今年で活動10周年を迎えるポルカドットスティングレイのバンドアイコンは雫(Vo, G)の飼い猫「ビビ」がモチーフとなっている。雫はこれまでSNSや出演するラジオ番組などでもビビへの愛情を語り続けてきたが、その一方で、なぜかポルカドットスティングレイの楽曲においてビビはほとんど登場しない。その理由を尋ねると、モニタの向こう側でビビを抱っこする雫は「ビビのことが好きすぎて曲にできないんですよ」と呟いた。
「ポルカドットスティングレイ第二章」の始動を宣言する「JO-DEKI」を昨年7月に発表して以降、今年5月にリリースしたばかりの最新曲「魔物」まで矢継ぎ早に新曲をリリースするなど絶好調の雫。「私の人生の中で一番優先度が高い」というビビの存在が彼女の人生にもたらしたものについて、オンラインでじっくりお話を伺った。
なお今回は、本連載初の猫ちゃん同席インタビューとなる。当初猫の鳴き声は「ミャー」と表記していたが、自身も愛猫家である編集氏と雫側のディスカッションを経て「ウワァーン」に統一することとなった。猫の鳴き声ひとつにこだわる点に愛猫家ならではの美学が感じられ、筆者としてとても温かい気持ちになったことを記しておきたい。雫が選んでくれたプレイリストとともにお楽しみください。
取材・文 / 大石始
お利口すぎて雫を困らせるビビ
自宅でくつろぐ雫にオンラインでつなぐと、モニタの向こうからビビのかわいらしい声が聞こえてきた。どうやら雫に向かって話し続けているようだ。
「ウワァーン」
「私が朝起きてから夜寝るまで、ずっとしゃべり続けてるんですよ。今まで実家で飼ってた子たちはこんなおしゃべりしてなかったんですけど。ねえ、ビビ?」
「ウワァーン」
ビビは12歳の男の子。ノルウェージャンフォレストキャットのミックスだ。雫が大学生の頃、友人の家で生まれた2匹の子猫のうちの1匹を引き取った。
「その頃、留学したくて貯金してたんですよ。だからお金もないし、飼う気もなかったんですけど、友達から『猫が生まれたよ』って言われて。会いに行ったらもうダメでした」
名前はゲーム「ファイナルファンタジーIX」に出てくる気弱な黒魔道士の少年ビビ・オルニティアから付けられた。そのキャラクター同様、性格は「だいぶ温厚。今も家に誰か来ると隠れて縮こまっちゃうんですよ」という。
「あと、ビビは賢いので、言葉をいっぱい理解しているんです。『寝るよ』って言うとベッドに来るし、『おいで』って言えば来てくれる。私の言葉に沿った行動をちゃんと取ってくれるんです。ただ、お利口すぎて困ることもあって。私が前に住んでた家はカードキーだったんですけど、私が外出の準備をしていると、それを察してカードキーをカーペットの下に隠すんですよ」
ポルカドットスティングレイは雫のみならず、ほかのメンバーも愛猫家である。ドラムのミツヤスカズマはよもぎ&ぼたんの2匹と、ベースのウエムラユウキはビビと同じノルウェージャンフォレストキャットのごんすけと暮らしている。また、ギターのエジマハルシの実家には数匹の猫がいるのだという。
「そうなんですよ。みんな猫が大好きなので、ずっと猫の話をしてます。もう猫バンドですね(笑)」
雫がそう言うと、間髪をいれずビビが「ウワァーン」と合いの手を打った。あまりのかわいさに、こちらも思わずニヤニヤしてしまう。
黒猫にあるデザインの拡張性
そんなビビは、ポルカドットスティングレイ結成当初からのバンドのアイコンでもある。アイコンとしての正式名称は「半泣きビビ」。アイコンのイラストは雫が自ら描いた。
