a flood of circleの楽曲「SNAKE EYES BLUES」のミュージックビデオがYouTubeで公開された。
この曲は昨年11月リリースの最新アルバム「夜空に架かる虹」の収録曲。MVはa flood of circleと長年タッグを組んできた映像監督の加藤マニが手がけた。過去のMV全作品をモチーフに制作されたこの映像について、加藤は「わたしからの20周年のお祝いのビデオも、まっすぐなお祝いというよりは、少しだけ悪趣味なギフトにした」「全くずいぶん遠くまでやってきたなあと思いつつ、お互いに元気で歩き続けられていて何よりだ」とコメントを寄せている。
加藤マニ コメント
「ソロ作ではなくa flood of circleの楽曲ではあるものの、佐々木だけが出演するビデオを作りたい」というご依頼を、「I'M FREE」以来、およそ12年ぶりにいただいた。当時を振り返ると、ある意味で現在まで続く私小説的なブルーズの岐路とも言える楽曲で「見りゃわかるだろ 俺に価値などないよ」と宣言しておられましたが、今作は「全部どーでもいー夜がきた 有金ばら撒きたい」ときた。真逆なようで、一貫している。
近頃ますますロックミュージックにおいても、リスナーが歌詞の主人公を自分自身に置き換えて聞けるような高い共感性が重視されつつあり、そうした感情移入しやすいデザイン性の美しさに感心することもあるけれど、同時にそれらは観光地の顔出しパネルの穴のように、最初から主人公が全くの透明のように感じられる寂寥感のようなものからも逃れられないわけで、その点、(特にこの12年においての)佐々木の曲は、主人公が完全に佐々木自身なんですよね。それはもうトッポのように、最後まで佐々木たっぷりなんだな。「金が半端に前よりある」なんてさ、40代になったわたしからしたらビシバシに「わかる!」って思うけど、20代への共感性を完全に置いてきぼりにしているわけですよ。でも、そこがいいんだよな。かつての若者たちが高倉健さんの任侠映画を見て、まるで自分も健さんになったかのようにちょっと威勢よく映画館の外に歩き出していくような、自己に投影させたくなるような主人公像に、佐々木もなったんだなあ。と、ちょっと感動すら覚えたりもした。
結成20周年イヤーの最初にリリースされる曲にしては、決して縁起の良くない「スネークアイズ(=サイコロを2つ振ったら両方1が出ちゃった)ブルーズ」は、ある種のどん詰まり感、諦念と乾いた苛立ちと、それらをビショビショに塗り潰す墨やペンキのような「好き」と「嫌い」の連呼、理性と冷笑が伴うボヤキと、理性のかけらもない感情が混在した、正に日本人中年男性のロックンロールなのですが、そこに寂しさや物悲しさはなく、ただそのまま歩いていくまでよ。という、飄々とした潔さがある。「歩いていくしかない」とも言わない。選択して歩いてんだ。そうだ! ロールは死んでないんだ。
そういうわけで、わたしからの20周年のお祝いのビデオも、まっすぐなお祝いというよりは、少しだけ悪趣味なギフトにした。彼らがこれまで発表してきた全てのミュージックビデオをモチーフにした「つくりもの」をたくさん並べることにしています。全部で40個以上あるみたいです。全くずいぶん遠くまでやってきたなあと思いつつ、お互いに元気で歩き続けられていて何よりだ。せっかくなので、またいつかサイコロをもう一つ振りたいところ。それも1なら大勝ちですからな。


