岸田繁(くるり)、King Gnu、HYDE、GACKT、KREVAなど、普段ポップミュージックを発信しているアーティストがオーケストラ編成に魅了され、積極的にコンサートや音源に取り入れているのを多く目にする。「規約が多い」「難しそう」といった敷居の高いイメージがあるオーケストラに、ミュージシャンたちが惹かれる理由はなんなのか。
疑問に思った音楽ナタリーは、プロデューサーとしてさまざまな楽曲のアレンジを手がけ、自身が実行委員長を務める「日比谷音楽祭」ではスペシャルバンド・The Music Park Orchestraを結成している亀田誠治と、8月には活動20周年を記念して、自身のアンサンブルと弦楽オーケストラでのコンサートを行う蓮沼執太の対談をセッティング。自分の音楽にストリングスを取り入れる理由やフィルハーモニーの魅力などについて語ってもらった。
取材・文 / 大谷隆之 撮影 / 後藤武浩
音楽への自由な軸足の置き方
亀田誠治 こうやって執太くんと顔を合わせて話すのって、けっこうひさしぶりだよね。
蓮沼執太 はい。亀田さんは、僕の活動についてたまにDMで感想をくださったりするじゃないですか。坂本美雨さんとか共通の仕事仲間も多くて、僕的にはずっと距離感が近かったんですけど、よくよく考えてみると、お会いするのは10年ぶりぐらいじゃないかな。
亀田 じゃあ、もしかして僕がオーガナイズを担当した2016年の「TOKYO M.A.P.S」以来とか?
蓮沼 だと思います。あのときはU-zhaanとのコンビでイベントに呼んでいただいて。確か同じ年の秋にも、J-WAVEの番組で2人でアートについておしゃべりした気がします。今日は亀田さんと弦楽オケについてがっつり語り合えるとのことで、朝からとても楽しみだったんです。
亀田 いえいえ、こちらこそ! 僕も日頃から執太くんの音楽との向き合い方にはインスパイアされてばかりですから。いきなり今日のテーマともつながるけど、「蓮沼執太フィル」はその最たるもので。楽器編成ひとつ取っても既存のオーケストレーションの枠組みにまったく囚われてないでしょう。
蓮沼 そうですね。亀田さんに言われると恐縮しちゃいますけれど(笑)。
亀田 しかも音像がすごくフレッシュで。ポップクリエイターとして新しい扉をどんどん開けていく冒険心が、どの曲からも伝わってくる。あと、自分の名前に「フィル」という言葉をくっつけちゃうセンスも素敵だなと。なんだろう……音楽への自由な軸足の置き方が、ユニット名に端的に表れている気がして。最初に「蓮沼執太フィル」という字面が目に入った瞬間、ワクワクしちゃったんだよね。
──蓮沼執太フィルは“現代版フィルハーモニック・ポップ・オーケストラ”として、2010年に結成されました。ギター、ベース、ドラムス、キーボードに弦楽器(バイオリン、ビオラ)、管楽器(サックス、ユーフォニアム、フルート、フリューゲルホルン)、打楽器(マリンバ、スティールパン)などが入る編成がユニークです。そもそもこのユニットを立ち上げようと思ったきっかけは?
亀田 あ、僕も知りたい! 話せば長くなってもいいからぜひ聞きたい!
蓮沼 では、手短にちょっとだけ(笑)。僕はもともと、フィールドレコーディングから音楽を始めたんです。さまざまな自然音とシンセサイザーを組み合わせて、自分なりのサウンドスケープを構築してみたり。いわゆるDTMを独学するところから出発した。なのでライブも、初期にはステージにラップトップパソコンを置いて1人でやってたんですね。でもクラブとかギャラリーでソロパフォーマンスを重ねるうちに、それだけじゃつまらなく感じるようになってきまして。
亀田 うんうん、なるほど。
蓮沼 さらに自分が書く楽曲も、だんだん旋律や和声を感じさせるものが増えてきた。だったらすべて生演奏できるようにアレンジしてみようと思って。それで最初のアルバム(2006年10月「Shuta Hasunuma」)をリリースした2年後かな。まず「蓮沼執太チーム」というバンドを作ったんです。キーボード、ツインギター、ツインドラムの5人でベースが不在という、ちょっと変わった編成で。
亀田 フィルの前にチームがあったんだね。知らなかった!
