“細野晴臣によるゼミ”の形で、音楽に関するさまざまなテーマを探求している本連載。2020年の開講以来、「アンビエント」「映画音楽」「ロック」など幅広いジャンルを取り上げてきたが、今回は細野の母校である港区立白金小学校の創立150周年記念企画の一環として、同校の児童の前で特別授業を開催した。
当日は、細野、安部勇磨(never young beach)、ハマ・オカモト(OKAMOTO'S)のレギュラーメンバーに加え、スペシャルゲストとしてU-zhaanも参加。白金小学校の体育館で、約400名の児童と保護者が見守る中でトークが繰り広げられた(※取材は3月上旬に実施)。
取材・文 / 加藤一陽 題字 / 細野晴臣 イラスト / 死後くん
細野晴臣少年と音楽の出会い
──白金小学校の児童の皆さん、保護者の皆さん、創立150周年おめでとうございます。この「細野ゼミ」では普段、音楽のことを細野さんから学んでいるのですが、今日は細野さんの母校である白金小の皆さんと一緒に、“特別編”をやらせていただきます。
細野晴臣 人前でやるのは初めてだね。あ、U-zhaanはインドから駆け付けてくれたんだよね?
U-zhaan 先週までインドにいましたけど、直接来たわけではありません(笑)。
──というわけで、まずは登壇者の方々の自己紹介からお願いします。
細野 細野晴臣です。僕が8歳の頃、この小学校は80周年だったんですよ。で、今回は150周年。なんか、すごく時間が経ってますね。
ハマ・オカモト OKAMOTO'Sというバンドでベースを弾いています、ハマ・オカモトと申します。
安部勇磨 never young beachというバンドをやっております、安部勇磨と申します。
U-zhaan 僕はタブラというインドの太鼓を叩いて生活しているU-zhaanといいます。(体育館のバスケットゴールを見つけて)細野さんがこの学校に通っていた頃、バスケットボールって存在したんですか?
細野 なかったな。バレーボールはあったね。あとは登り棒とかね。
U-zhaan 登り棒って今ある?
児童たち あるー!
細野 僕はあれが苦手でね。
ハマ 僕も苦手でした。クラスの中でも一定の人数しか登れないですよね。
U-zhaan 僕も1回も登れたことない。みんな登れる? そもそも、なんで棒に登りたいと思うんでしょうね?
──登り棒の話を深めるのはやめましょう(笑)。登壇者の皆さん、「小学生の頃はどんな音楽を聴いていたのか」というテーマから本題を始めましょうか。
細野 僕が小学生だったのは、戦後すぐの時代だったんだ。当時、SP盤というレコードがあってね。78回転で、蓄音機で聴くんです。
──小学生の皆さんはレコードって知ってますかね。知ってるよって方、挙手をお願いしてもいいですか?
児童たち (パラパラと手を挙げる)
細野 登り棒ができる子も手を挙げてる(笑)。
ハマ 登り棒もできればレコードも知ってる。素晴らしい。
細野 SP盤というのは普通のレコードとちょっと違うんですよ。すごく割れやすくて、それをみんなフリスビーみたいに投げて遊んでた。本当によく飛ぶんですよ。割れ方も、パーン!って派手なんです。僕は「もったいないな」と思って見ていた(笑)。
ハマ 今はやってみようと思っても身近にSP盤がない。
細野 普通のレコード盤も飛ぶけどね(笑)。僕自身は、そのSP盤やラジオで音楽を聴くのが好きでした。まだテレビはなかったからね。蓄音機ってハンドルを手で回して聴くんだけど、3、4歳の頃から自分で回して聴いていました。オモチャみたいで非常に面白かった。音楽の種類としては、浪花節だったり、あとは童謡、軍歌。それからディズニーの音楽とかもあった。そして戦後だったので、ハリウッド映画がたくさん日本に入ってきたんです。そういう映画の音楽を聴いていました。あとはなんと言ってもブギウギという音楽。ベニー・グッドマンが率いるビッグバンドがいて。彼らが奏でるブギウギを聴いてると、自然と体が跳ねちゃうんですね。飛び跳ねて聴いてました。僕は、そんなような音楽との出会いでした。テレビがないというのが今との一番大きな違いですよ。
みんな知ってる「だんご3兄弟」
──U-zhaanさんはおいくつくらいなのでしょう?
