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君島大空の音楽履歴書|“一番手前にはない美しさ”がいつしか大きな渦に、父譲りの負けず嫌いなギター少年の成長譚

君島大空の音楽履歴書
3か月前2025年10月03日 8:05

アーティストの音楽遍歴を紐解くことで、音楽を探求することの面白さや、アーティストの新たな魅力を浮き彫りにするこの企画。今回はさまざまなミュージシャンの作品に参加しながら2019年にソロ活動を開始し、2026年1月には自身最大規模の会場・東京ガーデンシアターでの公演を控えているシンガーソングライター・君島大空の音楽遍歴に迫った。

取材・文 / 金子厚武

布団に潜って聴いたトム・ウェイツに感動

音楽の原体験は明確に覚えていて。家族4人で川の字で寝てた小学生の頃、親父が枕元にラジカセを置いて、加川良さんとかトム・ウェイツをすごいちっちゃい音量で流してたんですよ。トム・ウェイツは「Closing Time」と「Rain Dogs」をよく流していました。あるときに「ヘッドフォンで『Grapefruit Moon』を聴くとヤバいぞ」と言われて、試しに布団に潜って聴いてみたら「めっちゃヤバい!」って。映像が観えるような体験に感動したのを今でも覚えています。

ギターはもともと親父が家で弾いてたんですけど、僕は最初は全然興味がなかったですね。当時は川遊びとか、野生児系の遊びをよくしていました。でも5歳くらいのとき、クリスマスプレゼントでAriaの子供用のギターをもらって。自分から「欲しい」とは言ってないと思うんですけど。それでブルースのコード進行を教えられて、親父とのセッションをカセットテープで録って、小学校の先生に聴かせたりしてました。

でも、もともと自分からギターをやりたいと思ったわけじゃなかったからわりとすぐに飽きちゃって、レゴブロックとかで遊ぶようになりました。ある日、親父に「Cを押さえてみろ」と言われて、ひさしぶりにギターを持ったら、もうすっかり弾き方を忘れちゃってて。そのとき「お前、Cも覚えてないのか?」と言われたのが悔しくて、そこからブーストがかかるんです。家にあった歌本を見ながらコードを弾いたり、耳コピをしてソロをマネしてみたり、そういう練習を1人でずっとしてました。

負けず嫌いな父からの提言「ジョン・レノンの命日に人前で演奏してみろ」

親父は休日によく友達と集まって川で焚き火とかをしていて、僕も小さい頃からよく連れて行ってもらっていました。その集まりで親父の友人が「ギター始めたんなら、やるよ」とガットギターをくれたんです。まだ手がちっちゃくて、ガットギターはナットの幅が広いから押さえるのが大変だったんですけど、「これやっとけばなんでも弾けるようになるから」とパワフルなアドバイスをもらって(笑)。それでクラシックをやるわけではなく、親が聴いてる音楽を弾いてましたね。吉田拓郎の「夏休み」をとにかく練習してた記憶があります。たぶん、親父に褒めてほしかったのかな。

毎年ジョン・レノンの命日に最寄り駅の駅前で弾き語りをしてたのも、完全に親父の命令でした。The Beatlesがめちゃめちゃ好きというわけでもない親父から「人前でやれよ」と言われ、全然ピンとこない状態で、閑散とした階段の下で路上ライブをやらされて……1回目の景色は忘れられないですね。12月の夕方、ダウンを着てパンパンの状態で、周りには帰宅途中らしき人しかいなかったけど、泣き出す手前くらいまで死ぬほど緊張して。それでも小学校高学年から中学3年生のときまで続けました。

こうやって話すと、親父の影響がかなり大きいですね(笑)。親父は運動も得意だし、ギターも弾けるし、なんでも器用にできちゃうタイプで「モテたんだろうな」って感じの人なんですけど、息子の僕に対しては負けず嫌いなんですよ。僕がギターを家で弾いてると「そんなもんか」とかふっかけてくる。それでギターへの火がついたのもある気がします。「親父を倒してやる」みたいな。それで親父ができそうにないことを探して、「Let It Be」のソロを伴奏と同時に弾くという技を自分で開発して、「どや!」と見せつけたことがありました。

