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「音楽に限らず、芸術の新たな継続の仕方を提示したい」「ちゃんとトライできる時間と環境作りを」

後藤正文と古賀健一。
12分前2025年10月06日 3:01

後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)創立のNPO法人「アップルビネガー音楽支援機構」が、静岡県藤枝市に設立予定の音楽スタジオ「MUSIC inn Fujieda」。現在は建物周りの作業はほぼ完了し、来年の開業に向けて最終作業が進行している状況だ。

その「MUSIC inn Fujieda」設立までを追う本連載の第4回となる今回は、後藤と「MUSIC inn Fujieda」の音響周りに深く関わっている古賀健一のインタビューをお届けする。都内に自身のスタジオXylomania Studioを構える古賀は、アジカンをはじめ多くのアーティストのエンジニアとして活躍すると同時に、映画音楽のミックスなども手がける辣腕。2020年には、Xylomania StudioをDolby Atmos規格の立体音響に対応したスタジオにリニューアルするなど、最新技術にも常に注目し、自身の音作りに反映させている。そんな古賀は後藤とはどんな関係性で、「MUSIC inn Fujieda」とどんな形で携わっているのか? インタビューは後藤と古賀の出会いのエピソードを聞くことから始まった。

取材・本文 / 金子厚武 撮影 / 山崎玲士

エンジニア古賀健一のキャリアを作った後藤正文

──まずはお二人の出会いから振り返っていただけますか?

後藤正文 青葉台スタジオ時代だよね?

古賀健一 そうですね。僕はチャットモンチーのレコーディングアシスタントを何年もやってたので、ゴッチさんが彼女たちのプロデューサーとして来てくれたときが“はじめまして”でした。その後、ゴッチさんがプロデュースをするthe chef cooks meの「回転体」(2013年9月リリース)のエンジニアに突然僕を抜擢してくれて。アジカンの作品に初めて関わったのは2014年に独立してすぐくらい、「Wonder Future」(2015年5月リリース)のプリプロだったと思います。

──それは後藤さんがリクエストをしたわけですよね?

後藤 覚えてない(笑)。でも、古賀くんがいいなと思ったんじゃないかな。「回転体」がすごくいいアルバムになったから、そのままアジカンのプリプロを手伝ってもらって。あとは8ottoのアルバムも一緒に作ったり、only in dreams周りをいろいろやってますね。

古賀 ソフトタッチとか、ゴッチさんのソロとか。

後藤 やっぱりインディーのレーベル的には若いエンジニアと一緒にやりたいわけなんですよ。ベテランの人とやると必然的にお金もかかるし、若い子たちと一緒にバンドが成長していってくれたほうが一体感も生まれるし、そういうのを狙って声をかけたんでしょうね。古賀くんもまだ今みたいに有名になる前だったから、スタッフもそういうエンジニアと若手が一緒にやるのがいいと思ったんじゃないかな。青葉台みたいなちゃんとしたスタジオの出身だから、機材の取り扱いはもうお手のものだったしね。

──古賀さんのキャリアの中で後藤さんとの出会いはどんな意味があったと言えますか?

古賀 ゴッチさんに影響された部分はめちゃくちゃあります。たぶんゴッチさんがいなかったら今の僕のキャリアはないでしょうね。

後藤 そんなことないでしょ。

古賀 いや、本当にそれぐらいエンジニアとしてのキャリアはゴッチさんが作ってくれたんですよ。そもそもフルアルバムを1枚担当したのはシェフ(the chef cooks me)が初めてだった。友達のアルバムを手伝うとかはありましたけど、ちゃんと全国流通される作品で、フルアルバムを丸々1枚エンジニアとして担当するのも、プロデューサーがいるのも初めて。それからもゴッチさんとは作品を丸ごと一緒に作ることが多くて。それは今の時代はあんまりないことなんですよ。

後藤 そうなんだ。

古賀 今はいろんなアレンジャー、いろんなプロデューサーさんが入るので、アルバムの中に十何曲入っていても1、2曲しか参加しないことがほとんどなんです。だから、1つのアルバムに入る十何曲をトータルで考えながら作れるのは、実はすごく貴重な経験で。

後藤 楽しくやってたよね。みんなで一緒に話し合いながら。

古賀 その間にゴッチさんがどんどんどんどんエンジニアの勉強をして、機材が増えていって(笑)。

後藤 そうそう。だからエンジニアとして俺は古賀くんに教えてもらってるから。師匠まではいかないけど、かなり強力なアドバイザーですね。

音楽を守るためにリスナーも一緒に考えてほしい

──後藤さんはいろんなエンジニアさんとお仕事されてると思いますが、その中でも古賀さんはどんな存在ですか?

