追悼・三遊亭円丈、「恋のホワン・ホワン」に隠された時代の必然性

追悼・三遊亭円丈、「恋のホワン・ホワン」に隠された時代の必然性

三遊亭円丈「恋のホワン・ホワン」オリジナル盤ジャケット(写真提供:中村俊夫)

昨年11月30日、落語家の三遊亭円丈が76歳で亡くなった。「古典落語こそが落語である」という価値観が落語家のみならずファンの間でも支配的だった1980年代に、円丈は「悲しみは埼玉に向けて」や「グリコ少年」など現代的な新作落語を次々と創り出し、同世代の桂文枝のみならず、春風亭昇太、柳家喬太郎ら後進の落語家たちに大きな影響を与えた。当代きっての講談師である神田伯山も、自身のラジオで円丈を「僕の大好きな落語家さん、新作落語の大天才」と語った。

円丈の功績はまだまだ書き足りないが、そもそもなぜ音楽ナタリーで落語家の話をしているかというと、円丈が1981年にリリースしたシングル盤「恋のホワン・ホワン」がカルト的な人気をいまだに持ち続けているからだ。モッズスーツでギターを抱える円丈の姿が印象的な、レコードディガーであれば1度は目にしているであろうポップなジャケット、落語家がニック・ロウの「Cruel To Be Kind」を日本語でカバーするという企画意図のちぐはぐさ、そして円丈の破壊力抜群のボーカル。そんな好事家のツボを刺激する「恋のホワン・ホワン」はいったいなぜ作られたのか。制作を担当したディレクター中村俊夫氏に話を聞き、その謎を解き明かすとともに、苛烈な落語家人生を送った鬼才に哀悼の意を表したい。

取材・文 / 張江浩司

実験的な落語家が出会ったレコードという「実験場」

「恋のホワン・ホワン」はひと昔前まで数万円のプレミアが付き、過去に2度リイシューされたほどの人気盤だが、これが三遊亭円丈の「リハビリテーション」というアルバムからのシングルカットだということはあまり知られていない。中村に円丈のアルバム制作を持ちかけたのは音楽評論家の大鷹俊一だという。

「大鷹さんは円丈師匠のブレーンだった方と飲み友達だったそうで、『円丈に何か面白いことをさせたい』という話になったそうなんです。それで『じゃあレコードでも出してみようか』となって、当時トリオレコードでディレクターをしていた私に声がかかったんです」

当時の円丈の状況を補足すると、1978年に真打ち昇進した直後に師匠である三遊亭圓生が主導した落語協会分裂騒動に巻き込まれ、落語界の最大派閥である落語協会を脱退。「リハビリテーション」が制作されたのは、79年に圓生が逝去したことを受けて、80年に落語協会に復帰した翌年のことだ。この数年間の紆余曲折に関しては円丈の著書「師匠、御乱心!」に詳しく、圓生への愛憎や、兄弟子である五代目三遊亭圓楽との確執などがものすごい筆圧で書かれているので、ご興味を持たれた方はぜひご一読いただきたい。騒動を経て落語協会の本道から外れる結果になり、新作落語で勝負していくと決意した円丈は、落語界でのし上がっていくために、落語の高座以外にも活躍できる場を模索していたのではないだろうか。今なら「YouTubeでもやってみますか」となりそうなところだが、当時は「レコード」がフットワーク軽く実験的な表現ができるメディアであったということだろう。

「あの頃は特約店との兼ね合いもあって、レーベルは毎月一定数のタイトルをリリースする必要があったんですね。なので、企画性の高いレコードもリリースしやすかった。今だとなかなか難しいでしょうね。落語家のレコードというと落語を録音したものがほとんどですけど、円丈師匠はそういうものは作りたくないと。ちょうどYMOとスネークマンショーの『増殖』がヒットしていたので、ああいったギャグと音楽がコラボレートしたイメージのものにしようと思いました。円丈師匠はタモリさんのレコードなんかも意識していたかもしれないですね」

打ち合わせを重ね、レコードの特性を生かした「耳で聴いて面白い」新ネタを円丈が書き下ろし、その間を音楽でつなぐ構成が固まってきた。

「構成が決まったあたりで、『せっかくだから円丈師匠にも歌ってもらおう』ということになって、大鷹さんがニック・ロウのカバーを提案してくれたんです。円丈師匠は、特に音楽にはこだわりがなかったようで賛成も反対もなかったですね。The Rolling Stonesのロゴ(タンロゴ)を羽織に縫い付けて高座に上がっていましたが、あれも洋楽好きだからということではなく、型破りなことの象徴としてストーンズを選んでいたみたいです(笑)」

大滝詠一、チャック・ベリー、パンダ……?

「Cruel To Be Kind」をカバーするにあたって、中村には試したいアレンジがあった。

「僕はフィル・スペクターが大好きで、彼のウォール・オブ・サウンドを再現するようなレコードを作ってみたかったのですが、会議でフィル・スペクターと言っても当時はなかなか伝わらなかったんですね。でも、この年は大滝詠一さんの『A LONG VACATION』が大ヒットしたので、『大滝さんみたいな感じです』のひと言でわかってもらえるようなった(笑)。さっそく、原めぐみというアイドルのシングルでウォール・オブ・サウンド的なアレンジを試して、そこで培ったノウハウを『恋のホワン・ホワン』にも生かしたんです」

