佐々木敦と南波一海によるアイドルをテーマにしたインタビュー連載「聴くなら聞かねば!」。この企画では「アイドルソングを聴くなら、この人に話を聞かねば!」というゲストを毎回招き、2人が活動や制作の背景にディープに迫っていく。作詞家・児玉雨子、和田彩花、神宿、劔樹人(あらかじめ決められた恋人たちへ)&ぱいぱいでか美、フィロソフィーのダンス、作家・朝井リョウ、松隈ケンタ(Buzz72+)に続く第8回のゲストは、AKB48グループの3代目総監督・向井地美音。今年9月にリリースされたAKB48のシングル曲「根も葉もRumor」が、そのタフで力強いダンスパフォーマンスからSNSやメディアで大きな話題となったが、この曲がきっかけとなりグループに確かな変化が生まれつつあると向井地は話す。「根も葉もRumor」のヒットについて感じていることや、AKB48に対する思い、そして向井地が描くアイドル像などについて、前後編の2回にわたり語ってもらった。
構成 / 瀬下裕理 撮影 / 朝岡英輔 イラスト / ナカG
コロナ禍で考えたグループの存在価値
南波一海 今日はお時間いただきありがとうございます。まず、お話を伺ってみたかった理由としては、佐々木さんがある日突然「根も葉もRumor」(2021年9月発表の58thシングル表題曲)に激しく反応されたという流れがあったからなんです。
向井地美音(AKB48) ええ、すごい!(笑) ありがとうございます。
佐々木敦 AKB48さんのことはもちろん結成時から知っていましたが、正直に言うと最近の活動はあまりチェックできていなかったんです。ところが、あの曲のミュージックビデオをたまたま公開まもなく観て、虚を突かれたというか、すごく感動してしまったんです。冒頭でセンターの岡田奈々さんが「ダンス苦手なんですよ」とか話してるのにまず興味を惹かれて、ずっと観ていったらすごかった。目が離せませんでした。「根も葉もRumor」はMV公開後、YouTubeにダンス動画がたくさん上がったり、SNSで話題になったりしましたよね。ああ、僕だけじゃなかったんだな、と。見事な快進撃ですよね!
南波 なんて言ったらいいんだろう。あの作品自体がすごく外に向いていた印象があります。動画のサムネイルから説明文の隅々まで気合いを感じました。
向井地 そうですね。実際「根も葉もRumor」は、今までのシングル曲とは明らかに周りの反応が違うなと感じていて。アイドルファンじゃない方からもリアクションをいただいたり、曲中でロックダンスに挑戦しているのでダンスをやっている方やプロの方が聴いてくださったりするんです。
南波 どうしてそんなふうになったのか、向井地さんやAKB48の皆さんがどう思っているのかなと。
向井地 今グループには、私を含め、過去にAKB48の握手会や劇場にファンとして通っていたメンバーがたくさんいるんですけど、先輩たちの存在があまりにも偉大すぎて「本当の意味での世代交代はいつできるんだろう?」「私たちにできるのかな?」という空気がずっと漂っていたんです。そういうふうに数年間溜めてきた熱意みたいなものが、ひさしぶりのシングル発売というタイミングで爆発したのかなと思います(※「根も葉もRumor」は前作「失恋、ありがとう」から約1年半ぶりのシングル作品)。
南波 向井地さんは2013年1月にAKB48第15期生オーディションを経て加入されていますが、当時はグループとしてのテレビ露出もかなり多い時期でしたよね。
向井地 そうですね。一番端っこで見ていました。
南波 そういう中で、AKB48を取り巻く環境が徐々に変化しているなと感じる瞬間はありましたか?
向井地 全盛期に比べてということですよね? それは、だいぶ序盤から感じていました(笑)。私が加入したのがちょうど「恋するフォーチュンクッキー」(2013年8月発表)のリリース直前だったので、その頃の世間的な盛り上がりは相当なものでした。私自身のデビューも日本武道館だったし、その3日後には東京ドームに立たせてもらったり、本当に恵まれているなと思っていたんですけど、前田敦子さんをはじめ大島優子さん、たかみなさん(高橋みなみ)のような最前線に立っていた先輩方が1人ずつ卒業していくたびに、メンバーもだんだん不安を募らせていきました。
南波 そんな中、どうやってモチベーションを保っていたんですか?