後藤 研究熱心ですよね。それはすごく素敵なことで、俺が最初に来たXylomania Studioと、今のXylomania Studioではもう全然違いますから。立体音響をミックスできる環境にいち早くしたのも、素晴らしいことだと思う。俺たちがずっと研究していた低音の問題、「なんで欧米のミックスと日本のミックスが違うのか?」ということを、ルームアコースティックの問題から最初に突き止めたのはたぶん古賀くんだと思うし。

古賀 ラウドネスノーマライゼーションとかもね。

後藤 そういうのもかなり早めに意識してやって。だから俺たちの作った音源は一時期めちゃくちゃラウドネスが低い。

古賀 低音がめっちゃ出てるときと、ラウドネスがめっちゃ低いときがある(笑)。

後藤 そうやっていろいろ研究しながらやるのはとってもいいことで。研究熱心すぎて、「古賀くん、それ俺のソロの現場では大丈夫だけど、アジカンの現場でやるとパニック起きるからやめとこう」みたいなこともありましたけどね(笑)。でも、古賀くんは止まったら死んじゃうタイプで。昔「凍った脳みそ」(2018年刊行の後藤正文のエッセイ)に書きましたけど。

古賀 僕のことをマグロって書いてましたね。

後藤 すぐ新しいことやりたくなっちゃうから、「今はやめろ!」みたいな(笑)。

古賀 「ちょっと待って!」って、よく止められてます(笑)。

──Xylomania Studioは2020年に立体音響用に改修したんですよね。

古賀 そうですね。もともとステレオが窮屈だと思ってた人間で、なんで2個のスピーカーで音楽を再現しなきゃいけないんだろう?と感じてたし、藤枝のスタジオを作る過程でも、日本はデッドなスタジオが多くて、ドラムやストリングスを録ってても楽しくないというか、そういう疑問がずっとあったんです。それで海外のスタジオをいろいろ見ると、エコールームがまだ残ってたり、みんな個性がある。なので、日本にも個性があるスタジオがあるといいなと思っていて。

後藤 都内は住環境の問題というか、家賃が高くてそもそもスペースが取れないから、個性を出してる場合じゃない。それで狭くなっちゃうし、天井も低くなっちゃう。アジカンやチャットモンチーは響きがいい場所でレコーディングをやらせてもらってきたから、若い子にもそういうところで楽しさを感じてほしいという思いはありますね。

古賀 ゴッチさんのレーベルはインディーズなのにいつも音にこだわってて、前はイニック(藤沢にあったイニックレコーディングホステリー。2017年7月に閉鎖)という合宿ができるスタジオを使って、テックさんも入れて、機材もいいのをアーティストに貸してあげていた。そういう環境を整えてくれるレーベルだから、一緒にやってて楽しかったんです。

後藤 万年赤字レーベルですけどね(笑)。

古賀 マスタリングもすぐ海外に投げますしね(笑)。

後藤 いい音で録るとか、いい作品を作るのが、自分のプロデューサーとしての仕事だと思ってて、マネタイズは経営をしている側の仕事だと考えているから、僕はとりあえず音楽の面でフルスイングできるようがんばる。その役割分担があったほうが作品はよくなるんだけど、今はアーティストが自ら予算のことを考えなきゃいけなかったりするのが、ちょっとした不幸というか。お金を気にしないで好きなだけスタジオを使えたら、そりゃ作品はよくなりますからね。

古賀 どうしても最後は時間に追われて、「あとは家でそれぞれやってきて!」みたいになっちゃう。そうすると、トライする時間がないし、偶然の音楽的な産物みたいなのも生まれない。

後藤 そうそう。それであらかじめ安いスタジオを探したり、そういう方針になってしまう。「MUSIC inn Fujieda」は安いけどいいスタジオにしたいし、スタジオ作りでもあるけど、ある種の仕組み作りでもあるから、そこも考えなきゃいけないですよね。どうやってお金を回すのか。安くするには、仕組みがないと無理だから。

