2018年5月、“狼男”のアンジョーと“吸血鬼”のコーサカによる2人組Vtuberユニット・MonsterZ MATEの動画が初投稿された。この動画は歌い手・un:cとラッパー・高坂はしやんのTwitterアカウントより2人の新プロジェクトとして告知され、“中の人”のことをタブー視する傾向の強いVtuber界隈を驚かせた。
“中の人”であることをカミングアウトするVtuberの中でもアンジョー/un:cがさらに希少な理由は、un:cとしての活動を止めなかったこと。MonsterZ MATEの一員としてコンスタントに動画投稿を続けながら、un:cは「XYZ TOUR」というオムニバスライブへの出演はもちろん、2022年にはワンマンライブと東名阪ツアーを開催しながら新曲もリリースした。Vtuberとしての活動を“新たな人生”として歩む活動者が多い中で、アンジョー/un:cはなぜ2つの道で活動し続けるのか。バーチャルとリアルを行き来する“彼”だからこそ語ることができる経験談をもとに、“Vtuberとして活動する”とはどういうことなのかを浮き彫りにする。
取材・文 / 森山ド・ロ
バーチャルの世界には可能性しかない
2008年1月から動画共有サイトに“歌ってみた”動画を投稿し、歌い手としての活動をスタートさせたun:c。そんな彼は2018年3月に同じくネットシーンを中心に活動していた高坂はしやんとともにVtuber・MonsterZ MATE(以下、MZM)としての活動を開始した。多数の歌い手が登場する「XYZ TOUR」の常連でもあり、自身のソロツアーなどを開催するなど、歌い手としての活動を充実させていたun:cはなぜVtuberとしての道を歩み始めたのか。
「きっかけは相方のはしやん(コーサカ)に誘ってもらったから。はしやんとはずっと前からの友達で、作品を一緒に作ったり、ライブでコラボしたりしていたし、一緒にコラボするときに“はしんく”と呼ばれるくらい、ファンにも定着しているような組み合わせでした。はしやんはいろんなことにアンテナを張っている人だし、Vtuberという文化が芽生え始めてすぐに興味を持ったみたいで、バーチャルのことを全然知らない僕にいろいろと教えてくれたんです。話を聞けば聞くほど『バーチャルの世界には可能性しかないな。面白そう』と思い、Vtuberとしての活動を始めることにしました」
MZMが誕生した2018年は、キズナアイやミライアカリなどいわゆる「Vtuber四天王」がカルチャーの顔としてシーン全体を盛り上げていた。にじさんじ1期生もこのタイミングでデビューしており、カルチャーが過渡期を迎えていた。めまぐるしく新星が生まれる一方、男性Vtuberは圧倒的に少なく、ましてや音楽を主体に活動するVtuberはほとんど存在しなかった。もともとネットシーンで活動していたとはいえ、右も左もわからず、前例となるものもいない中でMZMはどう立ち回っていったのか。
「正直言って、当時僕は何もわかってなかったんですよ(笑)。自分でディグろうにもVtuberに関する情報はあまりまとまっていなかったし、動画を単発で観ていっても温度感がよくわからなかった。なので、僕にとってはコーサカを通して入ってくる情報がすべてでした。何も知らない分野に飛び込むわけですから、もちろん不安はあったんですが、それよりも楽しみのほうが断然大きかった。僕らはやりたいことがハッキリしていたのと、無理はしないようにしようというのを2人で最初から決めていて。『無理をしない』というのは、自分たちらしくないことはやめようという意味です。Vtuberという姿を手にしながら、とにかく自然体でいられる自分たちでいよう、というのは最初から決めていました」
MZMのオフィシャルサイトには「狼男のアンジョーと吸血鬼のコーサカによる音楽ユニット」と掲載されている。しかし、彼らが投稿する動画に狼男や吸血鬼らしいエピソードはほとんど登場しない。un:cが話す「自然体でいられるVtuber」というのは、これまでのMZMの活動を振り返れば一目瞭然だ。彼らが動画にしているのは日常のたわいもない話から展開される雑談や、まるで友達同士で集まったときにやりそうな企画、そのどれしもが動画として成立するほどのエンタメ性を持っている。音楽だけに止まらず、このような日常感あふれる動画からファンになる者も少なくない。
