猫をモチーフとする楽曲は過去あらゆるジャンルで作られてきた。もちろん時には家族であり、恋人であり、親友でもある猫を題材に曲を書きたくなる愛猫家の気持ちはよくわかる。だが、身近な存在でありながら、どこか謎めいたところがあるところもまた、ソングライターのイマジネーションと創作意欲をかき立ててきたとは言えないだろうか?
これまでの活動を通し、独自の視点からユニークな猫ソングを書いてきたのがKIRINJIの堀込高樹さんだ。世界中で語られてきた「猫は液体である」という冗談めいた仮説を元にして書いた「気化猫」(2021年)などは、間違いなく堀込さんにしか書けない“猫ソング”である。
創作活動のパートナーとしての猫の存在に迫る本連載。2回目となる今回はその堀込さんにご登場いただき、楽曲制作のモチーフとしての猫の魅力について語ってもらった。自身もコマちゃんという猫と暮らす堀込さんは、コマちゃんからどのようなインスピレーションを得ているのだろうか。堀込さんに選んでいただいたプレイリストとともに楽しんでほしい。
取材・文 / 大石始
自宅で繰り広げられる猫との攻防戦
コマちゃん(メス)が堀込家にやってきたのは約10年前のこと。そのときはまだ両手に乗るサイズの子猫だったという。「僕はあまり動物を飼いたいというタイプじゃないんですけど、妻と子供たちが飼いたいというので、『君たちが面倒見るんだったら』と飼うことになったんです」と話す堀込さんは、コマちゃんと暮らし始めた当初のことをこう回想する。
「猫と暮らすのは初めての経験だったんですけど、最初の頃は『猫ってニャーとは鳴かないんだな』と思いました。ミーとかファーみたいな感じでしょ? あと、子猫だったのでいろんな部品が小さい。当時からあまり暴れなかったし、大人しかったですね」
また、コマちゃんという名前に落ち着くまでは紆余曲折があったのだという。
「鼻の頭の模様がゴマみたいだから『ゴマ』って名前にしようと言ってたんですよ。でも、子供たちが『アザラシのゴマちゃんがいるじゃん』と言い出して、じゃあ『コマ』にするかと。僕はちっちゃい子でも呼びやすい名前がいいと思ってたんです。子供って言葉を覚えるときに『マンマ』とかから覚えるじゃないですか。近い言葉が何かないかな?と考える中で『メンマ』がいいんじゃないかと思って。でも、そのときうちに遊びに来ていた長男の友達に『メンマなんてかわいそうだよ!』と強く言われて、それで却下されました(笑)」
常日頃、堀込さんとコマちゃんは絶妙な関係を保っているのだという。コマちゃんは堀込さんに過剰に甘えることはなく、かといって堀込さんのほうもベタベタとコマちゃんを愛でることもない。決して仲が悪いわけではないけれど、甘え合う関係でもない。そんなコマちゃんとの日常について堀込さんはこう語る。
「僕がやるのは餌をやることぐらい。日中みんな出払ってますから、そういうときに『ごはんくれよ』と言ってきますね。あと、ソファのところにオットマンがあるんですけど、そこが一番好きみたいで。僕がソファに座って足を伸ばして本を読んでいると『邪魔だなあ、そこ私の場所なんだけど』とアピールしてきます。そういう攻防戦を2、3回ぐらい繰り返すと、あきらめてくれる。それとウチは半地下に作業場があるんですけど、夏場は涼しいのでそこに入ってきて僕の作業椅子によく座ってますね。抱っこをしてどかそうとすると逃げていく。もしかしたら自分の居心地のいい場所を奪う人と思われているかもしれないですね」
自宅の作業場で制作や録音をする堀込さんの邪魔をすることはない。ただし、ギタリストならではのこんな悩みもあるらしい。
「ギターの弦を替えるときが大変なんです。(弦を)張ったあと、ニッパーで余った弦を切るわけですけど、切る前の飛び出た弦が好きみたいで、それで遊ぼうとする。でも、弦って鋭いから危ないじゃないですか。頼むから来ないでくれ、と。そこはちょっと気を使ってますね」
誤解によって救われることがある
堀込さんが書いた猫ソングの中でもよく知られているのが、2016年のアルバム「ネオ」に収められた楽曲「ネンネコ」だ。後期The Beatles的な雰囲気も漂うこの曲では、「ネコは昨夜の涙 舐めてくれた / だけど慰めてくれてるんじゃない / 違うよ 違うんだ / 味を見たいだけ / 誤解だったんだ」と歌われている。この曲はどのような着想のもとできあがったのだろうか?
