YouTubeでの視聴回数チャートや、ストリーミングサービスでの再生数が伸びている楽曲を観測し、今何が注目されているのかを解説する週刊連載「再生数急上昇ソング定点観測」。今週はYouTubeで6月7日から6月13日にかけて集計されたミュージックビデオランキング、および急上昇ランキングの中から要注目トピックをピックアップします。
文 / 真貝聡
まずはこの週の初登場曲の振り返りから
今週のYouTubeのミュージックビデオランキングは、8位にアニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」に登場する結束バンドの「ギターと孤独と蒼い惑星」を、ギター&ボーカル・喜多郁代役の長谷川育美が一発録りでパフォーマンスした「THE FIRST TAKE」の映像が登場。「喜多郁代が長谷川育美に憑依しているように見えた」と視聴者の間で盛り上がっている。なお「THE FIRST TAKE」では6月19日に、映画「劇場総集編ぼっち・ざ・ろっく! Re:」のオープニングテーマ「月並みに輝け」の一発録り映像も公開された。
46位にはTravis Japanの「Sweetest Tune」がランクインした。この曲はメンバーの松田元太が出演するテレビ朝日系のドラマ「東京タワー」の挿入歌で、MVでは7人がシェアハウスで暮らしているかのような、和気あいあいとした微笑ましい映像が堪能できる。
51位はHYの「366日 feat. 西川貴教」のコラボレーションムービーが初登場。西川によるパワフルな歌声だけでなく、仲宗根泉の歌を立たせた抜群のハモリを聴ける貴重な映像になっている。
54位には今年3月に行われたAdoの世界ツアー「Wish」から、アメリカ・ロサンゼルスで披露された「愛して愛して愛して」のライブ映像が登場した。Adoの常人離れした歌に対して、YouTubeのコメント欄では「生歌でこんなにすさまじいシャウトができるのが信じられない」「歌だけでなく全身で楽曲を表現している様に感動」と絶賛する書き込みが多かった。
59位は美 少年が今年3月に開催した「美 少年 Arena Tour 2024 Gates+」から「Flicky」のライブ映像がランクイン。この曲は去年3月に行われた美 少年の初単独舞台「少年たち」で初披露され、当時からファンの間で注目されていた。彼らの高次元な歌やダンスのスキルはもちろん、ミュージカルを観ているようなストーリー性のあるパフォーマンスにも注目だ。
スタジオパフォーマンスの映像やライブ映像がMVよりも多く上位に並んだ今週は、下記の4曲をピックアップ。
ビートまりお「Help me, ERINNNNNN!!」
※YouTubeウィークリーミュージックビデオランキング初登場38位
5月5日に公開され、約2週間で600万再生を突破したこのMV。YouTubeのコメント欄を覗いてみると「ここは平成36年か」や「令和に投稿された動画なのにリプ欄が平成で染まっている」など“平成”という言葉が目に飛び込んでくる。というのも、この曲には20年の長い歴史があるのだ。
原曲は2004年に頒布された東方Project第8弾となる弾幕シューティングゲーム「東方永夜抄 ~ Imperishable Night.」の、6面ボスである蓬莱山輝夜のテーマ曲「竹取飛翔~Lunatic_Princess」。
ビートまりおを擁するCOOL&CREATEは同年、東方ProjectのアレンジCD「東方ストライク」を制作し、このアルバムに「竹取飛翔~Lunatic_Princess」をアレンジした「Help me, ERINNNNNN!!」の最初のバージョンを収録した。この時点では掛け声のみが入ったインストの曲だったが、バンド・石鹸屋の協力のもと、歌詞の付いたアレンジバージョンが制作され、2007年に頒布されたライブアルバム「Flowering ERINNNNNN!!」に収められた。
東方Projectにする登場キャラクター・八意永琳を呼ぶ「えーりん! えーりん!」というコールはインパクト大で、当時2ちゃんねるで流行していたAAキャラクター「ジョルジュ長岡」の動きを取り入れて、腕を上下に振りながら「えーりん! えーりん!」とコールすることが流行した。この曲はまだサービス開始から間もない頃のニコニコ動画で一時代を築き、小林幸子も祭囃子アレンジでカバーしている。
そんな「Help me, ERINNNNNN!!」が今年5月、スマートフォン用ゲーム「プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク」に東方Projectコラボの一環として新たに追加された。これを記念して同曲のボカロバージョンと、ビートまりおによるリメイクバージョンのMVが作られることに。最初のバージョンが公開されてから20年という長い時を経て、初めて正式なMVが完成したのだ。