蓮沼 サウンド的には2000年代に台頭した、いわゆるポストロックに近かった気がします。で、そういうロックっぽい編成にも飽きてきた頃、今度はより多種多様な生楽器とコラボしたくなりまして。チームの5人を母体に、今の蓮沼執太フィルを立ち上げたと。ざっくり言うとそんな流れですかね。
フィルは「心地よい調和を求める心」という解釈
亀田 1人で作業するDTMから大人数のフィルハーモニーまで、たった4年で拡張したんですね。その時点で、具体的なアンサンブルのイメージはあったんですか?
蓮沼 いえ、とにかく大人数で何か新しい音楽を作りたいというモチベーションが大きくて。方向性は何も決めてなかったです。ただ自分の中のコンセプトとして、いわゆるクラシックのオケとは別の構造を試してみたかった。あえて乱暴に言うと、西洋圏のオーケストラってピラミッド構造の組織として統率されてるじゃないですか。頂点に指揮者がいて、そのすぐ下に首席バイオリン奏者を兼ねたコンサートマスターがいて。弦楽器、管楽器、打楽器という各パートの人数、配置まで細かいルールが設定されている。
亀田 うん。フォーマットとして完成されてるからこそ、原則的には世界中どこのオーケストラでも同じシンフォニーを同じように演奏できる。
蓮沼 そうなんです。ある種の普遍化、共通化を実現したという意味で、オケは近代社会の縮図と言っていい。ただ、これは僕の性分だと思うんですけど、そういった上意下達の構造が僕はあまり得意じゃなくて(笑)。せっかく新しくオケを作るなら、もっとフラットで自由なものにしたい。自分も含めてすべての楽器が対等で、楽曲ごとにみんなで新しい響きを模索するような。オーケストラ的な楽器編成は取り入れつつ、そういう非ピラミッド型のユニットを試したかったんです。その部分は16年経った今も基本変わっていません。
亀田 すごいなあ。僕が執太くんの活動に惹かれる理由を、今ので全部言われちゃった気がする(笑)。
蓮沼 え、そうですか?
亀田 はい。混同されがちだけど、本来「フィルハーモニー」という単語はクラシックの交響楽団とイコールじゃない。フィルの語源は確か、古代ギリシア語で「愛する(philos)」でしょう。だから、より広く「心地よい調和を求める心」という解釈も成り立つんですよね。蓮沼執太フィルは、まさにそれを現代において実践している印象があって。それこそ多様性とかダイバーシティという概念にもつながってくるんだけど、要はこれまでの上下関係ではない。1人ひとりがよりフレキシブルに個性を発揮しやすい音の空間とでも言うのかな。まずそのための場を作ろうという発想を、個人的には強く感じる。それってここ最近、僕が「日比谷音楽祭」で目指しているものとすごく重なる気がするんです。
蓮沼 めちゃめちゃうれしい……ちょっと泣いちゃいそうです(笑)。
アンサンブルにおける余白
亀田 もう1つ共通点を感じるのは、執太くんの音楽って基本的にプレイヤーありきのところがあるよね。最初に楽譜を固めて、それを個々に割り振っていくのではなくて。
蓮沼 完全にそうです。ちょっとしたクセや傾向も含めて、各メンバーの演奏で僕がグッとくる部分があるじゃないですか。そういう好きな響きをどう組み合わせて曲を作るかが、自分にとっては一番面白かったりする。例えば弦のセクションでいうと、バイオリンやビオラの譜面を書いてる意識はないんですよ。むしろ千葉広樹(Violin)、手島絵里子(Viola)という演奏者を念頭に置いて当て書きする感覚に近い。経験的にそっちのほうが、より表現の可能性が広がるといいますか。
亀田 要所で「そこの歌い方はあなたに任せます」と委ねるのも当て書きの1つだもんね。もちろんプレイヤーとの信頼関係があって、初めて成立する手法ではあるんだけど。
蓮沼 まさに! やっぱり弾いていて楽しくなってほしいという思いが根本にあるので。メンバーとのコミュニケーションが深まれば深まるほど、相手方に委ねられる裁量も大きくなるし。結果、想定外の響きが生まれる可能性も高くなる。自分にとってフィルの楽しさって、まずそこなんですね。アンサンブルにおけるそういう余白っぽい部分、きっと亀田さんもお好きなんじゃないかなって。アレンジ面でもプロデュース面でも、似た匂いを感じる瞬間がすごく多いので。
亀田 めちゃくちゃ大事にしてます。最初の話にも通じますけど、コンピュータってすべてを自分でコントロールできるじゃないですか。すごく効率的だしなんでもシミュレートできるし、僕もいろんな場面で活用している。でも音楽の醍醐味って、やっぱり人と人が織りなすハーモニーだと思うんだよね。思い通りにいかないことが多い反面、ときには「1×1」が「10」にも「100」にも広がっていくスリルもあって。あのエクスタシーを一度でも経験すると、いくら失敗してもまたリトライしたくなる。その意味で自分がアレンジを任せていただいた曲は基本「あの人に弾いてもらいたい」という当て書きなんですね。だからそのミュージシャンのスケジュールが合わないと、途端に自分の中でレコーディングが成立しなくなっちゃうという。
蓮沼 はははは、なるほど。
亀田 それで関係者の方々に、いろいろご苦労かけちゃうことも多々あるんですけど(笑)。執太くんはいわば、固定した大所帯のバンドで試行錯誤を続けてるわけでしょう?
