アーティストが特にお気に入りの楽器を紹介するこの企画。今回はチップチューンアーティストのTORIENAが登場。音源制作でもライブでも手放せないという愛用のゲームボーイの魅力を語ってくれた。
初代には荒っぽさ、大胆さがある
チップチューンは、ゲームボーイなどの小型ゲーム機や古いパソコンの音源チップを使って作曲された楽曲のことです。最近はDTMでチップチューン的な音楽を作っている方がすごく多いので、チップ音源じゃなくても、そこにリスペクトをしたり、それからインスピレーションを受けて作られた音楽もひと括りにしてそう呼ばれることもありますね。
私はもともとベースギターをずっとやっていて、低音がすごく好きだったんです。中学の頃からはテクノがすごく好きになり、Daft Punkあたりから入って、Kraftwerkとか、WARP Recordsの作品とかをすごくいいなと思うようになっていきました。大学生になると自分でもテクノを作りたいと思って、DAWソフトのSTEINBERG Cubaseを買ったんです。でもCubaseはなかなか扱い方が難しいなと思っていて、そんなときに音楽サークルの先輩から「チップチューンっていう音楽があって、面白いんだよ」って教えてもらったんです。そのときはチップチューン自体を全然知りませんでしたけど、そのサウンドを聴いたときに、当時好きだったミニマルテクノっぽいと思ったんです。その音の面白さでハマっていった感じでしたね。
最初にチップチューンを奏でる楽器として使ったのは、赤いゲームボーイカラーです。私、世代的にはゲームボーイといえばゲームボーイカラーでした。でも、同じゲームボーイでも機種によって音がけっこう違って、カラーよりも初代ゲームボーイのほうが太い音が出るんですよ。私はクラブミュージックが好きだし、低音が好きなので、カラーを使い始めて半年ほど経った頃から初代ゲームボーイを使うようになっていきました。初代は一番低域が出ると言われているんですよ。CPUの賢さでいうとカラーのほうが上なんですけど、やっぱり初代のほうが音に荒っぽさとか大胆さがある。パンクっぽいし、音にパンチがあるんです。アーティストとしてしっかりやっていくぞと決めたのは初代ゲームボーイを使うようになってからなので、愛用の楽器としてはそれになります。その当時、初代ゲームボーイはすでに生産終了していたので、オークションサイトとかで中古を探して。中古ゲーム機としては若干プレミアが付いていて高かったです。
今、実際に持ってるゲームボーイは4機です。紫色のボディのものはカスタマイズして作ったもので、液晶画面を光らせることができます。クラブでライブするときは照明が暗いことがあるので、これを手に入れる前は口にLEDライトをくわえながらやってました(笑)。
以前は自分でカスタマイズしてたんですけど、ハンダ付けとかが下手すぎて、すぐ壊れちゃって。ジュエル仕様のケースと樹脂染料とを一緒にお湯で煮て、筐体をピンク色にしようとしたこともありました。でも温度を上げすぎてふにゃふにゃになっちゃいました(笑)。だから今ではカスタムが得意な方にお願いして作っています。曲作りとはちょっと違って、筐体のカスタムは難しい。やっぱり餅は餅屋だなと(笑)。
試行錯誤しながら使うのがいい
私のゲームボーイの使い方としては、LSDJ(Little Sound DJ)っていうソフトを入れているんですけど、それはTracker形式という仕様で、表示された音が画面の上から下に流れていくんです。ここに作曲したトラックをいっぱい入れておいてライブのときに再生しながらBPMをコントロールしたり、ピッチをトランスポーズしながら次の曲と合わせていく、という感じ。作曲のときはDTMソフトと同じ感覚で、ゲームボーイ内で波形をいじりながら低音やキックを作っていきます。1trで4つの音を鳴らせるのですが、矩形波2本、三角波1本、ノイズ波1本が同時に鳴らせるようになっていて、いろんなパーツを詰め込んでよりリッチに聴こえるようにパズルっぽく工夫しながらプレイするんです。
例えば矩形波よりも三角波のほうが低音が出るので、キックとベースは三角波で作って、ノイズ波でハイハットの要素を作り、矩形波でメロディラインや飾りを作るとか、2つのラインを作ってデチューンさせるとか、1つの音を作るのに3つのラインを同時に作って太くするとか、そういうことをいろいろ試しています。
