クリープハイプ新アルバムのライナーノーツを芥川賞作家・遠野遥が執筆

クリープハイプ新アルバムのライナーノーツを芥川賞作家・遠野遥が執筆

クリープハイプ

クリープハイプが12月8日にリリースするニューアルバム「夜にしがみついて、朝で溶かして」のライナーノーツが公開された。

このライナーノーツは、2020年に小説「破局」で第163回芥川龍之介賞を受賞し、来年1月に芥川賞受賞第1作となる初長編「教育」を刊行する遠野遥が手がけたもの。また歌詞検索サービス「歌ネット」では、ニューアルバムに収録される全楽曲の歌詞が先行公開されている。こちらも合わせてチェックしよう。

遠野遥 ライナーノーツ

常に現実を正面から受け止めようとするとボロボロになるから、そんなことはしなくていい。しかし、いつも現実から目を背けてばかりいると結局自分が痛い目を見ることになるから、上手いこと折り合いを付けてやっていったほうがいい。折り合いの付け方はそれぞれだが、「夜にしがみついて、朝で溶かして」の場合は言葉遊びを用いることで現実に対処していると感じた。
「もう何もかも振り切るスピードで」という歌詞で一気にアクセルを踏み走り抜けていくようなサビが印象的な06「しょうもな」はドラマ「八月は夜のバッティングセンターで。」のオープニングテーマでもある。「キスしたらスキ」「まさか逆さま」などの言葉遊びを繰り返した後で「これまだやるのだから言葉とは遊びだって言ってるじゃん」とあるが、言葉遊びは01「料理」から15「こんなに悲しいのに腹が鳴る」までほとんどの楽曲に盛り込まれている。尾崎にそのような意図はないだろうが、歌詞を全曲通して読んで想起したのは太宰治の「人間失格」だった。執拗に言葉遊びを続ける尾崎が必死の思いで道化を演じ続ける主人公の葉蔵と重なったのだった。
また、02「ポリコ」を聴いて思ったのは、相手を傷付けたり、見下したりするのが目的としか思えないようなやり方で「正しさ」を振りかざす人々の醜悪さだ。自分を律したり、社会をより良い方向に変えていくために正しさを追い求めるのはもちろん素晴らしいことだが、あの人は正しくないからという理由で誹謗中傷したりしてもいいかというとそんなことはない。というようなことをまず考えたが、「ポリコ」からは自分の外部へと向かう苛立ちのほか、自分に向かう苛立ちも感じられ、解釈の幅のある楽曲だと思った。
09「ナイトオンザプラネット」はアルバム制作の発端になった楽曲であり、「夜にしがみついて、朝で溶かして」というタイトルもこの曲の歌詞から来ている。アルバムの軸であると同時に、iPhoneでドラムの音を録るなど大胆な試みもあり、ノリやあえて特徴を抑え話しかけるような歌い方などから、クリープハイプの新境地を感じる。
着想の源になったとされる映画「ナイト・オン・ザ・プラネット」は、ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキを舞台にタクシードライバーと乗客の人間模様を描いたジム・ジャームッシュ監督によるオムニバス形式の作品。歌詞に「今もあの花のとなりでウィノナ・ライダーはタバコをくわえてる ライターで燃やして一体何本吸った」とあるが、ウィノナ・ライダーは、ロサンゼルスのタクシードライバーを演じていた女性の役者だ。当初タクシードライバー役を想定していた男性が出演できなくなり、代役として出演したという経緯がある。
もしウィノナ・ライダーが「ナイト・オン・ザ・プラネット」に出演していなかったら、クリープハイプの「ナイトオンザプラネット」も全く違った楽曲になっていたのかもしれない。この歌詞の登場人物には全く違うストーリーがあったかもしれないし、そもそも「ナイト・オン・ザ・プラネット」が尾崎に届くことさえなかったかもしれない。何かが少し違っていただけで現在は全く違うものになっていたのだろう、ということをこの楽曲を聴きながら考えた。
2022年には、この楽曲を受けて松居大悟監督による映画「ちょっと思い出しただけ」の公開が予定されているという。「ナイト・オン・ザ・プラネット」から「ナイトオンザプラネット」が生まれたように、今度はこの映画から影響を受けた音楽や物語が生まれたりもするのかもしれない。
13「モノマネ」は2020年公開の映画「どうにかなる日々」の主題歌でもあり、2009年に発表された「ボーイズ END ガールズ」の続編にあたる楽曲だという。YouTube には尾崎がコインランドリーでギターを抱えて「ボーイズ END ガールズ」を弾き語る2009年公開の動画が残っている。2020年に公開された「モノマネ」のMVと対比させて観るのも感慨深いかもしれない。
1番のBメロで左側から聞こえるギターを右のギターが追いかけ、「何から何までそっくりだった」で二本のギターが重なるのも一種のモノマネということだろうか。歌詞の中に登場する、同じ家に帰り同じテレビを見て笑っていた幸福そうな二人の関係はその後、「どこにでもある毎日が 今もどこかで続いてるような 気がして 探して」、「今更泣いても酷いモノマネだな」とあることから終わってしまったと思われるが、序盤の「それから体 洗い流せば おんなじ匂い 嬉しくなって でもその分 小さくなる石鹸」が既に別れを示唆していたとわかり切ない。
全体として、これまでのクリープハイプの楽曲と比べ弾かない部分や叩かない部分が増し、夜に静かな部屋でじっくりと何度も繰り返し味わいたくなるような、良い意味で余白のあるアルバムになっていると感じた。これまでの作品との連続性を感じさせる部分がありながらも随所に新しい試みがあり、その塩梅が心地いい。

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