各界の著名人に愛してやまないアーティストについて話を聞く本連載。第30回に登場するのは、昨年の「M-1グランプリ」で決勝進出を果たし、先日2月11日に「R-1グランプリ」決勝進出が決定するなど、現在大きな注目を浴びるお笑い芸人・永見大吾(カベポスター)だ。the pillowsの大ファンである彼に、ピロウズの楽曲から受けた影響や、取材数日前に果たした本人たちとの邂逅について語ってもらった。
取材・文 / 石井佑来 撮影 / 塩崎智裕
カッコつけてるのかおどけてるのかわからないところがカッコいい
もともとthe pillowsは、大学の先輩が教えてくれたんです。その頃ピロウズはちょうど結成20周年を迎えたタイミングだったんですけど、当時の僕はどちらかと言うと同年代のバンドや“これから来る”という感じのアーティストを応援したいと思っていて。なので、ピロウズを紹介されたときもサラッと流してしまっていたんです。その少しあとくらいに、なんの気なしに「RISING SUN ROCK FESTIVAL」のオフィシャルサイトを見ていたら、ピロウズのアーティスト写真が目に留まって。それが3人とも黒スーツ、黒ネクタイの格好でブランコに乗っているという写真だったんですけど、カッコつけてるのかおどけてるのかわからない感じがめちゃくちゃカッコいいなと思ったんですよね。それで「これは曲もちゃんと聴いてみないと」と思ったのが、ピロウズを聴くようになったきっかけでした。
最初に好きになったのはアルバム「Wake up! Wake up! Wake up!」に収録されている「プロポーズ」という曲。この曲はいい意味でメッセージが全然伝わってこないというか、ただただカッコいいフレーズを並べて歌っているような曲で。でも実際にそれがめちゃくちゃカッコいいからすごいんですよ。その頃の僕は歌詞で曲を好きになることがあまりなかったけど、「プロポーズ」を初めて聴いたときは「なんやこの人たち?」という衝撃があった。そこから「この人たちのことをもっと知りたいな」と思うようになって、調べていくうちに「ストレンジ カメレオン」「Funny Bunny」「ハイブリッド レインボウ」といった代表曲にたどり着き、「Please Mr.Lostman」など過去のアルバムも買って聴くようになりました。当時のピロウズは1年に1枚くらいのペースでアルバムを出していたので、それを毎回買ったり、過去の作品を集めたりしていたら、いつのまにか手元にCDがたくさんあって(笑)。僕はそれまで何かを集めたり、何かにハマったりしたことがなかったので、プロフィールに好きなものを書くとしたらこれはもう「the pillows」だなと。
負の感情への向き合い方を教えてくれた
ピロウズの楽曲はひねくれてるけど男らしさもあるところが好きですね。きれいごと以外もはっきり歌うし、現実から逃げていない。当時は僕自身にもモヤモヤしたものや、ひねくれた部分があったと思うんですけど、そういう負の感情への向き合い方をピロウズに教えてもらった気がします。特に「確かめに行こう」という曲がとても好きなんですけど、この曲なんて歌い出しから「譲ったぶんだけ歪んだのさ」ですから。めちゃくちゃ嫌なこと言い出すやん、っていう(笑)。最後はちゃんと「確かめに行こう」というフレーズで締められるんですけど、それもポジティブすぎないのがいいですよね。ただ“確かめに行く”だけですから。もちろんそういうネガティブな曲だけじゃなくて、力強い応援ソングっぽい曲もあるんですけど、そういう曲もやっぱりひねくれた目線が前提にあるというか。負の感情を抱えたうえで前に進もうとしている感じが、僕にとっては共感しやすいんです。あと、めちゃくちゃ過激なことをあえて英詞にして歌ったり、行動自体がひねくれてるのもカッコいい。なんちゅう歌詞でコール&レスポンスしてんねん、みたいな(笑)。そういう表現の仕方も面白くて惹かれてしまいます。
ラブソングも、どちらかと言うと“燃え上がっている恋”を歌ったものよりも、好きな女の子を遠くから眺めているような曲が多くて。僕自身あまり恋愛経験が多くないので、そういうところにも共感してしまうんですよね。「彼女は今日,」や「Ladybird girl」あたりは「こうだったらいいな」という妄想も少し入ってて(笑)。「パトリシア」なんかは付き合っている人同士の歌ですけど、彼女のことを「好きだなあ」と思いながら眺めている感じで、そういう絶妙な距離感もいいなと思います。
めちゃくちゃ迷いますけど、好きな曲を1つだけ挙げるとしたら「TRIP DANCER」ですかね。「プロポーズ」みたいな聴き心地がいい曲も好きだし、「ストレンジ カメレオン」みたいな負の感情を歌った曲も好きなんですけど、「TRIP DANCER」はそのどちらの要素も兼ね備えていると思っていて。メロディ自体はとっつきやすくて心地いいけど、歌ってる内容は「歩み寄るべきだなんて思わないだろ?」ですからね。そういうスタンスは自分自身のテーマにしたいとも思ってますし、その姿勢がずっとブレないのはすごいなと思います。特に最新アルバムに収録されている「ニンゲンドモ」という曲は過去イチ尖ってるくらいですから(笑)。今までは、過激なことを言うとしても耳心地のいいフレーズにしてみたり、ジョークを織り交ぜてみたり、聴きやすくしていたと思うんですけど、「ニンゲンドモ」は(山中)さわおさんが目の前で起きたことについての怒りや憤りをバーッと言葉にしている。そんな曲、今までのピロウズにはなかったと思うんですよ。結成から30年以上経って、そういう新しい表現の方法に挑戦しているっていうのはすごいことだと思うし、これからもとても楽しみです。
芸人として影響を受けた、山中さわおの“尖り方”
