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西寺郷太のPOP FOCUS 第27回 Vaundy「不可幸力」

「西寺郷太のPOP FOCUS」
1年以上前2023年06月19日 10:01

西寺郷太が日本のポピュラーミュージックの名曲を毎回1曲選び、アーティスト目線でソングライティングやアレンジについて解説する連載「西寺郷太のPOP FOCUS」。NONA REEVESのフロントマンであり、音楽プロデューサーとしても活躍しながら、80年代音楽の伝承者として多くのメディアに出演する西寺が私論も盛り込みながら、愛するポップソングを紹介する。

第27回ではVaundyの「不可幸力」にフォーカス。楽曲の構成を解説しながら、Vaundyの類まれなる才能に迫る。

文 / 西寺郷太(NONA REEVES) イラスト / しまおまほ

現在進行形で圧倒的支持を獲得するアーティスト

2020年2月後半から世界中を覆ったコロナ・パンデミック。今回の主題となるVaundyさんが混乱のまさに直前、2019年11月に1stシングル「東京フラッシュ」を、2020年1月に2ndシングル「不可幸力」を発表したことを改めて知ると、日本の音楽界もこの3年と少しの間に完全に新しくいい方向に舵を切れたんだなあ、と感じます。

現在進行形で圧倒的支持を獲得するアーティスト、シンガーソングライターのヒット曲に関して考察するのは正直難しいのですが……作詞・作曲家として感じる側面、特に彼の作る楽曲の“構成”の素晴らしさにフォーカスして今回は解説させてもらいたいと思います。

3分から5分くらいまでで起承転結のある“歌モノ”の曲というくくりでのポップミュージック、ポップスの歴史は、アメリカ発の映画音楽、ミュージカル音楽などからスタートしたと僕は考えています。あくまで45回転の7inchアナログ“ドーナツ盤”に収められたり、ラジオでプレイされやすい楽曲と言う意味での“ポップス”。その構成にも時代ごとに流行があるんですよね。例えば僕がデビューした1990年代半ばは冒頭にサビがくる曲、いわゆる“サビ頭”が流行していました。当時、国民的大ヒット曲を連発していた小室哲哉さんがプロデュースされた「恋しさと せつなさと 心強さと」(篠原涼子 with t.komuro)や、「寒い夜だから…」(trf)が代表的なのですが、ともかく最初にキャッチーでインパクトを与える瞬間を持ってくるという職人技。サビ頭という意味では、NONA REEVESで自分が作った「LOVE TOGETHER」という2000年のシングルも、イントロののちにまずサビから始まる、という意味で当時の流行を取り入れたスタイルとも言えます。

おおまかなポップスの基本形

では、ものすごくオーソドックス、少し古めかも知れませんが典型的なポップスの構成パターンを考えてみましょう。

まずイントロ。

そして1番Aメロ(2回重ねる場合も。この部分を“ヴァース”と呼んだりします)。

1番Bメロ(サビに至る変化の部分、必ず存在するわけではありません)。

キャッチーなサビ(“コーラス“や“フック“とも呼びます)。

ここで一旦その楽曲の持つストーリーの説明をひとまず終えたうえで、間奏(イントロと同じ場合が多い)へ。

その後、2番Aメロ(バックコーラスが重なったり、リズムがなくなったり、メロディがフェイク的になったり雰囲気が少し変わる)、2番Bメロ、サビ。

このあと「大サビ(この部分を“ブリッジ”と呼ぶ場合も)」などと呼ばれる新たに盛り上がる別の展開があったり、なかったり。そのうえでギターや鍵盤のソロを挟み、サビを2回繰り返してフェイドアウト、もしくはイントロと同じ形のアウトロに戻って終わり。

これが、10数年前までのおおまかなポップスの基本形と言えるでしょう。

仮に「自分で曲を作ってみましょう」というお題を与えられた場合、コード進行やリズム、メロディや歌詞の重さ、クオリティなどにほとんどの人の意識は集中してしまうと思います。しかし、実は1つひとつのフラグメント(断片)も大切だけれど、めちゃくちゃ重要なのはその楽曲のテンポと、次々訪れるストーリーの順番、どの流れでどの言葉やメロディ、コード進行やリズムが来るのかという組み合わせ、つまり“構成”がかなり大切なウェイトを占めていると僕は思っていて。ファッションでいうスタイリング、色や素材、サイズ感、雰囲気の組み合わせ方に近いと言えばわかりやすいでしょうか。少し変な例え方かも知れませんが、スーツにカラフルなスニーカーを合わせたり、上半身はタイトにパンツやスカートはルーズに、のような並べ方、サイズ感がおしゃれな人っていますよね? あー、そんな方法あったのか、素敵だなみたいな。そのことを改めてナチュラルに痛感させてもらったのが、Vaundyの楽曲だと僕は考えているので、いくつか以下にまとめてみることにします。