古賀 いいスタジオを作れる自信はあるんですけど、そのあとにそれをどう維持して、どう軌道に乗せるのかもすごく大事で。人材育成も課題だし、本当に新たな日本のモデルケースを作るつもりで向き合ってますね。

後藤 これはリスナーに対する問いかけでもあって。今ってヘタしたら毎月サブスクリプションの配信サービスに払う金額よりも、1カ月間に買ってる水のほうが高かったりするじゃないですか。音楽がタダに近付いちゃってる中で、どうやってみんなでその文化を守っていくかは、俺たちだけじゃなくて、リスナーのみんなにも一緒に考えてほしい。そう思って呼びかけたら、サポーターになってくださる方がたくさんいて、それはめちゃくちゃ心強いです。今はサポーターによる支援で人を雇用するメドも立ったんですけど、オープン前だし常に黒字で安泰と言える状態ではないので、まだまだ知恵を絞らないといけないなと思います。

スタジオは作りながら考え、ひらめくもの

──古賀さんは今回のスタジオ作りの話はいつ頃から聞いていたのでしょうか?

古賀 物件を探し出した頃の3、4年前ぐらい? でも「郊外にスタジオを作りたいね」という話はもう10年ぐらいしてましたね。

後藤 とにかくドラムを録る場所がなくなってきてることをみんな嘆いていて。

古賀 さっきも言ったイニックっていう宿泊型スタジオが潰れて、そうなるといい音を郊外で録れて泊まれる場所がない。CDの売り上げもどんどん下がってきて、制作費も削らなきゃいけなくなったときに、もっと安いスタジオに行ったこともありますけど、やっぱり響きもよくないし、モニターもよくわからない。じゃあ、自分たちで作っちゃったほうが早いんじゃない?っていう、自然な流れのまま場所探しに突入して、偶然見つかったのが藤枝の蔵だった。僕もずっとスタジオが作れそうな場所を探してて、房総半島に土地を見に行ったこともあったし、どうやったらいいスタジオが作れるのか、来るべきときのためにずっと勉強してました。

後藤 土蔵の前に石の蔵が候補として挙がって、そのときも古賀くんと一緒に見に行ったりして。最初はここまでパブリックなものを作るというよりは、一旦建物を買ってから考えよう、という進め方で、その頃からずっと話をしてきましたね。

──結果的にお茶の倉庫を改修することになったわけですが、その場所についてはどう思いましたか?

古賀 最初はちょっと狭いなと思ったんです。でも僕もゴッチさんも歴史が好きだし、古い建物が好きなので、文化財保全みたいな意味も込めると、すごくやりがいがある。そういったこととスタジオ作りを結び付けるのは面白いなと。海外だと教会を買い取って作ったロンドンのエアスタジオという世界屈指のスタジオもあったりするから、日本は日本の形で、お寺とか神社とか……。

後藤 お城とかね。

古賀 僕が城マニアなので(笑)、お茶の土蔵を改修するのはすごく面白そうだと思いました。最初にスタジオにしようとしていた石の蔵がちょっと広すぎて、今の場所を見たときにギャップがありましたけど、建物を上に持ち上げたことによってスペースが確保されて。あれはナイスアイデアですよね。で、クラファンのおかげでコントロールルームも別に作れることになったので、行くと本当にテンション上がります。天井高いのってやっぱり素敵ですよね。

後藤 そんなに広いスタジオじゃないけど、Xylomania Studioと同じくらいの広さはあるしね。そのうえ、天井が高い。

古賀 あとはもう実際にスタジオを走らせてみないとわからないというのは経験上わかっていて。スタジオは作りながら考え、ひらめくものなので、最初から完璧なものは絶対作れない。僕はこれまでいろんなスタジオ作りを手伝ってきて、今の知識がありますけど、商業用のレンタルスタジオとして運営を考えるのはかなり難しいんだなと、経験上知っているので。

後藤 自分たちのプライベートスタジオだったら目をつむれるけど、「MUSIC inn Fujieda」はパブリックなものだから、いろんな角度から考えないといけない。使いやすさはもちろん、セキュリティとかもね。大事な楽器やマイクを預かったけど、どこに置く?みたいなこともあるから。

古賀 でも1人じゃなくて一緒に考えてくれる人がたくさんいるので、それはすごくありがたいです。そこで自分が経験したことも、失敗したこともたくさん伝えられるので。「ここの予算は削っちゃダメです」とか「防音はちゃんとしないと」みたいな。「こういう人をアサインしましょう」とか、いろいろ相談させてもらって。

