誰よりもアーティストの近くでサウンドと向き合い、アーティストの表現したいことを理解し、それを実現しているエンジニアにスポットを当て、彼らの視点でアーティストの楽曲について語ってもらうこの連載。中村宗一郎の前編ではエンジニアになった経緯や機材に対する考え方について紹介したが、後編ではゆらゆら帝国、OGRE YOU ASSHOLE、ギターウルフ、SCOOBIE DO、Borisなどバンドとの関わりについてお届けする。
「ディアンジェロみたいにしてください」って言われても
──OGRE YOU ASSHOLEのターニングポイントになった作品として位置付けられる「homely」(2011年8月発売)では、中村宗一郎さんからビンテージの機材をいろいろ教わって、試したことで音楽性が変わったとインタビューで語っていました。
それはビンテージというか、デジタルディレイをテープエコーに変えるとか、ギターやベース、アンプなどを古いものを使ってみるとか、それくらいで教えるというほどのことはしてないですよ。そういうのを使ってみたら、本人たちの発想が変わったということだと思いますけどね。
──ゆらゆら帝国の「わかってほしい」では、The Kinksのようなサウンドになっていますが、これも古い機材を使ったとか、古い録り方をしたのではなく、現代のやり方でああいう音になっているということなんでしょうか?
アナログの1inchで録ったんですけど、それしかなかったのでそうなったという感じですかね。ガレージロックみたいな音は自分の好みというのもあるんですけど、そもそも演奏者がそういう音を出してないと。「●●みたいにしてください」って言われても「いやそれは……」っていう。数年前は、たまにマスタリングで「ディアンジェロみたいにしてください」って言ってくる人とかいたんですけど、「それができるんだったら僕ここにいないから! ブルックリンとかにスタジオ作ってるから!」って話ですよね(笑)。
──マスタリングもかなりの本数をされていますよね?
数えたことないけど、年間200~300枚はやってるかなあ。今はレコーディングエンジニアの人がそのままマスタリングしたりもするので、それでよければいいんじゃないかなと思います。DDP(※CDプレス用マスターの納品フォーマット)も自分で作成できるし、実際に自分でやりましたって話もよく聞くし。それでも最後にちょっと聴いてみてくださいって来るのもありますが。そもそも、マスタリング代が高いということを知らなかったんですよ。マスタリングスタジオは、昔は1時間3、4万とかしてたでしょ? でも僕のところに来る人たちはそんな予算ないバンドもあるし。僕が「こんなのでよければこのくらいの値段でいいですよ」と言っていたら、どんどん依頼が来るようになりました。だから自分から宣伝はしないようにしているんですよ。「宣伝してお金取ってるのに」と言われても困るから。口コミとか自分で探して来た人だけにやるみたいな。最低限これだけもらえればいいという分のお金だけもらって、手伝いをやっている感覚ですかね。
──宗一郎さんとしては、そういうお金のないバンドを助けてあげたいという気持ちもありますか?
助けると言うと偉そうですけど、自分も同じ立場だと思っているので。「お金ないよね」「わかるわかる、ないよね」ってお互い言い合ってる感覚ですね。
──それでは、「こういう音が作りたい!」といった思いがあって録音しているというより、とにかく予算ありきでできるものを回転していく感じなんでしょうか?
そうですね。ほぼほぼ、みんなそんな感じで、時間をかけて楽しめるのは、2年に1回とかあればいいかな。何年か前にオウガと坂本慎太郎くんが重なった年があって、そのときは半年ほとんどそれをやってましたね。ほかの仕事も入りながらでしたけど、3カ月ずつ、延べ日数で30~40日ずつやったと思います。
極端な音が好き
──お話を聞いていると、宗一郎さんは来るものを受け入れているだけで、自分を前に出さない姿勢を感じるのですが、作品の出音は味付けが濃いというか、キャラクターが立ったサウンドになっていると思うんです。その辺りはなぜだとお考えですか?
まあ微妙なことができないってこともありますけど。極端な音が好きというのはあるかもしれないです。でも、バンドが「こういう音にしたい」と言うなら「えー……じゃあこうやっちゃう?」という感じで。「ギターソロになったらほかの音は全部聞こえなくなっていいッス」って言われたらうれしくなってやっちゃう感じかなあ(笑)。
──ギターウルフではボーカルまでディストーションがかかったような音になっていますが、あれも宗一郎さんがそういうサウンドにしようと思ってやっているわけではない?