U-zhaan 僕の母が細野さんと同い年です。僕自身は、児童の皆さんのご両親より少し年上かもしれません。僕が小学生の頃って、少なくとも僕の周りでは音楽がそれほどかっこいいものとは見なされてなくて。みんなサッカーをしたり、ドッジボールをしたり、外で遊んでましたね。僕は当時から音楽に興味があってThe Beatlesが好きだったりしてたんですが、音楽の趣味を友達と共有できることはなくて、いつも1人で聴いていました。
細野 今の子供たちは、もうThe Beatlesを知らないと思うな。
U-zhaan 細野さんがおっしゃった浪花節だって知らないですよ(笑)。
細野 広沢虎造という浪曲師がいて、彼は大スターだった。この近所に住んでいてね。
U-zhaan もっと小学生にわかる話をしましょう(笑)。
安部 僕は1990年代生まれなんですけど、小学生のときは、音楽を聴いたりすることはあまりなくて。でも音楽の授業はすごく好きでした。「グリーングリーン」とか「怪獣のバラード」とか歌っていましたよ。歌詞が素敵だなって。それが音楽に興味を持った瞬間です。
ハマ 「グリーングリーン」って知ってますか?
児童たち (口々に)知りません。
ハマ 「ある日パパと2人で語り合った」っていう歌なんですけど。
安部 「この世に生きる喜び」をね(笑)。
ハマ 僕と勇磨は同い歳で、小学生の頃は「おかあさんといっしょ」で流れていた「だんご3兄弟」の8cmシングルを買ってもらったりして。あと、「ポケモン」が登場した時期で、ポケモンの曲も聴いていました。いわゆる流行歌ですよね。それに今もあるかもしれませんが、音楽でリコーダーの授業があって、楽器に触ったのはそれが最初。特に音楽が好きという感じではなかったですけど、8cmシングルを買ってもらったのはすごく覚えていますね。とにかく「だんご3兄弟」が大ブームで、どこの団子屋さんにも、「だんご3兄弟」の絵が描かれていました。
──「だんご3兄弟」、知ってる人はいますか?
(かなりの児童が手を挙げる)
ハマ ヘー! なんで知ってるんだろう? “懐かしの映像”とかの影響ですかね。
U-zhaan 細野さんが作った曲で、児童の皆さんが知ってそうな曲って何かありますかね。「風の谷のナウシカ」とか?
細野 そうだね。「ナウシカ」ぐらいかな。
ハマ 松田聖子さんの曲とか、皆さん聴いたことあるんじゃないですか? 細野さんが作ったと知らずに聴いてるかもしれないですね。今はネットでも音楽が聴けるし、ぜひ調べて聴いてみてほしいですね。
細野 今はネットでいろんな時代の音楽が聴けるからいいよね。僕の頃は同時代の音楽しか聴けなかったから。でも、今何が流行ってるかは僕は全然知らない(笑)。
晴臣少年は意外と問題児だった!?
──先ほどリコーダーの話が出ましたけど、皆さんは音楽の授業でどんなことをやっていましたか?
U-zhaan 1年生がカスタネット、2年生で鍵盤ハーモニカが出てきて、3年生でソプラノリコーダー、4年生か5年生の頃にアルトリコーダーをやっていましたね。
細野 音楽の授業にはいろんな思い出があります。1人ずつ小太鼓を叩く授業があって、ものすごくワクワクしたんですよ。自分は絶対うまく叩けると思っていたから。それで「ダラダッタッタ~」なんて叩いたんです。そしたらクラス中からワーッて歓声が上がったんだ。あと、教卓の上に置いてあった指揮棒を触ったら折れてしまったのも覚えてる(笑)。「僕が壊しました!」って名乗り出ましたよ。ほかにもいろんな思い出があるなあ。音楽室の廊下のガラスが波打っていて。昔のガラスって波打ってるでしょう? 叩くと、“コンコン”ってすごくいい音がするんだ。授業が始まる前にずっと叩いてたら、割れてしまって。それも「僕です!」って先生にすぐ謝った(笑)。
ハマ 意外と問題児だったんですね。
細野 ところで、今の小学生は授業でどういう楽器を弾いてるんだろう?