何気ない顔で戻る「welcome to the dirty night」

サブスクリプションサービスが完全に浸透し、ともかく飽きやすくなってきたリスナーがスマートフォンのクリックですぐに曲を飛ばしてしまうからという理由で、できるだけトータル分数やイントロが短い曲がよしとされる傾向が進んでいる、と言われてきました。とは言え、先ほど述べた90年代の“サビ頭”ブームも同じで、結局「いかにして音楽に深い興味があるわけでもない一般大衆の耳や心を惹きつけるのか?」という命題に試行錯誤しているのは、どの時代も変わらないなと考えてもいて。

そんな中で改めて「不可幸力」を聴いてみると、驚くのがトータル3分20秒のうちイントロに20秒費やしていること。それもかなりオーソドックスなスタートで、地味か派手かと言えば地味(それが大きな罠となり、次第にリスナーを絡め取っていくのです)。この強気な佇まいがクールです。メインのリフレインフレーズが4回繰り返されるのですが、1回目はドラムレス、2回目からドラムイン、3回目からベースが入って心地いいグルーヴを生み出してゆきます。唐突にAメロのラップパートが始まるんですが、この曲全体でラップはここにしか出てこないのがまず最初のポイントですね。いきなりラップで戻ってこない。ここだけなんです。

40秒ほどから始まるBメロでコードがほんの少しだけ変化。歪んだエレクトリックピアノが空間を埋め尽くすように鳴り始め「あれ、なに」という歌詞からの甘くてほろ苦い歌メロに。普通ならこの次にサビが来る展開なんでキャッチーな「welcome to the dirty night」パートが来た時点で僕らは「はいはい、そういう流れの曲ですね、これがサビですよね」と一旦理解してしまう。これが、「不可幸力」を覆うある種の心地いい引っかけだと気付くのはもう少しあとのことです。

サビまででストーリーが終わることで1つ不安が解消。人間って物事を把握したい、全貌がつかめないとドキドキする状態が続くので「はいはい、オーケー。まずわかりました」とホッとするわけです。このあと、平和にイントロに戻って2周リフレインの間奏。しかし、1番に存在したAメロのラップパートは前述の通り残酷にもカット。スピーディにBメロ「あれ、なに」へと進み、その後一種予定調和的な流れに戻って2番“サビ”。低音で抑えた「welcome to the dirty night」の繰り返しへ突入する頃には、我々も「不可幸力」の音世界に慣れ親しんだ気分になっています。で、サビが終わると訪れるしばし効果音的なブレイク。ここでちょうど2分。ひとしきり物語の流れ、想定を聴き手に植え付け「了解です、こういう曲ですね」と勝手に理解させまくったうえで、いきなり鮮やかに裏切って行くのがここからの急展開!

最初のサビがつつがなく2周終わって安心して訪れた心の静寂。その隙間を切り裂くようなタイミングで、まったく新しく、今までより確実にドラマティックでエモーショナルなテンションで登場する“本当のサビ”。「別の曲ですか?」というほどのエネルギーで「愛で揺れる世界の」と突然歌い上げるパートが来るのでドキーッとするんですよね(笑)。あれ? 当初からここまで思ってたスピード感、展開と違う!と。テンポが変わったわけではないのに。さらにすごいのがこの“本当のサビ”が終わってすぐにさらなる派手なラップ的リズミックなメロディと歌詞の「なぁ、なんて美しい世界だ」の“ブリッジ”、“大サビ”が食い込むように押し寄せること。怒涛。

聴いてる側としては、曲が1人の人間とするなら「あなた最初人見知りで、大人しくて目も合わせないで微笑む感じのキャラクターじゃなかったでしたっけ? それが急に? バク転、バク宙してマイク持ってグイグイ来て、さらにまた派手に指差しファンサして攻めてくるってどういうテンションなんですか!?」って感じで、リスナーは予想をいい意味で裏切られたり焦らされたりすることで本能を揺さぶられるんですよね。楽曲スタートから途中までのストイックな打ち出し方が効いてくる。で、その「なぁ、なんて美しい世界だ」というブリッジのあとにまた「愛で」からの“本当のサビ”に戻るというジグザグ走行が待ってます。なんとか食らいつき必死に楽曲についていこうと感覚を研ぎ澄ますしかなくなるという。匠ですね。2ndシングルにして。その後の展開もまた素晴らしくて、最初に“サビ”だと思い込んでいた「welcome to the dirty night」パートが何気ない顔をして戻ってくるんです。「なんだか、君とまた会えると安心するよ」とうれしい気分に浸れた状態で3分20秒のアトラクションのような「不可幸力」は終わってゆきます。

