米津玄師が昨日7月2日に神奈川・横浜アリーナで全国ツアー「米津玄師 2023 TOUR / 空想」の最終公演を開催した。
「米津玄師 2023 TOUR / 空想」は、4月22日の兵庫・ワールド記念ホール公演を皮切りに、全国11の会場で全24公演が行われたツアー。本ツアーで米津は約21万人を動員した。
子守唄のように幻想的で優しいSEがライブの幕開けを知らせた17時。ステージを淡く照らし出す青い光の中にバンドメンバー、そして米津のシルエットが浮かび上がると、開演を待ち望んだオーディエンスの拍手の音が波打つように広がっていった。舞台上にスタンバイした彼らが鳴らしたオープニングナンバーは「カムパネルラ」。タイトなバンドアンサンブルと美しい白光がモノクロの影を投影する演出で、冒頭から一気に観る者を空想の世界へと誘った米津。彼の背後のビジョンには星空が広がり、星間を結ぶ線路の上を“銀河鉄道”が走り抜けてゆく。
「誰かが待っている 僕らの物語を」。大きく両手を広げた米津が高らかに告げた「迷える羊」を経て、シンボリックなブラスのフレーズが聴衆の高揚を誘ったのは3曲目の「感電」。イントロで「こんにちは、横浜!」と叫んだ米津の声に、観客も大歓声で応じる。横浜アリーナ公演限定で演奏に加わったホーンセクション・MELRAW HORNSと、ダンサーチーム・TEAM TSUJIMOTOによるパワフルなパフォーマンスも相まって、横浜アリーナは一気に華やかなムードに満たされていった。なお、「迷える羊」ではスチームパンクのような時計仕掛けの建物と砂漠の世界を描写した映像が、「感電」では雷が落ちる荒廃した街で無数の車が盛んに燃え上がる、超現実的な世界観のイメージ映像が演奏を彩っていたが、これは米津が2020年8月に「FORTNITE」で行った全世界同時バーチャルライブで背景に使用されていたもの。新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止を余儀なくされた「米津玄師 2020 TOUR / HYPE」の代わりとして行われたバーチャルライブの映像をリアルライブでも使用するという粋な演出もまた、会場の熱気をぐんぐんと高めていく。3曲を終え、米津は「どうも、米津玄師です!」と威勢よく観客に挨拶。「今回のツアー、正真正銘今日が最後です。集まってくれて本当にありがとうございます」と感謝すると「最後の最後なので『気合い入れていきます』とか、そういう言葉があればいいのかなとは思うけど、いつも通りみんなと楽しくやれたらなと思います。今日はよろしく!」と思いを告げた。
MCを経て、1stアルバム「diorama」の1曲目を飾る「街」がプレイされると、イントロが鳴るなり客席からからは驚きの歓声が上がる。ステージ上空からはLEDライトが柔らかく光る白いキャンバスが、米津とバンドメンバーの頭上までゆっくりと降下。舞台上に照らし出された狭く閉ざされた空間の中、米津は「米津玄師」として踏み出した“1歩目”を噛み締めるように、丁寧に楽曲を歌い上げた。続く「Decollete」ではたゆたうような身のこなしで妖艶な歌声を聴かせ、「優しい人」ではひと筋のピンスポットに照らされながら、切ない心情をまっすぐ歌に乗せて聴衆の心を震わせる。曲ごとに繊細に表情を変える歌唱にオーディエンスがじっくりと聴き入る中で届けられたのは大ヒット曲の「Lemon」。ステージ中央から延びる花道には菅原小春が現れ、2018年の「NHK紅白歌合戦」でこの曲が披露された際のダンスパフォーマンスを再演してみせる。圧倒的な熱量の身体表現で存在感を放つ菅原の舞踏に呼応するかのように米津も力強い歌声を響かせ、観客は2人のセッションを息をのむように見つめた。曲のラスト、一面に散らばったクリスタルが空中で1つになり、大きな宝石に姿を変えると「M八七」へ。曲中に宝石が砕け散った瞬間、米津の背後のビジョンには一面の星空が広がる。まるで銀河に舞い上がっていくようなスケール感のある演出の中、米津は豊かな響きをたたえたロングトーンで聴衆を圧倒した。
