全国のライブハウスの店長の話を通して、それぞれの店の特長や“ライブハウスへ行くこと”の魅力を伝える本連載。今回は大阪・堺の三国ヶ丘FUZZを訪れた。
KANA-BOONやヤバイTシャツ屋さん、坂口有望といったメジャーアーティストを輩出し、その名を全国に広めた三国ヶ丘FUZZだが、現店長の田原ベル氏が前任の店長に誘われて働き始めた頃は、閉店の危機だったという。まだ10代だったKANA-BOONとの出会いをきっかけに息を吹き返し、今年の4月で開店20周年を迎えた三国ヶ丘FUZZの歴史を紐解くべく、田原氏に話を聞いた。
メロコアブーム終焉と共に訪れた閉店の危機
「僕がFUZZで働き始めた2004年、三国ヶ丘FUZZは閉店しかかっていたんです。思い入れのあるライブハウスだったし、最後にお手伝いしようと思って働き始めました。FUZZがオープンした1999年はメロコア全盛期だったんですが、それが終わりに近付くに連れてFUZZが経営不振に。ブームの終焉もありましたが、最初はFUZZしかなかった堺に新しいライブハウスができて今までFUZZに出てくれていたアーティストがそっちに出るようになったことも理由の1つだったと思います」
FUZZを救った“アットホーム大作戦”
「僕が店長になって、箱バンもいない潰れかけのFUZZをどうやって立て直そうかとスタッフと話し合って始まったのが“アットホーム大作戦”でした。地元の高校生とか、あまりライブハウスになじみがない人も遊びに来れたらと、バンドサークルのイベントの打ち上げでお菓子パーティやたこ焼きパーティを開いたんです。いまだにタコパは定番でツアーで来てくれたバンドの打ち上げやワンマンライブの打ち上げでもしています。坂口有望ちゃんのポスターにも『たこパ開催まってます』と書いてあるくらい、三国ヶ丘FUZZではおなじみなんです」
救世主はKANA-BOON
「アットホーム大作戦で、地元の高校生をはじめ10代のアーティストの出演が増えてくる中、やってきたのがKANA-BOONです。素人だった僕が店長になってスタッフと店作りをしていく中で、当時は誰も愛してくれなかったFUZZをKANA-BOONが本当に愛してくれて認められた気持ちになりましたね。KANA-BOONは僕らにとって特別なバンドなんですよ。彼らがいなかったらヤバイTシャツ屋さんも有望ちゃんもFUZZには来なかったと思うし。だから僕らスタッフも一丸となってKANA-BOONを応援しました。彼らのメジャーデビューのきっかけになった『キューン20 イヤーズオーディション』は、彼らの周りのスタッフが『優勝したらアジカン(ASIAN KUNG-FU GENERATION)のオープニングアクトになれるオーディションがあるよ』と締切前日に声をかけて応募することになったんです。応募させたものの、本人たちも僕らもまさか優勝するとは思っていなくて。優勝を勝ち取ったKANA-BOONが東京からそのままFUZZに来て一緒に喜びを噛み締めたことをよく覚えています」
ムッシュとの思い出
「FUZZには毎年、ムッシュかまやつさんが弾き語りで来てくれました。ムッシュは多分旅行するような感覚で来てくれていたんでしょうね。いつもステージでお酒を飲んでベロベロでした(笑)。アンコールで『バン・バン・バン』を歌うんですけど、泥酔して『バン・バン・バン』が言えなくなるのがお決まり。ムッシュは『ガキ使(ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!)』にも出ていたし、FUZZではそんな調子だから、若い子たちはムッシュのことをミュージシャンというよりも、『テレビで観る面白いおじいちゃんが歌いに来てる!』と思いながら観ていたと思います(笑)」
間違いなく有名になると確信したヤバT
「FUZZからKANA-BOONに続く人気バンドになったのはヤバTですね。大阪芸大のサークルバンドだったので、最初は芸大のイベントでFUZZに来てくれて。しばちゃん(しばたありぼぼ)はうちでバイトをしていたこともあるんですよ。ブッキングライブでキャンセルが出て組数が足りなくなったときに、しばちゃんに相談したら『私のバンド行けますよ』って。それがヤバTだった。KANA-BOONのヒットでギターロックっぽいハコというイメージができあがっていたので、ヤバTみたいな変化球のバンドはすごく欲しかったんです。“あるあるネタ”を取り入れた斬新なスタイルが面白いなと思いました。こやま(たくや)くんはすごく真面目で、音楽と真摯に向き合っているところもよかったんですよね。この頃FUZZに出てくれていたインディーズバンドの中でもとりわけ音楽の優先順位が高かった。この才能があってこんなにも努力家なら間違いなく有名になると思ったんです。でも当時の3人は音楽だけで食べていく気はなかったみたいで、『サマソニのオーディションがあるよ』とか『FUZZ主催のMIKROCKがあるよ』とか提案して、音楽をやめへんように僕らで褒めて伸ばしていった感じです(笑)。ヤバTと有望ちゃんはFUZZで競演したこともあるんですよ。今考えるとすごく豪華なメンツですよね」