音数やコード進行、メロディや歌詞の数そのものは多くなくて研ぎ澄まされシンプルなんですが、その構成や並べ方、予想を外し刺激を与えつつ最終的に安心感まで感じさせるテクニックと天性の勘。繰り返し聴きたくなる新たに生まれたマスターピースの誕生が素直にうれしくて。

嫉妬するほどの才能

「踊り子」も素晴らしいですね。イントロからAメロの間、しばらくドライなドラムと芳醇なベースのみ(ベースの音量が大きいので最初はギターが入っていないのかと思いましたが、すごく小さく歌い始める直前に音響効果的にギターが使われています)というストイックな音像。この音数の少なさ!「踊り子」のポイントはまず1番でAメロからいきなりサビにいくという一種の唐突さですね。2番になるとAメロのあとに「思いを蹴って二人でしてんだ」というBメロ(A’[Aダッシュ]ともいう別のメロディ)が来るんですが、これもまた“構成の妙”。

アニメ「チェンソーマン」のエンディングテーマになった「CHAINSAW BLOOD」を聴いたときも驚きましたね。まずイントロの最初に映像的なバイク的SEがあるだけでマイケル・ジャクソンの大ファンである僕にとって1987年発売のアルバム「BAD」に収録された「Speed Demon」を彷彿とさせられて盛り上がってしまいます(笑)。モーター音が効果的に流れる中で最初はマイケルの「BEAT IT」や、1980年代中盤から後半のハードロック、Bon Joviや、Mötley Crüeを思い起こさせるTAIKINGさんが奏でるギターリフから。「ロックの時代は終わった」的な言葉は何度も聞いてきましたが、この曲の持つ“ハードロック的ギターサウンドだけが想像させる広さと快楽”はスタジアムなどの大きな会場で演奏し歌ったとき、恐ろしく盛り上がる効果を彼が知り尽くしているからなのでしょう。僕のような80年代育ちのポップフリークは「シンクラヴィア」という当時の豪華なデジタルサンプラー / シーケンサーで作り上げたようなメタリックな(今となってはある種レトロな)サウンドのセレクトにもうれしくなってしまいます。実はこの"Late 80’s(80年代後半)"感あふれる硬めのサウンド、ここ十数年の間に再評価されてきた80年代初期中期や90年代の音像に比べて、リアルタイム世代からはずっと“おしゃれ”ではないとされていた微妙な時期のもので。ジャンルごとにもう少し世界が分かれていましたし。ただアニソンやアイドルソング文化、全世代の音楽をYouTubeやストリーミングで自然に浴びた若い世代は、そんな固定概念がそもそもないですから新たな組み合わせで壁をひょいと超えて誰よりもモダンで“おしゃれ”な曲作りができるのだなと。もはや新たな音楽は生まれないなどという言葉が何十年も飛び交う中、構成や組み立て方で新しく素晴らしい作品を生み出せることを短期間で証明したその才能たるや! いいなあ、ズルいなあと心から思っています!(笑)

西寺郷太(ニシデラゴウタ)

1973年生まれ、NONA REEVESのボーカリストとして活躍する一方、他アーティストのプロデュースや楽曲提供も多数行っている。2020年7月には2ndソロアルバム「Funkvision」、2021年9月にはバンドでアルバム「Discography」をリリースした。文筆家としても活躍し、著書は「新しい『マイケル・ジャクソン』の教科書」「プリンス論」「伝わるノートマジック」「90's ナインティーズ」など。近年では1980年代音楽の伝承者としてテレビやラジオ番組などに多数出演している。2023年3月、3rdソロアルバム「Sunset Rain」リリース。

しまおまほ

1978年東京生まれの作家、イラストレーター。多摩美術大学在学中の1997年にマンガ「女子高生ゴリコ」で作家デビューを果たす。以降「タビリオン」「ぼんやり小町」「しまおまほのひとりオリーブ調査隊」「まほちゃんの家」「漫画真帆ちゃん」「ガールフレンド」「スーベニア」「家族って」といった著作を発表。最新刊は「しまおまほのおしえてコドモNOW!」。イベントやラジオ番組にも多数出演している。父は写真家の島尾伸三、母は写真家の潮田登久子、祖父は小説家の島尾敏雄。

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