各界の著名人に愛してやまないアーティストについて話を聞く本連載。第36回となる今回は、俳優・別所哲也に藤井風について語ってもらった。大の藤井風ファンとして知られ、本人と“てっちん”“かぜちん”と呼び合う仲でもある別所。「J-WAVE TOKYO MORNING RADIO」のナビゲーターとして数々のアーティストと対面してきた彼は、なぜそこまで藤井に魅了されたのだろうか。今回の取材では、「J-WAVE TOKYO MORNING RADIO」生放送終了直後の別所を直撃。藤井も訪れたという収録ブースにて、たっぷりと愛を語ってもらった。
取材・文 / 真貝聡 撮影 / 須田卓馬
耳だけじゃなく、目でもドキッとさせられた
藤井風さんのことはデビュー前からずっと好きですね。当時、僕はピアノで弾き語りをしたり、クラシックピアノを演奏されている方の動画をYouTubeで観るのにハマっていて。若かりし頃の藤井さんがピアノで英語の曲をカバーしているのを観て「なんて素敵なんだろう!」と一発で心をつかまれたんです。僕自身、小中高とクラシックピアノを弾いていたので、余計に藤井さんの演奏力と歌唱力に驚きました。それと、昔からビリー・ジョエルやエルトン・ジョンなど、ピアノを演奏する男性ボーカリストが好きだったんです。藤井さんのカバー動画の中でも忘れられないのが、スティングの「Englishman in New York」の映像です。演奏中に帽子を飛ばして、最後に違う帽子を被る。エンタテイメントとして完成されてるし、それを1人で演出してるのもすごいなと思って。耳だけじゃなく、目でもドキッとさせられました。それから夢中になって動画を観ていたら、2020年にメジャーデビューをされて。僕のラジオ番組で「何なんw」を紹介することになったとき、運命というか不思議な縁を感じましたね。
楽曲からあふれ出る“GIVE”の精神
そもそも、僕がこれほど1人のアーティストにハマったのはひさしぶりなんです。藤井さんの音楽は、どの楽曲にも癒しと愛が満ちあふれていて……“GIVE”の精神と言うんですかね。彼の音楽は与え続けてくれる。例えば、ロックシンガーは自分の欲望や上昇志向をアグレッシブに表現していくギラつきがある。ラッパーだったら、リリックで社会を痛烈に批判するとか、音楽の中に強いメッセージが多分にある。でも藤井風さんの音楽は、のし上がろうとしたり、社会や誰かと対立しようとするものではない。聴き手を受け入れてくれたり、聴き手に何かを与えてくれたり……押し付けがましくない優しさを感じるんです。「売れたい」「有名になりたい」「誰かに共感してほしい」という欲求を表現者なら誰もが持っているはずで、それは彼にもあるのかもしれないけど、それ以上に愛や癒しが内側からあふれちゃってる気がします。藤井風の歌には、野心や欲望などの作為的なものではなく、もっと自然でピュアな力が流れているんです。
歌詞にも、その側面が出ていますよね。例えば「何なんw」は、自身が生まれ育った岡山県の方言を隠すことなく、歌で素直に昇華している。僕ら俳優も、基本的には自分の中にある情報やパーツからしか役を生み出せないけど、場合によっては自分の中にないもので客観的に役を描写することがある。でも藤井さんの場合は、何を歌っていても曲の中に彼がいるから、方言だって自然と出てくる。そこに普遍性があるし、だからこそ藤井さんの音楽は性別や人種を超えていく。不安で不確実な時代だからこそ、彼の持つ癒しが必要なんです。別に人生の答えを歌っているわけじゃないですよ。だけど「ありのままでいればいいんじゃないか」とか「大切な人のそばに、素直な自分でいよう」とか、歌ってる歌詞の1つひとつが、僕らの日常生活とつながるんですよね。
ライブで感じた、グルーヴ感や息づかいのすごさ