ギター少年のJ-POPとの邂逅

中学2年のときに、親の友達がくれたSuper Guitar Trio(アル・ディ・メオラ、ジョン・マクラフリン、パコ・デ・ルシア)のカセットテープをイヤホンで汗だくになりながら聴いて、「こんなヤツがいるんか! これになろう!」と憧れたのを覚えてます。僕、王道のアーティストを全然通ってないんですよ。エリック・クラプトンだったり、ジェフ・ベックだったり。Red Hot Chili Peppersもマジで知らないし、Radioheadを聴くようになったのもこの5年ぐらい。同世代より親の友達に会うことが多かったから、その人たちに認めてもらうためにギターを練習してたような気がします。最初のエレキギターは、親の友達が譲ってくれたGibsonのレスポール。中学生の頃は「速いのが正義」みたいな感じで、とにかく速弾きの練習をしてました。

中学では最初バスケ部に入ったんですけど、そのときはかなり太ってたのもあり、いじめがすごくて、2年生になる頃には帰宅部になって。部活仲間もいないし、同世代の友達と遊ぶことが昔からなくて、苦手だったんです。ゲームも、トレーディングカードもほとんどやってない。僕、UNOを1回もやったことがないんですよ。アニメも観てなかったですし、本当に同世代と共通の話題がなくて、家にあるCDをひたすら聴いてましたね。

思春期っぽいムーブで、親父が聴いてる音楽はまったく聴かなくなるんですけど、僕は母親とも仲がよくて、中学生のときにCDを買ってくれたパット・メセニーの「Bright Size Life」に感動して。AOR好きの母親なので、その影響でドナルド・フェイゲンとか、ちょっとおしゃれな音楽を聴き始めて、ドキドキしてた時期ですね。今自分の中にあるジャズっぽいフィールは、母親の影響が大きいと思います。初めて自分で買ったCDは東京事変の何かだったと思うんですけど……僕、京極夏彦が好きで、京極堂シリーズの2作目(「魍魎の匣」)を映画化したときの主題歌が東京事変の「金魚の箱」だったのはすごく覚えてます。中学生にとって椎名林檎は危なっかしいイメージというか、いけない遊びみたいな感じで聴き始めたんですよ。親に隠れてこそこそ1人で聴いて「めっちゃカッコいいじゃん」って。初めてのJ-POPとの邂逅が東京事変だった気がします。

ギターを弾いたり、CDを聴いたり、小説を読んだり……いまだにそうなんですけど、1人遊びは大得意で。自転車でとにかく遠いところに行ってみるとか、夜中に歩けるだけ歩いてみるとか、CDウォークマンでアルバムを聴きながら、ずっとそういう遊びをしてました。周りに音楽好きの友達がいたらバンドを組んでいたと思うんですけど、そういう友達もいなかったので、学校ではだいたい図書館にいて、終わったら家に帰ってギターを練習する中学生でした。

「歌のバックで実はヤバいことをやってる」ギタリスト

高校に上がるタイミングで、親父が「多分お前は一生ギターを弾くから、ちゃんとしたものを買ってやる」とエレキギターを買ってくれました。それを持って、急に福生のライブハウス・チキンシャックに連れて行かれた日があって。夜の福生なんて、高校生からするとちょっと怖いじゃないですか。ネオンがギラギラしてて、米兵さんが歩いてて、露出度の高い女の人がいっぱいいて。で、チキンシャックに着いて「何が始まるんだろう?」と思ったらその日はセッションナイトで、親父が「行け」と。ワンコードのブルースっぽいやつをビクビクしながら弾いたんですけど、そのときめっちゃうまいおじさんがいて、完全に食われて。誰かと一緒に演奏すること自体がほぼ初めてだったので、圧倒されてしまって落ち込んだんですけど、そこから毎週通い始めるんです。やっぱり負けたくないし、認められたいし、毎週何か新しいフレーズなりを用意して「見せたるわ!」みたいな感じで、肩をぐりぐり回しながら通ってました。

その頃によく聴いてたのは……長岡亮介さんのことがすごく好きだったんですよ。あ、思い出しました。初めて買ったCDは東京事変「キラーチューン」のシングルです。あれを聴いて「こんなギターの使い方があるんだ」と感動しました。長岡さんにはすごく影響を受けていて、その頃には自分で作曲をしていたんですけど、僕が書いた曲はペトロールズにめちゃくちゃ似てました。あとは、高校生になってからはDream Theater、The Faceless、Meshuggahといったメタルバンドや、グレッグ・ハウ、アレックス・マカチェク、アラン・ホールズワースなどジャズやフュージョン畑のギタリストの作品も聴きまくってたんですよ。中学生ぐらいから家にあったパソコンを使って、YouTubeで気になる音楽を探して、関連アーティストを観たりしてました。