「アイコンをグッズにすることを考えたとき、拡張性のあるデザインにしたいと思ったんですね。黒猫だと黒と白の2色しか使わないですし、色の数が制限される場面でも使える。あと、ビビは目がまんまるで、ちょっと怖がりなところがあるので、半泣きのデザインにしました」
2018年のミニアルバム「一大事」に収録された「半泣き黒猫団のテーマ」では、曲の最後にビビの鳴き声が入っている。「ニャー」でも「ミャー」でもなく、「ウワァーン」という声がまたなんとも言えずかわいい。
「かわいいですよね。ウワァーン!って言うんですよ。(ビビに向かって)褒めてもらったよ、よかったね」
「ウワァーン」
「ビビは本当によくしゃべるので、鳴き声は無限に録れるんですよ。J-WAVEで番組をやってるとき、コロナ期間中はスタジオじゃなくて自宅で収録してたんですけど、その頃は本当にビビと番組をやっている感じでした。『ポルカドットスティングレイのボーカルギター、雫です』『ウワァーン』みたいな感じで(笑)」
2018年にはゲーム会社に勤務していた時代のノウハウを生かし、ビビをモチーフにした8bitブラウザゲーム「半泣き黒猫疾走絵巻 ビビばしり」も制作している。ビビの造形や動きなどでこだわったポイントについて、雫はこう話す。
「『ビビばしり』は福岡のゲーム会社に勤めていたときの相棒と一緒に作ったんですけど、そいつも猫が大好きで、『猫のここがかわいい』というポイントを把握したうえで動きを作ってくれたんです。ビビがジャンプするときの予備動作があるんですけど、そのときのお尻がかわいいんですよ。そこは『ビビばしり』の動きにも反映してます」
鳴き声もたっぷり「ねこのうた」制作秘話
雫が関わった猫絡みのプロジェクトといえば、やはり南波志帆と作った「ねこのうた」(2024年2月22日リリース)である。作詞作曲を雫が担当し、ポルカドットスティングレイが演奏したこの曲は、近年発表された猫ソングの中でも屈指の名曲だ(個人的にはミュージックビデオの再生数が8000万回に達していてもおかしくないと思っている)。南波自身、「真の猫好きによる、真の猫好きのための、最強の猫讃歌」(南波インスタより)と胸を張るこの曲では、南波が飼う2匹の猫(まめ、もけ)とビビの鳴き声もふんだんに使用されている。
「ビビの鳴き声は使いやすいんですよ。キンともしてないし、ガサッともしてない。まめともけとも声のキャラクターが違うので、三者三様ですごく使いやすかったです。ピッチをいじって歌ってるような声にするにはビビの鳴き声が適しているので、イントロではビビの声を使ってます。中間のギターパート(宇宙パート)では、まめともけの声を配置してみました。かわいい曲になりましたね」
そのように雫は楽曲制作においてたびたび猫の鳴き声を使っているわけだが、サンプリングソースに適した猫の鳴き声とはどのようなものなのだろうか。
「ギャ!っていう感じの声のネコちゃんもけっこういるじゃないですか。あまりギャンとした声だと、ピッチをいじって楽器みたいな使い方をするとき、ピッチの部分よりもギャ!のほうがキャラクターとして前に出てきちゃうんですよ。なので、あまり声のキャラクターは強すぎないほうが扱いやすいですね。あと、駄々をこねているときや怒っているときの声も、ポイントで飛び道具的な使い方をするんだったらいいと思いますね。ただ、ビビはそういう声も出さないし、クラッキングもしないんです。シャーッて言うこともまったくなくて、おそらく出し方を知らないんだと思います。常にご機嫌なので、そういう声を出す気持ちにならないのかもしれない」
好きすぎて曲にできない
ところで、これほどまでにビビのことを愛しているにもかかわらず、ポルカドットスティングレイには猫をモチーフとした曲がほとんどない。それはなぜなのだろうか?