「僕らは狼男と吸血鬼として存在しているけど、必要以上にそれに引っ張られないようにしています。意識するんだけど意識しすぎない、演じてるけど演じてない、みたいな。でもこうやって話をしてみると、un:cである瞬間とアンジョーである瞬間を切り替えるスイッチのようなものは自分の中にあるような気がしますね。これは僕のちょっとした癖でもあって、もともとお芝居をやっていた経験から来ているのかもしれません。役割を与えられたら、それを演じるように体ができているんです」
un:cとしての活動を始める前の彼は、声優を志して専門学校に入学。その後、オーディションを通過して劇団に入団し、歌い手としての活動が本格化するまでは、舞台役者として活動していたという。
「『演じる』というと大袈裟に聞こえるかもしれませんが、それはアンジョーだからじゃなくて、un:cでも同じことなのかな、と。MZMのアンジョーでいるときも、un:cとしているときも。ライブのステージに立つときに入るスイッチがあれば、MZMの現場に行って収録を始める瞬間に入るスイッチもある。僕はイラストを描くのが好きなので、イラストを描くときに入るスイッチもあるんじゃないかな。僕の中で種類の違うスイッチがたくさん存在していて、勝手に切り替わっていて活動している感覚に近いですね」
アンジョーに“前世”はない
2022年1月、Vtuber・琴吹ゆめの“中の人”が声優の飯塚麻結であることが公表され、大きな反響を呼んだ。これが話題となったのは、今でもVtuberの“中の人”がタブー視されているからにほかならない。しかし琴吹ゆめの公表から約4年前の黎明期において、MZMはun:cとはしやんのTwitterアカウントから情報を発信し、そのスタートからあらかじめ“中の人”を公表していた。なぜMZMは自身の正体を公表し、Vtuberを始めたのか。
「会社のプロジェクトとして『Vtuberをやりましょう』となったとき、Vtuberの業界自体が更地のような状態だったことを覚えています。『何をやってもいいよ』という状態。だから中の人のことを自分で公表することはそこまで特殊なことでもないと思っていて。なんでもやっていいのであれば、自分たちが自由にやるための手段の1つとして、“隠さない”という方法もあるんじゃないかと思ったんです。さっきも言ったように不自由にやりたくなかったし、僕はどちらの活動も本気でやるつもりでしたから。アンジョーでの経験はun:cで生きるし、un:cでやってきた経験は全部アンジョーで生きる。双方それがクリアに見えて、ちゃんとステップアップしているところをお客さんに見てもらえたほうがいいのかな、と」
彼らは“中の人”を公表すべきかどうかを「一瞬で決めた」という。プロジェクト立ち上げのタイミングとはいえ、この重大な決断が一瞬でできたというのは、2人の相性や活動方針の一致があったのだろう。
un:cやはしやんのファンはこの発表をどう受け止めたのか。好きなアーティストがVtuberになるという珍しい境遇に立ち会ったファンの心境について、彼はこう語ってくれた。
「歓迎してくれる書き込みが多くありましたが、おそらく歓迎してなかった人もいたと思います。新たな形での活動を『あまり見たくない』と思ってしまった人も絶対いただろうし。『申し訳ないな』と思う反面、新しいことに挑戦したいという気持ちも大きかったです。時が経ってみれば『アンジョーから来ました』とun:cの動画を見てくれる人が出てきて、『un:cから来ました』と言ってアンジョー(MZM)の動画を観てくれる人もいる。去っていく人がいるのは寂しいけど、合わなかったという事実は普通に活動していても起こりえること。また気が向いたら戻ってきてね、みたいなスタンスで長く活動をがんばろうと思います」
界隈ではVtuberとしてデビューする前の活動のことを「前世」と表現する。バーチャルでもリアルでも活動しているアンジョー/un:cにはこの「前世」という表現が当てはまらず、彼自身も「僕には前世という考え方がない」と話してくれた。
