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アイドルダンス文化の変化 (中編)|鞘師里保インタビュー

鞘師里保
約1か月前2025年10月30日 11:04

2010年代のアイドルシーンを複数の記事で多角的に掘り下げていく本連載。今回はアイドルシーンにおける“ダンス”に着眼し、前編、中編、後編の3本立てで記事を展開している。歌唱力と同様にダンススキルの高さはアイドルにとって大きな魅力や個性につながるが、アイドルが踊る“ダンス”にさまざまなスタイルが生まれたのも、ファンがその文化を楽しむようになったのも2010年代に入ってから。どのような背景があって、アイドルのダンスは進化していったのだろうか。

前回の記事では、モーニング娘。が2012年より取り組んだ“フォーメーションダンス”にフォーカスし、このダンスを生み出した振付師・YOSHIKO氏に裏側を話してもらったが、中編となる本稿では当時のモーニング娘。のエースであった鞘師里保にインタビュー。AKB48劇場公演における楽曲の振付を手がけ、ソロアーティストとしては今年6月にメジャーデビューするなど、今も最前線でダンスと向き合い続けている彼女にモーニング娘。時代を振り返ってもらいつつ、2010年代のアイドルシーンにおけるダンスの変化について見解を語ってもらった。

取材・文 / 小野田衛

13年前の発言の真意

2010年代のアイドルシーンにおけるダンス文化を振り返るとき、大きなターニングポイントとして挙げられるのがモーニング娘。のフォーメーションダンス。そのキーパーソンである振付師・YOSHIKO氏に続き、中編となる今回はグループのエースだった鞘師里保が証言を重ねていく。

グループ卒業後の鞘師は、海外でのダンス留学を経てソロアーティストとして活動。2024年にAKB48劇場公演の振付を手がけて振付師としてデビューするなど、ダンスに対して広い角度から語ることができる貴重な人物の1人だ。

個人的な話になるが、筆者が最初に鞘師を取材させてもらったのは2012年の初頭だった。そのときの内容がえらく印象に残っている。当時のモーニング娘。が置かれた状況としては、長く続いた高橋愛リーダー体制が終焉を迎え、それと前後するように9期メンバー4人と10期メンバー4人が立て続けに加入。グループが転換期を迎える中、「どうやら新しく入った鞘師というメンバーのダンスがすごいらしい」という評判が熱心なファン以外にも届くようになっていた。

「ダンスがうまいってことで、世間でも評判になっているみたいですね」

一字一句まで正確には覚えていないものの、確かそのように取材現場で話しかけた記憶がある。すると鞘師は「すいません、恐縮です……」と困ったように笑いながら、少し言葉を探すようにして、自分のダンスへの向き合い方を語り始めた。

確かに自分は小学校時代の6年間、アクターズスクール広島で「うまくなりたい!」と必死に練習に打ち込んできた。でもモーニング娘。に加入してからは、その考え方が大きく変わった。練習することはもちろん大事だが、あくまで目的は「曲の世界観をどう届けるか」「お客様にどう楽しんでもらうか」ということであり、それこそが表現の本質なのだと気付かされた──。

要約すると、これが当時13歳だった鞘師の漏らした本音である。聞いていて、なんだか急に自分が恥ずかしくなった。プロ野球選手に「野球がうまいですね」と話しかけているようなものだからだ。振り返ってみると、これも報道する側のダンスに対するリテラシーが低いからこそ起きたことなのかもしれない。ただ、このときの鞘師の発言は「アイドルとダンス」というテーマに関して非常に示唆に富む内容だったのも事実。フォーメーションダンスに触れる前に、まずは13年前の発言の“真意”を問いただしてみた。

「アクターズスクール広島でダンスを評価していただいていたこともあり、ダンスのスキルを磨くことばかりを考えていて、表現や世界観といった部分に目を向ける余裕はありませんでした。モーニング娘。に加入したときも、正直ダンスには自信がありました。ところが、キャリア豊富な先輩方と同じステージに立つと、その自信はすぐに揺らぎました。先生や先輩から『主役は歌』『ダンスはあくまで歌を支えるもの』と言われ、当時、強いショックを受けたのを覚えています」

