新宿副都心の超高層ビル街の先駆けとして知られる新宿三井ビルディングでは、毎年夏の終わりになると、入居テナント企業の従業員だけが参加できる、会社対抗のど自慢大会が開催される。ビル竣工の翌年、1975年に第1回目が行われて以来続くこのイベントは、今年で49回目を迎える西新宿の夏の風物詩。“素人のカラオケ大会”というイメージを覆すハイレベルなパフォーマンスや、会社の垣根を越えて繰り広げられるさまざまな人間ドラマが評判を呼び、近年ではテナント企業と関係のない観客も数多く訪れる人気イベントとなっている。今年は8月26、27日に予選、8月28日に決勝が行われる予定だ。
そんな“三井ビルのど自慢”に魅せられ、定年退職後も大会に出場し続けるために、新宿三井ビルディングの警備員として再就職した人物がいる。会員制ダイニングレストラン・新宿三井クラブの支配人として昨年大会に出場し、悲願だった決勝進出を果たした黒谷次孝氏だ。なぜ彼は、そこまでしてこの大会の舞台に立ち続けたいのか。
一般的な音楽ファンとは異なったアプローチで音楽を味わっている人々に話を聞き、これまであまり目を向けられてこなかった多様な楽しみ方を探る本連載。第4回は黒谷氏にインタビューを行い、“三井ビルのど自慢”に人生を懸ける理由や、人々を惹きつけてやまないこの大会の魅力について語ってもらった。
取材・文 / 下井草秀 撮影 / 梅原渉
きっかけは、1人のアイドルだった
令和の今、日本で最も威勢よく観る者の魂を燃えたぎらせる夏フェスは、フジロックでもなければサマーソニックでもない。「新宿三井ビルディング会社対抗のど自慢大会」である。──と、好事家ゆえの完全なる独断から始めてみた。新宿副都心にそびえる55階建ての超高層ビル、新宿三井ビルディングにおいて、開業間もない1975年から始まったこの催しは、今年で第49回を迎えることになる。
8月の終わりの3日間に挙行され、水・木曜は予選、金曜が決勝。ここ数年は、約90組が参戦してきた。地下1階レベルに位置する屋外スペースに設けられた広場「55HIROBA」において、本格的な音響と照明を駆使して繰り広げられるパフォーマンスは、素人のカラオケ大会というレベルを遥かに超越している。とにかく、一度観たら、魅了されてしまうはず。
大会にエントリーする資格を有するのは、このビルに入居するテナント企業の従業員のみ。つまり、人事異動やら退職やらでこちらの事業所を離れたり、勤務先自体がこのビルから退去したりすると、出場は叶わなくなってしまう(さらに、一度3位以内に入ると殿堂入りし、その後5年間は参加できないという、マンネリを防ぐための仕組みもある)。このサラリーマン社会ならではの鉄の掟によって、会場に熱狂を巻き起こしていた数々の常連アクトが、舞台からやむなく姿を消してきたのだ。
今年、そのシステムに敢然と立ち向かう猛者が現れた。その男の名は、黒谷次孝。昨年は、新宿三井クラブ支配人としてUruの「あなたがいることで」を熱唱し決勝に進出、12位にランクされた実力派アクトである。65歳を迎えたことでこの3月に定年退職したため、出場資格を失ったかと思いきや、なんと、心機一転、6月から新宿三井ビルディングに警備員として再就職、のど自慢へのチャレンジをキープオンすることとなったのだから恐れ入る。この大会に人生を懸ける、その理由を問う。
「出身は富山県の高岡市です。5人兄弟の三男として生まれました。上京して一橋大学法学部に入学し、アメリカンフットボール部ではチーフマネージャーを務め、新卒で三井不動産に就職しました。その後は、地方への転勤も含め、さまざまな部署を経験しましたが、法人営業の部署を渡り歩き、大規模商業施設を担当する時期が長かったですね。その合間に、第一園芸、三井不動産販売といった子会社にも出向。新宿三井クラブは、会社員人生の最後の3年間を飾る出向先となりました」
クラブ支配人という肩書、そして銀ラメのスーツというステージ衣装のダンディな着こなしから、てっきりゴージャスにきらめくナイトライフの世界を渡り歩いてきたものと受け取っていたが、そのキャリアは、意外にも、堂々たるエスタブリッシュメント企業のエリートビジネスマンとしての軌跡を示していた。
