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米津玄師が受けた祝福と歓迎|ワールドツアーは目にしたことがないほどの熱狂だった

「KENSHI YONEZU 2025 WORLD TOUR / JUNK」パリ公演の様子。(Photo by Jiro Konami)
約1年前2025年04月29日 5:02

米津玄師が6年ぶりのワールドツアー「KENSHI YONEZU 2025 WORLD TOUR / JUNK」を3月から4月にかけて開催。全カ所ソールドアウトし大盛況となった本ツアーが、4月6日にアメリカ・ロサンゼルスのYouTube Theaterで幕を閉じた。

国内では新作がリリースされる度にチャートをにぎわせ、ドーム公演のチケットが争奪戦になるほど絶大な人気を誇る米津。海外では、2023年に発表したアニメ「チェンソーマン」の主題歌「KICK BACK」がアメリカレコード協会(RIAA)から日本語曲として初めてゴールド認定を受け、「RIAA Class of 2023」にも選出されるなど(日本史上初!米津玄師、アメリカレコード協会選出「今年を代表するアーティスト」に)、J-POPの歴史に刻まれる快挙を成し遂げた。

音楽ナタリーでは、新型コロナウイルスの流行でやむなく中止となった2020年の「米津玄師 2020 TOUR / HYPE」を除くすべてのツアーに参加し、長年米津に取材し続けている音楽ジャーナリスト・柴那典氏がソウル・INSPIRE ARENAとファイナルのロサンゼルス・YouTube Theaterに足を運ぶと聞きつけ、現地のレポートを依頼。海外でどのように米津の音楽が受け入れられ、現地の人々を熱狂させているのか分析してもらった。

取材・文 / 柴那典 構成 / 清本千尋 撮影 / 小浪次郎、山谷佑介

それぞれの都市で米津玄師のライブへの期待が非常に高まっていた

米津玄師は、今、世界各国で支持を集めている。待ち望まれている。その確かな熱量を、この目で見届けてきた。

3月から4月にかけて米津はワールドツアー「KENSHI YONEZU 2025 WORLD TOUR / JUNK」を開催した。これは、1月から2月にかけて東京ドームを含む16公演が行われ35万人を動員した国内ツアー「米津玄師 2025 TOUR / JUNK」に続くものだ。ワールドツアーでは上海、台北、ソウル、ロンドン、パリ、ニューヨーク、ロサンゼルスの7都市で計10公演が行われた。

上海と台北では2019年の初海外公演「米津玄師 2019 TOUR / 脊椎がオパールになる頃」以来、実に6年ぶりの公演となった。筆者は2019年に上海メルセデス・ベンツアリーナで行われた上海公演も目撃したが、当時も満員のアリーナには歓喜の空気が渦巻いていた。ずっと待っていた現地のファンも多かったはずだ。

意外にもソウルでは初のライブとなった。ここ数年、米津の韓国での人気は顕著に高まっている。Billboard JAPANが発表した「Japan Songs(国別チャート)」によれば、韓国の2024年の年間チャートでは「Lemon」が2位、「Lady」が8位と、2曲がトップ10にランクイン。近年韓国ではJ-POPの人気が上昇しているが、その中でも米津は特に大きな支持を集めている。BTSのジョングクを筆頭にさまざまな韓国のアーティストが「Lemon」などの楽曲をカバーしたことも、その魅力が広まる一因になったと考えられる。

米津がヨーロッパへ上陸するのは今回が初めて。ロンドンにも多くのリスナーがいるが、特にフランスでは日本のマンガやアニメ文化が深く浸透し、パリ公演には近隣欧州諸国からファンも集まる。スタジオジブリの宮崎駿監督作「君たちはどう生きるか」の主題歌「地球儀」をはじめ、グローバルな人気を持つ日本のアニメやゲームをきっかけに米津のことを知ったファンも少なくない。

