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アーティストの音楽履歴書 第37回 橋本絵莉子のルーツをたどる

2年以上前2021年12月24日 3:05

アーティストの音楽遍歴を紐解くことで、音楽を探求することの面白さや、アーティストの新たな魅力を浮き彫りにするこの企画。今回は、先日チャットモンチー完結後初のソロアルバム「日記を燃やして」をリリースした橋本絵莉子のルーツに迫った。

取材・文 / 小林千絵

LINDBERGを“ジャケ買い”

小さい頃、家族で毎週日曜日に教会へ行っていて、そこで賛美歌を歌っていたのが私の最初の音楽体験です。「楽しい」とか「楽しくない」とか、そういうことを考えることもなく、教会に着いたら聖書を読んで、歌を歌うというのが当たり前だと思っていた感じでした。だからといって、特別歌が好きで、家でも歌っていたようなこともなかったみたいです。家で音楽を聴いていた記憶もあまりないんです。

意識的に音楽を始めたのは小学1年生のとき。私は覚えていないんですけど、両親によると親戚の家にあったピアノを触っていたら両親に「ピアノ習う?」と聞かれて「やる」と答えたそうです。そこからピアノを習い始めました。近所に住んでいる仲のいい歳上の友達がピアノを習っていて、なんとなく「いいなあ」と思っていたのかもしれないですね。実際習い始めてみるとすごく楽しかったです。先生が優しくて面白くて。ピアノ教室って、弾けるようになったら次はさらに難しい曲って、ちょっとずつ難易度を上げていくものだと思うんですけど、その先生は「これ以上、この子には無理だ」という段階からは難易度を上げなかったんです。その代わりに先生と連弾曲を練習していました。おかげで中学3年生まで、9年間ずっと楽しく通うことができました。

小学生時代も相変わらず音楽はあまり聴かない生活でした。引っ込み思案ではあったけど、仲のいい友達はいたので、その子たちと「りぼん」や「なかよし」を読んだり、絵を描いたり、公園で遊んだり。将来の夢は、お花屋さんやケーキ屋さん、ピアノの先生って言っていたような記憶があります。初めてCDを買ったのは小学生の頃。兄がCDを買いに行くときに一緒について行って、「せっかくだったら私も何か買ってほしい」とLINDBERGの「夢であえたら-Do you love me?-」を“ジャケ買い”しました。クマのぬいぐるみのジャケットだったんですよ。文房具を買うみたいな感覚で「かわいいからこれにする!」って。でもそうやってCDを初めて手に入れたのがすごくうれしくって。再生したときに「女の人が歌ってるんや!」と驚いたのを覚えています。CDにカラオケバージョンが入っていたので、歌入りのものを聴いてはカラオケバージョンで歌ってというのを繰り返していました。歌詞には、「黄昏」とか当時の私にとっては難しい漢字も出てきたんですが、全部自分でルビを振っていました。LINDBERGが音楽番組に出ていたら「こういうところで歌ってるんや」と思って観ていましたね。

吹奏楽をしながら作曲を始めた中学時代

中学校では吹奏楽部に入りました。入学式の日に新入生歓迎会があって、体育館で吹奏楽部が演奏してくれたのを見てすごく感動して。その日にはもう入部を決めました。選んだ楽器はクラリネットでした。いくつか楽器を試したんですけど、唯一音が出たのがクラリネットだったんです(笑)。私の所属していた吹奏楽部は、いろいろな大会に出場するような熱心な部活だったから、とにかく毎日必死に練習をしました。それまではピアノも先生と楽しく弾くだけだったし、あんなにストイックに音楽と向き合ったのは初めてだったけど、みんなで演奏することがすごく楽しくて。思ったように演奏できたときのうれしさとか、できなかったことができるようになっていく喜びが大きくて、厳しい部活ではあったけど、3年間楽しく続けられました。人前で演奏したのも吹奏楽部が初めてでした。全パートで演奏するオーケストラ形式のほかに、クラリネットの四重奏でもステージに立ちました。演奏を録音したものを先生が聴かせてくれて、初めて「自分たちの演奏がこう聞こえているんだ」と知って。聴いてくれている人たちを意識しながら音楽を奏でていた3年間は、私にとってはすごく大きな経験でした。

