シンガー土岐麻子が中心となり、毎回さまざまな角度からK-POPの魅力を掘り下げる本連載。今回はゲストにMC・ラジオDJの古家正亨氏を迎え、近年のK-POPシーンに影響を与えている、2000年前後の韓国音楽シーンについて深く語っている。韓国の音楽シーンのスピード感などについてトークした前編に続く後編では、お互いに聴いてほしい当時のおすすめ楽曲や、古家氏が最近気になっているというK-POPのヒットメーカーについての話に花が咲いた。
取材・文 / 岸野恵加 撮影 / 西村満
JIVEの風が吹いている
──お二人それぞれ、2000年前後の音楽からの影響を感じる最近のK-POP楽曲を、1曲ずつリコメンドしていただけますか?
古家正亨 前編の最後でお話ししていたカバー曲の話題に連なるんですが、ONEUSの「Now」をご紹介させてください。これはFin.K.L.のカバーで、今年5月に発表されたばかりの曲です。ONEUSは僕が著書「BEATS of KOREA」の中でインタビューさせてもらった、キム・ドフンさんが代表を務めるRBW所属のボーイズグループですね。
古家正亨 RBWは2022年にDSPメディアを買収したんですが、Fin.K.L.はDSPの初代ガールズグループ。ドフンさんに著書の中で「どうしてDSPを買収したんですか?」と質問すると、ドフンさんは「所属アーティストはもちろんですが、その会社の持つIP(知的財産権)が魅力だったんです」っておっしゃっていたんです。なので僕はこのカバーを聴いて、「ドフンさんがやりたかったのはこういうことだったのか」と。そして、K-POP界にもその波が確実に波及しているんだと思いましたね。
土岐麻子 (ONEUS「Now」を聴いて)アレンジも当時のFin.K.L.とほぼ同じなんですね。面白い!
古家 キーが異なる以外はほぼ同じですよね。オリジナルがリリースされたのは2005年。この頃のK-POPって、Backstreet Boysやブリトニー・スピアーズといったアーティストが所属するJIVE Recordsのサウンドを参照していた印象が強いんですが、やっぱりこの頃のK-POPのごちゃ混ぜ感が、僕は大好きなんです。掘れば掘るほど面白い。
──KISS OF LIFEが4月に発表した「Midas Touch」も、ブリトニー・スピアーズの雰囲気があると話題になっていましたね。
古家 今更感はありますが、JIVEの風がK-POPに最近すごく吹いていると思います(笑)。イージーリスニングも引き続き話題を集めそうですが、これからはJIVEの雰囲気を持ったヒット曲ももっと出てくるんじゃないかな。そういえばRIIZEのヒット曲「Love 119」は、韓国ドラマ「快傑春香」のOSTとしてリリースされたiziのヒット曲「救急室」をサンプリングしていますけど、あれも同じ2005年のリリースでしたね。
土岐 今10代、20代の若いK-POPファンの方々の中には、音楽そのものをそこまで聴いてきていない子もいますよね。アイドルを好きになって、そこから韓国の過去の音楽を掘っていく可能性もあるということですね。
古家 そうですね。「救急室」は、今の若者たちには“K-POP懐メロ”という表現のほうが伝わるかもしれませんが、韓国歌謡らしい、いわゆるどバラードなので、RIIZEが取り上げなければ、きっと日本の若いK-POPファンたちにこの先知られる可能性は低かったと思います。
──続いて土岐さんが、2000年前後の音楽からの影響を感じる最近のK-POP楽曲で好きな曲を挙げるとすると?
土岐 RIIZE続きになっちゃうんですけど、「Impossible」です。一聴して懐かしくて、あの頃のハウスミュージックを上手に取り込んでいる気がしました。特にビートとシンセの音が。記事などを読むと、やはり当時のサウンドがコンセプトになっているようですね。
古家 いいですね! あの曲は完全に2000年代前半のクラブの音ですよね。ラスマス・フェイバーとか、スウェーデンのクラブの香り。個人的にも大好きです。でも冒頭の「gimme the beat」というひと言には、ジャネット・ジャクソンを感じます。
無限の音楽的実験を可能にしてくれるK-POP
古家 僕は最近、気になるK-POPのヒットメーカーがいるんですよ。ジャスティン・ラインスタインさんというアメリカのコンポーザーで、TWICEの「The Feels」、Kep1erの「Back to the City」、NMIXXの「Roller Coaster」などを手がけていて。僕の好きな曲を全部彼が作っていたものだから、詳しく調べてみたんです。元は欧米アーティストの曲を書くためにYouTubeに自分の曲をアップしていたら、日本の音楽出版社から「K-POPの日本オリジナル楽曲にあなたの曲を使いたい」と連絡があったそうで。そこからK-POPと関わりを持つようになった、と。
土岐 日本オリジナル曲が始まりというケースもあるんですね。
古家 面白いですよね。以前、韓国の英字新聞が彼へのインタビューを行っているんですが、その記事が興味深くって。ラインスタインさんは「K-POPがもたらす音楽の自由さに惚れ込んだ」と語っているんですね。「コードチェンジ、ドープなメロディ、強烈なプロダクション。この3つがK-POPを象徴するフォーマットであり、音楽家にとっては無限の音楽的実験を可能にしてくれる場だ」と。じゃあK-POPと西洋の音楽の最大の違いは何か?と問われると、彼は「K-POPのほうがジャジーなコード進行を追求する傾向が強い」と話しているんです。
土岐 なるほど!
