折坂悠太が10月17日に「キネマ旬報シアター応援独奏会」と題したライブを行った。
「キネマ旬報シアター応援独奏会」は、折坂が音楽活動を本格化させる前にアルバイトしていた千葉県柏駅前の映画館・キネマ旬報シアターで行われた一夜限りの特別公演。同シアターが空調設備や配管といった基幹部分の老朽化によるリニューアル工事のためにクラウドファンディングをスタートさせたことを受け、その取り組みを広めるべく企画されたものだ。
この公演の実施が決まった際に発表された折坂によるステートメント(参照:折坂悠太がかつてのバイト先で独奏会、柏市の映画館・キネマ旬報シアター支援に向けて)は、「元スタッフとして、表現者として、近隣の者として、今だけは声を大に。協力お願いします!」といつになく強い言葉で締めくくられている。なぜ彼は、声を大にしてまで、ライブに出向いてまで、キネマ旬報シアターを守ろうとするのだろうか。元スタッフとして、というつながりはもちろんあるものの、おそらくそういった愛着や“地元愛”を超えた思いがそこにあるはず。そう考えた音楽ナタリー編集部は、ライブ本番前の折坂を取材し、「応援独奏会」開催に至った経緯や、表現者として受けてきた映画館からの影響などについて話を聞いた。
なお撮影は、かつて折坂と同じくキネマ旬報シアターで映写技師として働いており、当時Ykiki Beatのメンバーとして活動していたKoki Nozueが担当した。
取材・文 / 石井佑来 撮影 / Koki Nozue 取材協力 / キネマ旬報シアター
表現者として感じる“身に迫るような危機感”
定刻を迎え、シアター内の明かりがふっと暗くなる。ここキネマ旬報シアターで何万回と繰り返されてきた景色だが、この日は少し様子が違った。会場を埋め尽くす観客の視線の先にあるのはスクリーン……ではなく、いくつかの楽器にマイク、譜面台。そこに折坂悠太が姿を現し、マンドリンを手に「さびしさ」を奏で始める。こうして一夜限りの「キネマ旬報シアター応援独奏会」が幕を開けたのだった。
キネマ旬報シアターは、映画専門誌「キネマ旬報」を発行するキネマ旬報社が運営する、3スクリーンを有するミニシアター。1992年開業の柏ステーションシアターの施設を居抜く形で2013年にオープンし、以来10年余り、ロードショーの終わった新作や過去の名作を上映してきた。柏駅から徒歩1分、大型商業施設に紛れながら、大資本の波にささやかに抵抗するかのように営業を続けるこのミニシアターは、柏というベッドタウンの文化的な豊かさを保つうえで大きな役割を果たしてきたと言えるだろう。かつてあった柏松竹や柏シネマサンシャインは閉館し、柏駅前で営業している映画館はキネマ旬報シアターただ1つ。きっと多くの周辺住民が“最後の砦”とも言えるこのシアターに強い愛着を持ち、いろんなものを託してきたに違いない。柏で生まれ、20年以上を過ごし、今も近郊に住んでいる筆者もまたそのうちの1人である。
そして、そんなキネマ旬報シアターで映写技師として働いていたのが、幼少期から現在まで柏に住み続ける折坂悠太だ。彼は同館が存続の危機に晒されていると知り、何を思ってライブを行うことにしたのだろうか。そこには、近年感じていた柏という街の変化が関係しているのだという。
「駅前から本屋がなくなったり、個人的に『いいな』と思っていた林が消えてしまったり。極端に言えば“なくてもいいもの”が、本当にどんどんなくなっているように思えるんです。そこに、表現の仕事をしている者として、身に迫るような危機感を感じるんですよね。やっぱり都心から離れた郊外から、こうやって徐々に文化が削られていくんだなという。そういうことを、ここ最近身をもって感じていて。そんな中でキネマ旬報シアターが存続の危機に直面していると知ったので、何かやれることはないかと考え、ライブをすることにしました」
折坂は10代の頃から柏のシネコンで映写技師として働いており、ちょうどその仕事を辞めたタイミングでキネマ旬報シアターがオープン。「この機会を逃す手はない」と、同館の求人に映写技師として応募した。しかし、シネコンとは設備や環境などあらゆる面で勝手が違い、当時の人手の少なさも相まって困難の連続だったという。それでも、実際にフィルムに触れる映写技師ならではの体験は、貴重なものとして胸に刻まれているようだ。
「フィルムを編集してつないだりとか、そういう仕事もしていたんですけど、実際にフィルムを触るのってすごく面白い体験で。普段はあくまで投影されたものを観ているのであって、平面の映画しか知らないじゃないですか。そこに手で触れるのは、体験としてすごく立体的というか。“映画に手で触れた”という感覚があるんですよね。フィルム上映は、映像にも“物が持つ気”が込められている気がして。スクリーンの奥にある空間的な広がりとか、匂いみたいなものを感じるんです。映画とそういう形で関われたというのは、自分にとってすごく大切な経験ですね」