初めて「自分でも音楽を作ってみたい」と思ったのも中学生のときでした。きっかけは、友達が「2枚持ってるから1枚あげるよ」と言ってくれたBONNIE PINKさんのシングル「犬と月」。初めて聴いたときに「なんていい曲なんだ」と思って。当時我が家では、私が吹奏楽のCDを聴いている横で、兄が爆音でメタルを聴いているという、ものすごい状況だったんです(笑)。バンドを組んでいた兄が楽しそうにバンド活動にのめり込んでいる姿を見ていたところに、BONNIE PINKさんのすごく素敵な曲を聴いたことで、私の中で「曲を作ってみたい」という気持ちが芽生えて。そのCDをくれた友達が「私、歌詞を書いてるんだよね」と言って見せてくれたこともあって、「歌詞って自分で書けるんだ」と知って私も歌詞を書いてみたり、ピアノでなんとなく曲を作ったりと、そういうことを吹奏楽に熱中する傍らで始めました。

スリーピースバンドを知った高校入学前の春

そんな生活をしていたので、ライブハウスに行ってみたいと思っていたけど、開演が遅いし、悪い人がいそうという理由で家族に「中学生のうちはダメ。高校生になったら行ってもいいよ」と止められていたんです。それで高校入学前の春、初めて念願のライブハウスに行きました。兄のバンドを観に行ったんですけど、「なんてカッコいいんだ!」と衝撃を受けて。その日はスリーピースのバンドがたくさん出ていて、私はそれまでオーケストラという大所帯で音楽を鳴らしていたので、「バンドって3人でできるんや!」と驚きました。楽譜もないし、しかもオリジナル曲で。とにかく私がこれまでやっていた音楽とは正反対。すごくカッコよくて、自分もやってみたいと思うようになりました。そこで、バンドを組むために高校で音楽が好きそうな友達を探し始めるんです。仲よくなった友達に「どういう曲が好き?」って聞いていった中でOasisが好きだという子と出会って、その子とバンドを組みました。ギターを始めたときに兄に「とりあえずこれ聴いて弾いてみ」と勧められたのがHi-STANDARDだったので、そのバンドではHi-STANDARDのコピーとオリジナル曲を演奏していました。

バンドでの初ライブは高校1年生のときでした。もちろん緊張はしたけど、感激のほうが大きかったかも。もとからある楽曲を演奏するオーケストラとは違って、オリジナル曲で自分たちの気持ちを伝えるのがバンドのライブなんだと知ったんです。バンドを組んでからは、Hi-STANDARDやGO-BANG'S、高校の文化祭ではJITTERIN'JINN、ロリータ18号、THE HIGH-LOWS、椎名林檎さんをコピーしていました。それまで音楽はほとんど部活で参考になるような吹奏楽の楽曲しか聴いていなかったのが、一気にバンドにのめり込んでいきました。その頃からずっと続けていたピアノもやめて、勉強もやらなくなったので、家庭内で問題になったくらい(笑)。私よりも兄が責められて、「なんてものを勧めたんだ」って。でも兄がかばってくれて、高校2年生のときに組んだチャットモンチーで音楽の道に進みました。

Charに打ちのめされたチャット時代

チャットモンチーでデビューをしてからは、対バンしたアーティストの楽曲や姿勢に影響を受けることが多かったです。技術的なところも含めて「あれくらいできないとプロとしてダメなんだな」と思うこともよくありました。中でも共演させてもらって、私が落ち込むくらい衝撃を受けたのはCharさん。対バンしたときに初めてライブを観たんですけど、「私、なんでギターを弾いているんだろう」と思うくらいでした。ギターのスキルももちろんだし、楽屋でお酒を飲みながら、飲んでいるお酒の曲を自然に作っていたんです。そのときに「ダメだ、すごすぎる」と思いましたね。それでいて、ステージでは「“チャートモンチー”です」って言っていて(笑)。そんなユーモアのあるところも含めて、打ちのめされましたね。同時に「私ももっとギターと向き合わないといけないな」とも思いました。そうやっていろんな方に影響を受けていく日々は面白かったです。

いしわたり淳治さんにプロデュースしてもらっていたときは、淳治さんにいろんな音楽を教えてもらっていました。中でもPixies、The Kinks、The Pretendersには大きく影響を受けましたね。「こういう音の構築の仕方があるんだ」とすごく勉強になりました。その後チャットモンチーが2人体制になって、曲ごとに担当楽器を変えたり、サポートメンバーとしていろんな人を迎えたり、形態を変えたときの考え方の土台にもなっているかも。あとThe Beatlesをちゃんと聴くようになったのもその頃です。今振り返ると、バンドをやる前にピアノや吹奏楽でクラシック音楽を経験してきていたことはすごくよかったと思います。自分の中に、音楽的な土台ができあがっていたので。だからこそ、その上にいろいろな音楽の要素や変化を乗せていけたのかなって思います。