「僕が“前世”という考え方をせず、アンジョーもun:cも同時並行でやれているのは、環境が恵まれているからにほかなりません。相方のコーサカは企画力があって、友達も多く、いろんなことを自発的に起こして巻き込んでくれて、MZMとして何か活動した際の動画の投稿や編集を任せられるスタッフさんにも恵まれている。それに比べて、un:cの活動はちょっと特殊ですね。職人的というか(笑)。部屋にこもって0からすべてを作るというのが小さい頃から好きで、un:cとしての活動はその延長線上にある。だからアンジョーとしての活動で満たされることと、un:cとしての活動で満たされることは違う。だからどちらも辞めたくないんですよね。これは意地とかではなく、辞める理由がないんですよ」
アンジョーとun:cは“大人と子供”
MZMはアンジョーのボーカルとコーサカのラップで構成された楽曲を武器にした音楽ユニットであり、un:cとしてのソロ活動とは異なる音楽性を持った楽曲が多い。Vtuberとしてデビューしたことにより、アンジョー/un:cはアーティストとして新しい一面を持つことになった。
「アンジョーの楽曲は明らかにun:cではやらないサウンドのものが多いですね。『Bite me.』は特に顕著で、当時のプロデューサーさんに持ちかけられたときは『たぶん合わないかもしれません……』と自分で言ってしまったくらい。でもそれはun:cとしての視点が当時抜けきれていなかっただけで、アンジョーの歌唱曲としては全然アリだった。むしろ『アンジョーというのはこういう人』という一面を見せられた楽曲だったと思います」
MZMとして歌った「Bite me.」の経験がun:cの楽曲に生きたというのは、アーティストとして二足の草鞋を履く中で最大のメリットだろう。アンジョーとun:c、2つのアーティストの顔を彼自身はどう捉えているのか?
「“大人と子供”かな。アンジョーは大人で、un:cはどんどん若返っているような。un:cはいつまで経っても少年なスタンスですね(笑)。もっと言えば、un:cは僕にとってアイドルな存在なんですよ」
多くのVtuberは、アバターに身を包んだ“バーチャル世界に存在する自分”にアイドル性を帯びさせているだろう。しかしアンジョー/un:cはその逆で、生身で活動するun:cにアイドル性を帯びさせ、アンジョーに自身のパーソナルな部分を重ねている。ほかのVtuberとの考え方の違いに彼自身も戸惑いながら、un:cが帯びているアイドル性について、こう語ってくれた。
「かわいい系の曲をやる傾向にあるのはun:cだし、実際ステージに立つ割合が多いので、よりアイドルやアーティストとして表現することを担っているのがun:cなのかもしれないですね。MZMのアンジョーはun:cとしてやってこなかったこと、お芝居の世界でもやってこなかったことをコーサカと一緒にやっているから、よりパーソナルなものに近いのかも」
Vtuber界隈にはクリエイターが多い
Vtuberの動画を観るために多くの人がYouTubeを使用しているが、Vtuberとニコニコ動画の結び付きは強い。まだVtuberの動画がYouTubeに投稿されることが主流になる前にVtuberというコンテンツをいち早くフックアップし、まとめ動画などをもとに新しいネットミームとしてVtuberの動画が多数投稿されたのはニコニコ動画だった。ニコニコ動画の全盛期からYouTubeが主流となった現在まで長く活動してきたun:cは、ニコニコ動画発祥のカルチャーである“歌ってみた”界隈とYouTubeが主流となりつつあるVtuber界隈の違いをどう捉えているのか。
「厳密に言うとそこまで違いはなくなってきたように感じますが、印象としてはクリエイター気質な人が多いと感じるのはVtuberかも。僕もそういうタイプなので、Vの人たちが『朝から晩までBlender(動画編集ソフトウェア)いじってたよ』みたいな話をしているのを聞くと、『わかるわかる!』って共感する。歌い手が集まって歌で力を合わせるとすごいものができるし、Vtuberが集まるとそれぞれみんな違うスキルを持ち寄って新しいものを生み出せる。どちらも似ているのかな。僕にとってはどちらも好きで刺激的で、体が足りないくらいですね(笑)」