チキンシャック以外で初めて出演したのは立川のライブハウスで、高校3年ぐらいの頃。女の子が朗読をして、その隣で僕がギターでインプロをし続けるユニットをやってました。それで何年間か活動している中で、(高井)息吹とかと出会うんです。当時はまだギタリストになりたかったんですけど、高校3年間で自分の好みがすごく変わって、テクいのにちょっと飽きていて。その頃にチキンシャックで岡田(拓郎)さんとかに出会って、いろんな音楽を知りました。「マーク・リボーって、トム・ウェイツのギターの人ですよね? ソロ出してるんですか?」みたいな感じで、聴いてみたらめちゃめちゃカッコよくて。それでマーク・リボーとか、ビル・フリゼールとか、「歌のバックで実はヤバいことをやってる」ギタリストになりたいと考えるようになりました。長岡さんもそうだと思うんですよ。歌の後ろでずっと変なことをしてるけど、ちゃんと成り立ってる。自分もそういうアプローチに移っていきましたね。なので、息吹と一緒に活動を始めたときも、ピアノの弾き語りの後ろでリバーブを提供し続ける、そういう状態が好きでした。

「ミックスが全然ダメ」のひと言で心に着火

高校生になるとアイスランドの電子音楽とかシカゴの音響系も聴き始めました。アルゼンチンのフェルナンド・カブサッキ、フアナ・モリーナ、北欧だとムーム、Sigur Rós、ビョーク、あと強烈に影響を受けているのはクリスチャン・フェネスとか、いわゆるエレクトロニカですね。日本人だとworld's end girlfriend、haruka nakamura、高木正勝とかが流行って、めっちゃいいなと思いつつ、最初はどうやって作ってるのか全然わからなくて。で、「どうやら1人で作ってるらしい」と知って、マルチトラックレコーディングができるAudacityっていうフリーソフトにたどり着きました。それでアコギの音をチョップして、リバースして、「なんかそれっぽいもの」を自分で聴くために遊び感覚で作り始めて。家のドアが閉まる音をいっぱい録って、それを100個ぐらい並べた音源とか作ってました(笑)。

今思い出したんですけど、当時親父は自営で飲み屋をやってたんですよ。カウンターとテーブル1個みたいな店なんですけど、僕はときどき手伝いに行っていて、飲みに来ている親父の友達から音楽の情報を得たりもしてました。で、最初にフォークトロニカ然とした曲を作ったときに、親父の友達に聴いてもらおうと思って、店のスピーカーで流したら「ミックスが全然ダメだね」と言われて。そこでまたあり得ないくらい火がついちゃったんです(笑)。多分死ぬまでそうなんですけど、“1”言われたことに対して“10”ぐらい返したい性分で。その人はたぶん軽い気持ちで言ったんですけど、僕は「この人が想像してる、さらにその何倍もよくなってやろう」と、すぐ思っちゃったんです。

Audacityを手に入れてから、最初はサウンドコラージュみたいなものばっかり作ってました。その頃に出会ったのが、僕の最初のMVを作ってくれた松永つぐみさん。マヤ・デレンの映像作品を教えてくれて、いわゆる実験映像だったんですけど「これ、めっちゃやりたい」と思ったんです。シュルレアリスムっぽい、サウンドアートみたいなものに興味が湧いて、朗読にインプロでギターを当てたり、それを切ったり、つぐみさんとそういう遊びをずっとしてました。歌の後ろで背景になっているギターが弾きたかったように、映像の後ろで流れている音楽に同じような魅力を感じていたんだと思います。映像や景色を構成する要素の1つとしてのギター、音楽、その総体を見て体験する気持ちよさが一番にある。僕の表現の始まりは、ポップスとかでは全然ないんですよね。

“自分の生きている証し”として作品を作らなきゃ

そこから自分で歌うようになるのは……もう、やけくそですよね。やらないといけない理由が自分の中で勝手にできちゃった時期。10代の終わりの頃、当時は周りからすると「いぶちゃん(高井)の後ろでギター弾いてる子でしょ?」みたいな認識だったと思うんです。その頃は沖ちづるって子のサポートもしてて、派生していろんな人のライブでギターを弾くようになってたんですけど、どこまで行っても作品を自分のものだとは言い切れないとか、制御できるものがギターしかないとか、そういうことでどんどんフラストレーションが溜まっていって。

