中村舞(STU48)の1st写真集「嫌いの反対」が8月27日に発売された。これに合わせ、中村が音楽ナタリーの取材に応じた。
中村は舞Qという愛称でファンから親しまれ、グループを代表するメンバーとして活躍。6月にリリースされたSTU48の1stアルバム「懐かしい明日」のリード曲「愛の重さ」では、初の単独センターを務めた。写真集のロケ地はSTU48の活動拠点の1つであり、中村の出身地である愛媛県。彼女がかつて通っていたバレエスクールや、祖母の家などゆかりの地を巡って撮影が行われた。また、中村は水着やランジェリー姿での撮影にも挑戦。キュートなカットから大人びた表情まで舞Qの魅力が1冊に詰め込まれている。
思い切ったカットの数々に緊張
写真集が完成した心境を尋ねると、中村は「アイドル人生の中で絶対に一度は写真集を出したいと思っていて。完成した写真集を今目の前にして、念願が叶ったことの実感が湧いてるところです。すごくうれしいです」と喜びをあらわに。「STU48のメンバーで最初に写真集を出したのが石田千穂ちゃんで、そのあと瀧野由美子さんも続きましたが、みんながみんな写真集を出せるわけではないのでなかなか難しいことなんだろうなと思っていたんですよ。そんな中、同期の沖侑果ちゃんが写真集を出したことがすごく刺激になり、『自分も絶対出したい』と思うようになりました」と胸中を語った。
また中村は愛媛でのロケを振り返り、「やっぱり愛媛はいいところだなと思ったのと、おばあちゃんの家やバレエ教室はお仕事で行くことがない場所なので、写真集に載っているのを見るとすごく不思議な気持ちです。自分という存在を作ってくれた場所なのでうれしい気持ちもあります」と感慨深げにコメント。「愛媛は海がすごくきれいなんです。この写真集の水着のカットで見られるんですけど、興居島というところにフェリーで行って撮影して。本当にきれいな場所で、『愛媛最高やん!』って改めて思いました」と声を弾ませた。
発売前に一部カットが先行公開されたときから反響を呼んでいる水着やランジェリー姿の写真。中村は「今回は水着カットも含めて、いろいろと思い切った写真がいっぱいあるので撮影は緊張しました。最初からランジェリーや水着で撮影するのではなく、その上にシャツを羽織ってから脱ぐシーンがあって、それがすごく恥ずかしかったです(笑)」とはにかみ、「同期の信濃宙花ちゃんも、普段私のこういう姿を見ないから恥ずかしいと言っていました(笑)」とメンバーからのリアクションを明かす。撮影に向けて体作りをしたか尋ねると、彼女は「逆に増量しました」と答え、「ダイエットとかは全然していなくて。健康的な感じに見せたいと思い、3食しっかり食べていました。あと、撮影したのがコンサートが続いている時期で、リハーサルが毎日のようにあったので運動はしっかりできていたと思います」と言葉を続けた。
6年間の活動におけるターニングポイントは
「嫌いの反対」というタイトルは秋元康による考案。中村は「自分に合ってるし、何よりもインパクトが強いなと思っています!」と述べ、秋元が写真集に寄せた「中村舞は、天邪鬼だ。きっと、恥ずかしがり屋なのだろう。自分の気持ちを素直に伝えられない。だから、『好き』と言えずに、『嫌いの反対』と言ってしまうんじゃないかな」という帯コメントについては、「周りから同じように言われることはあるので、そうなのかもしれないです。確かに素直じゃないときはありますね(笑)」と言及した。
今やSTU48を代表するメンバーになった中村だが、2018年にドラフト3期生として加入してからの約6年間、自身の性格や活動に対する意識などに変化はあったのだろうか。彼女はこの質問に対し、「最初の頃は『負けたくない』みたいな気持ちが強かったですね。周りを意識して、うまくいかなかったらすぐに泣いちゃったりして、ネガティブ思考で落ち込み気味でした。でも6年間活動してきてけっこう明るくなりましたし、いろんなことを楽しめるようになった気がします」と言葉を紡いだ。
さらに中村は「グループで活動していたらやっぱりライバル意識というか、メンバーと競い合ったり、意識し合ったりすることもたくさんあるんですけど、そういう経験を経てお互いのことを認め合って、助け合える仲間になれたかなと思います。一時期、どん底まで気持ちが落ちて『なんでこんな苦しい思いをしてまでアイドルをやってるんだろう』と思っていたこともあるんですよ。そこから『楽しいことだけしよう』と考えるようになったら気持ちがすごく楽になって、気持ちを切り替えることができました」と活動におけるターニングポイントを明かす。そして「前はシングルのポジションだったり、投票系のイベントで選ばれなかったりで落ち込んでしまうことがあって。けっこうガチガチだった自分がいたんですが、あるときを境にそういうことにとらわれなくなりました。うまくいかなかったときもファンの方はずっとそばにいてくれて、自分の価値を数字で決めすぎていたのかなと思います。ファンの方はそうじゃないところも見てくれているから、このままじゃダメだなと、自分を見つめ直すタイミングがありました」と笑顔を浮かべた。