あれはもう、最初からセイジさんの声にディストーションがかかっているので(笑)。初めからあの声でして。で、キレイに上手に歌えたテイクはNGなんですよ。「普通に歌えてるな」とか言うと「えー、じゃあもう1回行きます!」って。あとセイジさんはカセットテープの4trのMTRの感覚がずっとあって。僕がドラム、ベース、ギター、ボーカルをBUS(※1)にまとめて立ち上げておくんですけど、ミックスのときにミキサーのところまで来て、自分のギターソロになると音量を突いたりするんですよ。「ここ以上にはフェーダーを上げないでね」って言うんですけど、まあ突きますよね。ピークまで行ってるのにさらに上に行こうとして、ガガガーッと力が入る。それをディレクター含めて同席してる全員が「キターッ!」って言って喜んで決まるっていうね。
※1:乗り物のバスのように、複数のチャンネルをまとめるミキサーの機能。例えば何本もマイクを立てるドラムを1つのチャンネルにまとめ、バランスを保ったまま1本のフェーダーで音量をコントロールしたり、まとめてエフェクトをかけたりすることができる
──1990年代だと、エンジニアは言ってもやってくれない怖い人というイメージで、「EQで低音をもうちょっと上げてくれ」と言っても、上げたフリだけして空回ししてやってくれないとか、無視されたみたいな話も聞いたことがあります。そんな中で、プレイヤーがミキサーに触っていいというのは本当に珍しいのでは。
人にもよりますけど、やれるならどうぞというときもありますよ。前に受けたインタビューで、「EQをかけるフリしてかけないような人がいて、そういうことされたらムカつくじゃないですか?」って話をしたら、「ムカつく」の部分が削られて僕がそういうことをするみたいに本に書かれたことがあったんですよ。あれは本当にムカついたな(笑)。エンジニアって昔はお医者さんみたいな扱いで、頼むほうが構えて「これは言っちゃいけないんじゃないか」とか「機械に触ったら壊れるんじゃないか」とか気にしてましたよね。でももしかしたら僕が今そう思われてるかもしれないのでホントすいません、気をつけます……。
好き勝手作っていると時代感なく聴ける
──宗一郎さんが1990年代に手がけられた曲を聴くと、機材も当時のものを使っていますが、不思議と同時代のほかの音楽に比べて古びていないと思います。それはなぜでしょうか?
音にもやっぱり流行があるから、基本的にみんな時代の音を追いかけて寄せていこうとするでしょ。でも勝手にやってると時代感があまりないので、それで今でも聴けるんじゃないかなとは思いますけどなんだかわかりません。
──音を作るときに意外と音のことを考えないで作ってたりしますか?
ミックスするときは絵画を観ているような感じかもしれないですね。ギターとかベースとかドラムとかの絵が1つひとつあって、それをどこにどういうふうに配置していくか。1つの楽器がいい音をしているというよりも、重なったときのバランスを考えながらデザインする感覚かもしれません。
いまだにアーティストにムカついたと言われる
──アーティストのインタビューなどで、宗一郎さんにダメ出しをされたという話をたまに見かけるんですが、実際はどうなんでしょう?
ここがまずいかなあってときに必死で伝えようとすると、言い方が悪いので怒らせちゃったり、しょぼんとさせちゃったり……。あんまり言わないようになったんですけどねえ。どうしても言わないとってことがあるんですよ。まあ、ホント楽しくできればいいなあと思ってますけど、なんだかすみません! あるアーティストは、「あのとき中村さんにめちゃくちゃ言われて、本当にムカついて……」って言うから、「でも言ってもらってよかったです」と言ってくれるのかと思ったら「本当にムカつきました」だけで終わって(笑)。そのアーティストにはいまだに「本当にムカついた」って言われますね。でも、まあいまだにウチに来てくれてるからいいかなと思いますけど。
──オウガにもいろいろアドバイスされているそうですね。
オウガはクリックに合わせて録るとかギターをダビングするとか、普通のやり方でレコーディングしようとしていたから、「もっとふざけろ! 大至急ふざけろ! 聴いたことないものが聴きたいんだから、普通にやってどうするんだ」という話をしたことはありましたね。どういうふうにやるかはバンドとの関係性によって変わります。ドラムのグルーヴについてはけっこう気になるので、つい口出しすることはあるかな。
一郎くんは異常なくらいにドラムがうまかった
──ゆらゆら帝国の「空洞です」は、手数は少ないですが特徴的なグルーヴで、ミュートもキツい、オリジナリティのあるサウンドになっていますよね。
ゆらゆら帝国の(柴田)一郎くんって、ちょっと異常なくらいにドラムがうまかったんですよ。同じような8ビートの曲とかあるんですけど、チッチッってカウントした瞬間にどの曲かわかる。ドラムでちゃんと作曲しているから、ドラムだけ叩いていても曲がわかるんですよ。「空洞です」も、ものすごく工夫していると思います。
──ドラムをミュートするためにガムテープを1本使ったという伝説がありますが。
そういう極端なことを言うのは、たぶんみんなを驚かせたいというサービス精神でなんだと思います。桃太郎すしで3万円食ったとか、そういう伝説を作るのが好きな人なんですよ(笑)。
──坂本さんの歌詞の語感とサウンドのすり合わせで意識していたことはありますか?
