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小さなライブハウスの挑戦 第6回 業界全体が幸せになるために必要な変化

約5年前2019年03月30日 10:06

既存のライブハウスの在り方や音楽シーンに対しての反骨精神を原動力に、自身が店長を務める下北沢THREEからさまざまな発信を続けるスガナミユウ。「反骨精神でやれることはやり切った」と振り返る2018年を踏まえて、彼の2019年のテーマは「場所の活用」「これまでと今の下北をつなぐ」「みんなが幸せになれることをやる」の3つに集約されていった。新年度が始まる4月に向けて、これらについて聞いていった。

場所がある強み

下北沢THREEでは、昨年からチャリティを目的としたドネーション制イベントをメニューに組み込んだり、ミュージシャンやDJの結婚パーティに店を貸し出すなど、「場所の活用」「人が幸せになれること」を意識した施策が行われてきた。また5月に東京・LIQUIDROOMで“今と今までの下北沢をつなぐ”をテーマにしたライブイベント「FEELIN'FELLOWS 2019」にSLITSの元代表の山下直樹氏をDJとして招聘することが決まっており、「これまでと今の下北をつなぐ」ための種まきも行われている。これらを踏まえると、2019年度のスガナミのテーマはすでに実践に移されつつあると言えそうだ。

「昨年はドネーション制のイベントを数多く打ちました。災害が起こったり、先輩や仲間が病気になったり、知り合いの店がピンチだったり……そんなときに自分たちで能動的にサポートしたいと思った場合、自分たちの立場から何ができるのかを考えた。その結果がドネーションプランの制定でした。それを起点として、人の幸せのために“場所”を有効活用することに目を向け始めたんです。結婚パーティもその一環ですね。結婚パーティっていいですよね。バッドなバイブスもないし、当たり前だけど差別も揉めごともない。”絶対に安全な場所”みたいな感じで」

とりわけドネーションプランの制定について、スガナミは「有事の際、場所があるのは強みだと感じています」と手応えを感じている様子。例えば昨年10月にはTHREEで個人向けのチャリティイベントが行われたが、当日は店からあふれるほどの来場者が集まった。前回スガナミが語った「今では、“ここはライブハウスだ”って気持ちはない」という言葉は、これらの施策から得た手応えがきっかけになっているようだ。

「個人やバンド、クラブや被災地など対象はさまざまでしたが、それぞれ多くの募金や物資が集まりました。それらを通して、人が集まる場所だからこそできることがあるって痛感したんです。やっぱり場所があるとスピーディに人が集められるし、しかもここは音楽が鳴る場所だから、お客さんはイベントを楽しみながら違和感なく募金や寄付に参加できるのがいい。”場所を生かして人の助けになれることを”という現在のモードは、昨年の一連の施策を踏まえて整理されていったものだと言えるでしょうね」

ブッキングの方向転換は正しいことなのか?

2019年のモードについて話を掘り下げていくと、「みんなが幸せに」という思いは店の外側にのみではなく、業界全体やスタッフにも向けられているようだ。多くのライブハウスやクラブが閉店を余儀なくされたり、店の方針転換を迫られているような業界の状況の中で、スガナミは「時代にマッチした雇用環境にしなければ、業界に未来はない」と感じている。いわく「現場のスタッフはそれほど儲かるものではない」という現状にありながら、いかにスタッフたちのモチベーションを維持し、なるべくよい雇用環境にできるか。業界の慣例や規定まで考えなければなかなか策が見出せない根深い問題に対して、危機感を募らせている。

「業界的に経営難が表層化している現状を踏まえて、それでも店を文化的、発展的に続けていくために、ビジネス形態自体をモデルチェンジさせる必要があるんじゃないかと思っています。っていうのも、先日人から聞いたんですけど、経営難によって、アイドルイベントがスケジュールの半分以上を占めるハコも少なくないって。もちろんアイドルやアイドルイベント自体が悪いわけではないんですよ。ただライブハウスを発展的に続けていくことを考えたときに、ハコ全体のブッキングの方向性をいきなり変えてしまうような判断は正しいことなのかと考えさせられました」

スガナミが危機感を抱いているのはもちろんアイドルがライブハウスに進出していることではない。やむなく店のブッキングの色や方針を転換しなければ売り上げが確保できない店が増えているという状況だ。

「意義深いアイドルイベントもたくさんあることが前提で話しますけど。ライブハウス側には、当面の売り上げという面でアイドルに出演してもらうメリットはあるかもしれません。それに今はアイドルの枠を超えてクロスオーバーしていっているグループもたくさんあります。でも純然たるアイドルグループはいろいろな場所で活動ができているわけですから、そのライブハウスじゃなければいけない理由がそれほどあるわけではない場合も多いですよね。そう考えると店を続けていくうえで、彼女たちにいつまで店を使ってもらえるかわかりませんよね。さらに言えば、そういうライブハウスで働いているスタッフたちの中にも、本当はバンド物のイベントをメインでやりたい人がいるんじゃないかな」

賃金も含め、業界自体の健全化を進めなければならない

ライブハウスやクラブで働くスタッフたちにとって、自身の仕事に文化的な価値を感じられることは重要だ。ゆえに極端な店の方針転換は、スタッフたちのモチベーションにも影響していく。

「個人的にもやっぱり楽しんで働けないとつらくなると思うし、仕事とはいえ、好きな人が好きなことをやらないとヘルシーじゃないですよね。そう考えると、『これだけやっていてください』って言われて不本意な仕事をしていても、淀んでしまう。だから店側はシビアにビジネス的な視点を持ちながらも、スタッフたちが気持ちよく働けるように店を作る、そんなバランス感覚が必要だと感じています。その点では、幸いTHREEにはやりたいことがあって、それを仕事として実現しようとしてくれるスタッフが集まってくれていて。そこは本当にありがたいですね」

そしてスタッフのモチベーションについて考えたとき、切っても切り離せないのが賃金や生活について。経営と現場の間にいるスガナミはライブハウス業界の状況を踏まえ、思いを明かしてくれた。

「現実的に人にお金をかけることも大事です。人にお金をかけることができる仕組みを作っていかなければ、この業種自体が持たないんじゃないか。今、本当にそれを強く感じています。ライブハウスって、毎日誰かがイベントを考えてブッキングして、興行を打って、それで僕らは食べている。つまり0を1にするのは人なんです。だから全体的にライブハウススタッフが一般的な、年相応の人生を送れる賃金を得られるとか、時代にマッチした雇用環境にしていかなければならない。子供ができたり40代になっても続けられる仕事にしなければならないなって。これは業界自体の命題っていうか、これまでおざなりにしてきた部分だと思うんですよね。経営と現場が交渉して、現実的なラインを模索できるような構図を作れたらいい。そういった健全化を進めるべきだし、その意味で業界自体がモデルチェンジを迫られていると思うんです。これはすぐに自分でどうこうできることではありませんが、何かしらの形で提案をしたり、発言していくことが大事だと痛感しています」

取材・文 / 加藤一陽(音楽ナタリー編集部)