(児童から、木琴、リコーダー、和太鼓など、さまざまな声が上がる)
安部 いろんな楽器をやるんですね。
細野 リコーダーの思い出、ありますよ。区の音楽会があって、そこに引っ張り出されたんですよ。クラスで2人、男女1人ずつ。それでドヴォルザークの「新世界より」を演奏したんだ。いまだに覚えてますね。あと別のリコーダーの話だと、クラスに好きな子っているでしょう? 遠足のバスの中で、その子が僕のリコーダーを……。
U-zhaan それ、大丈夫な話ですか?
細野 ……まあいいや、この話は(笑)。
(全員爆笑)
細野晴臣先輩から児童たちへ伝えたいこと
──登壇者の皆さんが、大人になっても大事にしていることを教えてください。
U-zhaan 僕は埼玉県川越市出身なんですけど、今でも小学校時代の友達としょっちゅう遊んでいます。皆さんも今いる友達とずっと仲よくできるかもしれないから、仲のいい友達を見つけてほしいと思います。
細野 僕の孫もこの小学校に通っていたんですが、今、彼はCHO CO PA CO CHO CO QUIN QUINというバンドでベースを弾いているんです。そのバンドのメンバーも全員、白金小出身なんですよ。僕もベースを弾いていたんですけど、僕よりも孫のほうが上手になったんで、やめました。
一同 あはははは。
細野 自宅の地下にスタジオがあって、孫の小学校の友達が3人ぐらいエレキギターを持ってそこに来るんですよ。それで奥のほうで、みんなでギターの練習をするんです。津軽三味線みたいに3人とも同じフレーズを弾いて(笑)。その子たちが今、人気グループになっています。すごいですよね。そういう人たちが皆さんの中から出てくるかもしれない。楽しみですね。
──続いて安部さん、お願いします。
安部 自分で行動するということをずっと大切にしています。皆さんにも自分の足を動かしてどこかに行くとか、自分の目で見るとか、そういうことを大事にしてほしいなと思います。今はインターネットが発達していろんなことを調べられると思うんですけど、やっぱり自分の目で実際見てみないとわからないことってたくさんあるから。
──ハマさん、いかがでしょう。
ハマ U-zhaanさん同様、友達を大切にしようということですね。僕も学生時代からの友達を大切にしていて、今日もせっかくの機会なので、小学校時代からの幼馴染みの友達をここに呼んだんですよ。皆さん成長するにつれていろんな人たちに出会うと思いますけど、びっくりするぐらい付き合いが長くなる友達が出てくるかもしれない。だから、今仲よくしている友達を大切にしてください。
細野 僕も小学校時代の友人といまだにクラス会をやってます。僕らの時代は、6年間、クラスのメンバーがずっと一緒だったの。だから、すごく仲よくなるんです。今はどうなんだろう?
児童たち クラスは毎年替わります! 先生は毎週替わります!
ハマ えっ? 毎週先生が違うの?
安部 それは白金小だけ?
児童たち 白小だけです!
安部 そうなんだ!