蓮沼 だと思います。少なくとも最初に具体的なプレイヤーがいて、そこから旋律なり和声なりが浮かんでくるという順番は2人とも共通してますね。
互いの音に耳を澄ます以外ない
亀田 あと蓮沼執太フィルで刺激的だと思うのは、1つのアンサンブルの中にエレキギターやベースみたいにアンプを通す楽器と、バイオリンやビオラなど生音が基本のアコースティック楽器が両方あること。もっと言うとスティールパンみたいに非西欧圏の楽器まで混在している面白さと難しさがある。
蓮沼 はい。レコーディングでもライブでも、一番意識しているのはそこかもしれません。やっぱり楽器ごとに音量やピッチ感がまるで違いますから。それを調和させるには、単に演奏者それぞれが饒舌に主張するだけじゃ足りない。ひたすら互いの音に耳を澄ます以外ないんですよ。
亀田 従来のオーケストラはその落差を楽器の数とポジションで調整してきたわけですね。例えば音が小さい弦楽器は、できるだけ大人数をオケ前方に配置する必要がある。反対に金管楽器はボリュームが大きいので、本数も少なくていいし、オケの奥からでも聴衆に音が届く。そういう細かい伝統の集積として、今のオケのフォーマットがあります。でも執太くんはありとあらゆるテクノロジーと創意工夫を導入して、新しい形を提示している。それってまさに、今の社会の縮図だと思うんですね。そういう音楽との向き合い方に、僕はめちゃめちゃシンパシーを感じる。
“音の坩堝”を受け止めるサントリーホール
──蓮沼さんは今年8月に活動20周年記念コンサート「蓮沼執太Wフィル|Shuta Hasunuma Double Philharmonic Orchestra」をサントリーホールで開催されますね。今回は従来の蓮沼執太フィルに弦楽オーケストラを加えた総勢41名の大編成で。
蓮沼 第1バイオリン8名、第2バイオリン6名、ビオラとチェロがそれぞれ4名、コントラバスが2名。いわゆるフルオーケストラの編成です。せっかくの節目なので、今までの活動も踏まえつつ、さらに難しそうなことに挑戦してみようかなと。
亀田 その姿勢もカッコいいなあ。しかもサントリーホールって、日本でも最上級に響きのいい会場ですから。執太くんが一貫して求めてきた生の音の響き──いろんな響きが混じり合う“音の坩堝”をしっかり受け止める力があると思うのね。これまでのユニットと、アンプリファイドされていない弦楽オケをどういうバランスで共存させるかについても、いろいろ創造的なアジャストが効くでしょうし。
蓮沼 ありがとうございます。亀田さんのおっしゃる通りで。実は今回、企画の成り立ちとして最初にサントリーホールという場があったんです。そこで20周年のコンサートができることになって。あの唯一無二の響きを生かせるチャレンジはなんだろうと考えたときに、弦楽オケという発想が浮かんできた。ほかの会場だったらまた違うアプローチを選んでいた気がします。
互いに共振するレイヤー
──弦楽パートのアンサンブルは徳澤青弦さんが担当されます。近年ではアニメ映画「ルックバック」の終盤で流れる美しい弦楽アレンジを思い出す人も多いかもしれません。
亀田 青弦さん! 僕も何度かご一緒しています。ポップスとクラシックどちらのフィールドにも精通している、まさに百戦錬磨のミュージシャン。
蓮沼 そうですね。彼自身素晴らしいチェロの演奏家ですし。今まで長い時間さまざまなコラボレーションを重ねてきた信頼関係があるので。ほかの選択肢は浮かびませんでした。
亀田 これは最高の組み合わせだと思うな。だって、多様な声が混じり合った執太くんの作風のエッセンスを共有できている仲間なわけですから。そういう方がまとめた弦楽オケと蓮沼執太フィルの演奏がデュアル(2種類の異なる音色を同時に重ねて鳴らす演奏方法)で走るなんて、僕的にはもう期待しかない! 語彙が乏しくて申し訳ないですけど(笑)。
