YouTubeでの視聴回数チャートや、ストリーミングサービスでの再生数が伸びている楽曲を観測し、今何が注目されているのかを解説する週イチ連載「再生数急上昇ソング定点観測」。今週はYouTubeで7月18日から7月24日にかけて集計されたミュージックビデオランキングの中から要注目トピックをピックアップします。
文 / 真貝聡
まずはこの週の初登場曲の振り返りから
今週のYouTubeのミュージックビデオランキングは、23位にTOMORROW X TOGETHERの「Beautiful Strangers」が登場した。今作は7月21日にリリースされたアルバム「The Star Chapter: TOGETHER」のリード曲。MVでは“君”を救うために世界に立ち向かう少年たちの姿が描かれており、映画のような作り込まれた映像に惹き込まれる。
27位にはVaundyの「再会」がランクインした。これはテレビアニメ「光が死んだ夏」のオープニング主題歌として書き下ろされた楽曲。MVでは森山未来演じる主人公が窪塚愛流演じる亡くなったはずの親友と再会し、思い出の場所を巡りながら、かつての楽しかった日常を取り戻していくストーリーが描かれている。
51位にはIVEの「Be Alright」が登場した。今作は7月30日にリリースされる3rd EPの表題曲。前作「ALIVE」のリード曲「CRUSH」とは打って変わり、IVEのクールでシックな衣装と表情が印象的だ。
57位には悠馬(コムドット)の「心結び」がランクインした。これはコムドットのマネージャーで、やまとの高校の後輩である“ごうた”の結婚を祝うために制作されたウェディングソング。ごうたの結婚式でこの曲を歌った際の映像も公開されて話題になった。
K-POPアーティストの新曲が目立った今週は、下記の3曲をピックアップする。
ano「ハッピーラッキーチャッピー」×アニメ「タコピーの原罪」コラボMV
※YouTubeウィークリーミュージックビデオランキング初登場29位
anoの「ハッピーラッキーチャッピー」は、6月にリリースされた2ndアルバム「BONE BORN BOMB」の収録曲。Netflix、Amazon Prime Video、ABEMAほか、多数の配信プラットフォームで配信中のアニメ「タコピーの原罪」のオープニングテーマとしてanoが書き下ろした。
タイザン5のマンガを原作とするアニメ「タコピーの原罪」は、複雑な家庭事情と学校でのいじめにさいなまれている少女・しずかと、“宇宙にハッピーを広めるため”に旅をしているハッピー星人のタコピーを中心とした物語。かわいらしくてキャッチーな絵柄に反して、いじめ、家庭問題、自殺など社会的に重いテーマを扱っているのがこの作品の特徴だ。
もともと原作を読んでいたというanoは、作品の重く苦しい部分に共感し、自身の中学時代の経験を重ねながら今作を書いたそうだ。そんな彼女は中学生のときにクラスや部活で壮絶ないじめに遭い、中学2年生から卒業まで不登校になる。今でもそのときの体験が彼女の心に深く刻まれており、2023年に掲載された朝日新聞のインタビューでは次のように話している。
「音楽活動の根底にあるのは怒りですね。いじめられた学生時代からずっとその気持ちはあって、この世界に入るきっかけも復讐(ふくしゅう)心から。復讐し足りないっていう思いが、衝動に、パワーになっている」
本楽曲からは理不尽な社会に対する嘆きと、それに屈しない反骨心と復讐心が感じられる。特に「腐ってるのは地球の方だから うまく歩けない」というフレーズは、マジョリティに負けまいと自分を信じて生きてきたanoの自己肯定と、世間に向けた怒りの言葉に思える。作品に寄り添いながらも、彼女にしか歌えない楽曲に仕上げる素晴らしい表現力に心を打たれる。
篠澤広「サンフェーデッド」
※YouTubeウィークリーミュージックビデオランキング初登場38位
