YouTubeでの視聴回数チャートや、ストリーミングサービスでの再生数が伸びている楽曲を観測し、今何が注目されているのかを解説する週イチ連載「再生数急上昇ソング定点観測」。今週はYouTubeで6月13日から6月19日にかけて集計されたミュージックビデオランキングの中から要注目トピックをピックアップします。
文 / 真貝聡
まずはこの週の初登場曲の振り返りから
今週のYouTubeのミュージックビデオランキングは、3位に藤井風の「Hachikō」が登場した。今作は亡くなった飼い主の帰りを、渋谷駅で約10年間も待ち続けたことで知られる秋田犬の“忠犬ハチ公”をモデルに書かれた楽曲だ。ハチ公の銅像がある東京・渋谷を舞台に撮影されたMVは、6月13日に公開されてから10日間で440万回再生を突破し、破竹の勢いを見せている。
33位にはILLITの「Billyeoon Goyangi(Do the Dance)」がランクインした。ピュアな恋心を表すようなクリアな歌声と、リズミカルな「Do do do do do do the da da」のフレーズが爽快感と中毒性を感じさせる。
35位に登場したのはHIMEHINA「V」だ。謎めいたバックダンサーやロボットたちに加え、総勢40名を超えるVtuberの面々が登場するにぎやかなMVとなっている。
52位にはBTSのメンバー・J-HOPEの「Killin' It Girl(feat. GloRilla)」がランクインした。本作は、今年3月から始まったソロシングルプロジェクトを締めくくる楽曲。一目惚れをした女性への思いを描いた歌詞の愛らしさと、レーシングジャケットを着て歌うモノクロ中心の映像という無骨さのコントラストが印象的だ。
多種多様な楽曲が並んだ今週は、下記の3曲をピックアップする。
幾田りら「恋風」
※YouTubeウィークリーミュージックビデオランキング初登場34位
「恋風」はABEMAで放送されている「今日、好きになりました。」新シリーズ「今日、好きになりました。ニュージーランド編」の主題歌として、幾田りらが書き下ろした新曲だ。恋をすることで生まれる淡い感情や、相手を思う気持ちを表現した、春の訪れを感じさせるさわやかな楽曲に仕上がっている。
筆者が感じた今作の大きな魅力は、人を好きになった瞬間の純真な心情を描いている点にある。江國香織による恋愛小説「東京タワー」の中に「恋はするものじゃなく、おちるものだ」という一文がある。つまり“恋をする”のは自分から行動を起こす行為で、“恋に落ちる”のは気付けばそうなっていた状態を示している。まさに「恋風」は後者であり、“君”と目が合った“僕”が、やがて好きになっていたことに気付いた瞬間が切り取られている。
「あの子のどこを好きになったの?」というセリフをマンガやドラマ、あるいは日常生活でもよく耳にするが、そもそも人を好きになったことに、理由なんてないのかもしれない。抗えないものであり導かれるものであり、明確な根拠も存在しない。幾田の歌う「恋に落ちることはきっと / もっと簡単だっていいはずだ」というフレーズには、そんな恋の真理を感じる。
ずっと真夜中でいいのに。「形」
※YouTubeウィークリーミュージックビデオランキング初登場57位
ずっと真夜中でいいのに。の新曲「形」は、公開中の映画「ドールハウス」の主題歌としてボーカルのACAねが書き下ろした楽曲だ。
この映画は5歳の娘・芽衣を亡くした長澤まさみ演じる鈴木佳恵と、瀬戸康史演じる夫の忠彦を中心に物語が展開していく。佳恵は悲しみに暮れる中、骨董市で娘に似た愛らしい人形を見つけると、“アヤ”と名付けてかわいがり、徐々に元気を取り戻していく。やがて夫婦の間に娘・真衣が生まれ、2人は人形に心を向けなくなる。5歳に成長した真衣が人形と遊ぶようになると、一家に奇妙な出来事が次々と起きる。「人形が生きているみたいで気持ち悪い」と不気味に思った佳恵たちは人形を手放そうとするが、捨てても捨てても、なぜかその人形は戻ってくる──。
そんな映画をイメージして書かれた「形」は、「棲みついた天使は 痛みの鎧」という、アヤの存在が夫婦の間で変わっていく様子を示唆したフレーズや、「人の形して 歩いてく / 何度も 同じ鼓動 守るから」という、心を持ったアヤの怖さを表したような歌詞が印象的だ。「ドールハウス」で描かれている悲哀、恐怖、愛憎が抜群の筆致で楽曲に落とし込まれており、ACAねのソングライティングのセンスが光っている。
櫻坂46「死んだふり」
※YouTubeウィークリーミュージックビデオランキング初登場67位
櫻坂46の12thシングル「Make or Break」の共通カップリング曲「死んだふり」は、四期生にとって初のオリジナル楽曲だ。センターを務めるのは岡山県出身の16歳・山田桃実。MVの監督は櫻坂46「Nobody’s fault」「ドローン旋回中」などを手がけた後藤匠平が務めた。
この曲はまずタイトルが目を惹く。そもそもアイドルはまぶしくて生き生きとしたイメージが強いが、その真逆とも取れる「死んだふり」と名付けたところにセンスの高さを感じる。1番では「いつも支持されてるばかり」の“弱い僕”が希望をなくして死んだふりをしていたのに対して、2番では「何でもいい / 生き返れ / 蘇(よみがえ)ろう」と自分自身を鼓舞。それでも今は「頑なに死んだふり貫くのは / 防御本能さ」と、起死回生のチャンスをうかがったまま楽曲は幕を閉じる。1番と2番で「死んだふり」の意味が弱気から強気に変わる様は、例えるなら虚無主義の“ニヒリズム”から、権威や権力を否定して個人の自由を重視する“アナキズム”への変化とも言えるだろう。視点の当て方によって、「死んだふり」という1つの行動の響きがこうも変わって聞こえるところには、高い批評性を感じざるを得ない。
また、変則的なリズムやメロディで構成されているため、歌い手のテクニカルな一面が際立っているところも面白い。この曲をグループに加入してわずか2カ月の四期生が歌っていることに驚きだ。この先、いったいどこへ向かっていくのか? 櫻坂46ならびに四期生の行く末に思わず胸が高鳴る。