蓮沼 いや、デュアルという表現はまさに僕自身の伝えたいメッセージでもあるんですよ。単に弦楽パートの人数が増えたんじゃなく、異なる音のレイヤーが互いに共振するようなイメージ。なので、そこを指摘していただくのはすごくうれしいです。さらにもう1つ、僕の中でキーポイントになるのが実は音響エンジニアの存在で。
亀田 葛西敏彦さんですね。PAご担当として蓮沼執太フィルの正式メンバーにも名前を連ねておられる。
蓮沼 はい。僕たちは普段、コンサートホール以外にもいろんな場所で演奏をするんですね。カフェの一角や、美術館の前庭、完全な路上に演奏スペースを設けてもらうこともある。そういう都市空間になると、すべてを生音で届けるのはやっぱり難しくて。オーディエンスに自然な音だなと感じてもらうために、いろんな工夫が必要になります。葛西さんとはそのアプローチについて、ずっと一緒に頭をひねってきました。ライブだけでなくレコーディングもそう。受け手のことを考えつつ、その曲に一番合った空間を1つひとつ創造するというのが自分の中で大事なテーマでもあるので。
亀田 一心同体というか、素敵な関係ですね。ミュージシャンだけでなくエンジニアがバンドメンバーとしてクレジットされているというのは、蓮沼執太フィルのあり方をすごく象徴していると思うな。
蓮沼 今回の20周年ライブではできるだけPAは使わず、サントリーホール自体の自然な響きを生かしたい。大編成の弦楽オケと一緒に演奏できる滅多にないチャンスですから。ただ、自分たちが思う音をお客さんに感じてもらうには、細かい微調整とかアイデアが無限に必要だとも思うんですね。なので、先ほど亀田さんが「創造的なアジャストが効く」と指摘してくださったのは涙が出そうなほどうれしかった。弦楽オーケストラの使い方も含めて、まさにそこが今回のテーマだという気がしています。
The Music Park Orchestraのおもてなし
──亀田さんご自身も、日比谷音楽祭ではThe Music Park Orchestraというスペシャルハウスバンドを率いておられますよね。ギター、ベース、ドラム、キーボードというロック / ポップスの基本フォーマットにトランペット、サックス、バイオリン、チェロ、コーラスを加えた9人編成で。
亀田 もっと大人数でやれたらいいんですけどね(笑)。ただ「日比谷音楽祭」の場合、すべての演目が基本的には観覧フリーですし。都会の日常の中に、音楽という非日常の感動体験を溶け込ませるというのが大事なコンセプトなので。場所とか予算とかいろんな制約がある中、最大限のパフォーマンスをしてくれる人たちを総動員しています。数々のレコーディングやライブを一緒にやってきて、僕が絶対的信頼を置いているメンバーばかりなんです。がんばって管楽器と弦楽器を入れたのにも、もちろん理由があって。
蓮沼 はい。
亀田 ストリングスやブラスって、長い時間をかけてポップスに採り入れられてきたでしょ。1950年代のポピュラー音楽、60年代のブラックミュージックから現代のJ-POPまで、連綿と続いている。たとえ最小編成でも管と弦のプレイヤーがいれば、その豊かな流れを汲んだアレンジが幅広く工夫できますし。ちょっと懐かしいのにフレッシュな感動もあるという音楽の醍醐味をみんなで分かち合える。あと、「日比谷音楽祭」にお呼びする素晴らしいアーティストの中には、普段あまりそれ系の楽器を使わない方もおられるので。The Music Park Orchestraをバックに歌うとこんなサウンドもお届けできますよ、と。
蓮沼 ちょっとしたおもてなしにもなっている(笑)。呼ばれた人はうれしいですよね。
全細胞が喜んでいる
──この対談の核心に迫る質問ですが、お二人にとって、ポップミュージックに加わる弦楽の魅力とはどのあたりにあるのでしょう?