コントロールできない環境で何かを感じる大切さ
家で、電車で、休憩中のオフィスで、配信サービスを使えばいつでもどこでも、邪魔されることなく1人で映画を観ることができるこの時代。それでも、映画館で映画を観ること自体に大きな価値があるのだと、多くの人がわかってくれることだろう。そんな“映画館で映画を観る”という体験の価値は、折坂にとってはいったいどこにあるのだろうか。
「1人で配信で観るのとは違って、“映画館で映画を観る”という体験は、自分だけのものじゃないんですよね。隣の人のリアクションを感じたり、いろんなものが総合されて自分の体験になっていく。そういう、自分がコントロールできない環境で何かを感じたりするのって、とても大切なことだと思うんです」
映画館で映画を観るのと同じくらい、“ライブで音楽を聴く”という体験も、自分でコントロールできない要素が多くあるものだ。この日のライブでも、思わぬところで誰かの手を叩く音が鳴り、時折幼い子供が笑い声を上げていた。みんなが同じものを観ていても、それぞれの在り方は決して同じではなくバラバラ。そういった状態に価値を見出す姿勢は、彼が以前野外フェスについて語った言葉とも重なる部分があるかもしれない。
「もちろんライブハウスやホールで全員が集中して聴いている状態もそれはそれでよさがあるけど、音楽の在り方として自然なのは、もしかしたら野外フェスのような形なのかもしれないと思うんです。吸い寄せられるように来て、立ち尽くして、自分のタイミングで離れて、また戻って来て、みたいなことを自由にできる状態こそ、音楽の在り方、ひいては表現の在り方として自然な気がするし、私はそういう空間が好きなんですよね」(参照:折坂悠太が考えるフェスの自由さ、音楽の在り方|「FUJI & SUN '25」開催記念特集)
そして、そういったアンコントローラブルな要素は、折坂の奏でる音楽自体にも多分に含まれている。それこそが、何かを表現するうえで映画館から学んだことなのだと彼は語ってくれた。
「音楽においても、いろんな雑音が入っているというのはすごく大事なことだと思っているし、自分の作品にも“コントロールできない要素”を入れるようにはしていて。偶然入った音とか、『この人とやると、なんかわかんないけどこういう音楽になるよね』という“ヨレ”や揺らぎ……簡単な言葉になってしまうけど空気感みたいなものですよね。そういうものを大事にしたいし、それは映画館という特殊な空間で学んだことなのかなと思います」
映画館は実験の場
柏という街に思いを馳せる際に、思い出す言葉がある。それは、以前ceroの髙城晶平に取材したときに聞いた「街にコンプがかかっちゃった」という発言だ(参照:cero高城晶平が武蔵野で語る「武蔵野クルーズエキゾチカ」)。これは吉祥寺についての言葉だが、柏という街にも同じことが起きているように感じられる。そごうやイトーヨーカドー、マルイといったシンボル的な施設がなくなり、老舗の喫茶店や本屋は次々と姿を消している。代わりにできたものはと言えば、駅前に3つもあるラーメンチェーンと、大看板を掲げたカラオケボックスだ。いろんなものが便利になっていく一方で、大事なものが確かに失われているような、そんな感覚を抱いているのはきっと自分だけではないはず。では、その変わりゆく街の中で、キネマ旬報シアターが残り続けることに、折坂はどんな意味を見出しているのか。改めて聞いてみたところ「『ここがなくなったら未来はない』ぐらいに私は思ってますよ」と、想像以上に重い言葉が返ってきた。そして彼は、映画館が持つ“実験の場”としての側面について強く言葉を紡ぐ。
「苦しい中で営業を続けているミニシアターはほかにもたくさんあるだろうけど、なんで苦しいかというと、実験をしているからだと思うんです。映画というもの自体、『この感覚わかってもらえますか』と投げかけるようなところがあって、特にこういうミニシアターでかかる作品の大半は『わかってもらえますかね……?』と観客に委ねるような性質がある。1つの視点をみんなで共有するような、ある種の実験をしていると思うんです。その実験をできる場所がなくなったら、残るのは『みんなこれが好きでしょ』というものだけで。そういう未来が、自分はとても恐ろしい。だからこれは、『思い入れがあるから残ってほしい』とか、そういった次元の話では決してなくて。人が生きていくために、こういう場所が必要だと思うんです」
映画館が実験の場であるならば、折坂のライブもまた、紛れもなく実験の場であると言えるだろう。この言葉を聞いたあとにライブで耳にした「トーチ」。「お前だけだ あの夜に あんなに笑っていた奴は 私だけだ この街で こんな思いをしてる奴は」──そんなサビのフレーズが「みんなこれが好きでしょ」という全体主義的なアプローチへの強い抗いのように胸に響いた。
