ヤバイTシャツ屋さんのベース&ボーカル・ありぼぼさんの新連載「ありぼぼの音楽おしごと探検隊」。この連載は「音楽に関する仕事をしたいけど、どういう仕事があるのかわからない」という声をよく耳にするというありぼぼさんが、読者の皆さんに代わって音楽業界で働くさまざまな職種の人にインタビューし、仕事内容やその職業に向いている人をリサーチする企画です。
ありぼぼさん自身もバンドで何曲か作詞作曲をしていますが、ほかのアーティストやアニメ作品などに音楽を提供する作曲家の仕事内容は、きっとぜんぜん違うはず。そこでVol.1となる今回は、アニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」の挿入歌「God knows...」やアニメ「らき☆すた」のオープニング主題歌「もってけ!セーラーふく」、「THE IDOLM@STER」シリーズの楽曲などを手がける作曲家、編曲家、音楽プロデューサーの神前暁さんを訪ねます。自分の好きなコンテンツの多くにクレジットされている神前さんに、ありぼぼさんは作編曲家という職業について根掘り葉掘り質問を投げかけました。
文 / 清本千尋 撮影 / YURIE PEPE
実はあんまり音楽を聴いてこなかったもので……
ありぼぼ はじめまして。今回神前さんにお声がけさせていただいたのが、自分が好きなコンテンツの楽曲のクレジットでよくお名前を見かけて、あれもこれも神前さん!?となったからで。中でも驚いたのが「ことばのパズル もじぴったん」のBGMでした。
神前暁 そうだったんですね。ちなみに「もじぴったん」は僕が初めて1人で音楽を担当したタイトルなんです。そういう意味でキャリアの原点ですね。
ありぼぼ 神前さんの作家業は本当に幅広いですよね。一番好きなのは「涼宮ハルヒの憂鬱」の「Lost my music」です。メロディが切なくて青春パンクな雰囲気もあって、ストレートにいい曲。
神前 「Lost my music」派なんですね。僕もです(笑)。世の中では「God knows...」派のほうが多いと思っていたので、同志が見つかってうれしいです。
ありぼぼ 「God knows...」も好きなんですけど、「Lost my music」が一番心に刺さりましたね。キュンと来る切なさがあって。あと「化物語」の「まよいマイマイ」(アニメの第3話から第5話までのストーリー)の曲も好きなんですよ。
神前 「帰り道」かな? あれは根幹に四つ打ちサウンドがあって、そこに電子音やギターを付け加えているので、ミクスチャーな感じですよね。
ありぼぼ そうです! ピコピコした電子音が入った曲もやられてるんですよね。神前さんの音楽ってホンマに幅広くて、どんなルーツの方なんやろうと思ってたんですけど……。
神前 ルーツを聞かれるのが一番困るんですよ。実はあんまり音楽を聴いてこなかったもので……。クラシックピアノをやっていたのと、ブラスバンドでトランペットを吹いていたのがルーツですかね。Earth, Wind & Fireとか、ファンクは好きです。でも本当にそれくらいしか挙げるものがなくて。
ありぼぼ そうやったんですか。だからこそいろんな要素を自由に取り入れて、ミクスチャーしていけたところもあったんですかね。
神前 そうかもしれません。毎回オーダーがあるたびにそのスタイルを勉強してアウトプットして、自分の新しいカードにしていった感じですね。
オーダーの仕方は本当にさまざま
ありぼぼ 楽曲のオファーはどういう形でもらうことが多いですか? テーマだけだったり、リファレンスがあったり……。
神前 リファレンスをくれる場合もありますけど、すっごい漠然としたイメージだけ来て、ジャンル選びから任されるときもありますね。僕の場合はキャラクターソングを書くことが多いので、歌う人とかキャラクターをもとにすり合わせをして方向性を決めていきます。
ありぼぼ 「バンドサウンド1本で」とか「ピコピコサウンドで」とかっていうオーダーのされ方もしますか?
神前 ありますね。さっきお話ししていた「まよいマイマイ」の曲は、篠原ともえさんや電気グルーヴの石野卓球さんの曲のイメージで、というリクエストを受けて制作を進めていきました。同じアニメシリーズでも別の曲だと全然違うオーダーの仕方だったり、特にリクエストはないパターンもあったりして、本当にさまざまですね。
ありぼぼ そうなんですね。楽曲を作るとき、神前さんはどこから手を付けるタイプですか?