蓮沼 うーん……いろんな側面があってひと言で表現するのは難しいけれど。ギター、ベース、鍵盤だけでは得られない芳醇さは、やっぱり大きいですよね。あとポピュラーミュージックというのは基本的に歌を軸に発展してきた音楽ですから。ストリングスを乗せることでいかにボーカルを引き立て、包み込み、盛り上げるか。そこに関しては先人たちの膨大な蓄積があって、ある種のマナーが確立していると思うんですよ。
亀田 まったく同感です。
蓮沼 ということは、逆にそれを崩す面白さも出てくる。例えばバイオリンとかビオラの音って、人間の声と音域が重なりがちじゃないですか。なのでオーソドックスな編曲では、そこがカチ合わないよう弦楽器側の旋律なり和声を考えていく。でも僕個人は、そこが思いきりぶつかる感じも嫌いじゃないんです。多少ボーカルがぐちゃっとしても、あえて分厚くてカオスっぽい響きを狙ったりもする。それで思い出したんですけど、少し前にRed Hot Chili Peppersのフリーが「Honora」というソロアルバムを出して。そこでフランク・オーシャンの「Thinkin Bout You」をカバーしてたんですよ。
亀田 はい、はい。あれ、すごくよかった!
蓮沼 ストリングス自体の乗せ方はオーセンティックというか、かなり原曲に近いんですけど。ボーカルの主旋律をベースとかトランペットで奏でていて、全体としてすごくモダンな響きになっていた。ああいうちょっとひねったストリングスの使い方も面白いなって思います。亀田さんはいかがですか?
亀田 僕は職業柄、いろいろなアーティストさんと仕事をするでしょう? で、たまにネットをのぞくと「亀田、すぐストリングス使う」みたいな書き込みがあったりするんですけど(笑)。もちろん闇雲に入れてるわけじゃなくて。弦を用いることで、その人やバンド単体では出し得なかった奥行きを表現できるケースはやっぱりあるんですよ。執太くんの言う通り、ボーカルにそっと寄り添う使い方もできますし。逆にドラマチックに引っ張って、歌メロの存在感を強める効果もある。いい意味で郷愁を掻き立て、歌詞の描く風景とか世界観を広げるパターンも大いにあると思います。で、自分の中にその確信があって、かつ本人にトライしたい気持ちがあると判断したとき、初めて「弦楽器を入れてみない?」と提案する。
蓮沼 反対を押し切って入れることは……。
亀田 ないですね。ただ、アーティストのほうからリクエストされるパターンは多いですよ。例えば若いミュージシャンが、弦の入った過去の楽曲からインスパイアを受けたとします。それはThe Beatlesかもしれないし、Oasisとか、それこそレッチリのフリーかもしれない。そういうクリエイティブなマインドに対しては、プロデューサーとしてそれを叶える最善の方向性を模索します。自分の手には負えない大規模オケが必要なら、専門の編曲家をアサインすることも当然ありますし。
蓮沼 プロのオーケストラ奏者の方々ってやっぱりすごいですよね。実は最近、「SEKIRO: NO DEFEAT」(9月4日公開)という、ゲームをもとにしたアニメ映画の音楽を担当したんです。そのオープニングとエンディングをフルオケで録りまして。大勢のストリングス奏者の方々にビクタースタジオまで来ていただいたんですけど……。
亀田 おお! どんな感じでした?
蓮沼 めちゃめちゃ緊張しました。最初にお話ししたように、僕自身は1人でDTMを学ぶところからスタートしてますので、1人で始めた人間が大人数の演奏家を前にして、指示出しなどをしながら音楽にしていく作業でした。しかも皆さんすごい職人肌で。いざチューニングが始まると一瞬でスタジオの空気感が変わるんですよ。で、コンサートマスターの方を中心に、一番合理的なアプローチでガンガン進めていく。
亀田 スタジオの時間制限とミュージシャン側の契約問題、その両方をクリアしなきゃいけないですからね。その中で求められたものをきっちり録り切るプロフェッショナリズムというか。あれはあれでノウハウの塊と言っていい。
蓮沼 そうなんです。クリエイティブな時間を確保するためにいろんなシステムが確立されていて感動しました。結果、すごく納得のいく弦楽パートを録ることができて。ここ最近で一番刺激を受けたかもしれません。
亀田 フルの弦楽オケを間近に見ながらベースを弾いた経験は、僕自身、スタジオでもライブでもいっぱいしてきました。まさにその場で生まれる音──その場の空気が音楽で震え出す瞬間は、何度経験してもたまらない。アンプリファイドされた楽器に比べると、1つひとつの音は小さいんだけどね。それらがオーケストレーションされた響きにふわっと包まれると、なんと言うか、自分の全細胞が喜んでいる気すらしちゃう。
蓮沼 ええ、まさにそんな感覚でした。
亀田 さっきの話題で言うとね、誰かのアルバムに弦楽オケを入れたとき、僕はよくそのアーティストさんを「ちょっと実際に聴いてみません?」とスタジオのオケのみんながいるフロアに連れていくんですよ。そうするとストリングスの生音に触れただけで泣いちゃう人もいる。それぐらいオケの発するエネルギーというのはとんでもない。プロデューサー、アレンジャーとしてその感動をしっかり届けなきゃというのは、常に考えています。
弦楽オケの入ったお気に入りポップスは?
