音楽事務所WACKの代表だった渡辺淳之介が、7月末をもってWACKの取締役を退任したことを明かした。本コラムでは退任発表に併せて、渡辺による独白を全3回にわたって掲載。今回の第2話では、2014年の初期BiS解散からこの10年の振り返りや、第1話で触れられたアイドルシーンにまつわる思いのさらに踏み込んだ内容などを掲載する。
構成・撮影 / 田中和宏
初期BiS解散以降=“失われた10年”
7月8日にBiSの解散10周年フリーライブを行いました。自分自身どうしてもやりたくて。BiSは僕のライフワークであり原点でもあったので。9月から大学院が始まるということもあり、非常に区切りがよかったんですよね。昔ながらのファンの子たちのSNSをいろいろ見ていたんですけど、あいつらこの10年間変わらずに、形を変えながら別のアイドルを追いかけていて(笑)。何も変わらないこいつらのせいで、僕らは歩みを止めてしまったとも思ったんです(笑)。
VIPエリアの高額チケットを販売するといった手法を僕らは10年以上前からやっています。このやり方で「チケットの値段が同じなのに座席に格差がある」という日本の音楽業界における古い常識を変えることができたと思う。でもそうしてファンに甘えて、おんぶに抱っこでやらせてもらってきたツケが回ってきた。それがまさに2024年の今なんだと思います。
だから2014年から今に至るまでの10年間は、僕にとっては“失われた10年”とも言える。「この10年で、もっといろんなことが自分たちはできたんじゃないか?」というのが今の正直な思いです。先ほど名前を挙げたXG(※第1話参照)もそうですけど、彼女たちは若い時から韓国に渡ってレッスンを重ねたり、英語や韓国語を勉強をしたりしてきたわけですよね。僕たちもそれと同じような努力を重ねてきたら、K-POPに匹敵する何かができたかもしれない。例えばアイドルシーンでは「かぶせ問題」というものがあります。ライブでボーカル音源を薄く流すんですけど、アイドル本人が「もう今日、声が出ないから70%くらい出して」なんてリハーサル中に指示していたのを聞いたことがあります。僕たちは、そういう変な形でパフォーマンスを補ってきてしまいましたが、本来なら、そういう部分こそ努力しなきゃいけなかったんだろうなって。
サブカルアイドルシーンの成長は止まっている?
吉田豪さんが、「ファンが甘やかした結果、アイドルが特技を披露するときにクレヨンしんちゃんのマネをして微妙な空気になる」というような話をしていたと思いますけど、正直それくらい適当なことをやっても、今まではファンに受け入れてもらえたんですよね。今思えばそういう空気に甘えていたことが、僕たちの成長にブレーキをかけていた気がします。本当は準備できたはずなのに。WACKもそうだし、きっとほかの事務所もそうなんじゃないでしょうか。もちろん置かれた状況に甘んじないで努力を重ねている人はいるんでしょうけど、みんな、おそらく目標設定が低かったのではないかと思います。僕は地下アイドル業界しかわかりませんがほかのアーティストたちはもっと目標が高いと思うんです。僕たちが目標設定を誤ったことが明らかな敗因なんだろうなと思います。
大学院に通う話に戻るんですけど、そういう思いがあって「もう1回勉強しないとマジでヤバい」と感じたんです。WACKにはいろいろな子たちがいますけど、ほとんどのグループは今でもメシを食うぶんには困らない。でも僕たちはもっと上を目指して努力しなきゃいけない。WACKのメンバーの中で「私にはダンスしかないから」と言った子がいますけど、僕からすると「お前、そんなにダンスうまかったっけ?」と思うわけですよ。「どこの山の話をしているのか?」という。僕たちは人口の多い日本という国で活動していて、コンサートができる場所がたくさんあって、国内のマーケットだけを相手にしていても音楽ビジネスを続けてこられたわけですけど、この先、確実に今みたいな活動ができなくなる日が来ると思います。日本の人口はどんどん減っていって、もしかしたら将来は国がなくなっている可能性すらある。そういうことも含めて、やはり海外戦略というか、世界を相手にやっていく以外に選択肢はないんじゃないかと思ったんです。
そして海外を目指すのであれば、誰かが始めないといけない。僕の会社はワンマンなので、僕が動かないと何も始まらない。だから僕はこの機会に会社に関することを全部辞めて、ゼロからエンタテインメントを学び直そうと思ったんです。今後はうちの佐藤がWACKの代表になります。WACKはワンマンで、自分だけで突っ走ってきたみたいな部分があります。僕が誰かを育てるってことはできないですけど、何かしらのヒットを社員たちが出すというのが次のフェーズだと思います。
