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哲学者・永井玲衣が語るZAZEN BOYS

永井玲衣
16分前2025年08月06日 4:03

各界の著名人に愛してやまないアーティストについて語ってもらう連載「私と音楽」。第47回となる今回は、哲学者・永井玲衣にZAZEN BOYSについて話を聞いた。

2021年刊行の「水中の哲学者たち」で注目を浴び、今年6月には新刊「さみしくてごめん」を上梓したばかりの永井。作家業のみならず、さまざまな場所での哲学対話なども行っている彼女だが、それらの活動の根幹には、10代から聴き続けているZAZEN BOYSからの影響がにじんでいるという。音楽というまったく異なる方法で言葉を紡いできた向井秀徳の表現に、彼女はいかにして惹かれていったのだろうか。出会いの衝撃から、今日の彼女の活動への影響に至るまで、語ってもらった。

取材・文 / 橋本倫史 撮影 / 沼田学

なんだこの冷たさと灼熱は

10代のとき、下北沢に通っていて、大人計画の舞台をよく観ていたんです。すごく困った10代だったんですけど、“本に助けを求めては助からない”みたいなことを繰り返しているうちに戯曲を読み始め、大人計画の舞台を観に行くようになりました。その当時、宮藤官九郎さんと向井秀徳さんがよくご一緒されていて、最初に聴いたZAZEN BOYSの曲は「真夜中の弥次さん喜多さん」(宮藤官九郎監督、2005年公開の映画)のサントラに収録されていた「半透明少女関係」でした。当時14、5歳だったと思うんですけど、そこで衝撃を受けて。これまでで一番ライブに行っているのはZAZEN BOYSだと思います。

ZAZEN BOYSを聴くといつも、今日みたいにめちゃくちゃ暑くて、太陽が照りつけていて、体が渇いて仕方がないのに、体の中は冷たいみたいな、そういう感覚になるんですよね。最初に「半透明少女関係」を聴いたとき、そういう身体になって「なんだこの冷たさと灼熱は!」と驚いたんです。音楽を聴いてそんな気分になったことがなかったんですよね。音楽は楽しくなったりリラックスしたりするために聴くものだと思っていたので、不自然な身体になったのが忘れられなくて。

初めてライブに行ったのは、「ZAZEN BOYS 4」(2008年リリース)が出たときでした。当時17歳だったんですけど、音楽の話をできる友達が誰もいなかったので、学校終わりに1人で制服のままライブに行ったんです。そうしたら、私以外のお客さんもみんな、1人で来てたんですよ。スーツを着たサラリーマンが、ちょっと心細そうにライブが始まるのを待っていて。でもライブが始まった途端に、みんなが食い入るように観る。しかもZAZEN BOYSのライブはリズムが複雑すぎて、基本的にみんな棒立ちで観ているんですよね。とにかくもう、張り詰めている。その光景のすさまじさも忘れられないです。

存在そのものが抱える寂しさ

初めてライブを観たときの感覚は“これまで見たことのない怪物を見ている”みたいな感じでした。見たことがない宇宙の中に、見たことのない恐竜がいる。わからないものに、さらにわからないものが足されている。でも、とにかくすごいことが起きているのはわかって、それをただみんなで呆然と眺めているような感覚だったんです。ライブを観たというより、目撃。何かの事件を目撃して、立ち会ってしまったという感覚でした。富士山が爆発しているのをみんなが唖然と見るような、そういう空気がすごく面白かったんです。

「ZAZEN BOYS 4」の最後に、「Sabaku」という曲が収録されているんですけど、あれをライブで観たときの、なんとも言えない感じ。なんでこんな荒涼とした世界を立ち現れさせることができるんだろうって、びっくりしたんです。あの曲の「砂漠のどっか真ん中にいるかんじ / 割と意外なほど、とてもさびしい」という詞は、ちょっともう、誰も超えられないなと思います。私は最近「さみしくてごめん」という本を書いたんですけど、そのタイトルもZAZEN BOYSの曲に影響を受けていると思います。向井さんの中にある、荒涼感、孤独感。それは「ここに誰かがいてほしい」みたいな、そういうわかりやすい寂しさじゃなくて、もっと存在そのものが抱える寂しさのように思うんですね。