後藤 業者選びも手伝ってもらいました。音響系の人とかは本当にトップレベルの人たちが入ってくれているので、自信を持ってやっています。

古賀 実際に施工するのは地元の人であるべきだと思うけど、専門家はいなきゃいけないので、各セクションにこのプロジェクトを面白がってくれそうな人をご紹介しました。それがすごくいい感じに、プラスに働いてますね。

ドラムがよく録れたらレコーディングは7割5分ぐらい終わり

──「天井が高くて、ドラムがいい音で録れるスタジオ」というのは、後藤さんがこだわってるポイントですが、古賀さんの視点でいくといかがですか?

古賀 やっぱりドラムがいい音で録れないと、そのあとに何を録ってもいい音に聞こえなくなるんですよね。ギターだけいい音の作品はほぼありえないというか、バンドが録る以上は、キックの音、スネアの響き、このへんが決まらない限り先に進めないので。

後藤 ドラムがよく録れたらレコーディングは7割5分ぐらい終わりですからね。ドラムを録って、そこにベースも乗ったら、もう8割以上はできたようなもの。そこにそのままギターを録ったらだいたいよくなるんですよ。

古賀 あとはブースを2つ作れたのも大事で、やっぱりアンプからちゃんと音を出してほしいという思いがあります。今はラインで録るのが増えているので。

後藤 マイクを立てるとか、その種類を考える楽しみとか、キャビネットとヘッドアンプの組み合わせとか、スピーカー2発と1発でどう違うのかとか、そういう物理的な変化を学ぶのもけっこう大事で。そういう体験ができる場所になってほしいし、それはミュージシャンだけじゃなくて、そこで働く若いエンジニアにも経験になると思う。

古賀 最近はドラムを録ったことがない子も増えていて、マルチマイクを使ったことがない、位相の干渉とかもわからないケースもある。逆にそういう人から新しいミキシングのパターンが生まれることもあるんですけど、僕は録音の歴史をちゃんと学ばせてもらってたので、それを後世に伝えていきたい。僕も40歳になって、次の世代にバトンタッチを考えるようになったんですよね。でもゴッチさんは僕が出会った30代の頃からずっとそういうことを考えていたと思うので、すごく影響されました。エンジニアはわがままな人が多いというか、自分を貫く人が多いので、あんまり人に技術を教えないんですよ。秘伝のタレじゃないですけど、人にはあまり言わないんです。でも僕は全部言っちゃう。それはゴッチさんの影響もあるでしょうね。

後藤 誰かが知っている技術だったとしても、プロはそれをよりよくできないとダメなんですよ。同じレシピでも、あの人が作るとすごいなというのが技術だから。知識をブラックボックスに入れるのはさもしいし、新しい技術はちゃんと若い人たちに教えてあげたいですよね。俺らも若い人から学ぶけど。

日本中で音楽がやりやすくなったら一番いい

──スタジオに入れる機材についてもかなりやりとりをしているそうですね。

古賀 毎日のようにLINEが飛び交ってますね。

後藤 12人ぐらいのグループを作って、ずっと機材の話をしてる。

古賀 機材のグループと建築のグループと運営のグループと、もう追えないぐらい。

──具体的にどんな話をしてるんですか?

古賀 例えば、マイクで言うと、ただいいものを入れればいいわけでもないんです。盗難の恐れもあるし、真空管のマイクは接続の仕方があって、電源の入れ方のマナーがあるので、そういうのを知らずに使うと壊れてしまう。今回インディーズの人たちにも開放するから、そういう知識のない人もいるはずで、管理してる人も常にいるわけじゃないから、たぶんものが壊れやすいんですよね。でもあまり安いものばっかりでも、「なんだよ、あんなにいいスタジオだって言ってたのに」ってなるから、そこの見極めはすごく難しいです。ただありがたいことにたくさん機材提供の話があって、メーカーからも提供してもらっているので、すごく助かってます。

後藤 ヘッドフォン、マイクスタンド、ピアノとか。

古賀 あとゴッチさんがコンソールを持ってきてくれて、API(アメリカのレコーディングスタジオ向けの製品に特化したブランド)のコンソールでドラムが録れます。今はNHKのスタジオとかに入ってますけど、インディーズだと価格帯的に借りられないので、あのコンソールでドラムが録れるのは1つの売りになると思うんですよ。