アメリカでも米津の注目度は急上昇している。2023年、アニメ「チェンソーマン」のオープニング主題歌「KICK BACK」はアメリカレコード協会(RIAA)から日本語曲として初めてゴールド認定を受け、「RIAA Class of 2023」にも選出された。さらに2025年初頭、グラミー賞を主催する米レコーディングアカデミーは「J-POPの世界的なブーム」を今年の音楽トレンドとして予測し、米津のワールドツアーを「エポックメイキングな出来事となる」と評価。ニューヨークとロサンゼルスでの初ライブには、現地ファンから熱い期待が寄せられていたに違いない。

結果として、このワールドツアーは全公演がソールドアウトという快挙を達成。海外だけで計9万人を動員し、国内公演と合わせると総勢44万人が参加する大規模なツアーとなった。

では、実際のライブの模様はどうだったのか? 筆者は3月23日のソウル公演と、ツアーファイナルとなった4月6日のロサンゼルス公演の両方に足を運んだ。どちらの公演でも、米津玄師の音楽が国境と言語の壁を軽々と超え、現地リスナーの心を鷲づかみにしている様子が手に取るように伝わってきた。

ここからは韓国とアメリカのオーディエンスがどんな反響を見せたのか、詳細にレポートしていきたい。

現地の若者が集ったソウル公演

ソウル公演が行われたINSPIRE ARENAは、仁川国際空港近くに2023年にオープンした大規模複合型リゾート内に位置する最新の多目的アリーナだ。豪華なエントランスのLEDビジョンにはツアーのビジュアルが映し出され、開場前から多くのファンがグッズ購入や記念撮影に興じていた。

会場には開演前からただならぬ高揚感が漂っていた。2日間のチケットは発売後すぐにソールドアウト。この日は1万1000人のファンが集結した。観客層は男女比がほぼ同等で、10代から20代の若者が中心。筆者が観察した限り、ロビーでは日本語の会話はほとんど聞こえず、現地の若い世代が大半を占めているようだった。

そして、ソウル公演でのオーディエンスの反応は、筆者の予想をはるかに超える熱気に満ちていた。開演時刻、バンドメンバーの中島宏士(G)、須藤優(B)、堀正輝(Dr)、宮川純(Key)とともに米津が姿を現すと、会場を揺るがすほどの大歓声が沸き起こる。オープニングの「RED OUT」では、米津の歌声に合わせて「消えろ 消えろ」というフレーズを1万1000人の観客が一斉に叫び、会場に一体感が生まれる。

続く「感電」では、特徴的なホーンセクションのイントロを観客が歌い、「マルゲリータ」では「XOXO」の部分で米津がマイクをフロアに向けると、それに応じて大合唱がこだまする。タイアップ曲であろうが、そうでなかろうが、すべての曲が始まるたびに興奮の歓声が沸き上がり、会場全体がひとつになったシンガロングの波が会場を包み込んでいた。

ソウルの観客が見せた反応は、過去のどの公演でも目にしたことがないほどの熱狂だった。「ものすごい熱量ですごくうれしいです。光栄のかぎりです」と、米津も驚きと感謝が入り混じった表情を見せる。

セットリストは国内ツアーと同様、最新アルバム「LOST CORNER」を軸に新旧の名曲をバランスよく織り交ぜた構成だ。特筆すべきは、1曲1曲が始まるごとに大きな歓声が沸き起こっていたことだろう。特に宮川の繊細で美しいピアノソロに続けて披露した「LADY」や、壮麗なストリングスがイントロに加わるライブアレンジの「Lemon」では、イントロのピアノフレーズや「夢ならば」という歌い出しで観客が曲を認識した瞬間、あふれ出すような歓喜の渦が会場全体を包み込んだ。

そして最も驚かされたのは、韓国のオーディエンスがほとんどすべての曲で声を枯らさんばかりに日本語の歌詞を完璧に歌い上げていたことだ。とはいえ、ただ単に騒ぐだけの観客というわけでもない。「地球儀」や「海の幽霊」のような幻想的な曲調と美しいメロディが特徴の楽曲では、静かに聴き入り、その世界観に浸る姿勢を見せる。対照的にノンタイアップの初期楽曲「メランコリーキッチン」でも多くの観客が歌詞を完璧に覚えており、熱のこもったシンガロングが生まれていた。前半のクライマックスとなった「さよーならまたいつか!」では、米津の伸びやかな歌声に呼応するように、会場全体が一体となった歌声が響きわたり、祝祭感あふれる光景が広がった。