「何か自分の音楽だと言えるものを残しておかないといけない」と感じ始めた20歳くらいの頃、近しい人が短期間で何人か亡くなってしまって。ますます“自分の生きている証し”として作品を作らなきゃいけない気がしたんです。それで4日ぐらいで弾き語りの音源を作って、ライブもちょっとやってみたものの、そのときは理由が先に立ちすぎてて、別に弾き語りがしたかったわけではまったくなかったから、すぐやめたくなっちゃって。やっぱりその頃は宅録モードだったんですよね。で、その前後くらいにSoundCloudに録ったものをネットにアップし始めたんです。自分のために作った音源だったから、人に聴いてもらいたいというよりは「置いとこう」みたいな気持ちだったんですけど、そこから予想外の広がりが生まれて。SoundCloudやTwitterで同世代と知り合って、顔は見たことないけどメッセージだけやりとりする関係の人がたくさんできました。ライブはしたくないし、ずっと内にこもっていたいけど、「俺が1人で全部作ったものが一番いいに決まってる」みたいな気持ちで作ってて。だから「自分のために作った音源」と言いながらも、きっと聴いてもらいたかったんでしょうね。

Songbook Trioとの対バンで歌への自信が開花

2017年にギタリストのセッション大会で西田修大と出会って、すぐに意気投合しました。その年の夏に高良真剣さんから「Songbook Trio(石若駿、角銅真実、西田修大)と対バンしてほしい」と連絡をもらって。当時はやっぱり弾き語りをしたくなくて、ライブをやるにしてもサンプラーに入れた自分の声を和音にして出すみたいな、暗い内容だったんですよ。ずっとうつむいてて、顔も見せられない。「人前で歌うのとかマジ向いてない」と思いながらも、Songbook Trioとの対バンでエレクトロニカ的なアプローチで歌ってみたら、石若さんがすごく褒めてくれて、それが自信になったんですよね。ライブはともかく、もっとちゃんと作品を作ってみようと思って1st EPを作り出すんです。

1st EP「午後の反射光」(2019年3月)を作ってるときは、ジム・オルークの「Eureka」と、フェネスの「Endless Summer」をめっちゃ聴いてて、あのトラックに歌が乗ってるみたいなものを作りたいと思ってました。あとは七尾旅人さんの初期の作品を聴いて、ぶっ飛んだのも大きいと思います。「雨に撃たえば…! disc 2」と「ヘヴンリィ・パンク:アダージョ」はかなり聴き込んでいて、特にサウンドに関しては初期の旅人さんの影響がかなりあったし、いまだに強いような気がします。

あと麓健一さんのアルバム「美化」に入ってる「十字」のドラムの音が好きすぎて、たぶん打ち込んだドラムをディストーションで割ってるんですけど、「俺もこれをやりたい!」とめっちゃグッときました。エイフェックス・ツインとかドラムンベースも聴いてて、ビートがバシバシ細かく動いて、かなりイカれた作りの音色に歌が乗っているものが、そもそも自分の志していた、好きなものにかなり近かったんだと思うんです。七尾さんにしろ麓さんにしろ、音作りに惹かれた部分があります。「こんなに音を左に置いていいんだ」「ここだけこんなにリバーブがかかってていいんだ」とか。ミックスのことで親父の友人に言われたのがまだムカついてたから(笑)、攻めつつも歌が自然にあるような状態が、自分の音楽で作れたらいいなと思って、サウンドデザインのことをすごく考えてました。

使命感に飲まれた1st、熱をぶつけた2nd

2023年に1stアルバムを出すまではプレッシャーがえげつなかったです。“今すぐ評価されるもの”に対しての疑念が募ってた時期で、音楽がすごいスピードで消費されていく感覚が肌感としてめっちゃあったんですね。「新曲出ました、次の週も新曲出ました」みたいな、どんどん情報として流れていくのがすごくキツいなって。でも僕は50年前に出たトム・ウェイツの1stアルバムを布団の中で聴いて感動したわけで、いつでも「はじめまして」ができるのは音楽のいいところだと思う。「映帶する煙」(2023年1月発表の1stアルバム)はそういうものを目指して作ったんです。

当時はブレイク・ミルズとか、フィービー・ブリジャーズのプロデュースをしているイーサン・グルスカのソロを聴いてて、やりたいサウンドとしては「午後の反射光」と同じように「いびつなバランスでポップスが成り立ってるけど、どう処理されているのか絶妙にわからない音像」にフォーカスが当たってたと思います。オーガニックだけどすごくモダン。ハイファイだけど音がまったくキンキンしてない。ずっと聴けると思えるものを作ろうと、すごく時間をかけました。