「『ネンネコ』は先に曲ができてたんですけど、ちょっとThe Beatlesっぽい曲調だったから、それに合う題材を探してたんですよ。コマがうちに来てからまだ数年ぐらいの時期だったと思うんですけど、猫の曲を作ったことがなかったから作ってみるかと。あとその頃、猫の行動に関する本を読んでいたんです。飼い主の涙を猫が舐めて慰めてくれるという話もあるけど、そうじゃないっていうことが書いてあって。これ、面白いかもと」
「ネンネコ」では「ただ寝てる / ただ寝てる / ただ寝ているんだ」というフレーズが繰り返される。「猫って夜行性って言われるけど、夜も寝てるし、1日の大半寝てるなと思って」という発見が元になっているとのことだが、そうしたフレーズの中に「だけどいいじゃない / わたしそれで救われた」という言葉が挟み込まれる。それによって、猫の存在が主人公に与える影響がさりげなくほのめかされるのだ。こんな曲はやはり堀込さんにしか書けないだろう。堀込さんはこう言う。
「犬は意思疎通できそうな気がするけど、猫とはコミュニケーションが成り立っているのか成り立っていないかわからないところがあると思います。意思疎通できていないかもしれないし、人間側の誤解かもしれないけれど、それはさほど重要じゃない。猫に限らず、誤解によって救われることだってあると思うんです」
「ネンネコ」と並ぶ堀込さんの代表的な猫ソングが、先述した「気化猫」(2021年リリースのアルバム「crepuscular」収録曲)だ。
「『猫は液体』っていう説がありますよね。液体ということは、気化することもあるんじゃないかと(笑)。猫って死ぬときは飼い主に姿を見せないという話もありますよね。今は家猫が多いからそういうことも少ないと思うけど、それもある種の気化に近いんじゃないかと。あと、うちの近所に『猫を探してます』という探し猫の張り紙がやたら多い時期があって。ちょっと怪しい雰囲気の曲ができたので、そういういくつかのイメージを結び付けてみました」
僕の日常には常に猫がいる。だけど……
猫に限らず、堀込さんは普段の暮らしから曲作りのヒントやアイデアを得ている。ただし、日常の風景や出来事をそのまま描写するのではなく、彼独自の視点を通じ、その風景に新たなイメージを重ね合わせている。そこにソングライターとしての堀込さんの作家性があるのだ。「ネンネコ」と「気化猫」はそんな作家性を象徴する楽曲とも言えるだろう。
「日常からヒントを得ているのは間違いないけど、僕の場合、(イマジネーションの)飛躍がないと書けないんですよね。『猫はかわいい』だけだと書き切れない。僕自身、そんなに『猫大好き!』って感じじゃないし、本当に猫を愛している方だと『気化猫』のような猫がいなくなる歌はつらくて書けないと思うんです。『ネンネコ』みたいに『猫が涙を舐めてくれたけど、それは慰めてくれてるんじゃないよ、誤解だよ』なんて歌わないんじゃないかな(笑)。僕の日常には常に猫がいるんだけど、“猫かわいがり”していない。だからこういう曲ができあがるんだと思います」
KIRINJIのデビュー前、堀込さんが作詞を手がけた幻の猫ソングがある。それが小島麻由美さんの「猫轢いちゃった」。作られた当時は未発表に終わり、のちに小島さんのボックスセット「セシルの季節 La saison de Cécile 1995-1999」に収録されることでようやく日の目を見た曲だ。この曲では若かりし頃の堀込さんならではのイマジネーションの飛躍が見て取れる。
「そんな曲、よく知ってますね(笑)。デビュー前、歌詞が書けないと小島さんから相談されたんです。『猫踏んじゃった』ってすごい歌だなと思って、それをモチーフにして書きました。とあるカップルが家で仲よくピアノを弾いていたんだけど、猫がそのピアノの下敷きになって死んでしまい、その結果カップルの関係性が破綻するという歌。今だったら絶対あんな曲を書かないけど(笑)」
「猫」というワードが出てくる堀込さんの楽曲はまだまだある。
「『いつも可愛い』(2012年)は恋人同士のベッドルームの歌なんですけど、ライトを消すと女の人の眼が猫のように光るというシーンがありますね。あと、『柳のように揺れるネクタイの』(2006年)という曲は会社員が主人公で、『1人で静かなところに行きたい』という気持ちの表現として『座る猫の静けさが今は恋しい』というフレーズが出てきます」