「人生で一番熱い歓迎を受けた気がします。今までの音楽人生もひっくるめて祝福されたような思いです」と、米津は感慨深げに告げる。「アンニョンハセヨ」と韓国語で呼びかけると、会場からは熱い拍手と歓声が沸き起こる。米津は「ずっと韓国に来たかったけれど、なかなかタイミングが合わなかった」と率直に告白。また、食べたことはないが語感が気持ちいいという理由で「プルダックポックンミョン」(インスタントの激辛炒め麺)を好きな韓国語として挙げるなど、韓国への親しみも自然な形で表現していた。

MCでは、言葉の異なる国でこれだけ多くのファンが日本語の歌詞を歌う光景への驚きも素直に表現していた。「自分の国以外の場所にこんなにたくさんの人が集まってくれて、1人でやっていた頃から考えると嘘みたいな光景です」と、これまでの音楽活動を振り返りつつ語る。最後に「愛してるよ!」と叫ぶと、会場には割れんばかりの歓声が響きわたった。

こんなに熱いライブ、人生で初めてでした

後半のライブアンセムを立て続けに披露する展開では、会場の熱気はさらに高まっていった。「LOSER」のイントロが流れた瞬間、会場からは怒号のような歓声が沸き起こり、サビでは観客全員が一斉にジャンプ。その衝撃でアリーナの床が揺れるほどだ。米津とオーディエンスの掛け合いにより会場のムードはどんどん加熱し、アウトロに差し掛かると「オイ! オイ!」という、まるでロックフェスのようなコールまでもが生まれた。

そしてショーのクライマックスとなったのは「KICK BACK」だ。イントロの第1音から会場の盛り上がりは爆発し、「努力 未来 A BEAUTIFUL STAR」のフレーズを1万1000人の観客が一斉に絶叫。真紅の衣装に身を包んだダンサーたちがダイナミックに舞い、米津自身が手持ちの自撮りカメラで捉えた表情やステージの狂騒状態がリアルタイムで巨大LEDビジョンに映し出されると、オーディエンスの興奮は最高潮に達した。

続く「ピースサイン」でも熱気は冷めやらない。イントロの第1音から観客の多くが両手を高く掲げてピースサインを作り、壮大なシンガロングが会場を包み込む。畳みかけるように披露した「ドーナツホール」でも速いテンポに乗せた掛け声がステージに降り注ぎ、観客の興奮状態が続く。息つく暇もない展開が続いた後、本編ラストは情感豊かなバラードナンバー「がらくた」へ。「LOST CORNER」というアルバムのメッセージ性を象徴するこの曲で、先ほどまで沸き立っていた観客たちは一転、感無量の表情で歌に耳を傾けた。静かに、しかし深く胸に迫る余韻を残して米津はステージを後にした。

アンコールを求める熱烈な声援と拍手に応え、再び姿を現した米津は「BOW AND ARROW」を披露。ここでも観客は拳を高く掲げ、手拍子を刻み、間奏やアウトロでは「オイ! オイ!」と声を合わせる。

MCでは米津の幼馴染でもある“ハイパーギタリスト”中島宏士が朗らかな表情でバンドメンバーを紹介。韓国語でオーディエンスに呼びかける場面もあり、会場は和やかな空気に包まれた。ライブ恒例の米津と中島による肩の力の抜けた掛け合いは、アリーナ全体に親密で柔らかなムードを生み出した。

「こんなに熱いライブ、人生で初めてでした」と米津は感極まった表情で語る。「また来ます!」という言葉に、客席からは大きな歓喜の声が上がった。最後の「LOST CORNER」まで一瞬のように感じられた圧倒的なステージだった。

多種多様な人種が集まったLA公演

ロンドン、パリ、ニューヨークを経て、ツアーファイナルはロサンゼルスで行われた。会場のYouTube Theaterは巨大スタジアムに隣接する6000人収容のベニューだ。この公演も、米津の海外での人気を如実に示すものとなった。