技術はダンスの一要素にすぎない

この“カルチャーショック”の正体について、27歳になった鞘師は「表現者として初歩的な部分」と冷静に分析する。

「先生や先輩方の言葉は、本当にその通りだと思います。たとえ自分がダンサーとして活動していたとしても、主役は常に歌であり、楽曲そのもの。これはスタイルや時代の問題ではなく、もっと根本的なことなんです。広島時代の私は『もっと練習してうまくなりたい、一番になりたい』と必死でした。でも、『ダンスで何を表現するのか』という視点は、12、3歳の私にはまだありませんでした」

こうしたダンス表現の深層部分にその年齢で気付くこと自体、天才だと感じる。しかし、鞘師本人は「これは当時、私がまだ子供だったからこそ受けたショックなんだと思う」とも付け加えた。

「私は12歳でモーニング娘。に加入しましたが、もし広島に残っていたとしても、いずれは表現の深い部分を学ぶ機会があったと思いますので、単に当時の私には理解が及んでいなかったというだけのことなんです」

早熟だった小学生時代の鞘師は、自分のことのみならず、アーティストに対しても「この人はダンスがうまい」「技術がある」といった角度で見ていたという。だが実際にモーニング娘。として活動するようになると、それだけでは不十分だと気付かされる。

「結局、技術はダンスの一要素にすぎないんです。私自身が『ダンス! ダンス!』と必死になっていたからこそ感じるのですが、やっぱりスキルだけでなく、“情緒”や“雰囲気”を持っている人のほうがダンサーとして魅力があると思います。歌もうまいか下手かだけではなく、“味がある”という評価がありますよね。ダンスもそれと同じで、人によって見方は違いますが、そこが面白いところだと思います」

指導者によるテイストの違い

かつて鞘師が経験し、戸惑ったという “ダンスへの向き合い方”の違い。これにはアクターズスクール広島とハロー!プロジェクトの指導者が持つ、それぞれのダンスに対する考え方も色濃く反映されているのかもしれない。では、アクターズスクール広島の講師として有名なMIKIKO氏と、フォーメーションダンスを編み出したYOSHIKO氏では、ダンスの面でどのような特徴があるのか? そう尋ねると、鞘師は2人のテイストの違いを噛み砕きながら解説してくれた。

「私の印象では、MIKIKO先生のダンスには無機質な美しさがあります。Perfumeさんのパフォーマンスでも感じられるように、“難しいことをさらりとこなすカッコよさ”があり、運動量も多く動きも細かいのに、それを感じさせない美学があります。息が上がってもそれを表に出さず、非常にスマートで、アート性の高さも際立っています。そんなところが魅力だと思います。YOSHIKO先生もアート寄りのダンスですが、どちらかというと“バネ感”の強いスタイルです。MIKIKO先生が光線を放つタイプだとすれば、YOSHIKO先生は波動を作るタイプ、と言ったほうがわかりやすいかもしれません。もちろん、どちらが優れているという話ではありません。例えば、映画でもアプローチが違うことがあると思います。流れがダイナミックなハリウッドの巨編もあれば、淡々と心の揺れを描くヨーロッパの文学的作品もありますよね。表現が作品ごとに違うように、ダンスにもさまざまなアプローチがあるのです」

そしてもう1人、鞘師にとって忘れられない“恩師”がいる。2023年にこの世を去った夏まゆみ氏だ。直接関わった機会こそ限られていたものの、夏氏のダンス哲学は鞘師の発言の節々から感じ取ることができる。それは「ダンスは曲の世界観を補完するものでしかない」という夏氏自身の言葉に集約されるものだ。

生前に取材した際、夏氏は「たぶん私はほかの振付師の先生方と考え方が違うのかもしれない」と、ポツリと口にしたことがあった。振付師という立場にもかかわらず、歌に対して強いこだわりを持っていたのである。例えばダンスレッスン中もメンバーにマイクを持たせて歌わせるようにする。オーディションの際も歌唱力を重視する。ときにはリップシンク……いわゆる口パクのグループを舌鋒鋭く批判することもあった。口癖は「ダンスだけを切り離して考えても意味がない」。純粋にダンス技術だけを教えるインストラクターとは、最初から求める世界が違っていたのだろう。