un:cはボーカリストであり、作詞作曲家でもあり、イラストレーターでもあり、動画クリエイターでもある。MZMのアンジョーが行ってきた挑戦は、言ってしまえばun:cが持っていたポテンシャルの露呈だ。きっかけはあれど、今までやってこなかっただけで、アバターを使わなくても実現できるほどの実力は兼ね備えていただろう。それらを実現させるうえで、そもそもアバターを使う必要はあったのか。un:cとして新たな扉を開くという選択肢はなかったのか。
「MZMを始めるときにコーサカと盛り上がった『面白いことをやりたいよね』ということに尽きると思います。僕もコーサカもさまざまな話題で盛り上がるけど、新しいことが大好きなんですよ。Vtuberという可能性を感じる新しいカルチャーに当時僕らは興味津々だったから、MZMという表現の形ができた。2人が共通して面白がれるものがそのときVtuberだったのと、僕がやってみたかったことがVtuberという表現方法に合っていたんですよね」
Vtuberになってun:cが手にしたもの
Vtuberという文化が生まれて5年。誕生日を迎えるたびに年齢を重ねるVtuberもいれば、誕生日を迎えても「永遠の◯歳」として年齢が変わらないVtuberもいる。アバターは何年経っても見た目が変わらないのだから、歳を取らないという解釈もある程度の納得感はある。だがアンジョーの場合はどうだろうか。アンジョーの見た目は変わらないが、un:cとしては確実に年齢を重ねていく。彼はアンジョー/un:cとして歳を重ねることをどう捉えているのだろうか。
「歳を取ることに対してはめちゃくちゃ肯定的に見ています。人間は絶対に歳を取るし、歳を取ったらそのときのun:cを楽しんでもらいたいですね。アンジョーの見た目は変わらないけど。MZMでは体力測定などをするので、その数字が伸びなくなるのも僕は面白いと思う(笑)。バーチャルな存在で見た目は変わらないけど、『もうおじさんになったなー!』って笑い合ったり。昔は歳を取るのがすごく怖かったけど、今は歳を取った分だけ新たな発見があるから、人生面白いなと思えるようになりました」
近年ではメタバースが注目され、VRデバイスを用いた仮想空間の可能性を論ずることが活発になってきている。それに並行して、バーチャルの表現も技術的に年々加速しているように感じる。毎年のようにバーチャルライブを開催し、自分たち以外のライブも俯瞰的に見てきたアンジョーは、バーチャルの可能性をどう見ているのか。
「Vtuberのライブってもっと伸びしろがあると思っています。ライブは生で体感してこそ、みたいな部分があって。演者がいかにお客さんの熱を受け取って、パフォーマンスに即反映できるか。そういった根本がさらに身近になればいいなと思っています。バーチャルとリアルの垣根を越える技術やアイデアで、これからもっと素敵なライブエンタテインメントが生まれると思います」
アンジョーとして活動を始めて4年。歌い手としてキャリアを重ねてきたun:cは、バーチャルという表現の場を得て何を手にしたのか。その質問に対しては、意外な答えが返ってきた。
「いろいろありますけど、仲間ですね。場所が変われば出会いも変わるし、現実にしろバーチャルにしろ、誰かと会うとアイデアがバンバン浮かぶし、目標ができる。1人でやりながらそれができる人ももちろんいると思いますけど、僕は人に会ったほうがモチベーションを維持できるタイプだから。Vtuberというこれだけすごい表現をするためにはたくさんの人の力が必要で、動画1本作るためにもいろんな人の力があって実現できている。だから人と人との結び付きがすごく大事。僕は1人のクリエイターとしてVtuberの世界に飛び込んで、いろんな刺激をもらって新しい視点や表現のレンジが広がった感覚があります。知らなかっただけで、足を踏み入れてみれば世界はめちゃくちゃ広いんだということに気付きました。望遠レンズと地図を手に入れた感覚に近いかな。アンジョーとしてun:cとして見たい景色が明確に見えるようにり、人生の目標が増えましたね」