予定は未定

チャットモンチー完結後は家にいることが多かったですけど、音楽はたまーに聴くくらいでした。子供の頃から振り返っても、私は日常的に音楽を聴く人ではないんだなと思っていて、それは大人になっても変わらなかったです。だから家で聴くのは、聴いていてもドキドキしすぎないというか、落ち着いていられるような音楽です。ジャクソン・ブラウンとかノラ・ジョーンズとか。自分が聴くときに重要なポイントは歌声なんだと思います。落ち着いて聴ける、優しい声の音楽が好きです。

音楽を作ったり演奏したりするのは、変わらずずっと好きです。完結後も、歌ったりギターを弾いたりしている時間のほうが、音楽を聴く時間より長いですね。ふとしたときにパッとギターを手に取って弾いたり、書き溜めていた詞のようなものに曲を付けてみたり。たまたま流れてきた曲から、コードを調べてみたり、構成を考えてみたりすることもあります。結婚や出産による変化は……あまりないと思います。出てくる言葉は時々「母になったからこそ」みたいなものもありますけど、特別「出産したから」「母になったから」変わったわけでもないのかなと思います。例えば結婚や出産の経験がなかったとしても、今の年齢になったら同じように歌詞や曲に変化は出てきたんじゃないかな。ちなみに子供は音楽の授業で習った鍵盤ハーモニカを聴かせてくれたり、「給食の時間にこんな曲がかかっていた」と教えてくれたりしますよ。

趣味は本を読むことです。それは今も昔も変わりません。本を読んでいて、自分も思っていたけど誰も言葉にしていなかったことが文章になっていたときに「なんてすごいんだろう」って感動するし、その気持ちのままに曲を作りたくなることもあります。普段目にしない言葉を見たときに「こういうタイトルの曲があったらどんな曲になるんだろう」と考えることもあります。最近読んで印象的だったのは、西加奈子さんの「夜が明ける」。 物語から“目を逸らさせない”という感じで……すごい本でした。読み終わって、「自分もがんばろう」と思わせてもらいました。

12月8日に、初のソロアルバム「日記を燃やして」をリリースしました。チャットモンチー完結後の4年間で作った中から選んだ10曲が入った、“100パーセント私”のアルバムになりました。4年もあれば考えることや歌うことも変わってそうだし、10曲に絞ったとしても内容はバラバラになりそうだなと思っていたんですけど、1枚にしてみたらものすごくまとまっていて。それがすごくうれしいです。自分1人でコツコツ作っていくと、時間が経ってから「ここいらんな」ってところとか、「ここもうちょっとこうしたい」ってところがすごく見えてくるんです。チャットモンチーのときは、あっこちゃん(福岡晃子)とくみこん(高橋久美子)が書いてくれた歌詞にメロディを乗せていたこともあって、あとから変えたいと思うことはなかったんですけど、ソロだと歌詞も自分で書いているから簡単に変えられちゃうんですよね。だから時間を置いて、違和感があるところはどんどん変えていきました。そういう体験は今回が初めてでしたね。時間をかけてよかったなと、今は思っています。だから歌詞や曲の出どころは3年前、4年前だとしても、変えて変えて、「今歌いたい」と思う曲になっているんです。アルバムのジャケットは自分で描きました。油絵です。難しかったけど、無心になれてすごく楽しかったです。もしかしたら今後、履歴書に「趣味:油絵」が増えるかもしれません(笑)。でも今後の音楽活動についての予定は……未定。この先も、そのときに楽しそうだと思うことをやっていくんやと思います。

橋本絵莉子(ハシモトエリコ)

1983年、徳島県徳島市生まれ。2000年に地元・徳島でチャットモンチーを結成し、ギター&ボーカルを担当。2005年にメジャーデビュー、2018年にその活動を完結させた。2019年9月に公式サイトを開設し、ソロ活動を開始。ゲストボーカルや弾き語りでイベントに出演しつつ、通信販売で数量限定のグッズ付きデモ音源CD「Demo Series Vol.1」「Demo Series Vol.2」をリリース。2021年12月8日に、ソロ初作品となる1stフルアルバム「日記を燃やして」をリリースした。また、楽曲提供やCMソングの歌唱などの活動も行っている。

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