ヤッホーみんな! 僕、キニナル君。将来は音楽でごはんを食べていきたいと思っている大学生。最近よく聴いているアーティストはYOASOBIだよ。音楽を生業にしたいと思ってはいるけど、正直わからないことだらけ。なので、この連載を通して僕が気になった音楽にまつわるさまざまな疑問を、専門家の人たちに聞きに行くよ。
僕が今気になっているのは、10月1日にスタートする「インボイス」。税金に関することっていうのはわかるけど、いまいち理解できてないんだ。税金の話ってなんか難しそうだよね。フリーランスのクリエイターさんが反対しているニュースをよく見かけるので、将来僕が個人音楽家として活動するならきっと無関係じゃないはず。気になって夜も眠れなくなったので、音楽業界に特化した確定申告・税金ガイド「オンカク」を上梓している税理士の栗原邦夫さんのところへ突撃取材して、わかりやすく解説してもらったよ!
取材・文 / キニナル君 撮影 / 押尾健太郎 イラスト / 柘植文
インボイス制度が始まると何が起きる?
──栗原先生、今日はよろしくお願いします!
はーい、キニナル君、こちらこそよろしくお願いします。よかったら「くりさん」って呼んでね。
──わっ、ホントに!? じゃあ、くりさんに相談です。最近「インボイス」ってよく耳にするんですが、僕みたいに将来個人で音楽活動をしようと思ってる人も無関係じゃない気がしていて。
うん、そうだと思うよ。
──やっぱり! さっそくですが、ずばりインボイスってなんでしょう?
インボイスは正式には「適格請求書等保存方式」という名称なんだけど、そもそも消費税の話ということは知ってるかな? インボイスは消費税に関するルール変更というのが大前提。もう少し具体的に言うと、事業には仕事を発注する側と受ける側がいるよね?
──例えば楽曲制作を依頼するレコード会社と、それを受ける個人音楽家とか。
そうそう。仮にレコード会社がギャラ10万円+消費税1万円を音楽家に支払ったとして、この消費税1万円について、レコード会社は納税計算をするときにまるで経費のように引くことができるんだ。
──それはそうだよね、ちゃんと払ってるんだもん。
だけど10月1日以降は、仕事を依頼したミュージシャンがインボイス発行事業者じゃないと──正確に言うと、そのミュージシャンがインボイスの登録番号が記載された請求書や領収書を発行できないと、レコード会社が1万円を引けないというルールになるんだ。そうするとどうなるかわかる?
──レコード会社の負担が増える!
うん、消費税の納税額が増えちゃうよね。さらにその先に目を向けると、レコード会社から、「あのミュージシャンはインボイスに登録してないから、発注するのをやめようかな」と選別されてしまう可能性が出てくるんだ。
──確かに、もしほぼ同じ能力を持っているAさんとBさんがいて、Aさんがインボイス発行事業者、Bさんがそうじゃなかったとしたら、発行できる人のほうを選びたくなるかも……。
私は自分のセミナーでも「もし皆さんが仕事を発注する側だったらどう思います?」って聞いてるんだけど、みんな同じ反応をするよ。本当に選別されるかどうかは始まってみないとわからないけど、そうなるリスクはあるよね。
免税事業者と消費税
──くりさん! レコード会社が消費税を納める話が出ましたけど、フリーランスで活動している僕の先輩ミュージシャンは「ギャランティを受け取るときに消費税ももらってるけど、税務署に納めたことない」って言ってました! 脱税ですか?
それはその人が免税事業者だからじゃないかな?
──メンゼイジギョウシャ……?
うん。事業者には免税事業者と課税事業者がいて、免税事業者とは文字通り消費税の納付が免除されてる事業者のことなんだ。いくつか条件はあるんだけど、課税期間における課税売上高が1000万円以下だと免税事業者になれるんだよ。
──よかった、じゃあ先輩は脱税していたわけではないんですね。でも、「消費税をネコババしててズルい!」ってSNSで叩かれていて、ちょっとかわいそうで……。
いわゆる益税のことだね。
──益税ってなんか聞いたことあります! でもよくわかりません!
