音楽の仕事に携わる映像作家たちに焦点を当てる「映像で音楽を奏でる人々」。この連載ではこれまで、ミュージックビデオの監督を中心にさまざまな人々の話を聞いてきたが、今回登場するのはNHK Eテレの美術番組「びじゅチューン!」で知られる井上涼だ。
「びじゅチューン!」ではアニメーション制作のみならず、作詞作曲から歌唱までもすべて1人で手がけていた井上。難解に思われがちな美術作品を自分なりに解釈し、ユニークなアニメーションと音楽で紹介することで、彼は子供たちをはじめ多くの人の心をつかんできた。そしてこの番組は2025年度(2026年3月)をもって、惜しまれつつもレギュラー放送を終了した。
そこで今回は「びじゅチューン!」の13年間を総括する振り返りとして、オリジナリティあふれるポップな作品を生み出す背景や、1人ですべてをこなす制作の裏側、映像と音楽それぞれのルーツ、そして次なるステップへと向かう現在の心境まで、たっぷり語ってもらった。
取材・文 / 橋本尚平 撮影 / 藤記美帆
人に何かを頼むのは苦手だから、自分だけで完結させちゃおう
私のルーツにあるのは、やっぱりアニメだと思います。中学生の頃に「新世紀エヴァンゲリオン」や「少女革命ウテナ」にすごく影響を受けて。でも大学生になって実際にアニメを作ろうと思ったときに、お金が全然なかったのと、「人に何かを頼むのは苦手だから、自分だけで完結させちゃおう」みたいな内向的な理由で、全部1人で作ることにしたんです。アニメの中に歌を流したいと思ったら、「やってみようかな」くらいの軽い気持ちで、GarageBandという音楽ソフトを使って自分で曲を作ったり。2000年代初期ぐらいにNHKで、デジタルアート作品を一般公募する「デジタル・スタジアム」という番組をやっていて、「1人でなんでもやっちゃいます」みたいなクリエイターがいっぱい出てたので、「みんなそうなのかな」みたいな感覚でした。
大学の頃に「この町のPRムービーを作ってください」という学外のコンテストに応募したり、「無調整豆乳のCMを作ってください」みたいな学校の課題に取り組んだりしていたんです。確か、初めて作曲したのはその時期だったと思います。そんな流れの中で、卒業制作として作った「赤ずきんと健康」が意図せずニコニコ動画でバズったんです。
でも、自分がネットに疎かったのもあって、次の一手としてどんな作品を作ればいいのか全然わからなくて迷っちゃったんですよ。それで試行錯誤の中、しばらくは実写の映像も作っていました。実写自体は大学の頃から作ってたんですけど、当時は「びじゅチューン!」が始まる前に広告の会社に4、5年勤めていたタイミングで、仕事が忙しくてアニメを1枚1枚じっくり描いている時間があまり取れそうになくて。あれは「実写なら、がんばれば土日だけで作れたりする」という側面があったなって、今振り返って思いました。
2012年にEテレの「テクネ 映像の教室」という番組に出させていただいたんですが、そのプロデューサーがのちの「びじゅチューン!」のプロデューサーだったんです。いわゆる美術番組をずっと作られてきた方で、ちょうど「多くの人に魅力を感じてもらえる美術番組を作りたい」と考えていたそうです。そこで声をかけてもらったのがきっかけで、2013年に「びじゅチューン!」の開発番組を作ることが決まりました。
開発番組は半年間に2回あって、3本ずつ作ったんですけど、Twitter(現X)で検索して「反響はいいみたいだ」という感触はありました。「なんでこんな無表情であんまり笑わない、すごい棒読みな人が番組に出てるのかわからない」みたいな感想も目にしましたけどね(笑)。そりゃ世間の人からすれば「こいつ誰?」って状態ですから。観ていた方々は違和感や不気味さを感じてたんじゃないかな。でもNHKとしては、そういうツッコミどころがあることも含めて「反響がいい」と捉えていたんだと思います。
それで2014年にレギュラー化が決まって。会社員の生活と「びじゅチューン!」の制作が重なったので、「会社員との二足のわらじは無理だ」となって会社を辞めました。とはいえ、こんなに続くとは誰も考えていなかったと思います。たまたま長く続いたけど、やっぱり美術番組って世間的に見たらニッチなものだし。でも当時は、YouTubeなどで短尺の動画が流行り出した時期で、ショートアニメというフォーマットが時代の流れとうまく合致したのかなと思います。ちょうどNHKがネット配信に力を入れていくタイミングでもありましたし。