「新宿三井ビルディング54階、地上200mの高さに位置する新宿三井クラブは、三井グループの会員各社が利用できる施設で、ブラッセリーとパーティ会場を擁します。支配人は代々、三井不動産からの出向者が務めているんですよ」
黒谷氏が新宿に赴任したのは、ちょうど、コロナ禍によって3年間の中断を余儀なくされたのど自慢大会が再開する2023年のことだった。
「三井クラブからのど自慢に出場したのは、長い歴史の中で、僕が初めてだったらしいです。自分が着任したその年に大会が再始動するなんて、これは運命だと感じました。実は、このビルに来る前から、大会の存在自体は知ってたんですよ。大昔に、一度観に来たこともあります。そのときは、フジテレビのアナウンサーが司会を務めていて、今みたいにカラオケではなく、生バンドが伴奏していましたね。豪勢なイベントだと思いましたよ」
のど自慢にエントリーする黒谷氏が目標としたのは「ファイナリスト」、1人の女性アイドルが勝ち取った栄冠だった。そこには、商業施設に関わる法人営業に関し、その辣腕ぶりを社の内外に轟かせたビジネスマンとしての業績に導かれた縁が潜んでいる。
「10年ちょっと前の三井不動産時代、新潟市にある商業施設・ラブラ2にNGT48劇場を開設するための場所作りに携わったことがあるんですよ。さまざまな調整が必要で、なかなかタフな交渉でしたね。そこでNGT48の存在を知って、のちにメンバーとなる三村妃乃さんの存在を認識し、圧倒的に歌唱力の高い彼女は、僕にとっての推しになりました。三村さんは、これまでに計6回開催されているAKB48グループ歌唱力No.1決定戦に毎回出場し、第5回のユニット戦では優勝しています。アイドル人生を懸けてファイナリストを目指すその熱量に感動し、ファンである自分も、“三井ビルのど自慢”のファイナリストになることを志しました」
大学合格よりも、就職内定よりもドーパミンが分泌した瞬間
支配人として初めて出場した2023年に歌ったのは、グラシェラ・スサーナの「アドロ」。アルゼンチン出身の女性シンガーが、1971年に日本語詞で歌ってヒットさせたアダルトなナンバーである。
「新宿三井クラブ代表の人間として、“クラブ歌手”にふさわしい楽曲を歌おうと企てまして。この曲を歌唱した回数が日本で一番多いのは俺だろう、そんな自負を持つほどの十八番なんですよ。接待の場でひたすら歌いましたから。ただ、いかんせんあまり知られていない曲だったのが仇となって、予選落ちしてしまいました。やっぱり、ある程度の知名度がある曲じゃないと盛り上がらないんだなと痛感しましたね」
その反省を生かし、2年目の2024年に選んだのは、小田和正の「たしかなこと」。確かに、明治安田生命のCMソングでもあったことだし、観客にも耳馴染みがあっただろう。
「僕の出番の前に、西新宿をゲリラ豪雨が襲い、予選が70分間中断されたんですよ。雨が止み、女性出場者が倖田來未の『キューティーハニー』をコスプレで披露したんですが、途中でパッと衣装を脱いだりするケレン味のある演出で、これがえらく盛り上がりまして。この後にバラードは分が悪いなあと思いきや、『たしかなこと』の歌い出しはタイムリーにも『雨上がりの空を見ていた』だったもので、会場から歓喜の声が上がりました。こりゃいけるぞと感じ、俄然うまく声が出るようになったんですけど、あまりに陶酔しすぎて、サビで歌詞が飛んでしまった。奇しくも、その歌詞はといえば、『忘れないで どんな時も』だった(笑)。それまで、300回は練習したんですが、歌詞を忘れてしまったのは本番が初めてでした。結局、残念ながら、この年も決勝に進むことはできませんでした」
やはり、舞台には魔物が住んでいる。ちなみに、300回も歌ったという練習は、どんな場所でどんな具合に重ねていたのだろうか。
「三井クラブは火曜と水曜が定休日なので、お客様もスタッフもいない日に、ブラッセリーの大きなフロアで熱唱してました。それから、営業日の昼休みには、公園でイヤフォンをつけて歌ってましたよ。当時、64歳ですから、もう恥ずかしいことなんて何もない。度胸をつけるために、そりゃがんばりましたよ」