古家 これはうちの奥さんも同じことを言っていて(※古家氏の妻は韓国人シンガーソングライターのホミン)、K-POPって基本ジャズのコード進行を使うんですって。だから、とても自由にコード進行を組み立ていく傾向があると。これを読んで僕は「それだけK-POPって自由なんだな」と思ったんですね。つまりK-POPっていう音楽ジャンルって、はっきり言えば「ない」っていうことだと思うんです。それっぽいつくりはあるかもしれませんが。それに近いことを以前、J.Y.Parkさんもインタビューで答えていたことがあって、「K-POPはもはや音楽ジャンルではない。ファンとスターを結びつける社会の役割を果たすものだ」と。
土岐 確かに……。ジャジーなコード進行という話がありましたけど、日本も含め、アジアの人ってメロディが美しい曲や、メロディアスなものが好きですよね。ビートも大事だけどそれだけではあまりウケなくて、メロディがきれいな曲が好まれる傾向があるのかな。
古家 欧米の音楽は若干抽象的なんですよね。カラオケで歌おうと思っても歌いにくいですし。だけどK-POPは必ず歌わせる場所があり、ラップパートもある。そうしたある程度の方向性がある中で自由度が高い音楽が作れるのは、作り手にとってはやりがいがありそうですよね。
韓国の叶姉妹?
土岐 今日は古家さんにぜひ、2000年前後のK-POP楽曲の中からもいくつかオススメをご紹介していただきたいです。
古家 土岐さんに聴いてほしい曲をいくつかピックアップしてきました! まずは2003年リリース、HARUさんの「애정다반사(愛情茶飯事)」と、Seo Yeonの「Here I Am」です。どちらもBoAさんなどを手がけていた、ファン・ソンジェさんという、当時のKガールポップ界の巨匠が書いた曲ですね。BoAさんのデビューが2000年で、当時は「第2のBoA」を目指すソロの女性歌手が多かった時代です。Seo Yeonさんは安室奈美恵さんの「CAN YOU CELEBRATE?」をカバーして話題になったこともありましたね。
土岐 心地よいサウンドですね。歌い方もソフト。
古家 そうですよね。さっき「土岐さんみたいな歌い方のアーティストが主流になると言われた」とお話しされていましたけど、まさに彼女たちも、韓国の王道の歌い方ではないんです。それまでの韓国の女性歌手はパンチのある歌い方が当たり前で。こんなふうに声が細くて優しくて、朴訥としているけど味があるボーカリストがどんどん増えていった時代ですね。もう1曲、Hushという女性R&Bユニットをご紹介させてください。この2人は、そのジャケット写真のイメージから、僕は「韓国の叶姉妹みたいな」と説明することが多くて。もちろん全然共通点はないですけど、雰囲気だけで(笑)。
土岐 叶姉妹!?(笑)
古家 裸に見える姿で抱き合ったジャケット写真が当時話題になったんです。この曲をお聴きいただくとわかりますが、トラックがもはやTLCですよね。アメリカでレコーディングしたらしくて、なんとホーンセクションにはTower of Powerが参加しているそうです。
土岐 豪華ですね……! ルックスだけ見たらDOUBLEのような雰囲気もあります。歌がすごく上手。
古家 確かに! 叶姉妹ではなかったです(笑)。残念ながらこの1枚だけでユニット自体の活動は終わってしまいましたが、本当に今聴いてもいいアルバムで。当時の韓国のヒットメイカーである、パク・クンテさんのプロデュース力が冴え渡った1枚です。ちなみに2人は現在、それぞれが別々に音楽活動を続けていらっしゃいます。
カントリーに特化したグループを作りたい
土岐 今日は古家さんにたくさん教えていただいて、体系的にK-POPのこれまでをたどれた気がします! ありがとうございます。
古家 僕も土岐さんと音楽についてゆっくりお話しできたので、とても楽しかったです。個人的には、今の音楽界は人気がアイドルに偏りすぎているのがもったいないですし、今後を考えると少し不安だなと思っているんです。ソロのアーティストでも素敵な人がいっぱいいるけど、リスナーが自ら掘らないとたどり着けなくて、惜しいなと。真の音楽の多様性は、やはり聴き手がいてこそ広がると思うので。