「なるべく確かなものを届けたいという気持ちもあるけれど」と前置きしつつ、「いろんな雑音とかコントロールできないものを引き受けて音楽をやっている以上、これもまた私の実験ですし、そういう実験をできる表現者でありたいと思っています」と語る折坂。そんな彼の表現者としての在り方に、柏という街での生活はどのような影響を与えているのだろうか。
「これはあくまで私視点の話ですけど、『柏と言えば絶対にこれでしょ』みたいなものってあまりないと思うんですよ。それが少しコンプレックスでもあって。『自分の住んでいる場所にはいったい何があるんだろう』というのを、つい考えてしまうんです。それは柏という街自体もきっと一緒で。いろいろ変化していく中で、この街のアイデンティティがなんなのかを考えているような気がするというか。私は、自分の中に何があるかとか、どういう表現ができるのかとか、そういうことを探り探り考えている姿勢こそが、自分の表現者としての在り方だと思っていて。そういう意味では、この街と一緒に、自分のアイデンティティや在り方について考えているのかもしれないです」
皆さんと一緒に考えていけたら
この日のライブは、キネマ旬報シアターで働いている際に思いついたという楽曲「馬市」で締めくくられた。楽曲の着想の元となったのは、俳優・高峰秀子の特集上映の際にフィルムでかけたという映画「馬」。古いフィルムを何度もつなぎ直しているうちに愛着が生まれ、やがてこの映画をヒントに曲を作り始めたのだという。この日のライブではほかにも、「ティファニーで朝食を」を観たときに初めて「映画の曲なんだ」と知ったという「ムーンリバー」が演奏され、映画のフィルムにまつわる描写が登場する詩の朗読も行われた。そのパフォーマンスの数々は、折坂の表現の奥底に、このシアターで受け取ったものたちが根付いているのだということをありありと示すものだった。「この回を記念のような感じでやるつもりはございません。なんとかまた来れるように。日々かけられる映画のように、今日のライブのように、いろんな実験が続くように、皆さんと一緒に考えていけたらと思います」。そんな言葉に続けて最後の曲を終え、折坂の「柏!!!!」という叫び声で実験の幕は降ろされた。
約90分17曲。派手な演出もなければ豪華なアレンジがあるわけでもない。そんなライブは、この日集まった100人余りの目に、いったいどのように映っただろうか。自分のように柏に縁のある人もいれば、まったく関係のない遠い街から来た人もいたことだろう。人が100人いればその数だけの背景があり、その数だけの受け取り方がある。それこそが社会における豊かさなのだ。そして、その豊かさを作り出すのが、映画や音楽という“実験”であるに違いない。そんな実験の場が失われることのないように、郊外から豊かさが消えてしまうことのないように、市井に身を置く1人の人間として祈るばかりだ。
なおキネマ旬報シアターのクラウドファンディングは11月3日まで実施中。支援金額は5000円からとなっており、鑑賞チケットやお名前上映、劇場スクリーン貸切といった返礼品が用意されている。
プロフィール
折坂悠太(オリサカユウタ)
平成元年、鳥取県生まれのシンガーソングライター。幼少期をロシアやイランで過ごし、帰国後は千葉県に移る。2013年にギターの弾き語りでライブ活動を開始。2014年に自主制作のミニアルバム「あけぼの」を発表する。2015年に「のろしレコード」の立ち上げに参加。2016年には1stアルバム「たむけ」をリリースする。2018年10月に2ndアルバム「平成」を発表し、民謡やジャズ、ラテンなどさまざまな要素を取り入れた音楽性で、高い評価を得る。2024年6月に4thアルバム「呪文」を発表し。2025年5月にドイツ・ベルリンで一発録りしたEP「Straße」を発表し、9月より弾き語りツアー「独奏遊行 らいど 2025」を行っている。
折坂悠太 うえぶ
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施設情報
キネマ旬報シアター
所在地:〒277-0842 千葉県柏市末広町1-1 柏高島屋ステーションモール S館1F
電話番号:04-7141-7238
キネマ旬報シアター 公式サイト
キネマ旬報シアター (@kinejun_theater)・X
キネマ旬報シアター クラウドファンディングサイト
公演情報
折坂悠太 独奏遊行 らいど 2025(※終了分は割愛)
2025年10月30日(木)東京都 昭和女子大学 人見記念講堂
2025年11月2日(日)東京都 上野恩賜公園野外ステージ
2026年2月23日(月・祝)沖縄県 桜坂劇場 ホールA
2026年2月25日(水)沖縄県 Jazz Bar すけあくろ