事業者が消費者や顧客から預かった税金が、納付されずにそのまま事業者の利益になることだよ。例えば年間1000万円の売上があったとしたら、消費税は10%の100万円を受け取るよね。これを「預り金」というんだ。一方で経費が500万円かかったとしたら、支払った消費税は50万円。課税事業者だったら「預かった消費税」から「支払った消費税」を引いて、50万円を納付しなきゃいけないけど、免税事業者はこの支払いが免除されるんだ。でもこれは法律で認められた制度だから、何もやましいことはないよ。念のために言うと、益税分に所得税はかかるけどね。
──へえ。でもなんで免除されるの?
これは政治的な背景が大きいと思うんだ。キニナル君は生まれる前だから知らないかもしれないけど、平成元年に消費税が導入されたとき、税率は3%だったんだ。
──ニュースで見たことある! 今の1/3以下!
それでも今までなかったものが始まるということで、世間の反対がものすごくて。税務署としては全事業者に消費税を納税してほしかったんだけど、それだと反対する人が多すぎて法案が通らないから、課税売上高が3000万円以下の事業者は免除することにしたんだよ。そしたら、それまで反対していた多くの個人事業主も「自分は売上3000万円以下で消費税の納税が免除になるからいいか」って、おとなしくなったんだ。その後、売上1000万円以下に引き下げられて今に至る感じだね。
──くりさんは今さらっと言ったけど、最初は3000万と言っておきながら2000万円も引き下げるなんてズルい……! あ、あと、先輩はSNSで「消費税は消費者からの預り金じゃない!」って反論してました。「消費税は事業者が粗利の10%を負担するものだから、益税はそもそも存在しないんだ」って。
へえ、どういうことだろう?
──例えば消費税込みで1100万円の売上から550万円の経費を引くと550万円の粗利になりますよね。売上1100万円における消費税100万円は“100/1100”、つまり“1/11”。550万の粗利に1/11をかけて50万円を導き出すのが消費税の計算方法なんだって。
うーん、それは考え方かなあ。確かに法律上は「預り金的性質」と捉えてるけど、その人がわかりやすいほうで理解してくれたらいいんじゃないかな。私は預り金の概念を使ったほうがわかりやすいと思うので、セミナーなどではそっちで説明してるよ。
インボイスの登録方法
──いったん整理すると、インボイスがスタートすることで、これまで免税事業者だった人は課税事業者になってインボイスを発行できるようにするか、免税事業者のままでいるかの二択を迫られているんですよね?
そうだね。
──課税事業者になったらこれまで免除されていた消費税を自分で納めないといけないし、免税事業者のままだったらくりさんが最初に説明してくれたように取引先から仕事が減らされたり、ギャランティの減額を提示されたりするかもしれない。
実際にギャラの交渉をされたという話も聞くよ。例えば音楽教室を運営する会社が、インボイスの登録予定がないフリーランスの先生に対してギャラ改定の打診をしたとか。発注元である課税事業者は、極論を言えば自分たちが損をしなければいいわけで、消費税の納税が増えた分、ギャラを減らすことで補填できればトントンになるからね。
──ひどい……。ちなみに、免税事業者だった人がインボイスを発行できるようにするにはどうしたらいいんですか?
国税庁のホームページに用意されている登録申請書に必要事項を記入して税務署に提出するだけだよ。しばらく経ってTから始まる13桁の登録番号が郵送されてくるから、クライアントに渡す請求書や領収書にその登録番号を記載するだけなんだ。もちろん、確定申告の際に納付する消費税の計算は自分でやる必要があるけどね。
──申込みの締切はあるんですか?
10月1日の取引からインボイスでいきたい場合は、9月30日までだね。e-Taxや郵送でも受け付けていて、郵送の場合の送り先は税務署ではなくて各国税局のインボイス登録センターになるんだ。9月30日の消印有効だよ。インボイス番号が発行されるのにはちょっと時間がかかるけど、番号がわかった時点でクライアントに伝えればいいはず。ここは実際に始まってみないとわからない部分ではあるんだけど。
──9月30日に間に合わなかったら?