「映帶する煙」ができ上がったときはもう疲れ切ってて、3カ月ぐらい聴けなかったんです。念がこもりすぎていたし「アルバムなんて2度と作らん!」と思っていました。でも夏前ぐらいに、同い年の映画監督で友達の阿部はりかさんから「『暁闇』(2019年公開の映画)を再上映するにあたってコメントが欲しい」とリンクが送られてきて、観ていたらその映画と自分がすごくダブってしまって。映画の中でSoundCloudが出てきて「私もその曲知ってる!」みたいなやりとりで関係が構築されていく描写があって、それだけで泣けてくる。映画ではいつの間にかSoundCloudから曲が消えて、そこから話が広がっていくんです。それを観て「俺がやるのはこれだ」と思って、3カ月くらいで作ったのが2ndアルバムの「no public sounds」(2023年9月)です。

1stは合奏形態で録ったり、石若さんとスタジオに篭っていろいろやったりしたんですけど、2ndは初期のやり方に近い形で、1人で完結させることにフォーカスして、とにかく勢いで、ミックスも迷わずに作ることができました。1stは今までの自分の総括みたいな気持ちで、キリッと襟を正して「これを世に出さなくては」という使命感に自分で飲まれながら作ったので、個人的にはいい意味でなく閉じたものになってしまったところがあって。それが心地よさにつながるとも言えると思うんですけど、2ndを作るときはそれが裏返った状態で、自分にブチ切れたその熱を自家発電の燃料に変えていたので、すべてが違いました。

“1周した”君島大空が目指すもの

EPをリリースしてフジロックに出演するという流れが、2019年と2025年で同じ……本当にそうですね。言われて気付きました。自分の中でも初めてEPを出してから6年経って、やっときれいに“1周”した感じがしてます。「午後の反射光」を出してすぐぐらいの頃は気分がすごく落ちちゃったんですよ。ありがたいことに思ったよりたくさんの方が聴いてくれたことによって「空気に触れてしまった」と思っちゃったんですよね。自分だけのものが人の手に渡ったときの、なんとも言えない気持ちがつらくて「次に何を作ったらいいかマジでわからない」みたいな状態が続いていました。

そのあとコロナ禍になって「めっちゃ宅録できるじゃん」と思って、2枚目のEP「縫層」(2020年11月)ができたりはしたんですけど、作品を出すたび強烈に不安になりながら過ごしてきて。でも去年ぐらいに自分の作ってきたものを聴き返したら「なんでも思うがままにやってたんだな」と感じたんです。ただポップスをやりたいわけではまったくないから、これでよかったと思う反面、「今ならもっとできる」という気持ちもある。今年出した「音のする部屋」(2025年4月)の曲を作っていたとき、やっと自分の言葉で歌えるようになってきた感じがして、完成したとき「作りたいものが作れた」と思った。そう思えたのは成長だし、本当に6年かけて1周したんだなって。

自分の音楽は、J-POPを探したときに一番手前にある音楽じゃないとずっと思ってるんですけど、それは自分の望んだ形でもあって。自分は「ちょっと探さないと見つからないもの」に魅力を覚えて、そういう音楽の探し方が好きだった。自分の音楽もそうでありたいと思いつつ、日本にはモデルケースがあまりなかったから「どうなりたいの?」と聞かれても、いつも困ってたんです。でも今年出演したフジロックのGREEN STAGEもそうだし、年末年始にやるライブの会場もそうですけど、何千、何万人の前で演奏することができるようになってきた。それで日本の音楽にちょっとでも幅を持たせられたら面白いし、僕を見て「自分もこうなってみたい」と思う人がいたら、本当に幸せだなと思いますね。

君島大空(キミシマオオゾラ)

1995年、東京都青梅市生まれのシンガーソングライター。ギタリストやサウンドプロデューサーとしてさまざまなミュージシャンの制作、録音、ライブに参加している。2019年に「午後の反射光」を発表し、本格的にソロ活動を開始。作品リリースとライブ活動を重ね、2023年9月に発表した2ndアルバム「no public sounds」はアワード「APPLE VINEGAR - Music Award -」にて大賞を受賞した。2025年7月、「FUJIROCK FESTIVAL」最大のステージであるGREEN STAGEに出演。2025年12月と2026年1月に自身最大規模のワンマンライブ「君島大空 合奏形態 夜会ツアー劇場版 “汀線のうた”」を行う。

公演情報

君島大空 合奏形態 夜会ツアー劇場版 “汀線のうた”

2025年12月26日(金)京都府 ロームシアター京都
2026年1月23日(金)東京都 東京ガーデンシアター

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