ライブ中盤、客席へ向け「マインスイーパーって知ってますか?」と唐突に問いかけた米津は、滑らかな話術でも観客を大いに楽しませた。PCゲーム「マインスイーパー」をひさびさにプレイし始めたところ、その「シンプルがゆえの奥深さ」に魅了されてどっぷりと“沼”に浸かってしまったという彼は、「作業の合間にプレイするのがいいルーティンとして確立して『これはいいわ』と思っていたんだけど、だんだん雲行きが怪しくなってきて……」と吐露。「クリアして『よしOK』と作業に戻った瞬間、また爆弾を探してしまう」「日常生活でタイル張りの壁を見ると『ここに爆弾があって……』と考えてしまう」と続け、「ついには1日12時間、ぶっ続けでプレイしてしまって」と、“沼が極端に深まった瞬間”を振り返る。楽曲制作のための時間がほとんど「マインスイーパー」に侵食されてしまうほどの事態を明かし「だから私、今詰んでいるんです。詰んでいる状態でここに立っています」と告げた米津に客席から拍手が送られると、「私の人生いっつもこんな感じ。“いつもどおりの通り独り こんな日々もはや懲り懲り”ってね。そんな曲があったのでやらせてください」とMCからの流れるような展開で「LOSER」へなだれ込む。米津はドライブするバンドアンサンブルを鮮やかに乗りこなしながら、巻き舌の荒々しいボーカルやシャウトを交えた熱いパフォーマンスを展開。それまでステージ奥の壁面を成していた舞台装置は変形して3層の鉄骨セットに姿を変え、その最上層まで勢いよく駆け上がった米津は客席を見下ろしながら「聞こえてんなら声出していこうぜ」と熱くオーディエンスを鼓舞した。
瑞々しいバンドサウンドの「Nighthawks」では、原曲にはないアレンジで中島宏士(G)がBUMP OF CHICKEN「天体観測」のギターリフを鳴らすと、米津は「懐かしい音楽が頭のなかを駆け巡る お前は大丈夫だってそう聞こえたんだ」と歌い、大きな歓声を誘った。黄色いシャープな光が明滅する中、ギターをかき鳴らす米津が感情を露わにした「ひまわり」に続き、「ゴーゴー幽霊船」ではオーディエンスも曲をシンガロングして熱狂の勢いを加速させる。そして勢いのままに投下された「KICK BACK」で、会場の一体感と熱気は最高潮に。ステージが真っ赤な照明に照らされた瞬間、3階建ての鉄骨セットでは多数のダンサーが囚われた獣のような荒ぶる動きを見せ、舞台のあちこちからはファイヤーボールが何度も噴き上がる。喉をつぶしたハスキーボイスと柔らかく優しいボーカルを歌い分ける圧倒的な歌唱力で、ジェットコースターのような興奮状態を作り出した米津。ハンディカメラを手にした彼がバンドメンバーやダンサーを映し出し、カメラ目線で歌い狂うというパフォーマンスに、会場はカオティックなまでの狂騒に包まれた。
本編最後のMCで、米津は今回のツアーに「空想」というタイトルを冠した理由をファンに伝えた。「昔の自分は空想がちな子供だったんです。現実世界では起こり得ないような光景やキャラクターを頭の中で考えて、その美しい世界の中に閉じこもる子供だった」と振り返った彼は「自分の人生の“幹”というか“脊椎”というか。『空想』というものが自分の中に1本太く通っている。内に閉ざせば閉ざすほど、頭の中にある空想が、自分を癒してくれる唯一のものだった。そこから大人になって、絵を描いたり音楽を作るようになった、その根っこにあるのも空想なんです」と続ける。そして「空想があったから、今の自分がある。これだけたくさんの人が貴重な1日を使って自分の音楽を聴きに来てくれる。自分が空想家であったおかげで皆さんと関わりを持てるようになれたのだと思うと、すごく幸福な人生だと感じます」と、思いを噛み締めるように語った。
「自分にとって大切な『空想』というものをタイトルにしてツアーを回って、自分の音楽がどこからやって来たのかを確認し合う。そういう時間になればいいなと思ってこのタイトルを付けました。今日は来てくれて本当にありがとう」。そう感謝を伝えた米津は温かな眼差しで満員の客席を見渡し、「昔の自分みたいな人たち」へ向けてもメッセージを送る。「こっちから何か問いかけたとき、何も返せなくても構わないって思うんです。ライブっていうのはそんな懐の狭いものではないと思うんです。そういう人たちがもしここにいるんだとするなら、頭の中で渦巻いているものがいろいろあるかもしれないけど……なんとなく大丈夫だよということは言ってあげたいですね」と、自身の過去を振り返りながらまっすぐに伝えた米津の言葉に、会場からは大きな拍手が送られた。
