いよいよオープン間近に迫った、NPO法人「アップルビネガー音楽支援機構」設立の滞在型音楽制作スタジオ「MUSIC inn Fujieda」。プロジェクトが始動した2024年末よりスタジオ設立までを追ってきたこの連載も今回で最終回となる。
この記事では、スタジオ設立の発案者である後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)のインタビューをお届け。安堵した表情を浮かべながらも、スタジオ運営における課題を明かした後藤。その言葉の端々からは、後世のためにとスタジオ設立に奔走した日々の苦労、何よりも「スタジオ設立は始まりにすぎない」という未来への思いがにじんでいた。
取材・本文 / 金子厚武 撮影 / 臼杵成晃
人に恵まれたスタジオ設立
──ついに「MUSIC inn Fujieda」が完成しました。まずは率直な感想を教えてください。
ちゃんと形になったので、安心したのが一番大きいかもしれないですね。あとは実際にスタジオでレコーディングをしてみて、手応えがある音作りができたので、それは本当によかった。これでちゃんと胸を張って人に使ってもらえるなという安堵はすごく大きいです。
──連載初回のラストは「連載がだんだん暗くなっていかないようにがんばりたいと思います」で終わっていたので、無事に明るい気持ちで今日が迎えられて本当によかったです(笑)。
そんな話をしてましたね(笑)。
──改めて、ここに至るまでに何が一番大変でしたか?
一番はお金のことで、想定外の予算がどんどん積み上がっていくことでしたね。例えば、「MUSIC inn Fujieda」は宿泊施設も併設する予定だから「消防法的には火災報知器をつけないといけません」とか「避難経路の用意をしなきゃいけません」とか、当初は想定していなかった出費がどんどん重なって、それが一番大変だった。クラウドファンディングでたくさんお金が集まっても、正直まだ足りなかったですから。結局融資や寄付がなかったらかなり厳しかったです。それは金銭的な寄付もそうだし、物資的にも人的にもいろんな支援をいただいて、それがなかったら完成しなかっただろうなということだらけで。大変だったことは言い出したらキリがないですけど、その都度いろんな人に助けてもらって、本当に人に恵まれたなと思います。
──近隣の人たちとのコミュニケーションも重要だったのでは?
そうですね。自分たちだけよければいいという問題ではないので。どうやって地域社会と一緒にやっていけるか、迷惑施設化することなく運営できるかというのも、音楽にまつわる施設にとっては大事な課題というか。そこをないがしろにしたら受け入れてもらえないでしょうからね。
──スタジオの周辺を散策して、商店街がなくなったりしている一方で、個人経営の新しいお店もちらほら見かけて、街自体も少しずつ変化をしていると感じました。
まだまだこれからでしょうけどね。もちろんずっと努力されてきた方がたくさんいらっしゃって、今があるのはその人たちのおかげですけど、やっぱり地域振興はめちゃくちゃ難しいですよ。どこに行っても人口は自然減が基本なので、そういう中で地方の街を盛り上げていくかを考えるのはすごく難しい。でもここは東海道で、たどっていけば文化的な力がちゃんとあるので、そういうのを地域振興とどう上手に結び付けてやっていくか。古きを訪ねないとやっぱり無理だと思う。そこも考えないと、「なんでここにスタジオを作ったの?」という話になっちゃいますからね。
ドラムの音がいい
──スタジオが完成して、最初にアジカンでテストレコーディングを行ったそうですが、実際に音を鳴らしてみての感想はいかがですか?
天井が高くて空間が広いから、ドラムの音がいいなと思いました。都内のスタジオの多くは狭くて音がデッド(響きが少ない)で。そういうスタジオのよさももちろんありますけど、「別のことは絶対できない」みたいな空間になりがちなんです。だから、選択肢として新しいものを1つみんなに提示できる場所になったというのは、楽器を鳴らしてみてすぐわかりました。歌を歌ってみても、ナチュラルなリバーブが歌に乗っかる広さなので、それもよかったです。
──ドラムの音について、メンバーの(伊地知)潔さんは何かおっしゃってましたか?
すぐにName the Night(伊地知が所属するバンド)の予約を入れてたから、気に入ったんでしょうね。もちろん、まだスタジオの営業が始まってなくてNPOにお金がないから協力してくれているのもあるでしょうけど、とはいえ音がよくなかったら借りたいとは思わないでしょうから。
──普段使っているレコーディングスタジオと比べて何か違いはありましたか?