向井地 ゆきりんさん(柏木由紀)の存在が大きかったですね。本当にいろんなことを教えてくださるんですよ。もともとゆきりんさんは積極的に後輩を指導したりみんなを引っ張っていくタイプの方ではなかったんですが、先輩たちの卒業を経て、意識的に後輩にいろいろ伝えようというモードに入ったらしくて。そうやって前に立つ人が交代しながらグループが保たれてきたんですけど、その中でも明らかに今までとは違うよなって感じることが増えてきて。それを一番感じるようになったのは2020年、コロナ禍になってからです。
佐々木 向井地さんは2019年4月に横山由依さんからのバトンを引き継ぐ形で3代目AKB48グループ総監督に就任されて(参照:AKB48結成13周年公演で横山由依が次期総監督に向井地美音を指名)。これからみんなを引っ張っていかなきゃいけないというときにコロナ禍がやってきてしまったわけですが、ご自身ではそういう状況をどのように受け止められたんですか?
向井地 そもそも私が総監督を引き継いだときって、2代目総監督の横山さんが「今のAKB48でこんなことをしたい」と蒔いてくださった種がちょうど芽吹き始めていた時期だったんです。具体的には4年ぶりの全国ツアーが決まったり(参照:AKB48、全10箇所回る4年ぶり全国ツアー決定)、ライブのセットリストにメンバーの意見が反映されたりとか。与えられたことをやるだけではなくて、メンバー発信で、自分たちをプロデュースしていくことが増えてきて。
佐々木 そうなると個人に責任が生じるけど、その分やりがいも感じますよね。
向井地 はい。「自分はこの曲を絶対にこの衣装で歌いたい!」とか、みんなそれぞれにモチベーションを高めていました。でも、コロナ禍の影響を受け始めてからは劇場公演も握手会も思うようにできなくなって。みんな、「自分は本当にアイドルなのかな?」「AKB48の存在価値って?」と考えるようになってしまって……。やっぱり劇場公演や握手会があってこそのAKB48だし、ファンの方に直接会って熱意を伝えられるのがAKB48のよさだと思っていたので、そういうことが一切できなくなったのは、私自身にとっても大きな衝撃でしたね。
どんどんAKB48になっていく感覚
佐々木 この連載を重ねて感じたことなんですが、コロナ禍になったことによって、「アイドルとは何か?」ということを考え、自分を見つめ直すようになったというアイドルの方がすごく多い。そこでこれまでと違う動きをしてみたり、アイドルを辞めるという選択をしたりする方もいるわけで。
向井地 そうですよね。私の場合は、1人のアイドルとしてではなく、AKB48の総監督として「とにかくグループで何かをしなきゃ」という焦りがありました。AKB48には、チームA、K、B、4、8という5つのチームがあって、現状Aから4までのチームにキャプテンがいるんですけど、その“キャプテンズ”と呼ばれるメンバーと「何かみんなでできることがないかな」と話してOUC(おうち)48としてYouTubeの配信を始めたんです(※参照:AKB48がおうちからニッポンを元気に!「365日の紙飛行機」“おうちver.”公開)。「事態が収束するのを待っているだけだと、このまま私たち何もしないで終わりそうじゃない?」って。
佐々木・南波 なるほど。
向井地 やりたいことも方向性も何も決まっていないまま走り出したので、最初は本当にお粗末な内容でしたけど(笑)。でも、AKB48って昔から手探りでいろいろ挑戦していくグループではあったので、あの感じは初期の雰囲気に似ていたかもしれないです。
南波 草の根活動じゃないですけど、皆さんが配信みたいな新しいことを「少しずつでも自分たちの力でやっていこう」と考えたことには現状への強い危機感があったんだろうなと感じます。明らかにメンバー発信で、いろんなことが動いている感じが伝わってきて。
向井地 そうかもしれないですね。以前はメンバーが言ってどうこうっていう感じではなかったかもしれない。
南波 どうして変わっていったんですかね?