好きな楽曲を絞るのは難しいですね。最新曲「満ちてゆく」も最高でした。少年時代から慣れ親しんでいるピアノ1本のスタイルから、バンド編成のアレンジによって楽曲に厚みが出て、そこがひと通り順繰りしたことで生まれたサウンドに感じました。「何なんw」はラジオで何回もかけさせていただきましたし、「もうええわ」「優しさ」「キリがないから」「帰ろう」など、初期の楽曲も全部好きです。今、手元に1stアルバム「HELP EVER HURT NEVER」のサイン入りレコードがありますけど、これは初めて藤井さんが「J-WAVE TOKYO MORNING RADIO」のスタジオにいらっしゃったときにいただきました。僕ね、藤井さんと会ったその日に熱が出たんですよ。コロナかなと心配していたら、藤井さんと会えたことへの興奮から体温が上がっていたようで。2回目に会ったときは鼻血が出ちゃった(笑)。こんなこと初めてですよ。
ライブで言うと、2023年1月のさいたまスーパーアリーナ公演(「LOVE ALL ARENA」)はすごかったですね。最初にピアノの弾き語りをして、何万人もの観衆がひとつになったところで、今度はYaffleくんやバンドメンバーが登場する2部構成でした。アーティストによって、ファンとのいろんなコミュニケーションの取り方がありますけど、途中で自転車に乗ってスタジアムをぐるぐる回る姿が彼らしいなって。それも、照れながら回ってるのがほほえましかったですね。
僕はミュージカルアクターでもありますけど、その観点から見ても、藤井さんのステージは素晴らしい。特に彼が持っている独特の“グルーヴ感”と“呼吸”に魅了されるんです。お芝居も音楽も、呼吸が重要だと思っているんですけど、彼の息づかいや心拍数は、演劇に通ずるものがある。例えば、欧米の演劇はセリフを発する際のリズムとビート、どこで音を止めるかの練習も徹底的にやります。英語は非常にリズム感のある言語で、藤井さんはそれを本質的に持っている。日本語が染み付いていると、どうしてもすべての言葉の母音が「あいうえお」になってしまいますが、彼はそうではないんですよ。爆発音とか破裂音も含め、英語特有のリズムと呼吸を感じる。普段は英語で芝居をしているブロードウェイの俳優が来日して、日本語で芝居をしたことがあるんですけど、発声法が違うから、途中で声が枯れちゃったんですよ。それぐらい、声帯や横隔膜の使い方が言語によって全然違う。もともとミュージカル音楽は、英語やフランス語をベースにして、リズムや音符が作られているんです。そこに無理やり日本語を当てると、母音が目立ってしまって、子音が聞こえなかったり伝わらなかったりする。だけど、藤井さんの発声法は英語的ですし、グルーヴ感や息づかいもずば抜けて優れている。日本語の歌を歌っていて、日本語の歌詞として耳に入るし胸に響くんですけど、それと同時に英語のドライブ感やバイブレーションがちゃんとあるんです。だからこそ、海外の方にも伝わるんでしょうね。そういったグルーヴ感や息づかいのすごさはライブを通して如実に感じました。
「僕がかぜちんを守ってあげたい」
人柄についてお話しすると、彼はすごく周りを見ている人だと思います。「みんなはハッピーかな?」「自分はこれでいいのかな?」って、同じ空間にいるすべての人が幸せであってほしいと思って、常に気を使ってる感じがします。それと彼は“開いてる”人だと思います。ここにあるものすべてと結ばれ合いたい、つながり合いたい、みたいな雰囲気があるんです。アーティストによっては「それ以上は聞かないで」「ここから先は踏み込んじゃダメよ」と境界線を引く人もいます。でも藤井さんはすごく自然体で、ふわっとそこにいる。人にすごく関心を持っていて「この人はどんな人なんだろう」と、興味を示している印象があるんです。シンプルな言葉で言えば、好奇心旺盛で心がずっと少年なんですよね。先日「J-WAVE TOKYO MORNING RADIO」に海外からリモートでご出演いただきまして。藤井さんの好きなフルーツの話題になったんですけど、アジア圏に行って初めて食べたフルーツにワクワクしてる様子がかわいかったです。「かぜちんにも、まだまだ知らない世界があるんだな」って。
