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西寺郷太のPOP FOCUS 第23回 BOØWY「PSYCHOPATH」

2年以上前2022年06月28日 8:02

西寺郷太が日本のポピュラーミュージックの名曲を毎回1曲選び、アーティスト目線でソングライティングやアレンジについて解説する連載「西寺郷太のPOP FOCUS」。NONA REEVESのフロントマンであり、音楽プロデューサーとしても活躍しながら、80年代音楽の伝承者として多くのメディアに出演する西寺が私論も盛り込みながら、愛するポップソングを紹介する。

第23回では氷室京介が作曲したBOØWY「PSYCHOPATH」にフォーカス。強烈なカリスマ性で多くのロックファンから支持される氷室のメロディメーカーとしての才能を中心に掘り下げていく。

文 / 西寺郷太(NONA REEVES) イラスト / しまおまほ

BOØWYが日本中の少年たちにもたらした影響

1980年代後半、バンドブームが到来しました。まさに第2次ベビーブーム、この時期の中で一番出生数の多い1973年生まれの僕の学年を中心とする世代が中高校生となった時代のことです。僕自身は何度も書いたり話したりしている通り、小学校高学年で洋楽ポップスに完全にハマるのですが、中学生になると、それまでゲームやマンガ、スポーツに夢中だった仲間やクラスメイトが自主的にどんどん音楽が好きになり楽器を買ったりしていくのが素直にうれしかったです。特に1987年、中2のときにデビューしたTHE BLUE HEARTSの衝撃と、彼らと入れ替わるように解散を発表し、その後も影響力を保ち続けたBOØWYの存在は圧倒的でした。

パンキッシュでストレートにありのままの言葉を伝えるTHE BLUE HEARTSと、アダルトかつ都会的な音楽性に足を踏み込み、さまざまな実験も繰り返しながらポップに聴かせるBOØWY。ソロアーティスト、シンガーソングライターはその主人公のみに焦点が当たりますが、特にBOØWYはボーカルやギターのみならず、ベース、ドラム、4人それぞれが個性的でした。パンク的なサウンドからニューウェイブ、エレガントなAORなど、短い歴史ながら音楽性はアルバムごとに急激な変化の連続。だからこそ、聴く側もいろんな入り口から入れる強みがあったのかもしれません。曲によっては松井恒松(現在は松井常松)さんのストレートでシンプルでわかりやすいベースの見せ場もあったり、最年長でバンド結成前にキャリアを重ねていた高橋まことさんによる、疾走する8ビートからダンサブルなフィーリングまでをカバーするドラムも魅力的で。花形楽器のギターのみならず我々世代の日本中の少年たちがリズムセクションを含めた“バンドアンサンブル”に興味を抱けたのは、BOØWYの影響が大きいと思っています。

氷室が生んだ永遠の名曲

解散から34年が経った今もなおカリスマバンドとして支持され続けているBOØWYですが、彼らのオリジナルアルバムは「MORAL」「INSTANT LOVE」「BOØWY」「JUST A HERO」「BEAT EMOTION」、そして人気絶頂の中で1987年に発表されたラストアルバム「PSYCHOPATH」の6枚のみで。いずれも名盤。改めて約6年という活動の短さと濃密さに驚きます。楽曲に関しては氷室京介さんが作詞、布袋寅泰さんが作曲と編曲をするイメージが強いですが、今回セレクトしたアルバム「PSYCHOPATH」の表題曲では氷室さんが作曲、アン・ルイスさんのバックバンドで活動していたジョナ・パシュビーさんが作詞を担当されています。曲数で言えば、氷室さんが作曲した楽曲はそんなに多くないんですが、どれも素晴らしい曲で。今回BOØWYを語るうえで、メロディメーカーとしての氷室さんの才能には改めて注目すべきだと思いました。