後藤 なかなか商用のスタジオでは見かけないし、4チャンネル分を買い足して、今20チャンネルあるので、かなりいい環境なんじゃないかな。スピーカーもね、ATC(イギリスを代表するスピーカーブランド)のスピーカーを俺が買って入れました。140万したもんね。今180万に上がってるけど。

古賀 値段が上がる前に買おう!って。

後藤 そうそう、先回りして買ってるものとかもあるんです。

──そういう情報も常にLINEグループで飛び交ってるわけですね。

古賀 今の商業スタジオはなかなか機材が買えないんですよ。経営とメンテナンスでいっぱいいっぱいで、お金が飛んでいってしまう。だから実は大きいスタジオで働いている子は新しい機材をあんまり体験できてないんです。機材投資しているようでも、ほとんどプラグインとかに消えてるから、「MUSIC inn Fujieda」はハードを選ぶ楽しさとか、実機のよさを若い子が体験できる場にもなるといいですよね。僕は福岡の久留米出身なんですけど、FULL MONTYっていうバンドの人がリハスタをライブハウスに勝手に改装して。機材を中古でかき集めて、レコーディングもできるようにしてデモテープを録ってたんですよ。この人たちのお陰で今の自分がある。なのでゴッチさんが地元でスタジオをやるのは応援したいし、「これだったら自分もやりたい」と思う人が出てくる気がするんですよね。

後藤 いろんな場所と連携していきたいですよね。別に1人勝ちしたくてやってるわけじゃないので、みんなが静岡に来なくても、地元で録れるならそれがいいんです。最初はどこにいいスタジオがあるかわからないし、いきなり予約するのも怖いけど、そこは各地でスタジオを運営している知り合いと連携して、「ここで録るより岡山で録ったほうがいいんじゃないですか」とか「大阪ならこういうスタジオありますよ」みたいなマッチングができるようにしたい。別に俺たちは営利的に勝たなきゃいけないわけじゃないから。

──後藤さんは常に「みんなのスタジオ」という言い方をしていますよね。

後藤 そうそう。「MUSIC inn Fujieda」についてもそうだし、日本中で音楽がやりやすくなったら一番いいから。今は誰かが我慢しなくちゃいけない状況で、エンジニアのギャラがディスカウントされたり、ドラマーのレコーディング時間が著しく短くなったり、そういうゆがみが出てきてるけど、みんなでちゃんと明るい気持ちで報酬を払い合って、金銭的にもクオリティ的にも豊かになっていくといいですよね。

芸術の新たな継続の仕方を提示する「MUSIC inn Fujieda」

──では連載恒例のスタジオ工事の進捗について教えて下さい。

後藤 建物自体はできたので、機材と、あとは配線だよね。

古賀 電気のほうはもうやってもらってるんですけど、ワイヤリングという、弱電という音用のケーブルを配線してるところですね。そこを1カ月ぐらいかけてやって、機材を運搬して、そのあとにシステムを設定して……。機材のパソコンの設定とかもいろいろあるので、そのへんを動作確認してから、テストレコーディングでまた課題を出す。その後正式オープンになります。本来だと営利目的だったらテストレコーディングは早く終わらせて、営業を始めてお金を稼がないといけないんですけど、そこもたくさんの方の支援のおかげもあって、じっくり向き合える時間を取らせてもらえるので、すごくありがたいですね。

後藤 具体的には、9月末に機材を入れられるようになって、10月末にはワイヤリングが終わって、11月からレコーディングの調整を始められる予定です。調整の時間を長めにとっていて、フルオープンは年度の切り替わりとか、早くても3月ぐらいかなっていう話をしてます。1、2月はずっと調整、あるいは試運転としてのプレオープン。知り合いのミュージシャンやエンジニアに使ってもらって、足りないものとかをいろいろ洗い出していくというかね。ノウハウも積み上げたい。

──前回、古里おさむさんと「冷蔵庫選びは最重要」という話になりましたが、地元の方が探してくれたそうですね。

後藤 そうなんです。僕の同級生で、地元の町おこしにかかわってる人たちがいて、その人たちが中古の冷蔵庫をはじめ、キッチン周りの家電なんかを全部選んでくれて。地元の人たちがワークショップをやるのに使いやすいものという視点もあったみたいです。