それはもう坂本くんがめちゃくちゃ考えて練ってきてましたね。どこにアクセントをつけたいかを意識してワードを考えてくるので。曲の中でアタックをどう出すかみたいなことは、すごく考えてると思います。
──ゆらゆら帝国の場合、宗一郎さんはどういう関わりだったのでしょうか?
サウンドの方向性をプロデューサーの石原洋さんと坂本くんが詰めてきて、僕は「だったらこうする?」と提案して、お互い納得がいくまで実験する感じでしたね。いい音で録るというより好みの音を目指す方向なので、なかなか難しかったです。ベーシックのレコーディングが終わるとあとはだいたいその3人で作っていて、完パケしたマスターを渡すまでメンバー以外は誰も聴いてないですね。レコード会社の人にもできたものを渡すだけでした。そうやって自分たちだけで作るというのがメジャーでやる条件でもあったんですよね。
何か引っかかる音に興味を惹かれる
──デモで決めてきた音を清書するようなレコーディングはあまりされないんでしょうか?
SCOOBIE DOはそのタイプですね。彼らも今までせーので録ったりいろいろなやり方を試してきたんですけど、今はギターのマツキ(タイジロウ)くんがデモを細かく作ってきて、彼がレコーディングを仕切って1つずつ録っていくやり方になっています。
──PEACE MUSICのスタジオ以外で録音することはあるんでしょうか?
ほかはほとんどないです。できないし。Borisは本人たちがリハスタで録った音源を受け取って、僕がミックスだけやっていますけどね。彼らは自分たちで録るのが好きみたいで。
──ミュージシャンがレコーディングして持ってきた素材だとやりにくくないですか?
逆に「ちゃんと録れてないからしょうがないじゃん」と言えるので、そこはあまり気にしてないです(笑)。しかも彼らはせーので録っているから音かぶりもすごくて。でも、そういう音かぶりも含めてバンドの魅力ですよね。
──宗一郎さんとしては、Borisのようにキレイに整っていない音のほうが好みだったりしますか?
整ってないんですかね?(笑) 好みというか、基本的に聴いたことのない音を聴きたいんですよ。「どうやって録ったらこうなるの?」という音のほうが魅力的というのはあるかもしれない。それがいいか悪いかわからないですけど、そういうものに惹かれますよね。ゆらゆら帝国も普通のものを目指してたわけじゃないと思うので、異物感というか、何か引っかかる音とか、そういうのが重要だったんだと思いますね。
中村宗一郎
ゆらゆら帝国、坂本慎太郎、OGRE YOU ASSHOLE、SCOOBIE DO、ギターウルフ、Boris、柴山“菊”俊之(サンハウス)、LAUGHIN’ NOSE、川本真琴、中原昌也、つしまみれ、空気公団、山本精一、チャン・ギハと顔たち、キノコホテル、シャムキャッツ、GEZAN、THE NOVEMBERS、キイチビール&ザ・ホーリーティッツ、カネコアヤノ、Homecomings、Wienners、ヒトリエなどの録音またはマスタリングを担当。またSHEENA & THE ROKKETS、村八分、山口冨士夫、YB02、ムーンライダーズら無数のアーティストのアーカイブ作品を手がけるエンジニア。東京・多摩地区に自身のスタジオPEACE MUSICを構える。
中村公輔
1999年にNeinaのメンバーとしてドイツMile Plateauxよりデビュー。自身のソロプロジェクト・KangarooPawのアルバム制作をきっかけに宅録をするようになる。2013年にはthe HIATUSのツアーにマニピュレーターとして参加。エンジニアとして携わったアーティストは入江陽、折坂悠太、Taiko Super Kicks、TAMTAM、ツチヤニボンド、本日休演、ルルルルズなど。音楽ライターとしても活動しており、著作に「名盤レコーディングから読み解くロックのウラ教科書」がある。
取材・文 / 中村公輔 撮影 / 塚原孝顕