実は堀込さんの猫ソングはもう1曲増えつつあるのだという。ラジオ番組の企画を元にした「猫の声」という曲だ。
「『Xの投稿をモチーフにして曲を作ろう』というラジオ番組の企画があって、それで『猫の声』という曲を作ったんです。どこからか猫の声がするので自分も猫の声真似をしながら近付いていったら、そこには猫を探して鳴き声を真似ているおじさんがいたという投稿で(笑)。これは面白いと歌にしました。番組の企画で作ったのでそれで終わるかと思っていたら、意外と気に入ってしまって。ライブでもやりましたし、いずれ作品化したいと思っています」
猫のわからなさがいい
どこかつかみどころがなく、謎めいたところがある猫は、古くからさまざまなイメージの源泉となってきた。日本では化け猫や猫又のように妖怪の一種として語られてきたし、遊郭の遊女のイメージと結び付けられ、江戸時代の黄表紙や洒落本で描かれることもあった(三味線に猫の皮が使われてきたことも関係しているのだろう)。堀込さんもまた「化け猫みたいに猫が人になる話ってありますけど、確かに人間みたいだなと感じることがある」のだという。
「猫が階段を降りる音が人の足音みたいに聞こえることがあるんです。1人で家にいるとき、妻が帰ってきたと思って話しかけたことがあって。でも、返事が返ってこない。あれ?と思って階段を覗き込んでみたら、猫しかいない。そういうふうに人みたいな気配を発する瞬間があるんです。しかも自分が一番懐いている存在である妻の気配を発する。そこが面白い。猫がしゃべった!っていう話もよく聞きますよね。うちの猫も『ごはんくれ』と完全に言ってることがあるんですよ。『ごはん?』って聞いたら『ミャハ~ン』と返されたことがあります(笑)」
曲作りのモチーフとしての猫の面白さはどのようなところにあるのだろうか? 最後にそんな質問を投げかけると、堀込さんはしばらく考えてから、こう答えてくれた。
「懐いているけど、本当に懐いているのか怪しいところじゃないですかね。距離感が近いと思っている猫から拒否されることもあるし、その読めなさが面白い。わかりそうで、わからない。曲作りのモチーフとしてはそのわからなさがいいんです。もちろん、造形的にかわいいということはありますけどね」
ちなみに、冒頭の2ショット写真は普段コマちゃんを抱っこすることのない堀込さんが数日間にわたって距離を縮めた結果、ようやく撮影することができたという奇跡の1枚である。「わかりそうで、わからない」というのはお互い様な気もするけれど、両者の微妙な距離感を念頭に置いて見てみると、なかなか味わい深い1枚にも思える。今後も堀込さんとコマちゃんのコンビが生み出す新たな猫ソングを心待ちにしたいところだ。
KIRNJIが猫と一緒に聴きたい9曲
選曲コメント
家でリラックスしているときに聴く曲を選びました。うちの猫は音圧の高いものを嫌がるので、そういう曲は省きました。あと、イメージとしては猫が遊んでる光景に合うような曲を選んでみました。ムーンドッグとかね。dogですが。ポール・マッカートニーの「Ram」もなぜか猫感を感じるんですよ。Ram(羊)なのに(笑)。
プロフィール
KIRINJI
1996年10月に堀込泰行(Vo, G)、堀込高樹(G, Vo)の兄弟2人で「キリンジ」として結成される。1997年のインディーズデビューを経て、1998年にメジャーデビューを果たす。2013年に堀込泰行が脱退し、同年に新メンバー5人を迎えバンド編成の「KIRINJI」として再始動。2021年からは堀込高樹のソロプロジェクト・KIRINJIとして活動している。2023年9月には自主レーベル・syncokinからアルバム「Steppin' Out」を、2025年1月にはLIVE Blu-ray「KIRINJI 25th ANNIVERSARY LIVE」をリリース。α-STATION「NEW MUSIC, NEW LIFE」でレギュラーDJを担当中。
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