「ビビのことが好きすぎて曲にできないんですよね。曲を作る以上は4分とかに収めなきゃいけないし、歌詞を書こうと思ったら韻を踏んだり、語呂をよくするために意味を捨てなければならないこともあって。私はビビのことに関してそれができないんですよ。ビビの声を入れるにしても、ビビの声をよく聞いてほしいという気持ちを優先してしまって、音楽性を捨てちゃうんじゃないかと」
これまで多くのインタビューで発言しているように、雫は作詞作曲をする際、自身の心情や内面を描写するのではなく、マーケティングを踏まえた曲作りを心がけている。「リスナーが望むものを書く」というそのスタンスは、ゲーム会社で働いていた時期に育まれたものでもあるわけだが、その感覚をソングライティングのプロセスにおいて導入しているところにも雫のオリジナリティがある。次の発言はそうした雫の美学とも通じるものだろう。
「プロの仕事から逸脱したものを作りたくないという仕事上のポリシーもあるんですよね。ビビのことをテーマにすると、そこから逸脱してしまうんですよ。客観的になれないし、仕事じゃなくなっちゃう。例えば、普段曲作りをしていると『普通のお客さんが聞いたとき、この展開長っ!てなるやろ?』みたいなことを考えるんですね。でも、もしもビビの歌詞を書き始めたら、『いや、ここは絶対に32小節いるの! ここは絶対この音量出すの!』みたいな感じになって、みんなが困惑する未来しか見えない(笑)」
つまり、雫にとってビビの存在は音楽や仕事よりも上位にあるものなのである。
「そうそう。私の人生の中でビビが一番優先度が高くて。音楽なんかよりも高いんですよね、普通に。自分の命よりも高いので。ね?」
「ウワァーン」
「自分が基本どんな飯を食おうが大丈夫なんですけど、ビビだけにはマジでいいメシを食わせてます。私より高いもん食ってるんですね。ねー、一生それがいいよね?」
「ウワァーン」
また、雫にとってビビの存在は仕事をするうえでのモチベーションにもなっているという。「生きるうえでのモチベーション」と言い換えてもいいかもしれない。
「守るものがあるのは大きいですよね。20歳になったタイミングでビビとの生活を始めて、自分の全責任でこいつを一生健康かつ幸せにしなきゃいけないんだ、命を懸けて守っていかなきゃいけないんだと思うようになりました。動物を飼うというのはそういうことだと思うんですよ。私、適当な仕事とか責任感のない仕事をしたくないんです。100%の仕事をして、マックスのお金を稼ぐぞ!という気持ちでやってるんです。私の魂みたいなこの気持ちは、たぶんビビがいなかったら芽生えていなかったと思います。ビビがいなかったら、こんなに気合いの入った仕事をできてなかった。生涯年収を100倍上げてくれているので、生涯に作用していると思います」
雫がインタビューに答えている間も、ビビは雫に話しかけ、時たま自由奔放に部屋の中を歩き回ったかと思うと、突然立ち止まってどこか一点を見つめている。雫も「猫って、ふと今何考えてるんだろう?っていう瞬間があるじゃないですか。それも魅力だなと思ってて」と話し、こう続ける。
「ビビのことはだいたいわかっているつもりなんだけど、猫とは人間より崇高な宇宙のような存在だから、解明し尽くせるようなものではないと思うんですよね。だから、ビビのことを3分とか4分の曲に収められるはずがないんですよ。宇宙の話を3分にまとめるなんて無理じゃないですか。今でも広がってるのに!」
「ウワァーンウワァーン」
ビビはふたたび雫の考察にそう同意するのだった。
雫が猫と一緒に聴きたい5曲
選曲コメント
「猫とアレルギー」に関しては普通に曲調が好きだから入れちゃったんですけど、「MY SUGAR CAT」からは中島美嘉さんの猫好きさが伝わってきますね。猫好きが書いた歌詞っていう感じがします。そんな中島さんの「MY SUGAR CAT」に対し、猫を飼ってないヤバTのこやま(たくや)くんが書いた「ネコ飼いたい」は解像度の低い感じがしていいんですよね(笑)。猫を飼っていようが、これから飼いたいと思っていようが、猫好きなことはみんな一緒。みんな猫が好きなんだなというプレイリストです。
プロフィール
雫(シズク)
福岡出身の4人組バンド・ポルカドットスティングレイのギターボーカル。2015年に活動を開始し、2017年に1stフルアルバム「全知全能」でメジャーデビューする。ゲームクリエイターとしての顔も持ち、2018年には愛猫のビビをモチーフとしたブラウザゲーム「半泣き黒猫疾走絵巻 ビビばしり」を発表。毎週金曜日にNACK5にてレギュラーラジオ番組「ポルカ雫の刈り上げラボ」が放送中。