「夏先生から教わったことは今もずっと心に留めています。さまざまな表現に触れる中で、その言葉の重みを改めて強く感じるようになりました。表現者として、絶対に大切にすべき教えだと思います」

フォーメーションダンスが特に大変だった楽曲は

さて、鞘師加入後のモーニング娘。は「踊れるグループ」としての評価を高めていく。EDM楽曲&フォーメーションダンス路線によって、モーニング娘。は再び注目を浴びるようになった。

「それまでは『自分の感じたままに踊る』という表現が多かったのですが、2012年のフォーメーションダンス以降は、『作り上げられた表現に全体で合わせる』という感覚に変わりました。フォーメーションを整え、それをアートとして届ける方向にシフトしたのです。そして、そのダンスに多くの注目が集まったことに、非常に驚きました」

複雑なフォーメーションを作るにあたって、現場のメンバーたちも苦労が絶えなかった。「最初のうちは信じられないくらい筋肉痛になりましたね」と鞘師も笑いながら当時を振り返る。特に大変だった楽曲は52枚目のシングル「Help Me!!」(2013年)だという。

「メロで小田(さくら)が『♪こ~ころじゃ~』と歌う部分では、縦1列から2つのチームに分かれ、縦と横の軸を使ったフォーメーションを作ります。縦の移動だけでも大変なのに、横にも大きく動かなければならず、苦労しましたね」

なぜモーニング娘。がダンス面で一気に注目を浴びるようになったかと言えば、フォーメーションダンスに革新性があったからということになるだろう。人々はそれまで見たことがない動きに度肝を抜かれたのである。ただし、実際に現場で汗を流していた鞘師は「フォーメーションダンスで急にモーニング娘。がレベルアップしたわけではない」と強調する。

「それ以前もすごくクオリティが高いことをやっていたことは、ファンの方だったらご存知だと思います。『ダンステクニックがすごい!』という評価ではなかったかもしれませんが、『LOVEマシーン』のダンスはポップで多くの人が真似できるのと同時に、ダンスメソッドに沿ったアート性の高さも備えていた理想的な振付だったと思います」

ここで鞘師は、ダンサーで振付師でもある菅原小春の名前を口にした。ダンスシーンの最重要人物である菅原のことを以前から尊敬していた鞘師だが、ある日、偶然にも菅原のInstagramのストーリーで「LOVEマシーン」や「恋愛レボリューション21」の振付を称賛する書き込みを見つけたのだという。菅原による分析は「親しみやすいと同時に、実はものすごく練られている」というもの。以前から同じことを感じていた鞘師は「わが意を得たり!」と、その場で静かに喜びを爆発させた。なお、「LOVEマシーン」も「恋愛レボリューション21」も振付を担当したのは夏まゆみ氏である。

日本のアイドルは特殊

鞘師がダンスについてここまで構造的にわかりやすく解説できるのは、おそらく普段から人一倍ダンスについて深く思考しているからだろう。ここから、いよいよ今回の主題でもある「アイドルのダンスが世の中で注目されるようになった理由」について踏み込んで話してくれた。

「アーティストやアイドルの楽しみ方が変わったことは大きいように感じています。ネットやスマホで誰でも何度も動画を観られるようになり、見た目のインパクトが重要になりました。特にダンスは動きで感動を伝えやすく、短い縦動画では『キメ顔や技の一瞬』が印象に残るため、歌をじっくり聴くより視覚的な魅力が重視される場面が増えたように思います」

もっとも鞘師自身は、この変化には一長一短があると感じているようだ。動画で“映える”ことを第一に考えすぎるあまり、実際のライブにおけるダイナミズムが疎かになることもある。とはいえ、このネット時代の流れが止められるものでもないことも重々理解している。またネットカルチャーの台頭とともに、日本のダンスを変えたものとしてよく挙げられるのがK-POPからの影響。ただし鞘師はそのK-POPからの影響について、決してシンプルな話ではないと語る。

「私たちがフォーメーションダンスを始めた頃、すでにK-POPは人気で、少女時代さんやKARAさんが注目を集めていました。ただ、フォーメーションやダンサーのような振付が本格的に広まったのはそのあとで、個人的にはEXOさんがダンスを大きく変えたと思います。メンバー全員が踊れ、大胆なフォーメーションを取り入れていたからです。でも、日本にはK-POP風のグループもあれば、独自スタイルを貫くグループも多くあり、“K-POPからの影響は?”と聞かれるととても難しい話だなと思います」