向井地 はっきりとはわからないんですけど、私たちの世代が意見を言ってもいいんだと思えたのは、卒業された先輩方が「自分がAKB48だという自覚を持っている?」とよく言ってくださったからかもしれないです。グループが大きすぎるので、みんな最初は「選抜メンバーじゃないとAKB48を名乗っちゃいけないのかな」という気持ちから始まるんです。でもだんだん自分たちが先輩になっていくことによって、今度は自分たちが引っ張る番だと思えてきたし、「先輩方が言っていたのはこういうことなんだな」と気付くようになりました。
佐々木 そもそもメンバーではあるんだけど、改めてAKB48になっていく感じというか。
向井地 そうです。自分たちがどんどんAKB48になっていくような感覚で。私たち世代もいろいろ言えるようになりましたし、後輩たちの意見もよく聞くようになりました。以前よりはメンバーみんなが発言しやすい空気になってきたかなと思います。
南波 向井地さんが総監督としての度量を持っているからなのかもしれないですね。後輩が気軽に発言できるフラットな空気を作れたという。
向井地 どうなんだろう……私は自分の意見に自信がなくて、周りに「いいね、それでいこう」と言ってもらえないと何も決められないタイプなので(笑)。
佐々木 でも総監督の重責は相当なものですからね。向井地さんとしては、いちアイドルとしての自分と総監督という立場の間で葛藤することはあるんですか?
向井地 もともと私はAKB48のメンバーになりたい、AKB48に恩返しがしたいという気持ちで入ってきているので、卒業後に俳優やソロ歌手として活動したい!みたいな思いはないんです。実際に加入したら、センターというポジションや選抜入りに対する欲が出てきた時期もあったんですが、総監督になってからはそういう個人的な願望がなくなったというか……いや、正直あるにはあるんですけど、言わないようにしているし、考えないようにしているというのが正しいかもしれないです。
佐々木 グループ全体の未来のほうが重要になった?
向井地 そう言うとすごくきれいに聞こえるんですけど(笑)、総監督という立場にいると、コンサートで自分がセンターの曲ばかりやりたいとは言えないですよね。まずは自分のことをグループの中心からなるべく遠くに置いて、全体のことを考えないといけない。もしかしたら必要以上に遠慮しているかもしれないです。
南波 遠慮ですか。めちゃくちゃ面白いタイプのリーダーですよね。もともと「自分が引っ張っていくぞ!」という感じではないんですか?
向井地 最初からそういうのとは真逆の性格で。とはいえ、みんなをまとめていける自信はないけど、若手なりにグループをもっとよくしたいという気持ちはあって。「こうしたらもっとAKB48が面白くなると思うんです」とか、仲よくしてもらっていた横山さんによく相談していました。総監督としてグループのために動いている横山さんの姿を見て、自分もいろいろなアイデアを考えているうちに、もし総監督になれたら、グループにちょっとでも恩返しができるんじゃないかと思うようになったんです。
AKB48はお遊戯会じゃない
佐々木 去年の12月に配信された番組「AKB48 劇場15周年記念配信」で、向井地さんが、コロナ禍になって思うように活動ができなくてつらい思いがあると吐露しながら、「AKB48は離れていても会いに行けるアイドルです」と発言されていましたよね。その「離れていても会いにいけるアイドルです」という言葉は、つまり「会いに行けないけど離れてないです」という意味でもあると思って。すごく印象に残っています。
向井地 直接会える機会が少なくなった以上、「AKB48はもういいや」と私たちに価値を見出さなくなって離れてしまう人が増えるんじゃないかという不安があったんです。それに、私たちは当然そうなるつもりはないけど、ファンの方にとって遠い存在になってしまったら嫌だなと思って。コロナ禍以前はお互いに身近に感じることができていたというのもあるんですが、私たちも寂しかったので。
佐々木 なるほど。AKB48はファンの方との直接的なコミュニケーションや心理的つながりというか、ダンススキルや歌以外の部分でも成立しているのが特徴の1つなんじゃないかと思うんですよね。でもコロナ禍になって、ファンとの距離感や交流の仕方がガラッと変わったことで、本格的なダンスであったり、それまで以上にパフォーマンスに力を入れた部分もあったのかなと。僕は「根も葉もRumor」のMVを観て、皆さんの途轍もないがんばり具合に心を動かされたんです。「こんなにやるんだ!」と。メンバー1人ひとり、きっとダンスの得意 / 不得意や好き嫌いもあったはずですけど、何かしらの意識的な変化があって、みんなであんなに踊れているんだろうな、それって本当にすごいなと思って。