あと、「びじゅチューン!」は開始時からずっと「5分間の放送枠の中で、曲を2回流して観る人の頭に刷り込む」という構成なので、曲に使える時間は1分30秒だけなんですよ。だからどの曲も前奏がない。たまたまなんですけど、それも最近のJ-POPと一緒ですよね。
美術作品にはどれも「ここを見てほしい」というポイントがあるんです
発想の源にする美術作品には明確な基準があって、「有名なものからやる」というのがプロデューサーとの決め事の1つでした。幼稚園や保育園に通っているときに番組で観て、一度忘れてしまったとしても、また教科書で写真を目にするくらいの有名なもの。もしくは、展覧会で日本に来る可能性が高いものとか。あと決めていたのは、絵画だけでなく彫刻も建築も、あらゆる美術をまんべんなくやるということ。その2つの基準をもとに毎回プロデューサーと相談して、「これは歌にできますね」「これならアニメが作れますね」と言って選んでいました。例えば「人間がいっぱい登場する絵画だとアニメで描き切れない」なんてこともあるんですよ。
曲やアニメを考えるときには、私の中で理屈があって。美術作品にはどれも「ここを見てほしい」というポイントがあるんです。そのポイントを自分なりに見つけて、「私はここに気付きましたよ」「ここを見てほしいな」というのを歌にして共有する。ゼロベースで考えているわけではなくて、すでに練られた美術作品を見ながら「こんなことが言いたいのかな?」と感じたことを形にしてるので、ネタが尽きて困るということはないんです。
ただ、そのための適切な時間がないと苦しいですね。1曲にあまり時間をかけられない時期もあって、3年目くらいには「もうやっていけないかも」と思うこともありました。年に18本作っていましたから。次から次へと作らなきゃいけなくて、1つひとつの美術作品を深く知れないまま形にしないといけないとなると、罪悪感が強くなるんです。美大に通っていたとはいっても、当時の私は昔の美術にまったく興味がなくて、体系化された歴史の知識もなかったですし。でもその後、月1本に制作ペースを落としてからは、ちゃんと学んだうえで作ることができるようになりました。
逆に、知識がないからこそ先入観なく面白いものを作れたというのはあると思います。ただ、歴史上の美術作品を扱うと宗教的な面にどうしても触れることになるので、そこは気を使わなくてはいけません。信仰している人たちが嫌な気持ちにならないようにしなきゃいけないし、この番組が窓口になって初めていろんな神様に触れる子供たちもいっぱいいるので、変にネガティブなイメージを付けないようにしなきゃいけない。かといって信仰を勧める番組じゃないから、あくまでフラットな目線で作らなきゃいけない。その国々の信仰のことも理解しつつ、「世間の一般的な感覚」に作品を落とし込んで、そのうえで多くの人が「面白い」と思うものに仕上げるのってすごく大変で、本当に怖かったですね。本を読んでも書いてあることが難しいですし、私自身は信仰心がそこまで強くないから、共感が難しいものもありました。
一番影響を受けているミュージシャンは
もともと好きだったミュージシャンは、宇多田ヒカルと安室奈美恵、そしてPerfume。NHK-FMで昔やっていた「ミュージックスクエア」という番組を10代の頃にすごく聴いていて、そこでJ-POPランキングの上位に入るような曲を聴いていたのが音楽の原体験です。その中でも一番影響を受けているのは安室さんかもしれません。ご自身で作曲はされていなくても、パフォーマンスが誰よりも上手で。ダンサーとピタッとそろって踊っているのに、気負いなく「今思いつきで動いてますよ」みたいな気楽さも持ち合わせている。そういうカッコよさにすごく感化されました。
自分が音楽を作る側になってからは北米の音楽もチェックするようになって。「最近はラテンがブームだからバッド・バニーを聴いてみよう」「この人、コーチェラに出てたな」とトレンドを追ったりもしています。それで「このステップはどうやって作ってるんだろう?」と自分なりに真似してみたりして。例えば「転校生ミス・ブランチ」はジャージークラブ風ですけど、あれはNewJeansの「Ditto」を聴いて「こんなリズムがあるんだ」と知って作ったもので。モチーフにした「ミス・ブランチ」の作者である倉俣史朗も音楽が好きな人だったので、その時々の流行りの音楽を取り入れるのは正しいというか、「ミス・ブランチ」をいろんなレイヤーで表現することができたなと思ってます。