開演前のロビーで目を引いたのは、予想以上の客層の多様性だ。交わされる会話のほとんどは英語。おそらく現地のファンと見られる観客は、アジア系アメリカ人をはじめ、白人もかなりの数で、黒人の姿も見受けられた。男女比はほぼ半々で、若年層が中心だったが、年配の人や家族連れの姿もあった。「チェンソーマン」のコスプレをした観客もわずかに見られたが、いわゆるアニメファンの集まりという雰囲気はまったくない。さまざまなきっかけで米津の音楽に触れた多彩なファンが集まった場という印象だ。

セットリストはソウル公演とほぼ変わらない24曲。会場によって照明や特殊効果は異なるものの、基本的な演出も共通だ。TEAM TSUJIMOTOのダンサーたちによるダンスと背景のLEDビジョンに映し出された映像が楽曲を彩りその多彩な世界観を伝える、総合芸術のようなステージが米津のライブの真骨頂である。

ロサンゼルスのオーディエンスも情熱的だった。冒頭の「RED OUT」から観客全員が立ち上がり、一体となって歌う。「感電」や「マルゲリータ」、「LADY」では、イントロが流れた瞬間から会場に高揚感が広がり、米津の音楽が長らく待ち望まれていたことが伝わってきた。

「Hello everyone !」「Nice to meet you ! So happy to be here」と英語で呼びかけ、大きな歓声を浴びた米津は、「初めてのライブにこんなに集まってくれて、非常に光栄です」と笑顔で感謝を伝えた。

ロサンゼルス公演で特に心に残ったのは、米津の多彩な音楽性がアメリカのファンにも深く浸透している様子だ。「地球儀」では観客が息をのんで聴き入り、「LADY」では自然と手拍子が生まれ、「Azalea」では心地よさそうに身体を揺らしていた。

ソウルの会場全体が沸騰するような熱狂とは少し異なり、ロサンゼルスの観客は日本の客席に近い反応を見せていたように思う。日本語の歌詞であってもそれはまったく障壁とはならず、むしろ楽曲の持つ情感やムード、世界観そのものがアメリカのリスナーにも伝わり熱気を生んでいることを強く感じた。

15年ぶりの渡米、最新曲に込めた親友への思い

「ありがとう、すごい、熱い!」と笑顔を見せた米津は、MCで「ロサンゼルスは15年前に来て、今回は2回目なんです」と明かした。そして「来るたびに思うけれど、とてもいい気候ですね。今回のツアーはここが最後だけれど、素晴らしい天気や開放的な街並みも全部含めて、最後にふさわしい場所だと思います」と語る。

米津が初めて海外に渡航したのも15年前。2011年7月に行われた初音ミクの海外初ライブコンサート「MIKUNOPOLIS in Los Angeles」に参加したときだ。米津はその際に、初めて海外ファンと直接交流した思い出が今も鮮明に残っているという。「そこから15年経って、今、こんなにたくさんの人が来てくれたということには、本当に感動的なものがあって。すごくうれしいです。今日は来てくれてありがとう」と、思いを噛み締めるように語った。

ソウル公演と同じく、ロサンゼルス公演のクライマックスも「KICK BACK」だった。イントロが流れた瞬間、会場からは歓喜の叫びが上がり、観客は高揚感に包まれながら体を揺らし、ともに歌った。「ピースサイン」では一斉にピースサインを掲げる光景が広がり、会場全体の熱気は最高潮に達した。

アンコールのMCで米津はワールドツアー全体を振り返り、「これだけの人が異国の地に集まってくれて、本当にうれしいです。日本語の歌で、言葉も何を言っているかわからないかもしれないけれど、それでも熱烈に迎え入れてくれるということに、本当に感激しました」と心からの喜びを表現した。