「空想という名のゲーム、『FINAL FANTASY』のために作った曲を聴いてください」。そう言って届けられた最新曲「月を見ていた」では、月光が揺らめく夜の浜辺の景色が米津の背後に広がる。彼が切実な叫びに満ちた歌声を響かせると、空に浮かんでいた月は海に落ち、マグマのような炎を放出しながら、煙と共に“神聖な月”へとその姿を変えた。張り詰めるような悲しさに覆われた「月を見ていた」の夜の景色は続く「打上花火」では絵画に描かれたような夜の海辺へと情景を変え、米津は「あの日見渡した渚を 今も思い出すんだ」と歌い始める。ラスサビでは照明演出によって横浜アリーナの天井に大きな花火が“打ち上げ”られ、会場中の人々が夏の花火を見上げているような疑似体験を味わった。
“青春の記憶”をモチーフに「変わらない何か」の存在を願う「灰色と青」から、米津玄師としての10年の歩みを聴く者に想起させる歌が心を揺さぶる「かいじゅうのマーチ」へ。MCで語られた“空想の原点”へ立ち返るようなノスタルジーを誘う2曲を経て、ライブ本編は「馬と鹿」で締めくくられた。ダンサーたちがこの曲のミュージックビデオを思い起こさせるような動きを見せる中、米津は本編ラストの曲ながらすさまじいエネルギーで“挫折”と“愛”を叫ぶ。花道へと歩みを進める米津の背後にはダンサーが続くも、次々に離脱。米津が1人で花道の先端までたどり着くと、ラスサビではダンサー全員が勢いよく彼の元へと駆け寄り、舞台上の面々は持ちうるエネルギーをすべて解放するようなダイナミックなパフォーマンスを見せる。その熱量と迫力がオーディエンスを圧倒する中で、本編の幕は下ろされた。
アンコールを求める大きな拍手が巻き起こる中、客席では多くのファンが「米津玄師 2020 TOUR / HYPE」のグッズであったタオルを掲げ、その蛍光オレンジ色が、青色の照明を反射して美しく浮かび上がる。米津は未発表の新曲でライブを再開させた。会場全体が森の緑に包まれたかのような演出の中で披露されたのは、温かな肌触りの楽曲。近くに米津の存在を感じられるような音像に、会場は幸福なムードに包まれた。メンバー紹介ののちには、米津のライブでは毎回おなじみとなっている幼なじみのギタリスト・中島とのトークも展開され、2人のやりとりに会場は笑いに包まれる。そして、本公演の出演メンバーが一堂に会したところで「POP SONG」へ。砂漠の映像が映し出される中、ダンサーはコミカルな踊りでステージを縦横無尽に動き回り、ホーン隊も花道でにぎやかに楽器を吹き鳴らす。ステージ上のメンバー全員が曲を遊び尽くすような楽しいパフォーマンスに、観客も体を揺らして反応した。続く「Flamingo」では、三角形のビジョンの中にピンク色の砂漠が映し出され、「春雷」では米津が「最後まで楽しんで行こうね!」と観客に呼びかけ、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら小気味よく歌を紡いでいった。
そして、ラストナンバーの「LADY」のイントロが響くと、ビジョンに映し出されたモノクロの白線の映像に会場からは大きな拍手が巻き起こった。ブルーの背景に映し出される街の景色や横断歩道の白線。この曲のMVを想起させる映像を背に、米津もMVさながらに白線を歩くような振る舞いを見せ、ユーモアたっぷりに曲を歌い上げる。バンドやダンサーはスタイリッシュかつクールなパフォーマンスで曲に彩りを添え、客席には明るく晴れやかなムードが広がっていった。アウトロのピアノが鳴り止むと、米津は「ありがとうございました。米津玄師でした」と、頭を深々と下げてステージ奥へと帰っていく。すると、ビジョンには1曲目の「カムパネルラ」で現れた銀河鉄道が再び登場。ステージを去っていく米津の姿は銀河鉄道に乗り込むかのように見え、鉄道はそのまま星空の中を飛び立っていった。ファンタジックな余韻が広がる中、オープニングと同じSEに乗せて、エンドロールが映し出される。最後に「米津玄師」というクレジットが現れると、客席からは鳴り止まない拍手が送られた。
米津玄師「米津玄師 2023 TOUR / 空想」2023年7月2日 横浜アリーナ セットリスト
01. カムパネルラ
02. 迷える羊
03. 感電
04. 街
05. Decollete
06. 優しい人
07. Lemon
08. M八七
09. LOSER
10. Nighthawks
11. ひまわり
12. ゴーゴー幽霊船
13. KICK BACK
14. 月を見ていた
15. 打上花火
16. 灰色と青
17. かいじゅうのマーチ
18. 馬と鹿
<アンコール>
19. 新曲
20. POP SONG
21. Flamingo
22. 春雷
23. LADY
撮影:太田好治、ヤオタケシ、横山マサト、立脇卓