「どの程度音が漏れるのか」を気にしたりしましたね。外に出て聴いて、「このぐらいだったら大丈夫」とか「ベースはもうちょい押さえたい」とか。東海道は車通りもあるから、車の音でかき消される部分もあるけど、夜中は絶対に響いちゃうから、何時に音を止めるのがいいのかを話したり。ギターやベースの音作りに関しては特別意識することはなかったですけど、RolandさんにBOSSのエフェクターをほぼ全種類貸してもらったので、使ったことがないやつを試してみて、「これ買わなきゃ」と思ったりもしました。楽器屋さんでエフェクターをたくさんつないで、組み合わせまで試すのはなかなかできないことなので、ギタリストが「何かもう1つ違いが欲しい」と思ったときに、BOSSのエフェクターがあるのはすごくいいと思います。
藤枝出身の三輪テツヤ&田村明浩からの後押し
──3月25日にはここでレコーディングをした楽曲を収録したEPがリリースされるそうで、スピッツのカバー「ナンプラー日和」が入っているのはびっくりしました。
スピッツのお二人、三輪(テツヤ)さんと田村(明浩)さんが藤枝の出身ということもあって、僕がみんなに提案して、何をカバーするかはみんなで考えました。山ちゃんは「夢追い虫」を挙げてて。それもよかったんだけど、今のアジカンがやったら面白いのはどの曲だろうと考えた末に、「ナンプラー日和」にしました。ちょっとテンポを上げて、Turnstileみたいな、ライブが始まったらモッシュが起きるイメージでやりたくて。あと昔スピッツの皆さんがラジオのゲストで来てくれたときに、僕が「ナンプラー日和」を「チャンプルー日和」って紹介しちゃって、赤っ恥かいたことがあったんですよ。だって、あの沖縄音階、チャンプルーだと思うじゃないですか。そんな思い出もありつつ、この曲がいいなと思って。
──お二人が藤枝の出身なのは以前から知っていたんですか?
「ロックロックこんにちは!」(2009年開催の「ロックロックこんにちは! in 仙台 ~10th Anniversary Special~」)に出たときに、「僕あそこの出身です」「めっちゃ近いじゃん」みたいな話はしたことがありました。なので、地元の先輩というか、特に田村さんは藤枝東高校出身だから、まさにこのスタジオの横を通って学校に行っていたはずで。それもあって藤枝にスタジオを作ることを連絡したら、「地元だし、手伝いたい」と言ってくださって、アンプを寄贈いただけることになりました。一度スタジオにも来てくれて。アジカンでプリプロか何かしてるときに、「田村さんって方がいらっしゃってるんですけど」とスタッフに言われて、「田村さん? 誰だ?」と思ったら、あの田村さんで。「近くに用事があったので、寄ってみました」みたいノリでした(笑)。「こんなスタジオが藤枝にできるのはすごい」とおっしゃってくれましたね。
──アジカン以外にも、現時点でLOSTAGEとyubioriがスタジオを使ったそうですね。
LOSTAGEもいろいろ協力してくれたし、ジミー(yubioriの田村喜朗)はnoteにいろいろ書いてくれてましたよね(参照:MUSIC inn Fujiedaでレコーディングしてみた)。若いバンドからすると、スタジオに泊まれるのはいいと思う。yubioriのアルバムは高崎のTAGO STUDIOで録ったんですけど、そのときはたまたまエンジニアの島田くんの親類の家が近くにあったので、バンドのメンバーはみんなそこにお世話になったんです。そうじゃなかったらホテルを取らなきゃいけなくて、予算的にはそれだけでも削られていくじゃないですか。でも「MUSIC inn Fujieda」の宿泊所を使えばホテルを取るより断然安いから、自費でやってるバンドにとってはめちゃくちゃメリットがあると思いますよ。
──正式オープンはもう少し先ですが、経営者目線ではどんな気付きがありますか?
