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きくおがつづる旅エッセイ

海外でも日本語サイン
7分前2026年05月18日 9:01

5月16日は松尾芭蕉が奥の細道に旅立ったことから“旅の日”に制定されています。多くの人にとって人生における大切な要素である“旅”。この連載では、旅好き / ツアーなどで各地を飛び回るアーティストに、旅をテーマにエッセイをつづってもらいます。

今回登場するのは、ボカロPのきくおさんです。2024年にボカロPとして初のアメリカツアーを実施したのを皮切りにワールドツアーを重ね、ここ2年で22カ国53都市を回ってきたきくおさんが、海外のみならず、日本国内を旅したときの思い出を音楽とともに振り返ってくれました。きくおさんセレクトの“移動中に聴きたい旅プレイリスト”とともにお楽しみください。

文 / きくお

ガタガタのバンの車中に響く古臭いショートリバーブがなんとも心地よい

私は思い出をひどく大事にするほうだ。
友達の不倫が「探偵!ナイトスクープ」で特集され、司会の松本人志ですらオトせない最悪の空気で番組が終わったその映像を、計四箇所にバックアップして取っている私は、昔の友達からは記録魔として知られている。

さて、思い出補正による過大評価、というものがある。旅先で出会う音楽を、それ抜きに語ることはできない。
感動とは、つらいとき、楽しいとき、ふとしたとき、なんでもないとき、不意に心の隙間に入りこんでしまうソレであり、それはスーツケースの底でぶっ潰れてしまったチューブ状のシャンプーのように、脳裏にこびりついては、しつこく薫りつづけるものだ。

Scritti Politti「Perfect Way」

bo enさんとの対バンとして巡った初のアメリカツアーで、現地のツアーマネージャーが車中でかけており、妙にいい曲だったので曲名を尋ねたのだが、この曲はそのまま、2024年、Spotifyで自分が最も多く再生した曲となった。
広大なアメリカを、ろくにエアコンの効かないバンで10時間×1か月移動するなかで、音楽好きのベテランツアマネがかける、四次元ポケットのように絶え間のないプレイリストは、あまりにもいい曲だらけだった。
この年代の、荒々しい、尖ったような、それでいてレトロでパッキパキで、高域のやかましいドラムサウンドは、ボーカルに完全に覆いかぶさっており、歌詞などほとんど聞き取れない。
古臭いショートリバーブが、他クルーたちのまったく聞き取れないイギリス英語の間を縫って、ガタガタのバンの車中に響く。酔い止めを飲んでトロけた頭には、なんとも心地よい。

Venetian Snares「Hajnal」

人の輪の中心にいた音楽家の友達が死に、その人だけがいない外周の友達たちといっしょに、「TAICOCLUB」というフェスに行った。
引きこもりがちで、外に出ることを好まないタイプなのは皆同じだった。そんな日陰の人たちがなぜ、テントにバーナーに寝袋といったゴキゲンなアイテムを持って、初夏の山に繰り出したかといえば、Venetian Snares、このアーティストが出演するから、ただそれだけだった。
遠くから聞こえるアシッドテクノを聞き流しながら、慣れないテントで雑魚寝をし、日の出。
Venetian Snaresは宇宙である、そんなコメントをmixiコミュニティに残していた、呼吸器をつけた病弱な友達は、「◯◯クンもいまここに来て遊んでいるのかな」とエモーショナルかつ物騒なコメントをしながら、カリカリの身体で、最初から最後まで、ずっと笑顔で踊っていた。

mizuirono_inu「YOUTH」

どこに入れても警備員に止められる、ステレオタイプにガラの悪い音楽家の友達と、どこに出してもいじめられる、ステレオタイプないじめられっ子の音楽家の友達と、誰に言っても心配されるようなサイケデリックなフェスに行くため、土砂降りのなか、京都の奥地へと車を走らせること10時間。
好きな音楽を掛け合おうという話になり、耳にしたのがこの曲だ。一生誰かにいじめられていそうな友達の、思い出の曲らしいが、これがなかなかに刺さってしまった。
友達みんなで聞くよりは、どちらかというと、便所で飯など食いながら聞くタイプの音楽だと言える。
垣間見えるどころかダダ流しとなった友達の心の闇を、いいねいいねと弄り倒しながら、雨の下、旅はゆかいに進んだ。

bo en「My Time」

bo enさんが来日の際、山のふもとにある我が家までご足労いただいた。
私の友達はみなbo enさんが好きな人ばかりで、多くの人が集まり、その労をねぎらった。
最高の食材でブリしゃぶでもと思い用意した、普段買うことのない魚は、完全に生臭くまさかの大ハズレで、今でも申し訳なく思っているのだが、ここだけの秘密にしておく。
人前で歌を歌うのはあんまりな…とTwitterでこぼしていたbo enさんを、無理やりスタジオ部屋に連れていき、小さなMIDIキーボードで弾き語ってもらったこの曲は、一生の思い出となるだろう。

たま「夏の前日」

旅というのは、なにも大それたものばかりではない。
目の手術を受ける直前、待合室での不安に満ちた3時間、私が延々と聞いていたのは月ノ美兎のウクレレ弾き語りによる「夏の前日」だった。
彼女は間違いなく天性のウィスパーボイスの持ち主だ。ASMRをやれば天下を取れると言われているのも頷ける。
ずっと前から好きだったこの曲は、あらゆる「夏の前日」に、しおりのように心に差し込まれている。

移動中に聴きたい旅プレイリスト Selected by きくお

01. Scritti Politti「Perfect Way」
02. Venetian Snares「Hajnal」
03. mizuirono_inu「YOUTH」
04. bo en「My Time」
05. たま「夏の前日」

プロフィール

きくお

1988年生まれのボカロP。2003年に音楽制作を開始。2010年にボーカロイド楽曲を初投稿する。2016年に「ニコニコ超パーティー2016 inさいたまスーパーアリーナ」出演。翌2017年には、高等学校用教科書「高校生の音楽1」(教育芸術社)に、自らが作詞と作曲を手がけた楽曲「Six Greetings」の楽譜と顔写真が掲載される。2022年にはSpotifyにおいて、「愛して愛して愛して」がボーカロイド楽曲として初めて1億回再生を達成。また、NHK総合「プロフェッショナル仕事の流儀 究極の歌姫 バーチャル・シンガー 初音ミク」に出演を果たす。2024年1月にボカロPとして初のアメリカツアーを行い、2024年から2025年にかけて世界19カ国41カ所を回るワールドツアー「Kikuo World Tour 2024-2025 Kikuoland-Go-Round」を成功に収める。2026年にも「Kikuo World Tour 2026」を実施している。

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