何もないのに世界を変えられるわけがない
結局、歩みを止めてしまったのは僕たち自身なんですよね。この10年、詭弁のように「僕たちは何もなくていいんだ。強い思いさえあれば東京ドームにも届くんだ」ということを言い続けて、運よくBiSHがそれを証明しちゃった。そういう精神がある種の中毒性を生んでしまって、結果的に誤解を生んだ感覚があります。初期BiSの復活ライブだって3000人が集まっちゃうわけですよ。もはや噂が独り歩きしているというか、昔からのファンも来てたけど、それ以上に昔を知らない人たちが、BiSを“なんだかすごいもの”として捉えている節はありましたよね。
WACKでは今オーディションをやってないですけど、たまにインフォ宛に連絡が来るんです。「私には何もないですけど、世界を変えたいです」みたいなやつがいまだにいる。「何もなかったら変えられるわけないじゃないか!」と思うんですけどね(笑)。希望を持たせてしまった張本人が僕たちだなと。なぜなら、ずっと「世界を変える」と言い続けてきたから。でも、騙し騙しやってきて、変えられちゃったところもあるんで。すごく罪なことをしてしまったなと。
血の滲むような努力をしてほしい
どの音楽シーンでもそうですけど、努力なしに成功できるのは稀有な例ですよね。僕もうちのメンバーも、長い間、ある種必要な努力をせず、あぐらをかいてきてしまったと思っています。「2014年の渡辺淳之介」を読み返すと、はっきり言って、あのときの僕は調子に乗ってるなと思うんです。「俺、このままいけるかな?」みたいな。あの取材を受けた2021年当時は、まだBiSHの東京ドーム公演は決まってなくて、解散することだけが決まっていたくらいのタイミングだったんですけど。たぶん、この先もなんとかなるだろうと思っていたんでしょうね。でも悲しいかな、そんなことはなかった。
BiSH自体は破竹の勢いだったから、きっと勘違いしてたんでしょうね。勘違いしたまま、会社を10年間経営してきてしまった。それこそがマジでラッキーだったんですけど、そのラッキーを後押ししてくれたのはファンの皆さんです。僕はアジテーションするのがうまいタイプなので(笑)、ストーリーテリングを含めてBiSHではうまくできた。でもそんなの長くは続かないし、いつか本質はバレるよなっていう。今ではNiziUやBE:FIRSTといった実力のあるグループが出てきたので、彼らの登場によって、日本のお客さんの感覚は完全に塗り替えられてしまったのだと思います。
もし9年後にBiSHの解散10周年ライブを僕がやるとしても、シーンの流れ的にどうしてもBiSのような形でできる気がしないんですよね。だからと言って今のWACKの子たちに「K-POPになれ」と言いたいわけではないんですけど、逆に言えばK-POPレベルのスキルがあれば、僕たちにとってプラスオンになるんじゃないか、とは思いますけどね。WACKのメンバーにも血の滲むような努力をしてほしいとは常々言っているんです。でも、彼女たちの中で僕の言葉が、いったいどこまで響いているのか……。
WACKのメンバーの大半がきっとK-POPには勝てないと思っているはずです。だったらやればいいじゃんというところまで追い詰められているのが、広く捉えると今の地下アイドルシーンなのかな。ここでいう地下アイドルというのは、いわゆる僕たちが活動してきたようなサブカルアイドルシーンのことです。
アイドルシーンへの懸念を話していますけど、正直、僕はびっくりするくらい稼いだから、シーンが今後どうなろうといいっちゃいいんです(笑)。でも、身内のことはどうしても気になりますよね。ハッキリ言って大半のWACKのメンバーは努力できていないなあとめっちゃ感じています。言い訳が通用しないところまで今来ていると感じています。
とにかく何に対しても言えることだけど、やってみないとわからない。アイドル活動はトレーニングと同じで、結果がすぐに見えるものではないんですよね。結果が見えづらいからこそ、毎日努力しなきゃいけないのに、ライブやイベントとかで週1回はお客さんに褒めてもらえちゃう状況が基本あるので、メンバーはお客さんに甘えちゃうからのかな。努力なしの日々で達成感を感じられてしまうのは功罪でいうところの罪でしょう。