提出日から15日以降の日付を登録希望日として登録申請書に記載すれば、その登録希望日からの開始になるよ。
2つの負担軽減施策「2割特例」と「経過措置」
──でもやっぱり、課税事業者になるのをためらう人も多いと思うなあ。税負担が増えるわけだから。
そういう人たちのための負担軽減措置として、「2割特例」と呼ばれるものがあるよ。免税事業者だった人がインボイス登録して課税事業者になる場合、売上に係る消費税の8割を差し引いて納税額を計算できる──つまり、2割分だけ納付すればいいんだ。ちなみにこれは納付税額に対する2割じゃないから注意してね。
──なるほど、経費で支払った分の消費税を差し引いたあとではなく、あくまで受け取った消費税合計の2割ということですね。
うん。例えば売上1000万円で受け取った消費税が100万円、経費500万円で支払った消費税が50万円だった場合、納税額はいくらになるかわかる?
──本来の消費税の納付税額の計算だと売上から経費分を控除できるから100万円-50万円=50万円。この50万円に対する2割って勘違いしちゃいそうだけど、売上に係る消費税は100万円だから、100万円×20%=20万円。なので納税額は20万円!
正解! よくできました!
──やったー! 2割でいいんだったらだいぶお得な感じはするけど、それっていつまで適用されるんですか?
2023年10月1日から2026年9月30日をまたぐ課税期間まで、最大4回適用できるよ。2割特例は事前の届け出不要で、確定申告をする際に適用を受ける旨を付記するだけで大丈夫。
──そのあとは100%払わなきゃいけない?
もしかしたら延長するかもしれないけど、今のところはそうだね。あとは課税事業者向けの「経過措置」もあるよ。2023年10月1日から3年間は免税事業者からの課税仕入れの80%を控除でき、2026年10月1日から3年間は50%控除されるっていう。
──えっ? 「2割特例」を使えば2割相当分の納税でよくて、「経過措置」を使えば80%の控除ができる!? 頭がこんがらがってきた……。
いや、「経過措置」のほうは今現在すでに課税事業者の人や会社が、免税事業者に消費税を支払った場合に、その課税仕入れ額の80%分や50%分だけは控除できるという話だから、「2割特例」とはまったく別物と考えて。ここは私のお客さんでも理解できてない人が多いややこしいポイントなんだ。
──つまり、フリーランスの免税事業者に発注するレコード会社とか、あとは出版社とかに関係のある話ということ?
その通り! 例えばレコード会社がある免税事業者に消費税50万円を支払ったとするよね。本来であればレコード会社はその消費税を控除できないから、インボイス導入以前と比べて50万円まるまる納税額が増えちゃうんだけど、2026年9月30日までは80%の40万円が控除できるから、増えちゃう納税額は10万円だけということだね。
──なるほど! それってつまり、免税事業者のミュージシャンに仕事を発注するレコード会社の消費税負担額が減るってことですよね。控除できない消費税が2割になるんだったら、くりさんが言ってた発注されなくなるリスクやギャラ交渉の話も減りそう……。
うん、その可能性は十分にあると思うよ。この「経過措置」については課税事業者側でも知らない人が多いので、もしもギャラの交渉をされたら、逆に教えてあげるといいんじゃないかな。
第3の選択肢、簡易課税制度
もう1つ、免税事業者と課税事業者のほか、簡易課税制度を選択するという方法もあるよ。
──それってどんな方法?
課税売上高が5000万円以下の事業者が対象で、事前に税務署への届け出が必要なんだけど、消費税の納税額をざっくり計算することができるんだ。
──ざっくりって、どのくらいざっくり?
業種ごとに最初からみなし仕入れ率(=控除割合)が定められていて、ミュージシャンの場合はサービス業に該当するから、みなし仕入れ率は50%だね。500万円の売上があれば、消費税50万円の50%、つまり納税額は25万円。
──めっちゃお得! 消費税が半額で済むんだったら、絶対それがいい!