捲土重来を期して挑んだ3年目の2025年。選曲は、Uruの「あなたがいることで」。年度末で定年退職して出場資格を失う黒谷氏にとって、エントリーした段階では、あくまでもこの大会がラストチャンスとなる予定だった。
「今度こそは決勝に残れるよう、入念に戦略を練りました。女性がウィスパーボイスで歌う楽曲を、男性が松崎しげる風の地声のボーカルで歌う。これは、ほかの誰も試みていない、唯一無二の歌唱だろうと。前回までとは違う、確固たる手応えがありました。結果、その日の予選に出場した46組のうち、5位という好成績で決勝への進出が決まりました。宿願が成就した瞬間は、人生で最大の喜びに打ち震えましたね。間違いなく、大学に合格したときよりも、就職が内定したときよりも、“三井ビルのど自慢”のファイナリストに選ばれたときのほうが、脳内に分泌するドーパミンの量がずーっと多かったと思います(笑)。このときの動画は、YouTubeで『Uru 新宿三井ビル』で検索すると出てくるんですよ。再生回数もけっこう多くて、不思議な感じがしますけど、やっぱりうれしいですね」
人生を変えた、打ち上げでのひと言
見事な夢の実現を花道として、のど自慢からは引退した……はずだった。羅針盤が思いがけない方向を指したのは、大会後の10月のある日。この年ののど自慢に出場したパフォーマーのみならず、移転してしまった企業の歌い手や過去の大会を沸かせた殿堂入りのレジェンドたち、そして運営関係者などが集う打ち上げの場で、1つの奇跡が生まれた。
「僕が、グラス片手にポロッと『本当は来年も出たいんですよね』とこぼしたところ、三井ビルのテナントである警備会社の役員の方がそれを耳にして、冗談半分で『じゃあ、うちでアルバイトしますか』と声をかけられたんです。ああ、その手があったかと膝を打ちましたね。まさに福音だった。時給とか待遇とか、細かい条件なんかは一切確かめることなく、一も二もなく飛びつきましたよ!」
何気ないひと言がきっかけになった再就職。面接時に提出された履歴書には、志望動機として「新宿三井ビルディングに勤務し、会社対抗のど自慢大会に出場したい」、本人希望記入欄には「制服着用にて会社対抗のど自慢大会に出場したい」と記されていた。こうして黒谷氏は今年の4月からアルバイト警備員として、週に3回ほど、新宿三井ビルディングに入居する企業の受付をガードしている。
「警備という現業は、健康でないと務まらない。身体能力の維持向上にもつながりますから、この選択にはとても満足しています。いずれは、ビル1階のエントランスロビーの警備員として立哨してみたいですね。普段、みんながそういう場所で目にしている制服のガードマンが、気がついたら、華やかな衣装をまとってステージで歌っているというのは、スーパーマンのクラーク・ケントみたいで、夢があるじゃないですか」
しかし物語は暗転する
「スーパーマンのクラーク・ケント」とは言い得て妙。普段から用事があって通っている窓口の責任者がちょんまげに金色の着物で「マツケンサンバII」を歌い踊り、いつもコーヒーを淹れてくれるカフェのうら若き女性スタッフが集団でCUTIE STREETの「かわいいだけじゃだめですか?」を披露する。一方では、さっきまでカレーをテーブルに運んでいたカレー店の店員が、あえて制服のままたった1人でnobodyknows+の「ココロオドル」をあまりにも巧みにラップし、すぐにまた店に戻る。見知った顔が、一転してスターに変身する真夏の夜の夢。日常と非日常のコントラスト、ハレとケの反転が、観る者を惹きつけてやまない。
「しかし、こんなにテナント同士の仲がいいオフィスビルって、ほかにはありませんよね。のど自慢を通じた交流が、かけがえのないものとなっているんですよ。僕は、自分自身は何者でもなく、自分を除く周りの人たちとの関係性こそが自分であると信じている。だから、新たな縁が次々と生まれる“三井ビルのど自慢”は、素敵な大会だと思っています」
黒谷氏と話していると、「◯◯社の〇〇」だとか、「××社の××」だとか、テナント企業の従業員の名前がポンポンと飛び出す。もちろん、のど自慢の出場者だ。別に取引先でもなんでもないのに、彼らの間には、利害を超えた不思議な絆がある。