あとゲームボーイって、左右と真ん中の3方向からしか音が出ない擬似サラウンドなんですね。だから高速で右と左をパンニングすることでサラウンド効果を狙ったりして。いろいろ試行錯誤するのが楽しいです。
想像の余地もあるのが面白い
チップチューンの世界には、ニンテンドーDSを使ってる人もいます。DSはオシャレというか、上品なイメージがあります。好みもあると思うんですけど、私はゲームボーイの音が好き。ジャリッとしてるし、暴れん坊みたいなところがある。パソコンでもゲームボーイのサウンドをシミュレートした音も出せるんですけど、やっぱり実機で鳴らしたほうが音圧も感じられるし、“直接ここから音が出る”って快感があるんです。もちろん中古品の数はだんだん少なくなるので、いつか楽器としてこういうものが作れたらいいな。今は、楽器開発をインディペンデントでやっている人たちと協力して、「何か作りたいね」と話してるんですよ。
チップチューンって音色が独特だから音楽ジャンルだと思われがちですけど、ジャンルというより“手法”だと思ってます。「バンドかDTMかチップチューンか?」みたいな手法の選択肢。チップの音色を使いながらジャズを作ってる人もいるし、ポップソングを作ってる人もいるし、EDMの人もいる。そういうのがすごく面白いんですよ。それに音の解像度が低いから、想像の余地がある。ギターだったらその音を聴けば「ギターだな」って思うじゃないですか。でもチップチューンは音の広がりが制限されてるから、「もしかしたらこれはピアノ?」「鳥の声かな?」みたいに想像できるのが面白い。その意味で、小説を読むのと同じなんですよ。小説も文字だけ読んで、あとはイメージで補完していきますよね。前にピクセルアートで有名なm7kenjiさんとご一緒したときに、m7kenjiさんが「限られているから見せられる世界もあるよね」っておっしゃったんです。私はそこがピクセルアートとチップチューンの似ているところだと思ってます。
チップチューンの素敵さをもっと広めたい
高校時代に札幌で初めてテクノのイベントにお客さんとして行ったときとか、2012年、大学時代に京都のcafe la siestaで初めてチップチューンのライブをやったときとか、音楽を作りたいと思うきっかけになる衝撃的体験がいくつかあったんですけど、その中で一番大きなものは、2012年に東京のKOENJI HIGHで開催された「Blip Festival Tokyo」初日のトップバッターとして出演できたことです。
「Blip Festival」は世界最大規模のチップチューンフェスティバルで、日本では2010年から続いています(現在は「SQUARE SOUNDS TOKYO」という名前で開催)。出演できたことはすごくうれしかったし、ドキドキもしたんですけど、それが3度目のインパクトであり、人生で一番スパークした瞬間でした。ライブをやっていてすごく生きてる実感があったし、あの場ではみんながチップチューンを愛していて、幸せすぎて時間が止まったような感じがありました。あの体験があったから、今もずっとこの仕事をやっているという感じです。
あの快感を多くの人たちに体感してもらいたいし、チップチューンの素敵さをもっと広めていきたい。ゲーム音楽としてじゃなく、音楽としてカッコいいと思ってもらえる機会が増えたらいいな、と思ってます。
TORIENA
2012年に京都で活動を開始したトラックメーカー。2013年に日本初のチップチューンレーベルMADMILKEY RECORDSを立ち上げる。作詞作曲編曲からアートワーク、歌唱まですべてをセルフプロデュースで手掛ける。ゲームボーイとDAWソフトを使ったポップでハードなサウンドを得意とし、ステージ上で暴れ回るパフォーマンススタイルも特徴。イギリスの「HYPER JAPAN 2017」やアメリカの「MAGFest 2018」へ出演するなど、海外からの人気も高い。2018年10月にフルアルバム「SIXTHSENSE RIOT」をリリースした。
取材・文 / 松永良平 撮影 / 阪本勇