あくまでも作曲面でBOØWYをThe Beatlesに例えるなら、ジョン・レノンとポール・マッカートニーを足した絶対的存在が布袋さんで、数は少ないけれど“どこか優しく切ない”名曲を生み続けたジョージ・ハリスン的な役割を担っていたのが氷室さんと言えるのではないでしょうか。ちなみにちょっと意外でもあるんですが、The Beatlesでもっとも聴かれた楽曲をSpotifyで確認すると、ジョージが作詞作曲した「Here Comes The Sun」で、これがぶっちぎりで首位。ジョージ作の名バラード「Something」も大人気で彼の“打率”のよさがわかります。同じように氷室さん作詞作曲の「わがままジュリエット」(3rdシングルの表題曲で、 「JUST A HERO」収録曲)、「CLOUDY HEART」(「BOØWY」収録曲)などはBOØWYの人気曲ベスト10に必ず顔を出す傑作ですが、ジョージも氷室さんもお互いにどこか不器用で“心の弱さ”のようなものに焦点を当てた美しいメロディが特徴のソングライターだな、と僕は思うんです。The Beatlesで言えば、特にポールは無尽蔵にメロディや発想が湧き出てくるタイプの完全無欠のメロディメーカー。そして生まれながらの天才作曲家。布袋さんもそのタイプな気がします。最初から正解が見えているがゆえにハイレベルな楽曲を自在に連打できるすさまじい才能。でも、ジョージや氷室さんの制作スタイルは“紡ぐ”という言葉が近い気がして。一生懸命に言葉を探しながら、どうすれば100%に近い思いが伝わるのかを考えながら、音楽に対してラブレターを書くように作っていく。そんな純粋さこそ、永遠の名曲を生み出せるポイントなのかも、と思ったりもします。ちなみに1stアルバム「MORAL」収録の「GIVE IT TO ME」や、「BEAT EMOTION」収録の「DON’T ASK ME」も大好きですね。

個人的にBOØWYのアルバムの中ではエレガントで実験的なアルバム「JUST A HERO」と破滅の美しさをカラッと響かせたラストアルバム「PSYCHOPATH」が特に好きです。「わがままジュリエット」は今で言う、80年代AORやシティポップそのままの魅力を彼ら独自の視点で真空パックしていると思いますし……。当時の関係者のインタビューなどを読むと、「わがままジュリエット」がシングルになるのを反対したスタッフも多かったようです。いわゆる典型的なロックバンドとしてのBOØWYのイメージにそぐわないと。1982年のデビューから4年経ってはいますが、少なくとも歌詞に関して最初は完全なパンクバンドのテイストでしたから、確かについていけなかった人も多いでしょう。スタート地点から音楽的には実験も多いバンドだったことが振り返ればわかるのですが。氷室さんが2016年にセルフカバーしたバージョンも、基本はBOØWYのサウンド構築を驚くほど踏襲しています。大人のアーバンミディアムとして熟成したそのプラスティックな響きに最初は違和感もあったのですが、聴き込むごとに「これはこれでいいな」と好きになっています。改めて強調することでもないですが、歌がともかくすごくて。もしかしたらご自分がフラットな作品として肩肘張らずに聴くためにリメイクされたのかなと思ったりもしました。作詞・作曲家として永遠の財産のような曲なので。

まるでバンドアレンジの教科書

今回選ばせてもらった「PSYCHOPATH」は、ギタリストとしての布袋さんの異常なリズム感のよさも楽しめる最高の演奏、歌唱においてバンドの最終地点で総力を結集した傑作だと僕は思っています。BOØWYのすごさはシンセサイザーをポイントごとに導入しつつも、基本的にドラム、ベース、1本のギターだけでライブで再現できることを念頭にアレンジされていること。4人でライブハウスやホール、スタジアムで演奏できるのか?とストイックに考えるから、ギターソロのタイミングもバックを基本コードの壁で埋め尽くしていない。普通はソロの場面で1つ以上の楽器がプラスされ重厚になるものですが……。ギターソロと便宜上あえて言いましたが、この布袋さんのギターによる間奏パートがいわゆるアドリブ的なソロではなく、計算され尽くしたメロディックなリフレインの繰り返しになっているのもカッコいい。途中からシンセサイザーの音が微かに重なってくるのですが、どちらにせよ、めちゃくちゃ音数が少なくて。その後、フランジャーをかけたギターと、ベースがストレートに刻む8ビート的スクエアなイントロと同じパートに戻り、再び歌い始めて突然ファンクネスが増す展開など、バンドアレンジの教科書のようなアレンジがおしゃれすぎて、その点で今も学ぶことが多いです。