同じく「Sabaku」の「心臓に刺さってる 赤くさびた釘を早くぬいて」という詞もすごいですよね。しかも、こんなエモーショナルな言葉を、ああいう渇いた音で表現されるというところが、またすごいなと思います。私はもともと寺山修司の詩や短歌が好きだったんですけど、寺山の言葉とも重なるところがあるなと思ったんです。例えば「血は立ったまま眠っている」という戯曲がありますけど、ああいう言葉ってもう、ただ殴られるみたいな感じがするんですよね。「ああ、わかる、あるある」とかではないというか(笑)。なんでそんな言葉が出てくるのかまったくわからないけど、完璧だと感じてしまう。向井さんの言葉もそれに近くて、“衝撃的な詩の言葉”という感じがします。私は10代の頃から活字でそういうものに触れていたんですけど、それを音として体験したのはZAZEN BOYSが初めてでした。

この人たちは、私たちがいようがいまいが関係ないんだな

ZAZEN BOYSは、1つの世界を構成しているバンドだと思っています。最初にライブに行ったときに思ったのは……この感覚がうまく伝わるかどうかはわからないですけど、「ああ、この人たちは、私たちがいようがいまいが関係ないんだな」ということで。それがすごくよかったんですよね。メンバーの皆さんはとにかく演奏に集中しているし、なんだったら観客を無視しているぐらいの感じで。それもすごくよかったんです。今の時代は共感が大事というか、「この表現は、まさに自分のことを言ってくれている!」と思えるものがウケる時代で。それはそれでいいことだとは思うんですけど、私はやっぱり、もっと不条理なものに惹かれるんですね。世界がわけのわからないものとして、私を超えて立ち現れてくる。しかもそれが、恐るべきものであるのと同時に、とても美しいものでもある。

今は全部のものが把握できて管理できるような社会になってきているので、そういう不条理なものへの感受性は忘却されつつあるのかもしれないですけど、ZAZEN BOYSの表現は私たちとは関係なく自立している。そこになぜか、救われたような気持ちになる。こちらに向かって、膝を曲げて目を合わせにきてくれるわけじゃないんだけど、その表現になぜか助けられたような気持ちになる。「私とはまったく関係がなく、わからない仕方で、ただ美しくそこにある」みたいなことに驚けるのが好きなんです。例えば、そこにある木も、私がみじめであろうが幸福であろうが、そんなこととは関係なくそこに生えている。そう考えると、「ああ、よかった」と思えるんですよね。世界って、まだこんなにもわからなくて、めちゃくちゃで、自分とは関係なく存在しているんだなと思える。ZAZEN BOYSのライブを観ていると、そういう気持ちになれるんです。

ZAZEN BOYSのライブって、常に精巧で完璧ですよね。でも、なんて言えばいいんでしょう……ちょっと言葉を探しながら話しますけど、そこに一回性の重さみたいなものをすごく感じるんです。完璧で精巧なのに、再現不可能性も同時に感じる。“完璧なもの”というと、「口から音源」という言葉もあるように、いつだって同じものが繰り返されるようなイメージがありますよね。でもZAZEN BOYSのライブは、あれだけ精巧なのに「CDと同じだ」じゃないんです。その瞬間にしかありえないことをやっていて、今それを聴き逃したら終わりだと感じる。あの一回性がなぜ成り立つのかわからないですね。しかも、それを1人ではなく4人で成立させている。バンドというのは1つの共同体で、そこで協力して作られた1つの世界を観客は目撃する。向井さんの弾き語りもすごく好きなんですけど、私はやっぱりZAZEN BOYSが好きなんです。だから……やっぱり“世界”だと思います。世界というのは共同体で、1人じゃ作れない。ZAZEN BOYSは、4人が平均台の上に立ちながら、いや、平均台よりもっと細い、糸の上に片足で立ちながら、あれだけ精巧で、たった1回きりの世界を、その場だけで構築する。そこに感動するんです。

言葉を崩し、異化させる行為

ZAZEN BOYSの世界観には、文章を書くうえでもすごく影響を受けています。4年前に「水中の哲学者たち」という本を書きまして。その「水中」という言葉は、いろんなところに由来があるんですけど、その1つとして、ZAZEN BOYSの「Honnoji」に出てくる「Life in the cold water」という歌詞があるんです。冷たい水の中にいながら、とても渇いている。その状態が人間存在の在り方に通底している気がして、思わずタイトルにしてしまいました。