古賀 自然と街が盛り上がりを見せてるのも不思議ですよね。

後藤 もともと、「MUSIC inn Fujieda」を作るうえで藤枝の街を盛り上げたいという流れはあって。スタジオ作りを始めてから居酒屋が3軒ぐらいできたし、僕らももっとその流れに協力できたらうれしいですね。高校生や市民対象のワークショップも、いろんな会場でやれそうです。

──では改めて、古賀さんが「MUSIC inn Fujieda」に期待することを教えてください。

古賀 やっぱり地方で1つのモデルケースを作りたいのと、若いアーティストの転機になるような、きっかけの場所になればいいなと。僕がゴッチさんに出会って、エンジニアに抜擢してくれたように、やっぱり人生の分岐点というのはあって、「MUSIC inn Fujieda」はそういう場所になり得るスタジオだと思うんです。あとは今本当に音楽産業が、特にレコーディング産業は完全に下火で、機材1つ買うのもエンジニアを続けるのも大変なので、これまでとは違う形のレコーディングスタジオの経営方法を提示したいです。音楽に限らず、芸術というものの新たな継続の仕方を、「MUSIC inn Fujieda」を機に日本に問いかけられたらいいですね。

後藤 イギリスではトゥモローズ・ウォリアーズっていうNPOがやってる無料で楽器に触れる音楽学校があって、今ジャズシーンの面白い人たちはそこから輩出されている流れがあるんだという話を教えてもらいました。「MUSIC inn Fujieda」もそういう場所にしたいですよね。エンジニアしかり、ミュージシャンしかり、音楽に関わるスタッフもそうかもしれない。流れてる音楽が豊かになることもそうだけど、文化自体も豊かになっていく一助でありたいというかね。

──録音エンジニアの募集も始まっているので、最後にそれについてもひと言いただけますか?

古賀 バンドをしながらエンジニアをやってる子も今すごく増えていますが、そういう子たちは大きいスタジオで仕事をするのが難しいんです。大谷翔平じゃないですけど、二刀流は無理だっていう業界の思い込みがあるので。でも楽器も好きだけどエンジニアもやりたい子は今たくさんいるだろうし、うちのアシスタントは全員そういうタイプで。大きいスタジオに入れない子の受け皿はやっぱり必要なんですよね。で、ゴッチさんが最初に言ったように、バンドと一緒に成長できたらいいし、失敗できる場所を作ってあげたい。ちゃんとトライできる時間と環境を作りたいですね。

後藤 雇用する人とは別に、地元のバンドマンやトラックメイカー、DTMerがエンジアリングを覚える場所にもしたいですね。使い方を教えて、アシスタントは入れずに地元のバンドが仲間だけでレコーディングできるとかもめちゃくちゃいいと思うから、いろいろ考えていきたいです。

プロフィール

後藤正文

1976年生まれ、静岡県出身。1996年にASIAN KUNG-FU GENERATIONを結成し、2003年4月にミニアルバム「崩壊アンプリファー」でメジャーデビュー。2004年にリリースした「リライト」を機に人気バンドとしての地位を確立させる。バンド活動と並行してGotch名義でソロ活動も展開。the chef cooks me、Dr.DOWNER、日暮愛葉、yubioriらの作品にプロデューサーとして携わるなど多角的に活躍している。文筆家としても定評があり、これまでの著作に「ゴッチ語録」「凍った脳みそ」「何度でもオールライトと歌え」などを刊行した。ASIAN KUNG-FU GENERATION の活動としては10月よりASHとのスプリットツアー「ASIAN KUNG-FU GENERATION presents NANO-MUGEN CIRCUIT 2025 ASH x AKG Split tour」を全国5都市で行う。

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Gotch / Masafumi Gotoh(@gotch_akg)|X

古賀健一

1983年生まれ、福岡県出身。レコーディングエンジニア。2005年に青葉台スタジオに入社し、2013年に青葉台スタジオとエンジニア契約を結ぶ。2014年に独立したのち、プライベートスタジオをオープンさせる。Ado、Official髭男dism、ASIAN KUNG-FU GENERATION、D.W.ニコルズ、チャットモンチーなど多数のアーティストのサウンドメイクに携わる。2020年には自身のスタジオXylomania StudioをDolby Atmos&360 Reality Audio対応スタジオに改修した。

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Xylomania Studio

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