「“三井ビルのど自慢”関係者にとってのベースキャンプが、地下1階の昭和レトロな居酒屋『とん』ですね。ここに来ると、大概、誰かしら出場者と顔を合わせますから。スタッフの照屋美緒さんは、毎年大会にエントリーし、確かな歌唱力でオーディエンスを唸らせるのみならず、出場者同士の交流イベントを積極的に開催しているVIPなんですよ」
何を隠そう、今回のインタビューも、その「とん」で行われた。“三井ビルのど自慢”の熱演をとらえたおびただしい数の写真が壁を埋め尽くす一角は、あの熱狂が真空パックされているかのよう。のど自慢フリークなら、一度は訪れてみたい空間だ。
「実は僕、この5月からボイストレーニングに通っているんですよ。新堀ギター音楽院藤沢校で、月に数回、神山文里先生の指導を受けています。ゴルフに例えるなら、65歳になって初めてレッスンプロについたようなもので、どんどん歌唱力が伸びていっている実感を覚えています。もう、すべてのダメ出しがありがたい(笑)」
しかしここで、物語は暗転する。警備員として転職し、ボーカルの鍛錬も開始し、新たな気持ちでのど自慢に臨まんと奮起していた黒谷氏のもとに、予想すらしていなかった悲報が届いたのは、去る7月半ばのことだった。
「出場希望者多数のため行われた抽選に、落ちてしまったんです。せっかくこのビルで仕事を確保したのに、この夏は、歌声を聴かせることができなくなってしまいました……。“三井ビルのど自慢”は、従業員数が200人以上の事業所からは3組まで、200人未満の事業所からは2組までエントリーすることが可能なんですが、一昨年までは、エントリーした全員がもれなく出場できました。ところが、このところの急激な人気沸騰により、参加希望者が増え、2025年からはやむなく抽選が導入されたんです。来年の予選では、2年分の努力を2分間のステージに注ぎ込みますよ。待っていてください」
人はなぜ“三井ビルのど自慢”に惹かれるのか
今年の大会で黒谷氏が歌おうと考えていた楽曲は、コブクロの「ここにしか咲かない花」。遺憾にも、ここでは咲けなかったことになる。気を取り直してこの曲はリセットし、来年はレミオロメンの「粉雪」でエントリーする予定だという。さらに、再来年はback numberの「ヒロイン」を歌うつもりだと語るが、その心は。
「どちらも雪をモチーフにした歌ですから、紙吹雪の舞う舞台に映えると思いまして」
なるほど。“三井ビルのど自慢”名物の演出といえば、応援団からステージに浴びせかけられる、時ならぬ豪雪のごとき紙吹雪。これらは、テナントの各オフィスから排出されたシュレッダーの紙ごみをリユースしていることで知られる。2024年に人材サービス企業の女性社員が広瀬香美の「ロマンスの神様」で優勝するなど、雪を歌ったナンバーは、この大会の歴史に名場面を刻み込んできた。2025年にIT企業の3人が秀逸な物真似とともに披露したglobeの「DEPARTURES」は、その終幕において、小室哲哉がキーボードごと降雪に埋まるという衝撃的な展開を呈し、満場を驚愕させたものだ。
「あれ、うっかり口に入ると歌唱にも支障が出ちゃうんです。特に、雨で水分を含んだ紙吹雪は、重く固い団子状になって、当てられると痛いんですよ。そんな経験があったから、僕が出演するときは、応援団に対し、決して歌い手に向かって紙吹雪を投げつけず、自分の頭上に投げ上げるようお願いしました(笑)」
御年65歳の黒谷氏だが、70歳まではのど自慢に出場し続けたいと意気込みを語る。
「今、郷ひろみさんがちょうど70歳なんですよね。僕も、あのレベルに追いつきたいと憧れながら、日々、精進を続けています。毎年、出場者最年長記録を更新し続けたい。僕自身は今年の出場権を逸しましたが、今年もまた、素晴らしい大会になるものと確信しています。皆さん、ぜひ、三井ビルの仲間たちを応援しにいらっしゃってください。夏の終わりの3日間、55HIROBAで最高の時間を共有できることを楽しみにしています」
黒谷氏の話を聞いてつくづく思う。1人ひとりの出場の背景には、社会人として描いてきた多種多様な物語が横たわっているのだろうと。だからこそ、この大会は格別に滋味深い。さあ、もうすぐ、唯一無二の祭典の幕が開く。