神前 先にメロディを作りますね。作曲するときはシンプルなピアノの音で考えるんですけど、ピアノとメロディだけで「これは名曲だ!」と確信できるほどのメロってそうそう出てくるものではなくて、途中でメロは一旦保留してアレンジの肉付けを始めることが多いかも。そしたらなんとなくいい曲っぽく思えてくる。そういう意味だと作曲とアレンジを同時進行しているかもしれません。
ありぼぼ トラックがあってメロディを乗せるのではなく、メロを考えながら肉付けをしていくというのは珍しい気がします。
神前 そうですかね。ギター1本で名曲を書いて編曲はアレンジャーに投げるという方もいると思うんですけど、僕にはちょっとそういうのは無理。作曲とアレンジはセットですね。ありぼぼさんはどうやって曲を作られるんですか?
ありぼぼ バンドのときはギター&ボーカルのこやまさんがデモを作ってきてくれるんですが、ギター1本の弾き語りのときもあるし、リズムだけ打ち込みで入ってるときもあって。でもドラムを叩く人じゃないので、現実的じゃないリズムだったりすることもあります(笑)。
神前 腕が3本必要なパターンとかね(笑)。とはいえヤバイTシャツ屋さんは3ピースじゃないですか。ということは、3人でスタジオに入ってアレンジを詰めていくんですか?
ありぼぼ そうですね。
神前 いいなあ。僕、そういう曲の作り方にめちゃくちゃ憧れがあるんです。ずっと打ち込みで最後にスタジオに入ってダビングしたり、リズムを差し替えたりするんですけど、そこまではずっと自分だけのカラーで、スタジオに入って初めて自分以外のカラーが入ってくる。曲作りやアレンジの段階でいろんな人の音楽性を取り入れられる曲作りもいいなあと思っていて。
ありぼぼ でも神前さんはやっぱりお一人でやっているとは思えない楽曲の幅広さですよ。
神前 「なんでもやります」って、20何年やっていたら結果的に広くなりましたね(笑)。
神前暁がありぼぼの歌声にあわせた曲を作るなら
ありぼぼ 楽曲制作の依頼を受けるときに細かくオーダーがあったほうが作りやすいですか? それともある程度丸投げでも楽しく作れるタイプですか?
神前 情報が多いほうがブレないので、細かくオーダーがあるほうがありがたいですね。リファレンスとして何か楽曲が来たときには、丸パクリはもちろんできないので、そこからどの要素を求めているのか、それを汲み取ることにはかなり気を使っています。
ありぼぼ 私はヤバTのほかにソロでも楽曲をリリースしているんですけど、もし神前さんが私の声を生かした曲を作るとしたらどんな曲が浮かびますか?
神前 お会いしてみて思ったのは、ありぼぼさんは歌っているときはかなりキーが高いですけど、普段からすごく高いわけじゃないんですよね。その音域の幅広さを生かして1人オペラなんてどうですか? 声が高い人の役から低い人の役まで全部1人でやるという(笑)。Queenみたいなイメージで。
ありぼぼ ははは。1人で何人分も歌うのは面白いですね。
神前 音源と同じキーでライブでも歌うんですよね? 歌う声としゃべる声にこれだけ差がある人もなかなかいない気がします。
ありぼぼ もともと地声が高かったんですけど、中学生の頃に「ぶりっ子やん」みたいなことを言われたのがけっこうトラウマになって、低い声でしゃべるクセを付けたらこうなりました。
神前 わあ、そういう話って本当にあるんですね。ヤバTって男性とユニゾンでオクターブが入ったりしますけど、あのバランスもとてもいいなと思っていて。
ありぼぼ 元が高いので歌うときは高いほうが楽なんですよ。逆に低いキーを歌うのが難しいんです。
会社員としてキャリアをスタート
ありぼぼ そもそも神前さんはどうやって今の職業に就いたんですか?
神前 就職活動のときに音楽に関わる仕事がしたいと思って、ローランドやヤマハといった楽器メーカーなども受けたんですけど、結果的にはデモテープを送ったナムコ(現:バンダイナムコエンターテインメント)さんに採用していただいて入社しました。作曲家になろうと思ってなったというよりも、音楽に関する仕事をしたいと思ったところからゲーム会社に拾っていただき、会社員として何年か働いたあとに独立してアニメソングを担当する作曲家になりましたね。
ありぼぼ 編曲家にもなろうとしていたわけではなく?