私は声がのっぺりしていて、なんでも一緒に聴こえちゃいがちなので、曲のイメージがあんまり似ないように、オケは毎回あちこち変えないと、というのを意識しています。だからジャンルとか曲調はかなりいろいろやってるんですけど、作っていて楽しいのは“切ないポップス”ですね。別れみたいなテーマで、明るい曲調だけどコードがマイナーな曲が好きなので、すぐ手癖でやっちゃいます。「ダメだ、またやってる」って思いながら(笑)。
バックコーラスを担当してくださっているジョリーラジャーズの皆さんとは、制作中のやりとりは実はほぼなくて。最初に「この曲はこの美術作品を元にしていて、こういう趣旨で書かれています」というワードシートを2枚分ぐらいまとめて、編曲の吉岡弘行さんにお渡しするんです。「この絵を描いたのはボッティチェリという人なので、こういう言葉を入れるといいかもしれません」のようなエッセンスをまとめて。次にお会いするのはレコーディング当日なので、やりとりの往復はまったくないんですよ。もうほとんど完成させてくるので、あとはレコーディングブースで「こんな言葉を使っちゃって大丈夫ですかね?」「いや、すごくいいと思います」みたいなやりとりだけして。どうしても「やめたほうがいいかな」っていう部分だけ削ってもらうけど、あとはもうお任せに近いですね。とはいえ、やめたほうがいいと思うことはほとんどないです。
ジョリーラジャーズの皆さんとは、長年やっていく中で阿吽の呼吸になっていったところもあります。最初の頃は、私が一番年下だったのもあって「こうしてください」なんて流暢にお願いできる状態じゃなかったんです。音楽用語も知らないから「もっと低音を削ってほしいな」と思っても伝え方がわからなくて。年月を重ねて「こういうのが聴きたいですね」と言えるようになって、できるやりとりが増えてお互いの理解が深まった感じです。
「びじゅチューン!」をやっていて最初に手応えを感じたのは
決められた1分半の尺の中で、3番まで作ったり、無理やり間奏を詰め込んだり、いろんなことを試したので、1分半の曲を作ることの知見はすごく貯まってます。秒数と展開の兼ね合いとか。ただ、本当にピンポイントにそれだけうまくなってるので、その枠が取り払われた今「3分の曲なんてどうやって作るんだっけ?」みたいな状態になってますね(笑)。最近の作品だと「誰が袖屏風」をモチーフにした「真犯人を告げる誰が袖図屏風」という名探偵コナンみたいなストーリーの曲があるんですが、誰が犯人かというサスペンス要素と解決の展開が1曲の中でうまく作れたなと思います。
「びじゅチューン!」をやっていて最初に手応えを感じたのは、3年目に作った「武蔵の遅刻理由」ですかね。3番まであるんですけど、ただの繰り返しではなく3回目にちょっと違うことが起こる。1分半でこういう展開が作れるんだ、キャラクターがしゃべれる分量はこれくらいなんだっていう感覚がつかめて、かつ視聴者の皆さんからの反応もすごくよくて、1曲の中にストーリーを織り込む成功例を作れたなって当時感じていました。
回数を重ねるうちに、過去の曲に出てきたキャラクターを再登場させるようになったんですけど、これは本当にただの思いつきで。最初は「ムンクの叫びラーメン」で、モブキャラのお客さんを描くのが面倒くさくて「今まで描いたキャラクターを出せば楽じゃん」と思って描いたんです。そしたら観てくれた方からのリアクションがすごくあって、「知ってるキャラがもう1回出てくると喜ぶんだな」と学習して、昨日のおかずをもう1回使うような感覚でポンポンやっていました。キャラの設定とか覚えられないし、それぞれの関係性とかも自分でも全然把握していないんですけど、反応がいいのがうれしくてやってました(笑)。
長く続けているうちに自分にプロデューサー的な視点が備わってきたのを感じていて。曲のアイデアをまとめながら「こういう曲をみんな好きみたいだから、ド真ん中のものを作ってみよう」とか「こういうキャラを作ったらグッズになったときに便利だな」とか、「びじゅチューン!」が広がっていくための適切な形みたいなものをつかむのがうまくなった感覚はありました。
“普通に生きている人間としての感覚”からズレないように