J-WAVEでパーソナリティを18年近く続けてきて、これまで数々のアーティストさんと共演させていただきましたけど、皆さんは戦ってる感じがあるんです。ゼロイチで音楽を作っているからこそ、何か訴えたいことがあったり、「簡単には見透かせないわよ」とバリアを張っていたり、いい意味で強いエネルギーを放っている人がほとんど。ただ、藤井さんはそうじゃないんですよね。しなやかで柔らかいオーラをまとっている。だからこそ、実態がなかなか見えない。輪郭をつかもうとしてもつかみきれない感じが、不思議なんです。
不思議と言えば、「満ちてゆく」のミュージックビデオですよ。今回、藤井さんは役者としてお芝居をされていて、バーのようなところでケンカをするシーンがあるんですね。彼は自ら争いをするような人じゃないから、巻き込まれているようにしか見えなくて。ラジオでご本人にも言いましたけど、「僕がかぜちんを守ってあげたい」と思ったんですよ(笑)。人の芝居を見て、「守ってあげたい」という心理になったのは初めて。でも、彼ってそう思わせる何かがあると思うんです。語弊があるかもしれないけど、“完全じゃない”という印象があるというか。何か欠落した欠片みたいものが、ずっとある。だから助けてあげたいと思っちゃうのかな。人によってはそれを“フラジャイル”とか“ブレイカブル”と表現するかもしれないし、“危うさ”と感じるかもしれない。
藤井風が歌っているのは“愛そのもの”
僕は1965年生まれのいわゆるバブル世代で、偏差値教育の真っ只中の時代に育ちました。所有することや上昇することが何より大事だ、という教えを受けてきたんですね。だけど、藤井さんと出会ったことで「そうじゃないんだよな」って気付かされた。彼の根っこにあるのは、与える・つながる・分かち合うということだと思うんです。彼自身も言ってますけど、藤井風が歌っているのはラブストーリーとか恋愛ではなく、“愛”なんですね。口幅ったいから、「愛」とか「愛してる」なんて恥ずかしくてなかなか言えないじゃないですか。そういう照れが彼の中にはまったくない。しかも、愛を押し付けるわけでもないんです。そこがなんとも哲学的というか……もはや宇宙人なんでしょうね。地球のことをすごく愛してるんだけど、宇宙的。政治、経済、宗教とさまざまな人間が20世紀までに切り分けてきたカテゴリーに、全然収まらない。彼を見ていると「本当は切り分けるのではなく、全部がつながっているべきで、それが本来の人間らしさなのかもしれない」と思えるんです。しかも藤井さんは、人間の愚かさや醜さもしっかり理解したうえで「しょうがないじゃん、受け入れようよ」と、晴れやかに伝えている。そこが素敵なんですよ。そして、彼は「命が有限なものである」という意識を常に持っている気がします。「その有限性の中に生かされてる自分たちが、些細なことでぶつかるのは違うよね」って。しかし彼の音楽は、いわゆる反戦ソングとも違う。藤井風が歌っているのは“愛そのもの”なんです。
プロフィール
別所哲也(ベッショテツヤ)
1965年生まれ、静岡県出身の俳優。1990年に日米合作映画「クライシス2050」でハリウッドデビューを果たし、その後映画やドラマ、舞台、ラジオなどで幅広く活躍している。J-WAVEの番組「J-WAVE TOKYO MORNING RADIO」(毎週月~木曜 6:00~9:00)に出演中。前身番組「J-WAVE GOOD MORNING TOKYO」から数えると17年半にわたってナビゲーターを務めている。
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番組情報
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毎週月曜日から木曜日の6:00~9:00にオンエア
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