神前 曲を作って、ほかの人にアレンジを頼まなかったら自分に編曲のクレジットも付くんですよね。たとえ弾き語りであっても。僕はほかの方の編曲だけをお受けするってことはほとんどなくて、自分の楽曲をアレンジまでやっているだけなので、編曲専門でやられている方のスキルってすごいなと思います。
ありぼぼ ほかの人が作った曲をよりよいものにできるように膨らませるってすごいですよね。相当知識がないとできない。
神前 そうなんですよ。たまにやるときは頭を悩ませてます。その曲のよさをどうやったら引き出せるのか、またそこに自分の色をどこまでプラスするのか……。自分の曲だったら最初のメロディを作るところから最後にトラックダウンするところまで見届けるんですけどね。
ありぼぼ そこまで曲につきっきりなら、作家というよりアーティストっぽい感じもしますね。
神前 そうですね。職業作家とは言い切れないかもしれません。
作編曲家に向いているのは「こだわり抜ける人」
ありぼぼ 編曲家や作曲家にはどんな人が向いていると思いますか?
神前 編曲家はジャンルも問わず音楽を聴いている音楽博士みたいな人が向いていると思います。
ありぼぼ ちょっとオタクみたいな。
神前 そうですね。編曲するには音楽オタクの要素は必要だと思います。作曲家はそうとも限らなくて、たくさん音楽を聴いていなくても感覚的に最高のメロディを叩き出せる人もいるので。でもやっぱりこだわりが強い人が多いと思いますよ。どういう作曲スタイルにしても。
ありぼぼ 作編曲して歌が乗っていざ聴き直してみたら「もうちょっとこっちのほうがいいな」と、そこから手を加えることもあるんですか?
神前 ありますよ。音色もそうですし、歌詞が乗ったときに思っていたのと違うなと思ったら最後のほうの段階でも直します。そこまでこだわることで、絶対に曲がよくなるだろうと自分は信じているので。
ありぼぼ 神前さんのように最後まであきらめずにこだわり抜ける人がいい曲を作れるのかもしれませんね。
神前 うーん、僕はただ単にそこまでしないと曲に強度を持たせられないなと思うんです。世に送り出して、たくさんの人に聴いてもらえる曲にするにはそういう強いこだわりが必要かなって。ただ、これは自分で作編曲をやっているからできることで、編曲だけを担当する方は僕よりも圧倒的に作業をできる時間が少ないと思うんですよ。だから編曲家は限られた時間の中で正解を導けるような引き出しとスキルがある人が多いんじゃないかと思います。
ありぼぼ 確かに。
神前 あとはプレイヤーによっても仕上がりが大きく変わるので、よりよい楽曲を作るためにはそこも大事な要素です。歌や演奏によって自分が気付いていなかった曲のいいところを引き出してもらえたときにはとてもうれしい気持ちになります。逆に歌い手さんが何度やっても歌い間違える箇所があったら、やっぱりそれはメロディがよくないってことなんですよね。歌馴染みのよさも大事なので、あまりにうまくいかないときは現場でメロディを変えることもあります。
ありぼぼ そこまで!
神前 レコーディングもトラックダウンも全部現場に行きますよ。じゃないと怖いんです。それに編曲も自分だから、幸い口を出せる立場ですし。そういう意味では作曲家オンリーの方もすごいなと思いますね。メロディの時点でそれだけ完成形をイメージできるわけですから。僕の場合は徐々に完成形が見えてくるので、とてもじゃないですけど途中で手放すことはできません。
多くの人に刺さるにはそれなりの理由がある
ありぼぼ 作曲家や編曲家をやっていてどういうところにやりがいを感じますか?
神前 売れる、広がる、評価されるっていうのはもちろんうれしいですけど、自分で「この曲いいな」って思えたときが一番うれしいかな。あんまり売れてなくても「これは来た!」って自分で思える曲が好きなので。
ありぼぼ 完成したご自身の曲は自分でよく聴かれますか?
神前 自分の曲を聴きたくなるときがたまにあって、そういうときにたくさん聴くと感覚が研ぎ澄まされていく感じがするんです。というか、それをたまにやらないと自分が好きなものがなんだったのか忘れちゃう気がするんですよね。自分の好きなものはなんだったっけの確認で、自分の曲を聴くタームが必ずあります。
ありぼぼ となると一番の喜びは、自分が好きだと思う曲が売れてくれることですね。ヤバTにはよくあるんですよ。自分たちが気に入ってる曲ほど、売れない(笑)。こんな曲で大丈夫かなってリリースした曲のほうが人気が出たりすると、世間とのギャップを感じますね。
神前 ははは。でも多くの人に刺さるということはそれなりの理由が何かあるんだと思いますよ。パッと聴いて耳に残る強さとか。絶対作り手ってマニアックになるじゃないですか。そこが世間とのギャップなのかも。
ありぼぼ あー、それは確かに……。神前さんのヒット曲の中で、リリースする前から「これはいけるぞ!」と思って、その通りに売れた曲ってなんですか?