イチオシの氷室ソロ曲

氷室さんのソロ作品で特に好きな曲を3曲挙げるとするならば、まずは1992年に発表されたグルーヴィな「Urban Dance」。ドラムなどにロックバンドのムードを残しながら、大人のファンクとしてまとめ上げたそのサウンドは「PSYCHOPATH」の発展形。1994年リリースの「VIRGIN BEAT」も最高です。氷室さんらしいみずみずしくも切ないAメロ、BOØWY時代を彷彿とさせる縦ノリのBメロと、洋楽的で美しいCメロ(「MY LOVE STAY WITH ME」の部分)、派手でこのうえなくキャッチーなサビがポップミュージックの最高点まで到達しているマスターピース。ソロになられてからは作詞を松井五郎さんや森雪之丞さんなど信頼するプロフェッショナルに任せ、氷室さん自身はAIが考える将棋の最適解のように練りに練りながら作曲に専念された印象がありますが、これだけの完成度を突き詰めるためには寡作になってゆくのも仕方がないなと納得せざるを得ないクオリティです。世界的プロデューサーであるジョルジオ・モロダーが作曲とプロデュース、トム・ウィットロックが作詞を担当したケニー・ロギンスの「Danger Zone」を聴くと、無条件に心と体が盛り上がってしまうんですが、同じように「VIRGIN BEAT」も緻密な計算のうえで構築された完璧な“興奮創出装置”としてのロックンロールの完成形なのではないでしょうか。どうしても巧みなコードワークで涙を誘うバラードなどのほうが作曲家のテクニックが理解され賞賛されることが多い気がするんですが、この圧倒的な爽快感はなかなか作ろうとしても作れないんです。

「魂を抱いてくれ」(1995年10月にリリースされた氷室のソロシングル曲)も素晴らしい楽曲。氷室さんならではのどこか濡れた優しさやフェミニンな歌謡曲感を持つメロディが、松本隆さんによるハードボイルドな男性視点の歌詞と組み合わさったときに生まれる “ぎこちなさ”が新たな次元のバラードとして完成している。言うまでもなく松本さんはバンドマンだからこそ、ボーカリストの氷室さんの作り上げた強靭なスーパーヒーロー、カリスマとしてのイメージと、本来の優しさや弱さのようなもの双方に想像力を働かせて歌詞を書かれているような気がします。言葉を選ばずに言うと作詞家・松本隆さんの本気、“バンドマン出身ならではの性格の悪さ”のようなものがこの歌詞には存在する気がして。職業作詞家、プロはもう少し対象に対して優しいと思うんです。「魂を抱いてくれ」にはソロ作品でありながらバンド特有の緊張感、作詞家と作曲家の真剣勝負のぶつかり合いが存在する。だからこそ、BOØWY時代のような乱反射、プリズムが生まれているのが「魂を抱いてくれ」の最大の魅力だと思います。

今回は氷室さん中心に語らせていただいたので、次回は布袋さんについて考察していきたいと思います。

西寺郷太(ニシデラゴウタ)

1973年生まれ、NONA REEVESのボーカリストとして活躍する一方、他アーティストのプロデュースや楽曲提供も多数行っている。2020年7月には2ndソロアルバム「Funkvision」、2021年9月にはバンドでアルバム「Discography」をリリースした。文筆家としても活躍し、著書は「新しい『マイケル・ジャクソン』の教科書」「ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い」「プリンス論」「伝わるノートマジック」「始めるノートメソッド」など。近年では1980年代音楽の伝承者としてテレビやラジオ番組などに出演し、現在はAmazon Musicでポッドキャスト「西寺郷太の最高!ファンクラブ」を配信中。

しまおまほ

1978年東京生まれの作家、イラストレーター。多摩美術大学在学中の1997年にマンガ「女子高生ゴリコ」で作家デビューを果たす。以降「タビリオン」「ぼんやり小町」「しまおまほのひとりオリーブ調査隊」「まほちゃんの家」「漫画真帆ちゃん」「ガールフレンド」「スーベニア」「家族って」といった著作を発表。最新刊は「しまおまほのおしえてコドモNOW!」。イベントやラジオ番組にも多数出演している。父は写真家の島尾伸三、母は写真家の潮田登久子、祖父は小説家の島尾敏雄。

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