ZAZEN BOYSを聴きながら「水中の哲学者たち」を書いたので、文章のリズムとか、同じ言葉をちょっと重ねる感じとか、相当影響を受けています。あと、向井さんって“言葉を使わないこと”を選んでいる気がするんですよね。例えば、普通は「とても寒い」と表現するところを、「寒を感じている」というふうに表現する。それは「寒を感じている」という言葉が降りてきているというよりも、「とても寒い」という、私たちがよく使っているクリシェを避けているように感じるんですね。そうやって言葉を崩していく、異化させていく。そこに大きな影響を受けていると思います。そうやって異化させていく行為があって、それと同時に、感覚的に手繰り寄せている言葉がある。それが絶妙のバランスで表現されている。切実すぎる感じになると、ちょっとずらしたり、とぼけたり。「半透明少女関係」でも、「関係したい 関係もちたい」という歌詞が続いて、いかにも切実だなと思っていたら「関係者出てこい」とちょっとふざけて、また異化させる。ああ、この人はものすごく身体で言葉を書いている人なんだなって、尊敬の念を抱いています。

彼はこうやって戦争を語るのか

去年、およそ12年ぶりのアルバム「らんど」がリリースされましたけど、そこに収録されている「永遠少女」という曲のミュージックビデオがYouTubeで公開されたときは、思わず立ち上がりましたね。「えっ、どうしたんだろう、すごい」と思いながら、何度も何度も再生しました。以前から「自問自答」という曲で戦争のことを歌詞に入れられて、ちょっと怒りさえにじませながら表現されていたように思うんですね。それが「永遠少女」という曲に結実したんだと思いますけど、「永遠少女」では直接的に戦争のことを描いています。彼は言葉で抗おうとしているのか、言葉で怒りを表しているのか、実際のところは私にはわからないけど、抽象にごまかさずに表現されているのを、うれしく聴いています。

やっぱり、彼の言葉は常に身体で書かれているんですよね。「永遠少女」には、「とてつもなく臭い / 臭い 臭い 臭い とても臭い」「ここはとても暗い / 暗い 暗い 暗い / とても暗い」という言葉が出てきます。彼はそうやって、そこにいる人として語る。例えば「戦争反対」と語ることも大事だと思うんです。ただ、そこでの“戦争”は概念というか、戦争を語るときの“大きな戦争”ですよね。でも彼は、肉体を持った1人の人間として語る。それも戦争の語りだし、反戦の語りだと思うので「ああ、彼はこうやって語るのか」と揺さぶられました。

私はずっと対話の活動をやっているんですけど、それは「暴力ではない方法でいかに人と一緒にいれるか」ということを模索する試みです。暴力の誘惑を受けながら、どうやってそこに抗することができるのか、どうやって言葉でつながることができるかということを考えている。そこでもやっぱり向井さんの影響を受けていると思います。向井さんが何かを表明する、あるいは何かを言い張る身振り。それで世界を変えるとか、変えられるとかっていう話ではなくて、まずはただ言葉で言い張ってみる。たまにふざけたり、かき乱したりしながら、「ここに言葉がある」と指差すような身振りというんですかね。それがすごくカッコいいし、そこに自分も連なりたいなと思います。いや、ご本人が何を考えてるか、私にはわからないですけどね。「俺は全然そんなこと考えてない」っておっしゃりそうですし。でも、いいんです。こっちで勝手に何かを受け取って、こっちで勝手にやっていくので大丈夫です、という思いでいます。私は私で、こっちで好きにやりますから、って。

プロフィール

永井玲衣(ナガイレイ)

1991年、東京都出身の哲学者・作家。問いを深める哲学対話や、政治や社会について語り出してみる「おずおずダイアログ」、せんそうについて表現を通して対話する写真家・八木咲とのユニット「せんそうってプロジェクト」、Gotch主催のムーブメントD2021などでも活動している。著書に「水中の哲学者たち」「世界の適切な保存」「さみしくてごめん」。2024年には第17回「わたくし、つまりNobody賞」を受賞した。

永井玲衣 | REI NAGAI
永井玲衣 (@nagainagainagai) ・X
永井玲衣 (@nagainagai)・Instagram

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