シングル盤のジャケットでは、リッケンバッカーのギターを抱えた円丈がダックウォークをキメているが、これは81年のパルコのCMにダックウォークをするチャック・ベリーのビジュアルが使われていたことに由来するそうだ。B面に収録されている「恋のリハビリテーション」がロカビリー調なのも、当時Stray Catsに端を発するネオロカブームが来ていたから。現在の感覚で作品だけを聴くとチグハグに見える取り合わせも、紐解いていくと時代的な必然性があったことがわかる。そして、インパクト抜群のタイトルにも実は時代性が隠されていた。

「日本語詞をお願いした有川正沙子さんは、寺尾聰さんなんかの作詞で売れ始めていた作詞家さんだったんですけど、その前はあるレコード会社の洋楽宣伝部に所属していて、僕も大鷹さんもよく知ってたんです。できあがった歌詞をみたら『ホワン・ホワン』ですからね(笑)。『どういう意味?』って聞くのも野暮なんで本当のところはわからないですけど、80年に上野動物園に来たパンダの名前が『歓歓(ホァンホァン)』なんですよ。おそらく、そこから来てるんじゃないかな」

まさかパンダが出てくるとは思わなかったが、この愛らしい語感とスウィートな歌詞は一度でも聴いたら頭から離れない。“CHILDISH TONES feat.宇佐蔵べに”として「恋のホワン・ホワン」をカバーしている宇佐蔵べには、この曲と歌詞の魅力をこう語る。

「『恋のホワン・ホワン』は、CHILDISH TONES feat.宇佐蔵べにとしての初めての作品でした。『これをカバーするよ』と伝えられ、聴いてみてびっくり。こんなファニーな歌い方、歌えるかな……!?とドキドキでしたが、師匠は師匠、私は私なりの歌い方ということで、当時10代だった無垢な?歌声で、ピュアな歌詞を歌いました。今でもライブで歌うたびに、いい歌詞だなーと思いながら歌っています。『ずっと君を守ってあげるよ』の部分のメロディも歌詞も大好きです」

宇佐蔵もたじろいだ円丈の唯一無二のボーカル。レコーディングも一筋縄ではいかなかったようだ。中村が当時の様子を振り返る。

「いざマイクの前に立ったら、円丈師匠はどこから歌い出せばいいのかわからなかったみたいで。ヘッドフォンをした師匠の隣に僕が立って、楽譜を指で追いながら肩を叩いて合図を出しました。だから歌い出しが微妙に遅れてるんです。そうやって11テイクくらい録って、それを当時最先端のハーモナイザーという機材で修正してできあがりました。円丈師匠には失礼ですけど、このレコーディングを乗り越えたおかげで、どんなに歌唱力に難がある人のディレクションもできるようになりました(笑)」

山下達郎の紹介で“再発見”され復刻が実現

アルバム「リハビリテーション」には、誰もが知っている古典的な小咄をモールス信号で録音した「モールス小咄」、北関東の悲哀を毒気と一緒に詰め込んだ「悲しみは埼玉に向けて」にも通ずる「原宿予報」、どこまでが台本通りなのか判然としない「早口ことば」など、さまざまな手法を用いたナンセンスギャグの数々が収録されている。

「師匠にとっては、『恋のホワン・ホワン』はおまけみたいなものだったので、ギャグよりもこっちに注目が集まっているのは不本意かもしれないですね。黒歴史というか(笑)」

「耳で聴いて面白い」というコンセプトを追求したため、本作のネタレコーディングは実際に録音したものを確認し、納得できずに修正して再録音を繰り返して、歌の何倍も時間がかかったそうだ。「リハビリテーション」も昨年CDでリイシューされたので、ぜひ実際に聴いてみてほしい。

こうしてアルバムも完成し、プロモーションのために「恋のホワン・ホワン」がシングルカットされることが決定。落語家のレコードということでノベルティの手ぬぐいが関係者に配られたり、六本木のディスコで発売記念パーティが行われたりした。しかし、宣伝の甲斐なくアルバムもシングルもセールス的には振るわず、特にシングルは600枚程度の売上で終わってしまう。本作は84年のトリオレコード閉鎖に伴って長らく廃盤になるが、雑誌「リメンバー」などで取り上げられ徐々に再評価されていき、2008年に山下達郎が自らのラジオ番組「サンデー・ソングブック」で取り上げたことがきっかけとなり翌2009年に1度目の復刻。そして、発売から40年が経った昨年の「RECORD STORE DAY」で2度目のリイシューとなった。

「何度も形にしてもらえるのはうれしいですね。単に『懐かしい』だけじゃない、ポップスとしての芯がこの曲にあるからずっと面白がってもらえるのかなと思います。そこに円丈師匠の個性的な歌が加わって、時代が新しくなっても常に魅力があるんじゃないでしょうか」

最後に、このレコードをリアルタイムで手にした数少ない1人であり、「円丈チルドレン」の1人でもある春風亭昇太からの熱いコメントで、この記事を締めくくりたい。

「大学生の頃、大ファンだった三遊亭円丈師匠がレコードを出したというのでカセットテープとレコードを購入。その中で流れる『恋のホワン・ホワン』は円丈師匠の迫力ある落語の高座とは裏腹の棒読み歌唱で、癒されてニヤニヤしながら聴いてました。いつの間にか耳にこびり付いていた『恋のホワン・ホワン』は、落語家が歌わなきゃと六角精児くんたちと組んでいるグループサウンズバンド、ザ・フルーツで歌ってから、今でも六角精児バンドのゲストでリクエストされて歌っていて、歌うたびに『お、べいび~』のところで三遊亭円丈師匠を思い出しています。そして、これを読んでいる音楽好きの皆さん。この曲だけ聴くと色物的な落語家像を思い浮かべると思いますが、円丈師匠が落語史に残る革命的な創作落語家であったことだけは押さえておいてください」

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