30年以上ミュージシャンを続けていて、さわおさん並みに尖り続けてる人っているんですかね。そういう点においては、自分も芸人をやっていくうえで影響を受けていると思います。さわおさんの尖り方は、芯が通っていて男らしいからいいんですよね。芸人の1、2年目って、変な尖り方をする人がたくさん現れるんですけど、そういう人を見るたびに「さわおさんとは違うな」と思ってました。ピロウズの音楽を通じて、さわおさんという誰よりも尖った人をずっと見てきたし、憧れ続けてきたからこそ、周りの芸人に飲み込まれず、「こういう尖り方はしないほうがええな」と気付くことができたというか。ただ逆に言うと、芸人でも売れてる方や面白い方は、みんなどこかに“さわおさんっぽさ”を持っているような気がします。憧れている先輩方とお話ししたりしていると、さわおさんっぽい芯の強さや“尖り”が垣間見えるんです。そういうところは自分も学ばないといけないなと思いますね。
ちなみにピロウズからの影響で言うと、カベポスターというコンビ名は「MY FOOT」という曲の歌詞「壁に貼られなかったポスター」からきたんじゃないかと言われることがあるんですけど、これは偶然です(笑)。潜在的に「MY FOOT」の歌詞が頭にあって、そこから思い付いた可能性はあるかもしれないですけどね。
ここまで挙げたもの以外にも思い入れの強い曲はたくさんあるんですけど、賞レースの行きしなには「I think I can」をよく聴いてます。僕は曲単位で聴くよりも、アルバムを通して聴くことが多いんですけど、「I think I can」と「Ride on shooting star」はオリジナルアルバムに収録されていないから、なかなか聴く機会がないんですよ。だから、賞レース前などの大事なタイミングでは、いつもと違うスイッチを入れるためにもあえてそういう曲を選んで聴くようにしてますね。「I think I can」は「プロポーズ」と同様に強いメッセージが込められたりしている曲ではないと思うんですけど、その軽さがちょうどいいんです。頭をからっぽにした状態で、気軽に「I think I can」と思えるのが、賞レース前の自分の気持ちにフィットするというか。M-1の予選前や決勝前には「TRIP DANCER」を聴くために、「Please Mr.Lostman」を再生してましたね。あのアルバムも、全体の雰囲気やテーマが自分を奮い立たせるのにぴったりで。
ラジオのコーナー「さわおさん」がきっかけで……
実は先日ピロウズの皆さんにライブに招待していただきまして……。もともとのきっかけは、ABCラジオでパーソナリティを担当している特番で「さわおさん」というコーナーをやっていたんです。「『これってさわおさん?』と感じるような、キレてる人の目撃談を送ってもらう」という、失礼極まりないコーナーなんですけど(笑)。ABCラジオの方がTwitterでそのコーナーの告知を投稿したら、ピロウズのオフィシャルアカウントから「ほほう。どういう事かな?(さわお)」というコメントが来て。まさかさわおさんから反応がくるなんて思っても見なかったので、信じられなかったですね。「これが芸能界か」と思いました(笑)。
そのあと、さわおさんのツイートに対して僕が土下座している写真を送ったら、「会える日を楽しみにしてるね 脅しじゃなく普通にそのままの意味で!」という返信をくださったんです。それからしばらくはもちろんお会いする機会もなかったんですけど、今年の12月に放送されたラジオ特番に、僕へのサプライズでコメントを送っていただいて。「M-1決勝おつかれさま。面白かったよ」と言ってくださったあとに、「ところであのコーナーのことなんだけど、どういうつもり?」みたいな、すごく面白い感じにまとめてくださったんですよ。それでこの間、ついにライブに招待していただいたんですけど、終演後には楽屋挨拶までさせていただいて。うれしかったですね。目の前にさわおさんがいて、真鍋(吉明)さんがいて……(佐藤)シンイチロウさんはビール片手に廊下を徘徊していたらしく、お会いできなかったんですけど(笑)。さわおさんから「東京に来ることがあったら飲みに行こうよ」なんて言っていただいたり、真鍋さんからはピックをいただいてしまったり、いまだにわけワケがわからなくて実感が湧かないです。
ただ、ずっと好きだった人と実際に会うのって、理想が崩れるかもしれないし、ファンとしては複雑な気持ちもあるじゃないですか。ライブ前は「もしかしたら本人に挨拶できたりするんちゃうん?」みたいな感じでワクワクしてたんですけど、終演後に楽屋に案内されて向かっているうちに「あれ? ちょっと嫌かもしれへん」という気持ちが徐々に湧いてきて(笑)。でも実際にお会いしたらそんな気持ちは吹き飛びましたね。直接お話ししても、自分のイメージするさわおさんそのままだったので。だから例えばもし本当に飲みに行かせていただいて、今より距離が近付いたりしても、僕がさわおさんを嫌だと思うことは絶対にないですね。僕が粗相をしてさわおさんに嫌われる可能性はありますけど(笑)、そんな不安より飲みに行きたい気持ちが強いです。というか、ラジオの告知ツイートに反応してくれたぐらいだから、もしかしたらこの記事もさわおさんの目に留まるかもしれないですよね……。この記事を通してご本人に何かメッセージを伝えられるとしたら、「テーブルでも座敷でも、どこでも行きます」でお願いします。
永見大吾(ナガミダイゴ)
1989年12月19日生まれ、三重県出身のお笑い芸人。2014年に、NSC大阪校で同期の浜田順平とカベポスターを結成し、2022年には「ABCお笑いグランプリ」で優勝に輝く。同年に「M-1グランプリ」、翌2023年に「R-1グランプリ」への決勝進出を果たした。