耳の肥えた音楽好きを唸らせる歌唱者のセレクトで毎回話題を呼んでいるサントリーウイスキー「角瓶」のテレビCM。CMソングの「ウイスキーが、お好きでしょ」 は角ハイボールの人気とともに、今やCMソングのクラシックとしてすっかり定着した感もある。今回の企画では、「ウイスキーが、お好きでしょ」 という曲の生まれた背景や、さまざまな個性のボーカリストを起用した経緯とエピソード、またCMに秘められたストーリーについて、クリエイティブディレクター / CMプランナーの窪本心介氏と赤松隆一郎氏に取材を行った。音楽ナタリーでもニュースを公開するたびに多くのPV数を記録する名CMの裏側に迫る。
取材・文 / 佐野郷子
“ウイスキー=おじさんが飲むもの”というイメージからの脱却
「『ウイスキーが、お好きでしょ』は、もともとは『サントリーウイスキー・クレスト12年』のCMソングとして1990年から1991年にかけて使用された曲でした。その後、2007年から小雪さんが出演した『角瓶』のCMソングとしてリバイバル使用されることになったんです。僕がCMに関わるようになったのは、2009年にゴスペラーズが歌ったときからで、それ以来、さまざまな方に歌っていただくようになりました」(窪本心介氏)
石川さゆりの歌唱よる「ウイスキーが、お好きでしょ」のオリジナルバージョンは、作詞を田口俊、作曲を杉真理、編曲を斎藤毅(斎藤ネコ)が手がけ、1991年にSAYURI名義でシングルとしてリリースされた。「津軽海峡・冬景色」や「天城越え」などの大ヒットですでに日本を代表する歌手として知られていた石川さゆりが、それまでとは路線の異なるジャジーなムードの曲を歌ったことも大きな話題となった。
「当時の制作背景についてはつまびらかではないのですが、時代を超える名曲として認識されていたこともあり、2007年に再び使用されることになったんだと思います。僕が手がけるようになったのは、角ハイボールで勝負を賭けるタイミングだったんですが、それまでの“ウイスキー=おじさんが飲むもの”というイメージをなんとか若返らせたいという狙いがありました。ウイスキーの売り上げが日本では長らく低迷していたので、その打開策として飲食店に角ハイボールのサーバーを置くようになったのがその時期です」(窪本氏)
CMの設定は、小雪が店主を務めるバーとなり、若い客が角ハイボールをカジュアルに飲むという画と、ゴスペラーズの巧みなコーラスによる「ウイスキーが~」は、新しいターゲットである30~40代男性に響いた。客の役で出演したおぎやはぎの好演も相まってCMの反応は上々だった。
「次は女性ボーカルがいいと考えて、幅広い層に人気の高い竹内まりやさんに歌唱をお願いしました。作曲を手がけられた杉真理さんとまりやさんは大学(慶應義塾大学)時代に同じ軽音学部のサークルで活動されていたので、レコーディングの現場でもお二人が当時のお話で盛り上がっていた記憶がありますね」(窪本氏)
竹内まりやによるCMバージョンのコーラスアレンジは杉真理が担当。大学時代は「リアルマッコイ」というサークルでともに音楽活動をしていた両人はこの曲を通して旧交を温め、同曲は竹内まりやのアルバム「TRAD」(2014年)にも収録された。
「まりやさんの歌うバージョンも好評を博し、CMの効果もあって、角ハイボールが急速に広まり、それに伴ってウイスキー市場も拡大。私の周りでも角ハイボールを飲む同僚が一気に増えましたね」(窪本氏)
「ウイスキーが~」は歌い出しの3秒で勝負が決まる曲
菅野美穂が出演した2011年から同CMの企画を手がけるようになった赤松隆一郎氏は語る。
「お店というフレームと音楽はキープして、30~40代を中心にさらに若い層にもアピールしていこうと。CMに出てくる“どこかにあるかもしれない店”は、言わば現実と夢の間のような場所。そこにキャストのドラマと音楽と角ハイボールをうまくクロスオーバーさせたいと考えました」(赤松氏)
「角ハイボール第2章」の第1弾にハナレグミが起用されたのも音楽ファンの話題を呼んだ。
「ミュージシャンズミュージシャンというか、音楽好きな人が聴いても唸る人選というのは頭にありましたね。タイムリーにヒットを出している人というより、実力があってファンの人たちから熱心、かつ丁寧に支持されているミュージシャンがこのCMにはふさわしいんじゃないかと思うんです。最初に歌い手を決めるのではなく、企画やセリフを書いて、登場人物が動き始めてから、『このストーリーなら今回は男性の声だな』と浮かび上がってくる場合が多いですね」(赤松氏)
菅野美穂の場合は、「亡き父親のお店を引き継いだ娘」という設定にして、常連客が彼女を温かく見守るというストーリーに仕立てた。
「窓を開けて風を感じると、彼女はふと父親を思い出す……そんな場面にハナレグミの心地いい風が吹くようなメロウで少し切ない声が聞こえてくるといいなと。以降もストーリーや設定に合う歌い手の方に歌唱を依頼しています」(赤松氏)
赤松氏自身、クリエイティブディレクター / CMプランナーとして活動しながらCMソングの作詞作曲、アーティストへの楽曲提供やプロデュースなども行うミュージシャンでもあることも大きい。