放送が始まって3年目以降は、2カ月に3本というペースで、その3本を同時進行で作っていました。まず1カ月くらいかけて調べ物をして、3本分の企画をプロデューサーに持っていって、曲を作りながら週1で打ち合わせをして「ここまでできました」って共有をして、最後にアニメを放送の2週間前くらいにバーッと作る、という感じです。最初のプロット作りに時間をかけて、慎重にやっていましたね。
かなり忙しかったですけど、プライベートの時間も無理やり取るようにはしていました。友達に会って遊びに行ったりとか。“普通に生きている人間としての感覚”からズレないようにしようと思ってたんですよ。例えば「今スーパーで何がいくらで売ってるのか」みたいな、そういうことがわからないのはよくないと思っていたので、料理もするようにしています。
2022年からは新作の放送が年間6本に減って、そんな忙しさは一段落しました。世間から忘れられてしまう速度が速くなっている時代なので、過去作品のリマインドがすごく大事ということで、番組を一過性のものにしないためにも再放送を増やそうということになったんです。私はどんどん作りたいほうなので、本数が減るのは嫌だなと思っていたんですが、月1本ペースでいつまで続けられるのか?ということも考えていたし、それは受け入れるべきだなと。
そのぶん、ほかの作品を作る時間に充ててバランスを取っていました。制作ペースが夏3本、冬3本になったので、これはK-POPのカムバだと思うことにして、新作が放送されるときにピークが来るように、インスタライブをやったり、匂わせ投稿みたいなことをしたり(笑)、皆さんが楽しみにしてくれるように自分で盛り上げてましたね。
私はある意味「アイドル性のあるアーティスト」
「びじゅチューン!」のレギュラー放送が終わった2026年3月に「卒業 feat. DJみそしるとMCごはん」っていう曲を配信リリースしたんです。「びじゅチューン!」用に最後に作っていた曲が明るめの曲調だったので、純粋に私が作りたい、切ない要素だけの曲を作ろうと思って。1人で作ってるとすごく内向的なものになりそうだったから、番組でも何度もつながりがあったごはんちゃん(DJみそしるとMCごはん)に入ってもらって、一緒に作りました。これは明確に、今まで「びじゅチューン!」を観てくれていた人たちに向けて作った曲です。番組が終わって寂しいなと思ってる人の受け皿みたいな位置付けというか。「びじゅチューン!」が終わってもまだ作品を作り続けますよ、ということを伝えたかったのもあって。
たぶん「びじゅチューン!」がここまで続いたのは、みんなが美術に対してなんとなく持っている「苦手意識」や「憧れ」にうまくフィットしたからだと思います。番組を始めてからいただいた反応の中でも「それまで苦手だと感じていた」という人が一番多かったんですよ。もっと美術を知りたい気持ちはあるんだけど、知識のない自分にはどうしていいかわからない、でも番組を観て「こんな解釈の仕方でもいいんだ」と気付いて、最初の1歩を踏み出すきっかけになりました、みたいな。
それと、番組のフォーマットが時代感覚や今の人たちの生活様式に合っていたのもありそうです。忙しい生活の中でも1分半で観れるし、「NHKがやってるから子供に見せても大丈夫そうだ」という信頼感もできてきて、まだちっちゃいお子さんがいる家庭のお母さんの需要に合致した。ちょうどいいところに、ちょうどなかったものが生まれたんだろうなって。
あとは私の存在というのも大きかったのかもですね。いい感じにキャッチーで、いい感じに得体が知れない人がやってるという。自分で言うのもなんですけど、私はある意味「アイドル性のあるアーティスト」みたいなところがあるんです。アニメや曲が単体だけで好かれてるというより、それを作った井上涼の人となりも含めて好かれている。作品を作りながらアーティスト自身も前面に出るのは普通のことなんですけど、こういうビジュアルで、こういう声としゃべり方なのが絶妙に親しみやすいのかなって。作品と人のバランスがちょうどいいんだろうなと思ってます。
番組がなくなって不安もあるけど、今やりたいことはいっぱいあるんですよ
この13年間の経験から得たものはいっぱいありますけど、一番は「子供というものを学んだ」ことですね。私は子供の頃、子供番組然とした番組が嫌いで。大人びて見られたいので「難しい言葉も読めるから、幼い言葉を使ってほしくない」と感じてたんですよ。たぶん「びじゅチューン!」に引っかかるのはそういう子も多いと思うので、漢字にはふりがなを振りつつ難しい言葉もそのまま使ってるんです。だから「自分が子供の頃に観たかったもの」を作っている感覚があります。