向井地 あのダンス、正直めっちゃキツいです(笑)。けど、確かにAKB48にはファンの方との距離が近いという武器があったから、歌やダンスがちょっと苦手でも応援してくれる方がいっぱいいたんです。でも佐々木さんがおっしゃるように、コロナ禍で状況が変わったとき、「私たちにいったい何が残されているのか?」ということを考えたら、歌とダンスしかなかったんですよね。それに最近のAKB48は、昔よりも確実に実力主義になってきていて。「AKB48グループ歌唱力No.1決定戦」というイベントで歌を競い合ったりもするし、「根も葉もRumor」でも、めちゃくちゃダンスがうまいよこゆいちゃん(横山結衣 / 2021年11月にグループを卒業)が初めて選抜に入って、ほかにもダンスが得意なメンバーでフロントが固められていたりして。今までのダンス曲でも、ダンスに特化した子がそろうことってあんまりなかったんですよ。
佐々木 これまでとは明らかに違う動きがあったんですね。
向井地 はい。世間にちゃんと伝わっていなかったと思うんですけど、本当はみんなすごいんです。AKB48には歌やダンスをがんばっている子がたくさんいる。先輩たちの中にも歌やダンスが得意な方がいっぱいいたんですけど、世の中的になんとなく、「AKB48はお遊戯会」みたいに言われることが多くて。自分がファンだった頃もその言葉は本当に悔しかったです。だから「根も葉もRumor」がきっかけでAKB48に対する世間的な印象が変わりつつあるのもうれしいですし、メンバーそれぞれにとっても、自分の個性を生かせる場所が増えたことはよかったなって。今までダンスをがんばってきた子たちにも「このルートでも選抜に入れるんだ」という新しい可能性が広がったんじゃないかなと思います。
佐々木 ダンスを評価されたことが自信になって、モチベーションが上がるメンバーもいますよね。秘めたる得意技を披露できるとなって、さらに練習に励む人も出てきそう。
向井地 すでにいますね。小林蘭ちゃんという、もともとロックダンスを習っていた一番後輩の期の子がいて。選抜メンバーの誰かがレッスンを休んだときは、蘭ちゃんが代わりにその子のポジションに入ってくれたり、次の日は別の子のポジションに入ってまたサポートしてくれたりして。曲の初披露のあと、最初に「踊ってみた」をSNSに投稿したのも蘭ちゃんだし、たぶん事前にダンスの練習をしたうえで動画も撮っていたんでしょうね。そういうやる気があってがんばっている子たちが輝けるチャンスが増えてきたのは、本当にうれしいなって思います。
<次回に続く>
向井地美音(AKB48)
1998年生まれのアイドル。2013年に「AKB48 15期研究生オーディション」に合格し、研究生としてデビュー。2014年にAKB48の正規メンバーに昇格し、現在はAKB48グループの3代目総監督を務める。愛称はみーおん。グループとしての最新作は2021年9月発表の58thシングル「根も葉もRumor」。
佐々木敦
1964年生まれの作家 / 音楽レーベル・HEADZ主宰。文学、音楽、演劇、映画ほか、さまざまなジャンルについて批評活動を行う。「ニッポンの音楽」「未知との遭遇」「アートートロジー」「私は小説である」「この映画を視ているのは誰か?」など著書多数。2020年4月に創刊された文学ムック「ことばと」の編集長を務める。2020年3月に「新潮 2020年4月号」にて初の小説「半睡」を発表。同年8月に78編の批評文を収録した「批評王 終わりなき思考のレッスン」(工作舎)、11月に文芸誌「群像」での連載を書籍化した「それを小説と呼ぶ」(講談社)が刊行された。
南波一海
1978年生まれの音楽ライター。アイドル専門音楽レーベル・PENGUIN DISC主宰。近年はアイドルをはじめとするアーティストへのインタビューを多く行い、その数は年間100本を越える。タワーレコードのストリーミングメディア「タワレコTV」のアイドル紹介番組「南波一海のアイドル三十六房」でナビゲーターを務めるほか、さまざまなメディアで活躍している。「ハロー!プロジェクトの全曲から集めちゃいました! Vol.1 アイドル三十六房編」や「JAPAN IDOL FILE」シリーズなど、コンピレーションCDも監修。