地頭江音々(HKT48)の卒業写真集「HKT48 地頭江音々卒業写真集 ねね」が明日1月15日に発売される。これに合わせ、地頭江が音楽ナタリーの取材に応じた。
この冬をもってHKT48から卒業することが決まっている地頭江。写真集は「卒業したあとの私の姿を想像してほしい」という思いをもとに、北海道を舞台に撮影された。街で過ごすひとコマや遊園地ではしゃぐ笑顔、ごはんを食べる姿を捉えた写真、さらに1st写真集以来となるランジェリーと水着カットが掲載されている。
私が笑っている姿を思い出してもらえたら
写真集の発売が決まったとき、どのような作品にしようと考えたのか。まずその質問を投げかけると、地頭江は「『卒業写真集を出しましょう』というお話から始まったので、『卒業旅行に行きたいです!』とスタッフさんにお伝えしました」と切り出し、「HKT48を卒業することに対して、ファンの皆さんがこんなに寂しがってくれると思っていなくて。私が卒業したあとに写真集を見て『今頃、音々ちゃんはこんなふうに楽しく過ごしてそうだな』と思ってもらえるような、そんな1冊にしたいと考えました」とファンに対する思いを交えながら語った。
また出身地の宮崎や活動拠点の福岡から遠く離れた北海道をロケ地に選んだ理由を聞くと、彼女は「北海道はなんのゆかりもないんですよ。ファンの皆さんもびっくりしたと思うんですけど、まさに卒業旅行の場所を決める感覚でロケ地を選びました。国内で関東より北に行ったことがなかったですし、あとは蟹を食べたいという思いもありました(笑)」と笑顔でコメント。「宮崎では日南海岸をよく通っていたんですけど、日本地図の端っこを歩いているような感覚というか、そのときが地球を一番感じる瞬間だったんです。そして今回、北海道で就実の丘という場所に行ったときも、『北海道はでっかいどう』という言葉はここから生まれたのかなと思うくらい、地球を感じられました。夕暮れの時間で、空を見たら地球が丸いことを実感できました」と目を輝かせながら言葉を続けた。
さらに地頭江は北の大地での撮影を振り返り、「いい意味で何も意識しなかった」とあっけらかんと語る。「食べて笑って移動してっていう撮影でした。水着やランジェリーの大人っぽいショットもあるんですけど、それも楽しそうに笑っている写真が多いんです」と自然体な姿が写真に収められていることを強調し、「例えば私が今、高校生や大学生だったとして、友達と卒業旅行に行ったら、アルバムがこういう写真でいっぱいになると思います」「同期のメンバーに『親しい人にしか見せない笑顔を見せてるね』と言われて。ファンの皆さんとは身構えずになんでも話せる間柄なんですけど、卒業後にこの写真集を見たら、私が笑っている姿を思い出してもらえると思います」とアピールした。
卒業前にセンター初抜擢「私だからこそ見えている世界がある」
地頭江は2016年にHKT48に4期生として加入。それから9年後の2025年7月に発売された19thシングル「半袖天使」にて表題曲のセンターに初めて抜擢された。当時の心境を尋ねると、彼女は「すでに卒業を決めていたタイミングでもあったので『うれしい』よりも『今なんだ……! どうしよう』という感情が最初に来ました」と正直な思いを口に。「後輩たちが輝く姿を見るのが楽しいっていうフェーズに入っていたんですよ。『あの子にこの曲のセンターをやってほしい』とか『ここの歌割りを担当してほしい』とスタッフさんに話すこともあって。それが実現すると、その子にとって糧になるし、ファンの皆さんにも喜んでもらえる。そういうことがすごく楽しかったので、自分がグループの中心になることを想定していなかったんです。だから、センターとしてどう振る舞えばいいかわからなかったです(笑)」とアイドル人生における予想外の展開を振り返った。
当時の戸惑いを語りつつも、「卒業前にいろんなステージにセンターとして立つことができてよかったです」と喜びをにじませた地頭江。彼女は加入から現在までの道のりを回顧し、「加入後すぐに選抜に入れたものの、その後は選ばれない期間が続いて、選抜に復帰できたと思ったらコロナ禍になっちゃって。20歳を迎えたタイミングもコロナ禍だったので、イベントに出ることができず、コロナ禍が明けたあとは先輩方が一気に卒業されて、自分がやらなきゃいけないことが増えて……そして卒業を決めたら、まさかのセンターに抜擢されるという(笑)。紆余曲折の9年半でした」と感慨深げに言葉を紡ぐ。そして「キャプテンでもないし、先頭に立って引っ張るタイプでもないですが、私だからこそ見えている世界があるし、言える言葉があると思っています」と胸を張った。
最後に地頭江は加入当初と現在の自分を比べ、「がんばりすぎなくなりました」とコメント。「加入当初は隣にいるメンバーより大きく踊りたい、この中で一番楽しそうに踊りたい、いろんなポジションを覚えたいとか、自分の存在意義を示したかったんですね。当時は人気もなかったけど、そんな私のことを見てくれている人がいたんだろうなって、今振り返ると思います。その後、ありがたいことに前に立たせていただく機会が増えていって。ただ、その分、選抜に入れないことへのコンプレックスも強く感じていました。今は認めてもらえた達成感があるので、いい意味で自分らしくいられるようになりました」と飾らない笑顔を見せた。