細野 クラスの同級生とフォークバンドもやってました。小学校の友達だけですね、いまだに付き合いが続いているのは。
──あっという間ですが、そろそろお開きの時間です。最後に細野さん、後輩の児童の皆さんにメッセージをお願いします。
細野 僕は以前、テレビ番組の企画でこの学校を訪れたことがあったんです。そのとき1人の児童が「うちの学校にはイジメがない」と言っていて。それで、いい子たちなんだなと思ったんです。それに、たまに近所のバス停なんかで、すごく挨拶が丁寧な小学生に出会うんですね。運転手さんや乗客の人に挨拶するんです。学校でそういう教育をしているのか、それともその子自身が丁寧な子なのかわからないですけど、やっぱりすごくいい子がいるんだなと思って。いい子を見るとやっぱりホッとするんですよ。僕が子供だった時代って、乱暴者のガキ大将もいっぱいいた。でも、その子たちも実はいい子だったんですよね。僕は子供たちが仲よく遊んでいる姿を見たい。子供たちの楽しそうな声を聞くのがすごく好き。だから、「みんな、仲よくしてね」っていうのが一番伝えたいことですね。
プロフィール
細野晴臣
1947年生まれ、東京出身の音楽家。エイプリル・フールのベーシストとしてデビューし、1970年に大瀧詠一、松本隆、鈴木茂とはっぴいえんどを結成する。1973年よりソロ活動を開始。同時に林立夫、松任谷正隆らとティン・パン・アレーを始動させ、荒井由実などさまざまなアーティストのプロデュースも行う。1978年に高橋幸宏、坂本龍一とYellow Magic Orchestra(YMO)を結成した一方、松田聖子、山下久美子らへの楽曲提供も数多く、プロデューサー / レーベル主宰者としても活躍する。YMO“散開”後は、ワールドミュージック、アンビエントミュージックを探求しつつ、作曲・プロデュースなど多岐にわたり活動。2018年には是枝裕和監督の映画「万引き家族」の劇伴を手がけ、同作で「第42回日本アカデミー賞」最優秀音楽賞を受賞した。2019年3月に1stソロアルバム「HOSONO HOUSE」を自ら再構築したアルバム「HOCHONO HOUSE」を発表。この年、音楽活動50周年を迎えた。2025年10月にアーティスト活動55周年を記念して、SPEEDSTAR RECORDSから発表したアルバム7作品のアナログ盤が再発された。
安部勇磨
1990年東京生まれ。2014年に結成されたnever young beachのボーカリスト兼ギタリスト。2015年5月に1stアルバム「YASHINOKI HOUSE」を発表し、7月には「FUJI ROCK FESTIVAL '15」に初出演。2016年に2ndアルバム「fam fam」をリリースし、各地のフェスやライブイベントに参加した。2017年にSPEEDSTAR RECORDSよりメジャーデビューアルバム「A GOOD TIME」を発表。日本のみならず、アジア圏内でライブ活動も行い、海外での活動の場を広げている。2021年6月に自身初となるソロアルバム「Fantasia」を自主レーベル・Thaian Recordsより発表。2024年11月に2ndソロアルバム「Hotel New Yuma」をリリースし、初の北米ツアーを行った。never young beachとしては2025年12月8日に初の東京・日本武道館公演を行った。
ハマ・オカモト
1991年東京生まれ。ロックバンドOKAMOTO'Sのベーシスト。中学生の頃にバンド活動を開始し、同級生とともにOKAMOTO'Sを結成。2010年5月に1stアルバム「10'S」を発表する。デビュー当時より国内外で精力的にライブ活動を展開しており、2027年3月12日に8年ぶりとなる東京・日本武道館公演「OKAMOTO'S OK,BUDOKAN」を行う。またベーシストとしてさまざまなミュージシャンのサポートをすることも多く、2020年5月にはムック本「BASS MAGAZINE SPECIAL FEATURE SERIES『2009-2019“ハマ・オカモト”とはなんだったのか?』」を上梓した。
U-zhaan
埼玉県川越市出身のタブラ奏者。世界的なタブラプレイヤーであるザキール・フセイン、オニンド・チャタルジーの両氏に師事する。タブラ修業のために毎年インドを訪れ、本場のスパイス料理に慣れ親しんだ経験を生かし、自身が監修したベンガル料理のレシピ集、レトルトカレー、仕切りが取れるカレー皿を発売した。冠ラジオ番組「モノミユザーン」がNHK FMにて不定期で放送中。2025年に2ndアルバム「Tabla Dhi, Tabla Dha」をリリースした。