ちょっと待って、お得かどうかは経費によって違ってくるよ! 例えば売上500万円に対して、経費が100万円しかかかっていなかったら、受け取った消費税は50万円、支払った消費税は10万円。消費税は50万-10万で40万円を納めなくちゃいけないから、簡易課税25万円のほうが割安になる。でも経費が300万円かかって消費税も30万円払っていたら、50万-30万=20万で、消費税の納税は20万円で済むよね(※相手がインボイス登録者であった場合)。つまり、簡易課税のほうがメリットがあるかどうかは、ケースバイケースなんだ。
──確かに……。すみません、勇み足でした!
いえいえ。ちなみに、簡易課税を選択すると仕入れ額の控除計算が楽になるメリットも大きくて。キニナル君がもし将来自分でインディーレーベルを経営するようになり、非常に多くの取引先と請求書や領収書のやりとりをするようになったら、より選択肢に入ってくるかもしれないね。この簡易課税はインボイスとは無関係の制度だから、特に時限措置ではないよ。
まだ間に合う!インボイスの取り下げ、取り消し
──インボイスが始まるにあたって、ほかに個人音楽家が注意しておくべきことはありますか?
一度簡単な試算をやってみるといいと思うよ。私はよく“不安の見える化をしましょう”と言ってるんだけど、「なんか面倒くさそう」「なんか怖い」じゃなくて、ざっくりでいいので数字にすると、意外と「あ、こんなものか」ってわかったり、「ここに注意すればいいんだ」と意識したりできると思うので。
──免税事業者から課税事業者になった場合に納税額がどのくらい増えるのかと、免税事業者のままでいた場合に仕事やギャラがどれくらい減りそうなのかを数字で出してみて、比較検討するってことですね!
うん、ものすごくざっくり、売上10万円単位で端数は四捨五入しちゃっていいので。例えばギターの個人レッスンをメインに活動している音楽家の方はインボイスはほぼ関係ないんだ。インボイスの発行が必要なのは取引相手が課税事業者だった場合で、サービスの販売相手が一般消費者であればインボイスを求められることはないから。そうやって自分の収入のどの部分にどの程度影響があって、どの部分はあまり影響がないかを計算していくと、意外と「あれ? 免税事業者のままのほうが得だな」っていうケースもあるんじゃないかな。あとは数字に見えない、取引先との関係性とか。そのへんは皆さんの物差しで判断していただければ。
──比較検討してみた結果、「焦ってインボイスに登録しちゃったけど、やっぱやーめた!」ってできるんですか?
うん、できるよ。その場合は「取り下げ」か「取り消し」をする必要があるんだ。
──「取り下げ」と「取り消し」……それって何が違うの?
制度が始まる10月1日より前にキャンセルする場合は「(申請の)取り下げ」、制度開始後にキャンセルする場合は「(登録の)取り消し」と言うんだ。
──日本語って難しい……! それで、いつまでに申請すればいいんですか?
取り下げたい場合は、もし郵送するなら「取り下げ書」を9月29日必着でインボイス登録センターに提出すればOK。特定の書式はなくて、インボイス登録センターに電話して聞いたら教えてくれるよ。ネットにもひな形がいくつかあるので、それを活用するのもありかもね。
──取り消しのほうは?
課税期間の初日(1月1日)から起算して15日前の日までに届出書を提出しなければいけないから、仮に2024年1月1日期からストップしたい場合は2023年の12月17日までに、国税庁が用意している「適格請求書発行事業者の登録の取消しを求める旨の届出書」に必要事項を記入して送る必要があるよ。
──なるほど、よくわかりました。ありがとうございます! 今日教えてもらったことを先輩にも伝えようと思います!
インボイス制度がスタートすることで、これまで免税事業者だった人の税負担が増えるのは間違いないんだけど、インボイスに登録したほうがいいかどうかは人によるんだ。ぜひ自分の前年の売上や経費をもとに、一度ざっくりと試算することをオススメするよ。
栗原邦夫プロフィール
税理士法人クリアー代表、元オスカープロモーション所属、東京音楽大学聴講生(ジャワガムラン・指揮科)。音楽家のための確定申告・税金ガイド「オンカク」を毎年出版しているほか、全国規模で講演やセミナーを開催している。
税理士法人クリアー
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