MVの内容は、東方キャラたちが一緒に学園生活を送るというストーリーのアニメーション。後半は体育館の舞台に立ったキャラクターたちが全校生徒と「えーりん! えーりん!」というコール&レスポンスを繰り広げる。5月6日にビートまりおがYouTubeライブ配信を行った際、視聴者からMVを観て泣いたというコメントが届いた。それに対してビートまりおは「学園モノアニメで一番盛り上がる回って、学園祭なんだよ。ハルヒ(「涼宮ハルヒの憂鬱」)もそうだしさ。学園祭のシーンってさ、みんなで協力してがんばるから感動が生まれるんだよね。そこの盛り上がりがエモくて、原作がどうこう関係なく、このMVを学園モノとして観たら普通に泣いちゃうのかもな」と話していた。長年愛されていた楽曲を改めて聴ける懐かしさだけでなく、感動できるような新たな要素も加わったからこそ、このMVは爆発的な再生数になったのかもしれない。
こっちのけんと「はいよろこんで」
※YouTubeウィークリーミュージックビデオランキング初登場53位
アマチュアアカペラの大会「A cappella Spirits」全国大会にて2年連続優勝し、口だけで曲を演奏する“1人アカペラシンガー”としてYouTubeで活躍したこっちのけんと。菅田将暉の弟としても知られる彼の新曲「はいよろこんで」のMVが53位にランクインした。この曲はTikTokを中心にバイラルヒットした2022年の「死ぬな!」や2023年の「どんぐりGAME」と同じくGRPがプロデュースを担当。軽やかなサウンドの上で、日常生活で抱えるストレスが頂点に達した人たちの様子が描かれている。
「はいよろこんで」を作った理由について彼は「我ながら未だにうつ病や躁鬱が理解できず、『どこからが“病”なのか』『どこまでが“優しさ”や“我慢”なのか』を見失う毎日のため、日々SOSを出す癖をつけたいと思い制作いたしました」と明かしている。サビ前の「・・・---・・・」(トントントンツーツーツートントントン)は、SOSを示すモールス信号。しかし最後のトンを言い終わる前に遮るように歌がかぶって始まるので、もしかしたら助けを求めるSOSは周りの声にかき消されてしまっているのかもしれない。
「はいよろこんで」のジャケットとMVのアニメーションを担当したのは、昭和30~40年代のアニメを再現した動画が最近話題になっている映像作家のかねひさ和哉だ。かねひさはMVについて「けんとさんの素晴らしい楽曲に感情を揺り動かされ、勢いのままに映像を作らせていただきました」とコメント。昭和のアニメを想起させるコミカルでノスタルジックな画は、軽快でポップだけれど憂いに満ちているこの曲と親和性が非常に高い。
Eve「インソムニア」
※YouTubeウィークリーミュージックビデオランキング初登場73位
「インソニムニア」は「映画 マイホームヒーロー」の主題歌として書き下ろされ、3月1日に配信リリースされた楽曲だ。この曲のMVは、6月9日に開催されたアジアツアー「Eve Asia Tour 2024 Culture」の神奈川・横浜BUNTAI公演の終演後にサプライズで公開された。まるで1本の映画を観ているかのようなクオリティの高いこの映像は、これまで数々のEveのMVを手がけてきたクリエイター・まりやすが制作している。
MVは「ファイトソング」「いのちの食べ方」のMVにも登場した弟切飛から、今作の主人公・淵素直の携帯に電話がかかってくるシーンで始まる。素直が携帯を取ろうと手を伸ばすと、机の上には大量の錠剤が散乱している。素直はおそらく夢遊病のような睡眠障害に悩まされていたのだろう。次第に素直は現実と夢の区別がつかなくなって、大きな事件を起こし警察に捕まる。ラストは刑務所の面会室に通され、アクリル板の向こうにいる弟切飛と対面する、というのが物語の流れだ。
YouTubeのコメント欄では「警察来た後に『オレ何かした?』みたいな顔に一瞬なってるの好きすぎる」「素直の顔面のあざは父親に暴力を振るわれていたのでは?」と、それぞれの好きなシーンについての感想が多数書き込まれている。また「いのちの食べ方」「ファイトソング」「インソムニア」という3本のMVの関連についての考察で大盛り上がり。2人のストーリーがどのように展開していくのか、今後のEveの新曲やMVに期待したい。
初星学園「Campus mode!!」
※YouTubeウィークリーミュージックビデオランキング初登場96位
初星学園とは、5月16日からスマートフォン用に配信されているアイドル育成シミュレーションゲーム「学園アイドルマスター」の舞台となっている架空の学園。ゲーム内に登場するアイドル全9人のソロ歌唱曲のMVが5月1日から順次公開され、そのたびに楽曲のクオリティの高さが話題となっていた(※参照:再生数急上昇ソング定点観測 2024年5月5週目)。
「Campus mode!!」は初星学園の9人全員が歌う全体曲で、作詞作曲を手がけたのは田淵智也(UNISON SQUARE GARDEN、THE KEBABS、Q-MHz)だ。田淵らしさが遺憾なく発揮されたポップチューンなのだが、ゲーム内で聴くことができるのは、各アイドルを育成して親愛度10を達成したとき。しっかりゲームをやり込まなければ難しく、そのハードルは高い。YouTubeのコメント欄では「ものすごい苦労を乗り越えて、初めてこの曲をエンドクレジット付きで聴けたときは本当に震えた」という、実際にゲームをプレイしてそこまで到達できた人たちの書き込みが多い。楽曲単体で聴いても感動できるが、ゲームを通して楽曲を聴くとより大きな感動が待っている。