音楽業界はどんぶり勘定も多い気がするんですけど(笑)、創作において予算の作り方がめちゃくちゃ神経質になると、プロジェクト自体がシュリンクしていっちゃうから、物作りに関してはどんぶり勘定のよさもあると思うんです。でも実際自分が運営をやると、「こんなざっくりはダメでしょ」とも思う。だから、使うチャンネルが全然違いますね。アーティストだったら何にも考えず「アビーロード使いたい」とか「Foo Fightersのスタジオ行きたい」とか言ったほうがいいと思いますから。それで作品がよくなる可能性が上がるのであれば。でも経営者の視点からいくと簡単に「どうぞ」とは言えないから、どこを節約できるかを考えたりする。そういう作業はすごく勉強になります。ここではこれまで自分が積極的には立ってこなかった側でものの見方をしなきゃいけないから、生成AIとかに壁打ちして、「どう思う?」みたいなこともするし、面白いですよ。
後藤正文、アジカンをスタジオに誘致
──今はアーティストモードと経営者モードのスイッチを切り替えながら活動しているのか、それが混ざっている感じなのか、どちらが近いですか?
アジカンに関しては「MUSIC inn Fujieda」を活動の中心に据える気持ちがないから、そこは分かれてますよね。アジカンは機材も多いし、このスタジオだと正直ちょっと窮屈だから、俺たちはやっぱりランドマークスタジオとかに入るほうがいい。今回はスタジオ経営のためにアジカンを誘致したっていう感じ。
──後藤さんが、アジカンをスタジオに誘致したと。
基本的にインディーズのアーティストには支援価格で使ってもらって、メジャーとか予算のあるアーティストには定価で使っていただいて、差額分を支援に回すイメージでいるので、メジャーのバンドに入ってもらえるとありがたいんですよ。だからアジカンもテストとはいえ「ちゃんとお支払いいただけますか?」という相談を最初にマネジメントとして、ご祝儀じゃないですけど、使っていただいて。僕はアジカンの一員でもあるから、不思議な立場ではありますけど、今回に関しては完全にアジカン誘致ですよね。普通そんなコネないですから。
──いきなりメジャーのバンドにスタジオを使ってもらえるのは後藤さんだからこそ。
いきなりソニーに電話して、「10日間くらい借りてもらって、満額お支払いいただけますか?」とは言えないじゃないですか。そこは職権乱用ってわけじゃないけど、つながりはやっぱり使っていかないと。なので、僕がアジカンのメンバーと友達でよかったです。アジカンのメンバーはここに泊まったわけじゃなくて、「駅前にいいホテルあるし、うまいもん食わせます」って(笑)。
──正式なオープンは3月22日を予定しているそうですね。
なので、それより前の段階でホームページに利用料金や予約方法の説明が出ると思います。
──すでに問い合わせは来てますか?
仲間たちからはけっこう来てますね。よくライブハウスで会うインディーの人たちとか、そういう人たちの現場のスタッフとかからは問い合わせをもらってます。条件面に関してはまだ手探りで、もちろん採算を度外視するわけにはいかないけど、NPOとしてはやはり支援が目的なので、申請してもらえればインディーとかアマチュアのアーティストは割引価格で使える予定です。ただアマチュアの中にも金銭的に恵まれている人もいれば、メジャーでも予算が厳しい人もいるだろうし、そこは事務局で話し合いながら、臨機応変に対応できればと思います。
地域から生まれるバンドのマジックを見たい
──現在の課題はどんな部分でしょうか?
スタジオに併設しているビル全体の活用方法はもっと詰めて考えないとですね。2階はゲストハウスにしたいと思っていて。そこは音楽をやってない人も泊まれる場所にしたいので、今、林檎酢会員(「APPLE VINEGAR -Music Support-」のサポーター)にどういうところだったらうれしいかを聞いたりしてます。「ドルビーアトモスを体験できる場所があったらいいよね」という意見もあったり。音楽を楽しめるゲストハウスになるといいなと。ツアーバンドの支援もしたいので、ZINEとかグッズ作りのサポートもできるようにしたい。ここでみんな自作して、その収益を活動費にしてレコーディングしたり、「MUSIC inn Fujieda」を通してそういうことが手伝えるといいなと思う。ツアーバンドが名古屋と東京の間にワンクッション入れるような場所になってもいいし。
──自費でツアーを回るのはやっぱり大変ですもんね。
みんな東京で疲弊する必要はないと思うし、だんだん埼玉とか千葉とか神奈川に移ったり、下北のやつらが多摩川を渡る流れもあるじゃないですか。アメリカで言うと、マンハッタンからブルックリンに移って、ブルックリンからニュージャージーに移って、みたいな。高いところだと住めないから、音楽をやるために、なんなら藤枝に来てもらってもいいですしね。中古の古民家もけっこうあるから、それをDIYで直して住むのも全然ありだし。静岡は製造業が盛んだったり、意外と仕事があるんですよ。なので、長い目での目標としてはもうちょっと仕事が作れたらいいなと思ってます。働きながら音楽をやり続ける方法って、今のところまだ明確な解がなくて。みんなそれぞれ工夫してるけど、まだ運頼みになっちゃってるところがある。そうじゃなくて、仕組みとしてちゃんとお金を循環させるエコシステム、生態系を作れるともうちょっとみんな創作しやすいよね、みたいな。
──昨年末にnoteの日記で「何度も藤枝に足を運んで、ずっと足が遠のいていた地元への気持ちがいろいろと変わっていった一年でもあった」と書かれていましたが、今みたいな話も藤枝に通う中で出てきた発想ですか?
