消えたよ」と言っているが)。レイラはビリーが両親からの愛を受けずに大人になったことを知り、またその後に行動を共にする中でビリーの繊細な面や優しさに触れて、愛情を抱くようになる──。

ストップモーションやオーバーラップといった映像表現も用いられる本作は、まるで長尺のミュージックビデオのような印象である。また長回しでなく細かくカットを割っているせいか、2時間近くの長さを感じさせないドライブ感があるのも特徴と言えるだろう。全編通して音楽的なノリがあるのである。そうした音楽的な側面がひときわ強調されているのは、子供の頃からボーリングの名手であるビリーが、レイラと共にボーリング場に行き、レイラがKing Crimsonの「Moon Child」に合わせてタップダンスを踊るシーンだろう。ミュージカルの一幕のようなこのシーンは、同時に不思議なユーモラスさを醸し出している。

ヴィンセント・ギャロのクリスマスコンサート

ユーモラスといえば、本作の中でもとびきり美しい、ビリーとレイラがモーテルのベッドに横たわるシーンに、スタン・ゲッツの「I Remember When」という最高にして甘々な曲を当てるという照れ隠しのような過剰演出的ユーモアにも思わず笑みがこぼれる。また、心情描写という点では、ビリーが拳銃を携えてストリップ小屋を訪れるシーンに用いられているYes「Heart of the Sunrise」は、性急なビートが彼の高鳴る心臓、はやる心とシンクロしていて実に秀逸な選曲である。

ところで、話はやや飛ぶが、この映画が公開された2年後、2001年のクリスマスに東京・Bunkamuraオーチャードホールで行われたヴィンセント・ギャロのコンサートは、ステージ上に電飾をあしらった雪だるまとクリスマスツリーを置き、ほとんど正座した状態のギャロと2人のサポートメンバーが演奏をするというものだった。「バッファロー'66」でも聴かれるような、シンプルで音数の少ない楽曲ばかりで心地よい郷愁のある本編が終わり、アンコールでは、ステージ上に大きな円卓が現れた。その上に水着と思われる衣装の女性が横たわり、さらに円卓がゆっくりと回転して、思わず「え?」となったのをよく覚えている。笑うところなのかなんなのか、真意をつかみきれずに「え?」と思ったのだが、しかし次第にそれが柔らかな多幸感へと変化していったのは不思議な感覚であった。今回、このテキストを書くにあたり、改めて「バッファロー'66」を観て、シリアスなシーンに突如現れる「え?」という要素、ちょっとしたユーモアが悲しさを引き立てつつも最終的にほほえましい幸せにたどり着くことを再確認しつつ、あのコンサートのアンコールのことを思い出したので、最後に記してみた次第である。

「バッファロー'66」

日本初公開: 1999年7月3日
監督・脚本・音楽:ヴィンセント・ギャロ
脚本:アリソン・バグナル
出演:ヴィンセント・ギャロ / クリスティーナ・リッチ / アンジェリカ・ヒューストン /ベン・ギャザラ / ケヴィン・コリガン / ロザンナ・アークエット / ミッキー・ローク / ジャン=マイケル・ヴィンセント ほか
配給:ライオンズゲート・フィルムズ