篠澤広は「アイドルマスター」シリーズ最新作「学園アイドルマスター」のゲーム内のキャラクター。14歳で海外の大学を卒業した天才少女で、若くして学問の道を極めた彼女は苦手分野に挑戦しようと、あえて“自分にとって最も不向き”だと思うアイドルを志して初星学園に入学した。これまで何をやってもうまくできていた広は、アイドルを通して“できない自分”と直面し、徐々に人間らしさを学んでいく。そんな彼女の新曲が、ゲームの新シナリオ「STEP3」にて追加された「サンフェーデッド」だ。
「サンフェーデッド」は広の初のオリジナル曲「光景」と同じく、作詞・作曲・編曲を長谷川白紙が担当。「光景」はブラジル音楽の巨匠であるアルトゥール・ヴェロカイをアレンジャーに迎えたサンバとボサノバを取り入れた楽曲に驚かされたが、今回の「サンフェーデッド」もアイドルソングとしては異色なアバンギャルドで実験的なアプローチが光っている。
「サンフェーデッド」のレコーディングに参加したバンドメンバーは、ギターが細井徳太郎、ベースが有泉慧(本日休演)、ドラムが芳垣安洋(ROVO、ONJQ、DC/PRGなど)という面々。強烈に歪まされた疾走感のあるバンドサウンドは2000年頃のオルタナティブロックを想起させ、YouTubeのコメント欄には「今日のフジロックで見た気がします」「20年前、確かに僕は下北沢の小さなライブハウスでこの曲を聴いたはず」など存在しない思い出を書き込む人が多く見られる。
この曲が訴えているメッセージについて考察していこう。タイトルに使われている英語「Sunfaded」は「日光で色褪せた」を意味する、時間の経過を表現した言葉。「いずれ全部 明るい道の秘密のように思い出す.」といった歌詞からも、過去のトラウマや記憶をいつかは明るい思い出に塗り替えたいと願った楽曲に思える。このように推察すると、これは彼女が成長する過程を描いた曲なのではないだろうか。
ちなみに、 昨年末リリースされたフロクロの提供曲「メクルメ」を聴いて、筆者は広がアイドルを志す前と、アイドルになることを決意した心境の変化を描いていると感じた。「メクルメ」「サンフェーデッド」のどちらも、彼女の道程を映し出す物語として共通しているように思う。
乃木坂46「なぜ 僕たちは走るのか?」
※YouTubeウィークリーミュージックビデオランキング初登場60位
「なぜ 僕たちは走るのか?」は、乃木坂46が7月30日にリリースする39thシングル「Same numbers」に収録される6期生曲だ。センターを務めるのは、鹿児島県出身の瀬戸口心月。MV監督は由薫「E Y E S」のリリックビデオや、大橋ちっぽけ「人間ですから」、呂布カルマ「δ(デルタ)」などを手がけた沖悠司。沖は光と影のコントラストや、被写体の自然な表情を引き出すことに定評がある映像ディレクターである。撮影は現在放送中のドラマ「ちはやふる -めぐり-」でもロケ地になっている、埼玉県狭山市にある西武学園文理中学・高等学校で行われた。
MVの内容について紹介していこう。文化祭本番の3日前、6期生演じる女子生徒たちは掲示板の張り紙を見て動揺していた。なぜならその紙には、台風の影響によりステージの設営業者が来校できないため、中庭でのステージ発表はすべて中止すると書かれていたのだ。文化祭に向けて衣装を用意し、ダンスと歌を練習してきた彼女たちは、突然の悲報に意気消沈する。やり場のない気持ちを抱えていた彼女たちは、屋上に集まり覚悟を決める。衣装に着替えて中庭へ向かい、大勢の生徒の前で「なぜ 僕たちは走るのか?」をパフォーマンスしたのだ。
彼女たちの歌に魅了されて次第に観客が集まり、みんながうちわを持って応援する。その人だかりに気付いた教師が止めに入ろうとするのだが、清掃員やほかの大人が行手を阻み、彼女たちのパフォーマンスを続けさせた。「なぜ 僕たちは止まらないんだ? / 先生や誰かに / 言われたわけじゃない / 青春は不条理だって思う / 理不尽に負けないために走る」と歌い上げてパフォーマンスを締めくくると、周りから大きな歓声が起きた。その光景を見て目をキラキラさせる少女たち。きらめき、衝動、葛藤、ひたむきさ――青春のすべてがこの楽曲と映像には凝縮されている。