そうですね。やっぱり音楽のことや街のことを考えると、働くことについても考えなきゃいけないし、お金のことも考えなきゃいけない。そうするとこれは社会的な課題とリンクしてきて、そもそもみんな休みを取れるようにしなきゃとか、アートが許される社会を作らないといけないとか。俺、最近「なんで大学生の頃にインターネット通販でCD売るとか思いつかなかったのかな?」って思うんですよ。そしたら俺がZOZOTOWN的な会社を持ってた可能性もあるわけじゃないですか。
──前澤さんも元バンドマン、Switch Styleのメンバーだったわけですもんね。
俺だったら月に行かないで、でっかいスタジオを作ったと思う(笑)。すごく難しいことを言ってますけど、自分のできる範囲で、どうやって音楽にまつわるいろんな人たちの働き方にアプローチをして、環境をよりよくしていけるか考えないと……となるとお金のことは避けて通れないかな。例えばですけど、アーティスト印税の中から何%かをスタジオに戻すスタイルにすると、将来的に大きな成功を収めるバンドが1つでも出てくれれば、スタジオ的にはまた新しい還元も考えられる。どうやって持続可能なスタジオにしていくかは、やっぱりみんなで考えないと。僕にしろNPOの代表の小林くんにしてももう50歳なわけで、いつかは俺たちも去らなきゃいけない。だから、スタジオの未来について考えることは、僕らだけの課題じゃなくて、ここを使う人たちとか、将来使うであろう人たちの課題でもあるんです。どうやってみんなのスタジオにして、どうやって長く使えるか。築130年の土蔵を、どうやってここから130年後の人たちに手渡すのか。スタジオですごくいい音が録れるようになったとして、じゃあ、このいい音をどうやってその次の世代にパスするのか。そういうことを、関わる人たちと一緒に考えていきたいですね。
──そうやって藤枝サウンドを継承していく。
いつか「MUSIC inn Fujieda」からBUMP OF CHICKENみたいなバンドが出てきたら最高ですよね。藤くん(藤原基央)の楽曲が素晴らしいのはもちろんだけど、バンプはあの4人だからあんなに素敵なバンドになっているわけで。地域から生まれるバンドのマジックをここでも見たい。そういう人たちの登場が、このスタジオの助けになったり、新しい文化になっていくはずだから。自分が引退するまでの当面の目標はそれかな。「ついに出てきた!」みたいな、そういうやつらの登場をいつか見てみたいですね。
<完>
「APPLE VINEGAR -Music Support-」最新情報
2026年3月22日に滞在型音楽制作スタジオ「MUSIC inn Fujieda」運営開始。スタジを拠点にさまざまな音楽支援の取り組みを展開している。多くのミュージシャンの活動を支えるために、毎月1000円~継続的な寄付を募る「APPLE VINEGAR ミュージックサポーター(林檎酢会員)」を募集中。
プロフィール
後藤正文
1976年生まれ、静岡県出身。1996年にASIAN KUNG-FU GENERATIONを結成し、2003年4月にミニアルバム「崩壊アンプリファー」でメジャーデビュー。2004年にリリースした「リライト」を機に人気バンドとしての地位を確立させる。バンド活動と並行してGotch名義でソロ活動も展開。the chef cooks me、Dr.DOWNER、日暮愛葉、yubioriらの作品にプロデューサーとして携わるなど多角的に活躍している。文筆家としても定評があり、これまでの著作に「ゴッチ語録」「凍った脳みそ」「何度でもオールライトと歌え」などを刊行した。ASIAN KUNG-FU GENERATIONとしては、2026年3月25日に「フジエダ EP」をリリース。4月に東京・有明アリーナで結成30周年ライブ「ASIAN KUNG-FU GENERATION 30th Anniversary Special Concert "Thirty Revolutions"」を2日間にわたって行う。