神前 「恋愛サーキュレーション」ですかね。あれは自分が大好きなテイストの曲なので。5年に一度くらいアイドルとかが歌ってくれたり、TikTokで使われたり、最近だと中国でも流行っていて、定期的にバズるんです。一方で「もってけ!セーラーふく」は作詞やレコーディングでかなり化学変化が起きてあの形になったので、あんなに売れるとは初めは思っていなかったのが正直なところです。
ありぼぼ 神前さんくらいヒット曲がたくさんあると、カバーされる機会も多いと思うんですが、そういう動画は観ますか?
神前 観ますよ。オリジナルに忠実なカバーもうれしいですけど、けっこうアレンジが加わっているものも楽しく観ています。
「涼宮ハルヒの憂鬱」楽曲は革命
ありぼぼ 神前さんは締め切りのギリギリまで粘って成果物を納品するタイプですか?
神前 粘るというか、僕は本当にスタートが遅いんです。「エンジンがかかる」とよく言いますが、エンジンがかからなきゃアクセルを踏んでも進まないですからね。さっさとかければいいのに遅いんですよ(笑)。
ありぼぼ ははは。最初のほうの話に戻りますけど、「Lost my music」はどんなふうにオファーされて作った曲なんですか?
神前 カップリング的な曲だったのであまり細かいオファーはなかったですね。パンクっぽい感じというイメージはあって、JUDY AND MARYの恩田快人さんが書くような曲を作ろうと思ってできた曲です。そのテイストは僕の中に引き出しとしてあったので、そんなに苦労せず書けました。「Lost my music」ってほとんど4分音符しかないシンプルな曲なのに、ラストにかけて込み上げてくるものがあるいい曲になったと思います。
ありぼぼ 本当に大好きな曲です。
神前 あれは意図せずに好きなものを出したら結果的にいい仕上がりになった幸せなパターンです。一方で「God knows...」のほうはなかなか難産で20個くらいデモを出した中から選んだんですよ。最終的に16ビートで、シンコペーションが多いテクニカルな感じの曲になりました。
ありぼぼ 特に「God knows...」はアニメが好きな人でなくても知っていて、世間にいい曲として浸透しているのが本当にすごいなと思います。革命ですよね。
神前 主題歌じゃなくて挿入歌なので、普通だったらアニメで1回流れて終わるところが、10年以上経っても愛してもらえているのは本当にありがたいことです。当時聴いた人がカバーしてくださったりとか、今は過去のコンテンツにもアクセスしやすくなったので、最近初めて聴いた人もいたりしてうれしいですね。カラオケでもよく歌われています。
ありぼぼ それってなかなか狙ってできることじゃないですもんね。「もってけ!セーラーふく」はベースラインがカッコよすぎて「これ弾きたい!」って思ったときに、「音楽だけ聴いてこの曲を知った気になってはあかん!」という気持ちになってアニメも観たんです。
神前 そういう話を聞くと、アニソン作家冥利に尽きます。
神前暁 プロフィール
1974年大阪府生まれ。有限会社モナカに所属する作編曲家。京都大学工学部情報工学科を卒業し、株式会社ナムコ(現:バンダイナムコエンターテインメント)を経て、モナカ所属の作編曲家に。「涼宮ハルヒの憂鬱」シリーズや「らき☆すた」、「化物語」シリーズ、「THE IDOLM@STER」シリーズなどの音楽制作を担当し、西川貴教やももいろクローバーZへの楽曲提供でも知られている。最新の劇伴担当作品はテレビアニメ「薬屋のひとりごと」。
ありぼぼ プロフィール
ヤバイTシャツ屋さんのベース&ボーカル。バンドとしては、2016年11月にフルアルバム「We love Tank-top」でユニバーサルミュージック内のレーベルUNIVERSAL SIGMAよりメジャーデビューし、2020年9月発売の4thフルアルバム「You need the Tank-top」で初のオリコン週間アルバムランキングで1位を獲得した。ソロではにゅうろん名義で楽曲をリリースし、道重さゆみや岸本ゆめの、CUTIE STREETらに楽曲提供も行う。また多趣味なところやトークスキルの高さから、さまざまなトークイベントにも出演。2020年12月より自身の出身地・大阪府高槻市の「たかつき観光大使」を務めている。2024年2月にはアパレルブランド・neüronを立ち上げるなど、その活動は多岐にわたる。
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