──最後にせっかくなので、この対談を読んで興味を持った読者のために、それぞれ弦楽オケの入ったお気に入りのポップミュージックを教えていただけますか?
蓮沼 うーん、ありすぎて難しい。パッと浮かぶのは先ほどお話ししたフリーの「Honora」ですかね。あとは青弦さん率いる弦楽オケと制作した、蓮沼執太Wフィルの新曲「AURA」もぜひ聴いていただけるとうれしいです!
亀田 確かに挙げきれない(笑)。僕も思い付いたところで言うと、70年代にエルトン・ジョンが組んでいたジーン・ペイジというアレンジャー。フィラデルフィア・ソウルの人なんですけど、彼の作るオーケストラサウンドはめちゃくちゃ好きです。曲でいうと「Philadelphia Freedom」とか「Don't Go Breaking My Heart(恋のデュエット)」とか、とにかくオケが歌いまくってます。あとはなんと言っても8月の執太くんの20周年ライブ! 「蓮沼執太Wフィル」の演奏、めちゃめちゃ楽しみにしてますので。
蓮沼 ありがとうございます。僕も「日比谷音楽祭」、いつかご一緒したいです。今日はポップスと弦楽オケの関係について亀田さんとたくさんお話しして、ハートがつながってることを再確認できましたので(笑)。
亀田 ぜひぜひ! その日を楽しみにしてます。
亀田誠治(カメダセイジ)
1964年生まれの音楽プロデューサー / ベーシスト。東京事変のベーシストとして活動するほか、これまでに椎名林檎、スピッツ、平井堅、GLAY、いきものがかり、JUJU、石川さゆり、氷川きよし+KIINA.、Creepy Nuts、アイナ・ジ・エンドなど、数多くのアーティストのサウンドプロデュースやアレンジを手がける。2007年、2015年の「日本レコード大賞」で編曲賞、2021年に「第44回 日本アカデミー賞」優秀音楽賞、2024年には「第19回 渡辺晋賞」を受賞した。また、さまざまな舞台音楽や、ブロードウェイミュージカルの日本公演総合プロデュースを担当。現在、NHK Eテレ「ウェルカム!よきまるハウス」に出演し、子供たちに伝えたい往年の名曲を紹介している。2019年より親子孫3世代がジャンルを超えて音楽体験ができるフリーイベント「日比谷音楽祭」の実行委員長を務める。「日比谷音楽祭2026」のクラウドファンディングは6月28日まで受付中。
蓮沼執太(ハスヌマシュウタ)
1983年9月11日生まれ、東京都出身の音楽家、アーティスト。2006年10月にアメリカWestern Vinylから発表したアルバム「Shuta Hasunuma」でデビュー。2010年に現代版フィルハーモニック・ポップ・オーケストラ「蓮沼執太フィル」を結成し、2014年1月に1stアルバム「時が奏でる」をリリースする。2019年に資生堂ギャラリーで開催した個展「 ~ ing」が「第69回芸術選奨文部科学大臣賞」新人賞を受賞。2021年8月「東京2020パラリンピック」開会式のパラリンピック旗入場曲として「いきる | LIVE」を制作しパフォーマンスを行った。2022年7月からNHK Eテレ「デザインあneo」の音楽を担当。2023年にソロアルバム「unpeople」、2026年6月に最新曲「AURA」を配信リリース。8月6日に東京・サントリーホール 大ホールで活動20周年記念コンサートを開催する。