ここまで一気に語ると、少し間を置いてから言葉を続けた。

「日本のアイドル文化はすでに海外に届き、ある程度受け入れられているということを前提とした場合、無理に海外のスタイルに合わせる必要はないと考えられます。一方で、例えばモーニング娘。はサウンド面でさまざまな音楽ジャンルからの影響が見受けられますが、そのうえで独自性を感じる理由は、楽曲の構成はもちろん、おそらく日本語特有の語感や、楽曲に合わせて作られる振付によって最終的に異なる印象になるからです。もしすべての曲を英詞で歌っていたら、ダンスもより洋楽寄りになっていたかもしれません」

こうした視野の広い発想ができるのは、グループ卒業後、海外でダンス修行を重ねてきた経験によるところも大きいはずだ。実際、留学先ではハロプロ加入時とは別の意味でカルチャーショックを受けることもあったという。

「アメリカで最初に驚いたのは、人々のダンスがまったくそろっていなかったことです。先生の指示通りに踊らないのに、『素晴らしい!最高!』と褒められていて、最初は戸惑いました。しかし、それによって、自分のスタイルで踊ることの大切さや、ダンスで自分を表現する面白さを改めて実感しました。本来のストリートダンスはそういうものですよね。もちろん、日本の指導者もアメリカのダンスの知識を持っており、留学経験者も多くいます。楽曲構造やサウンドの違いを踏まえ、日本独自のアイドルダンス文化が作られているのだと思います」

振付師・鞘師里保

帰国後の鞘師は、少し間を挟んだあと、2020年にソロ活動を開始。その後は“歌って踊れる本格派アーティスト”として幅広い支持を集めつつ、今年6月にエイベックスからメジャーデビューを果たした。

その一方で2024年には振付師としてもデビューを果たした。AKB48の新劇場公演「ここからだ」の中で14曲目「緞帳を上げてくれ!」の振付を一任されたのだ。それまで自身のソロ楽曲の振付を考えることはあったが、グループのコレオを担当するのは初めてのことだった。

「カッコよさとかわいさのバランスを意識しつつ、フォーメーションダンスも取り入れました。振付を作る中で自然とYOSHIKO先生の影響を受けていたことに気付き、多くの学びがありました」

普段のおっとりとした口調からは想像できないが、AKB48メンバーに対する鞘師の指導は“熱血”だった模様。「せっかく直接振り入れをさせていただく機会をいただいたので、AKB48の皆さんには単なる振りの動きだけではなく、表現というかニュアンスを伝えることを重視しました」とスタジオでのやりとりを思い入れたっぷりに振り返る。

「私が皆さんに強くお伝えしたのは、『曲をカウントで取らないでほしい。音で取ってほしい』ということ。どういうことかというと、通常、ダンスレッスンというのは“ワン・ツー・スリー・フォー! ファイブ・シックス・セブン・エイト!”という感じでカウントに合わせて踊っていきます。でも実際の楽曲は4分音符なり8分音符が均等に並んでいるわけではなく、フレーズやメロディの途中に“バン!”とアクセントが入るんですね。その“バン!”に合わせて体を動かすことが、ものすごく大事なんです」

楽曲を歌ったり演奏したりする際は、抑揚を付けて感情やニュアンスを乗せることが求められる。この抑揚という概念がダンスにおいても非常に重要になるのだという。

「アクセントやニュアンスを付けることで、初めてダンスに人の心が入るわけですね。そうしないと、見ている人に響かないんだと思います」

AKB48の若きメンバーに、アクターズスクール広島、YOSHIKO氏、夏氏から受け取った“イズム”を注入していく現在の鞘師。日本のアイドルダンス文化の正統継承者ともいえる彼女の証言から、2010年代に起きたダンス革命の実態が浮かび上がってきたのではないだろうか。だが、このテーマについて結論を出す前に、さらに多角的な検証を加えていきたい。YOSHIKO氏や鞘師とは別の形でアイドルに深く関わり続けた振付師の竹中夏海氏はどのように考えているのか? 後編では竹中氏へのインタビューを掲載する。

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