あとは、子供たちが本当に気まぐれでありつつ独自の理屈で動いていることとか、親御さんが「こんなふうに育ってほしい」と思ってもなかなかうまくいかないこととか、そういう子育てのあるあるも学びました。私には子供がいませんし、これから持つ予定もないので、番組を通じて実感できたのはすごく大きかったです。
レギュラー放送は一段落したんですけど、これからも頻繁に作品を作ることが重要かなと思ってます。その時々に考えていることを作品にして、あとで「こういう時代だったんだな」と振り返られるのって大事なことだから、寡作にならないようにしようって。
この間、Chara+YUKIのコンサートを観に行って「ハモれるっていいなあ」「楽器ってやっぱり弾けたほうがいいかも!」と思ったんですよ。だからこの機会にボイトレに行ってみたり、ピアノやギターの練習を始めたりしたいです。ごはんちゃんが今年ミュージカルに初めて出演することになって、最近は歌い方のレッスンを受けてるらしいんですけど、その話を聞いててすごくワクワクしたのもあるし。今までやってこなかったことがめちゃくちゃいっぱいあるから、新しいことを学びたい。それと、K-POPの曲をより楽しめるように韓国語の勉強もしたいですね。aespaの曲には言葉遊びみたいな歌詞がいっぱいあるから、そういうのを理解したいです。美術作品を知ろうとするとフランス語がいっぱい出てくるので、去年からフランス語をちょっと習ってたんですけど、言葉を知ってるだけで理解が全然違うんですよ。
あとは、ライブをやりたいです。たぶん私のコンサートに来てくれる人は「びじゅチューン!」の曲を聴きたい人が多いと思うんですけど、レギュラー放送が終わっても「びじゅチューン!」の曲は歌えるので。そういう曲をこれからも歌っていきながら、それと関係ない新曲も歌えるように、ちゃんと歌を学んでみたりして、ライブが上手になりたいですね。アニメに関しても、1人だけじゃなくてもっといろんな人と一緒に作ってみたいなとか、今までは短編が多かったから30分以上あるようなものに挑戦してみたいなとか、新海誠作品くらい背景を描き込みたいなとか(笑)。番組がなくなってちゃんとうまくやっていけるのかという不安もあるけど、今やりたいことはいっぱいあるんですよ。
井上涼が影響を受けた映像作品
先ほども名前を出したんですが、アニメで一番影響を受けたのは「少女革命ウテナ」です。中学生という一番多感な時期に観たのもあって。髪の毛がブワーッと風でなびいたり、布がはためいたりというアニメーション表現がすごく気持ちよくて。
あと「少女革命ウテナ」からは、女性2人の友情にもすごく影響を受けました。「びじゅチューン!」の「小面の休日」に出てくる2人の関係性も、そういう“ウテナ的なもの”のエッセンスがすごく反映されています。
ほかには「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」も自分の原点になっているアニメの1つです。これは当時よりも今のほうがよく観てますね。作画の作業をしているときに「気合いの入った作画のアニメを観たいな」と思って、自分がよりがんばるために流しているんです。草薙素子が上から撃たれてバラバラッとなるところとか、「これ手描きなんだ!」という作り手のがんばりをすごく感じるので。「アニメでは、描けさえすればなんでもできる」という気持ちになれるから、押井守監督の「GHOST IN THE SHELL」と「機動警察パトレイバー」劇場版の1と2は、作業しながら繰り返し観ています。
プロフィール
井上涼(イノウエリョウ)
1983年兵庫県生まれ。金沢美術工芸大学の卒業制作作品「赤ずきんと健康」が、若手クリエイターの登竜門的コンテスト・BACA-JAの映像コンテンツ部門で佳作を受賞した。2013年から2026年までNHK Eテレで放送された、世界の美術を歌とアニメで紹介する番組「びじゅチューン!」で作詞、作曲、歌、アニメ制作を担当。2016年から2024年まで毎日小学生新聞でマンガ「井上涼の美術でござる」を連載した。2026年5月には、「雉香炉さんちは職場結婚」から「おろおろギタリスト」までの15曲に特典映像を加えたDVDブック最新刊「びじゅチューン! DVD BOOK 8」を小学館から発売。さらに9月30日には、ポニーキャニオンより「びじゅチューン!」CD&音楽配信の第3弾リリースも予定されている。