KANA-BOONの泉大津フェニックス凱旋公演で見つけた新たな夢
「2015年から『MIKROCK』という無料野外フェスをFUZZ主催でやらせてもらってるんですが、2017年にはKANA-BOON、ヤバT、有望ちゃんの3組がそろって出演してくれたんです。このフェスはKANA-BOONの凱旋ライブ『KANA-BOON野外ワンマン ヨイサヨイサのただいまつり! in 泉大津フェニックス』を観て、KANA-BOONのように大きいステージに立てるバンドをまたFUZZから出したい、そしてKANA-BOONが戻ってこれる大きなステージを堺に作りたいという思いで始めたんです。実はKANA-BOONのデビューで1つ自分の中にあった目標を果たせて、FUZZを若い世代のスタッフに引き継ごうと思ったこともありました。でもKANA-BOONクラスのバンドを何組か育てて僕らだけでフェスをやりたいという新たな夢ができて、今に至ります。今年の『MIKROCK』は大泉緑地で10月27、28日の2日間開催します。全国からも応募が来ているんですが、基本は地元のバンドが中心で、2日で130組出演予定です。今年はKANA-BOONとヤバTは出ませんが、第一線で活躍しているバンドももちろん出ます。彼らを観て、バンドに夢を抱いてくれる若い子が増えたらいいなと思っています」
FUZZのイチオシアーティスト
「『MIKROCK』にはFUZZによく出てくれているバンドがたくさん出演します。まず紹介したいのはFATE BOXというスリーピースバンド。うちでやったワンマンライブには140人を動員している実力派で、とにかく声質がよくて何を歌っても様になるんですよね。売れてへんのが不思議。KANA-BOONクラスになれる素質はあると思います。All in Fazeもグイグイ人気が出てきているバンドで、イケメン8等身のボーカルのおかげもあって女の子のファンがどんどん増えています。音楽性としてはEDMとロックを混ぜたダンスロック。すでにアイドル的な人気がありますが、音楽に対してすごくストイックなところもあって、そこもまたいいです。有望ちゃんに続くシンガーソングライター枠では大東まみがオススメです。この子も声質がいいんですよね。高校生の頃からFUZZによく来てくれていた子で、応援してあげたい。FUZZ出身でがんばってる子らは、ホンマやったら違う将来を目指したかもしれないのに、僕らのせいで人生を変えてしまった可能性があるので責任を感じています(笑)。3組とも『MIKROCK』に出演するのでぜひ観てください」
小学校のような“育成”に力を入れたライブハウス
「FUZZがどんなハコかと言われると、僕は小学校みたいなものやと思っています。初めてバンドを組んで出るライブハウスはやっぱり地元のライブハウスですよね。右も左もわからないバンド初心者に冷たい対応をしたら、せっかくの才能の芽を摘んでしまうかもしれない。めちゃくちゃ下手なバンドでもやる気があるのなら音楽で食べていける方向を一緒に模索して提案してあげたいんですよね。大阪市内はハイレベルなブッキングを組んで音楽好きな人を集めていると思うんですけど、ここは大阪市内からしたら遠いライブハウスなので地元のバンドの育成に力を入れています。もはやそれがFUZZの使命だとすら思っていますね。ムッシュさんみたいなベテランも出てくれますが、基本は若手の登竜門的なハコです。そしてうちのお客さんへのウリは彼らが駆け上がっていく姿を一緒に観られるところ。ヤバTもKANA-BOONも最初はお客さんが5人とかだったんですよ。一緒に成長を感じられるのは面白いはず。原石が好きな人にはぜひ来てほしいです」
店舗情報
住所:〒590-0024大阪府堺市堺区向陵中町4-4-32チボリビル1F
アクセス: JR阪和線・南海高野線 三国ヶ丘駅より徒歩2分
営業時間:16:00~22:00 ※公演により異なる場合あり。
定休日:なし
ロッカー:なし ※公演によりクロークあり。
駐車場:なし
再入場:公演により異なる
キャパシティ:200人
ドリンク代:500円
フリーWi-Fi:なし
貸切:可
※情報は6月13日時点のもの。
取材・文 / 清本千尋(音楽ナタリー編集部) 撮影 / 山口真一(山口写真事務所)