「I love you !」と叫び「また来ます」とアメリカのファンとの再会を約束した米津は、さらに特別な思いを打ち明けた。「もう1個だけ」と切り出し、「15年前、人生の一番の親友みたいなやつと一緒にここに来たんです。そいつが6年前に亡くなってしまって。昨日がその人の命日だったんですよ。だから、次の曲はそいつに向けた曲としてもやりたいんだけれど、いいですか」という言葉に続けて「Plazma」を披露した。「Plazma」は「機動戦士Gundam GQuuuuuuX」の主題歌として書き下ろされた1曲。この日この場所でこの曲を歌ったことには深く胸を震わすような感動があった。

そしてツアー最後の曲は「LOST CORNER」。ダンサーたちに囲まれながら、軽やかなメロディのこの曲を歌い終えた米津の表情には、充実感と晴れやかさが混ざり合っていた。

「また会いましょう!」という言葉とともに米津がステージを去った後も、会場には熱狂の余韻が残り続けた。公演後、会場の外ではそこかしこで、観客たちが興奮冷めやらぬ様子で感想を語り合っていた。きっとこの日のライブは訪れた1人ひとりの胸に、深く刻み込まれる体験になったのではないだろうか。そう強く感じた一夜だった。

世界中から“祝福”を受けて

ワールドツアーは多大な成功を収めて終了した。それは単に動員数の多さだけでなく、米津自身にとっても深い意味を持つ体験になったのではないかと思う。

今回のツアー中、米津は国内公演のMCでもこれまでの音楽人生を振り返っての思いを語っていた。中学生時代、パソコンの前に座り、1人で音楽を作ることが生きがいだったこと。高校時代にバンド活動をやってみてもライブ文化には馴染めなかったこと。孤独や閉塞感を感じながら、画面の向こうとのコミュニケーションが自分にとっての音楽活動だったこと。そして気付けば見える景色が変わり、大きな場所に立っていたということ。

自分の音楽を求めて集まる何万人もの人々と直接向き合う実感を、米津は「祝福」という言葉で表現していた。

米津は自作について語る際、しばしば「祝福」という表現を用いる。それは「パプリカ」や「M八七」「地球儀」などに見られるように、幼少期に感じたものや受け取ったものが、その後の長い人生を生きる上での糧や支えになる、という文脈で使用する言葉だ。

今回のツアーで観客と向き合った経験を米津自身が「祝福」と受け止めたということは、そういった意味でも大きな意義を持つ出来事だったのではないだろうか。そしてその実感を、言語や国境を超えてアジア、ヨーロッパ、アメリカのオーディエンスとともにしたことも、かけがえのない価値を持つはずだ。

ソウルでもロサンゼルスでも、米津はこれまでの音楽人生を振り返りながら感慨を告げていた。だからこそ、そのことが胸に残った。

そして米津は各地で再会を約束していた。次回のワールドツアーがいつになるかは未定だが、今回の成功を受けて、さらに大きな規模での開催も期待される。さらなる挑戦が楽しみになった。

帰国した米津は、4月10日16:06にワールドツアーを終えた今の思いをXに投稿。1700字を超えるメッセージはこう結ばれていた。

全てのライブ公演と皆の顔を鮮明に思い返せる。角膜の一センチ先ではなく、非常口を知らせる緑のライトでもない、その間にいる皆と、今回わたしは初めてちゃんと目を合わすことができた。成長して大人になるうちに、いろんなものを取りこぼしてきたけれど、長く続けていくうちに失うものはこれからも尽きないだろうけれど、そうでなければあの瞬間もなかったのだとすると、それはそれで。皆ずっとそこにいたんだね。来てくれて本当にありがとう。また会いましょう。

米津玄師 ハチ(@hachi_08)Xより。

柴那典(しばとものり)

1976年神奈川県生まれの音楽ジャーナリスト。京都大学総合人間学部を卒業後、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーやビジネス分野のインタビューや執筆を手がけ、テレビやラジオへのレギュラー出演など幅広く活動する。著書に「平成のヒット曲」「ヒットの崩壊」「初音ミクはなぜ世界を変えたのか?」、共著に「ボカロソングガイド名曲100選」「渋谷音楽図鑑」がある。音楽ナタリーでは米津玄師のインタビューを長年担当している。

柴 那典(@shiba710)|X

※「宮崎駿」の「崎」はたつさきが正式表記。

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