──BTSのRMさんなどは、Balming TigerやHYUKOHなど韓国のインディーズアーティストとのコラボ作品を積極的に発表していますよね。最新アルバム「Right Place, Wrong Person」には、日本からnever young beachやギタリストの岡田拓郎さん、DYGLの下中洋介さんもプレイヤーとして名を連ねていました。
土岐 RMさんはアジア全体を盛り上げたいという思いを持っているんですかね。ファンの人たちがRMさんのアルバムをきっかけに、いろんなアーティストを深掘りしてくれたらうれしいですよね。
古家 今はサブスクで気軽に聴けるのがいいですしね。昔はラジオで掘り起こすか、CDやレコードを買ったり、借りないと聴く音楽の幅を広げられなかったけど、気になったらすぐに聴ける。なのでヒットチャートの上位にはない韓国の音楽にも、ぜひ触れてみてほしいです。
土岐 ちなみに最後にお聞きしたいんですが、古家さん、「BEATS of KOREA」の中で、「アイドルをプロデュースしたい」と書いていましたよね。そのお話を詳しくうかがってもいいですか……?
古家 長年K-POPの現場にいると、「僕だったらこうするのに」「こうしたほうが絶対に売れるのに」と思うことがたくさんあるんですね。ふと「だったら僕がイチからグループをプロデュースしたらどうだろう?」という話をしたら、周りのみんなが「面白いんじゃないですか」と言ってくれたんですよ。それで本の中に書いてみたんですけど……4大事務所が新人育成にかける金額を聞いて、今はもうあきらめました(笑)。だって1人あたりこれくらいかかるそうで……(金額感を耳打ち)。
土岐 1人あたりで! それはかなりの……。
古家 とても無理ですよね(笑)。僕はこれから絶対にカントリー的なものが来ると思っていて。カントリーに特化したグループを作りたかったんです。
土岐 へえー! カントリーミュージックをやるということですよね? ソロシンガーではなくグループで、というのは確かに新鮮ですね。
古家 アメリカのトップスターはカントリー出身者が多いですよね。個人的に好きなリアン・ライムスみたいなカントリー要素のあるポップミュージックをK-POPグループでやれたら、可能性あるんじゃないかと思うんです。どこか大きな会社の人が「古家さん、お金あげるから好きにやっていいよ」と言ってくれたら、ぜひ挑戦したいです(笑)。
土岐麻子
1976年東京生まれのシンガー。1997年にCymbalsのリードボーカルとしてデビュー。2004年の解散後よりソロ活動をスタートさせる。本人がCMに出演したユニクロCMソング「How Beautiful」(2009年)や、資生堂「エリクシール シュペリエル」のCMソング「Gift ~あなたはマドンナ~」(2011年)などで話題を集める。CM音楽やアーティスト作品へのゲスト参加、ナレーション、TV・ラジオ番組のナビゲーターなど、“声のスペシャリスト”として活動。またさまざまなアーティストへの詞提供や、エッセイやコラム執筆など、文筆家としても活躍している。2024年11月3日に東京・恵比寿ザ・ガーデンホールにてワンマンライブ「土岐麻子 SPECIAL LIVE STANDARDS & BEST ~Peppermint Sunday~」を開催する。K-POPでの最推しはMONSTA XのジュホンとBLACKPINKのジェニ、そしてStray Kidsのハン。
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古家正亨
1974年生まれ、北海道出身。大学在学中の1995年、北海道の「FM NORTH WAVE」でラジオDJとしてデビュー。2004年、MTV KOREAの「J-BEAT」で日本人として初VJに採用される。2009年には韓国政府より、日本におけるK-POP普及に貢献したとして「韓国政府褒章文化体育観光部長官褒章」を贈られた。K-POPレーベル・オールドハウスの代表取締役を務めつつ、ラジオDJ、テレビVJ、日韓音楽文化交流コーディネーターなどとして幅広く活躍している。2024年4月に最新著書「BEATS of KOREA いま伝えたいヒットメイカーの言葉たち」を発表した。
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