「歌い出しの『♪ウイスキーが~』の3秒で勝負が決まると思っています。その声が一番重要なので、どの歌い手の方にも、『♪ウイスキーが~』の『ウイス』の部分だけは楽器を入れずにボーカルだけにしてくださいとお願いしていて。キーも細かく検証して、時には半音上げたバージョンのデモを作ってもらったり、よりインパクトを残すように心がけています」(赤松氏)
恋愛の機微を描いた味わい深い歌詞
以降も、田島貴男、浜崎貴司、藤巻亮太、二階堂和美、クラムボンなど、まさにミュージシャンズミュージシャンと呼ばれる歌い手による、さまざまなバージョンの「ウイスキーが~」がお茶の間に流れ、視聴者を惹きつけてきた。
井川遥がCMに登場した2014年からも“女性店主と客”という設定はキープしつつ、登場人物のキャラクターに色を付けることで背景にあるストーリーを想像させる心憎い演出で魅せてきた。
「井川さんがどこかミステリアスな存在なので、バーに集うお客さんのプロファイルはしっかり立てたんです。例えば、加瀬亮さんはイラストレーター、田中圭さんは金融関係の企業に務めるサラリーマンという裏設定にして、服装や話し方で何気なく人物像を描写して、井川さんとの微妙な関係を匂わせたり……」(赤松氏)
そんな雰囲気を演出するのが、1990年に生まれた「ウイスキーが、お好きでしょ」という曲の魅力でもある。フルサイズで聴くと、ウイスキーを飲みながら、「もう少し しゃべりましょ」と、かつての恋人に語りかける大人のラブソングだとわかる仕掛けになっているのもポイントだ。
「フルで聴くと、感傷的な部分もありつつ、ウエットになりすぎず、恋愛の機微を描いた味わい深い歌詞ですよね。皆さん、たいていフルサイズで録音されて、リリースしてくれるのはこの曲の素晴らしさの証明でもあると思います。CMソングとしても、『ウイスキー』という商品に直結する言葉がサビ頭から出ることで、ブランドとしての堂々とした空気が作られていて、その意味でも『♪ウイスキーが~』という歌い出しは神がかっていると思います」(赤松氏)
平成から令和まで歌い継がれる名曲に
赤松氏は10年以上にわたり、このCMシリーズを手がけ、音楽を手がけたミュージシャンたちのレコーディング現場にも立ち会ってきた。
「ハナレグミの永積崇さんは、バンドとギターの弾き語りの一発録りだったんですが、そのときにあの曲がこんなに素敵に新鮮になることに感動して。その体験がベンチマークとなり、このクオリティを維持していきたいと思いました。山梨県の小淵沢のスタジオで録音したクラムボンの現場も忘れられません。偶然、夕方に近くの小学校の帰宅を促すチャイムの音が入っているテイクが素晴らしかったんです。曲のキーとチャイムの音が偶然ハモって。あれはマジックでした」(赤松氏)
また、アレンジの采配によって、曲がいろいろな表情を見せるというのも多くのカバーを生む名曲の特性と言える。
「打ち合わせではCMのストーリーや世界観をお話しして、そこから発想してアレンジを2、3パターン出してきてくださる方が多いですね。僕自身、CM音楽を手がける場合もあるので、歌い手の方とコミュニケーションをとりながら、ボーカルディレクションをさせてもらうこともあります」(赤松氏)
2020年の「角ハイボール缶」のクラムボンバージョンも、配信シングルとしてリリースされるなど、近年も話題を呼ぶ作品が続いている。2021年は折坂悠太、現在放映中の最新CMはGLIM SPANKYの歌声が流れている。
「折坂さんはアルバムを聴いたり、ライブを拝見したりして、いつかお仕事ができたらと願っていたのですが、コロナ禍が一時落ち着いた頃、次回CMを企画していて思いついたのが『元気でしたか?』というセリフでした。そんな頃合いでしたから、相手を気遣えるような折坂さん独特の柔らかい声であの曲を聴いてみたかった。GLIM SPANKYは、そろそろ外に飲みに行きたくなる時期に『ハイボールとカラアゲ』がテーマになり、松尾レミさんのパンチと艶のあるボーカルはピッタリだなと。松尾さんが以前からいつかこの歌を歌ってみたかったとのことで快諾してくれました」(赤松氏)
かくして、CMソングとしては異例のリバイバルヒットとなり、平成から令和まで歌い継がれ、日本中の誰もが知る曲となった。
「CMがシリーズ化され、長く続いているのは商品が支持されたからですが、最初にこの曲で勝負を賭けたのも今思えばよかったと思いますね。商品が浸透するにつれ、女性も角ハイボールを好んで飲まれるようになり、女性目線も意識したCMと音楽を意識するようになったのも大きい」(窪本氏)
CM音楽界の名匠・大森昭男から受け継ぐ遺伝子
「歌は世に連れ」とは言うが、世相や時代をもっとも敏感に反映するCMソングが30年の時の流れに耐え、スタンダード化した理由はどこにあるのだろう。
「やはり原曲のメロディと歌詞が圧倒的に素晴らしいということに尽きると思います。だから実力のある人がどんな解釈で、どんなふうに歌ってもいい曲になるんだと思いますね」(赤松氏)
ルーツをさかのぼると、オリジナルの「ウイスキーが、お好きでしょ」のCMを手がけたのは、70年代から数多くのCMソングを手がけてきたCM音楽プロデューサーの重鎮、大森昭男氏(2018年没)。大滝詠一、山下達郎の才能にいち早く着目し、矢沢永吉「時間よ止まれ」、 矢野顕子「春咲小紅」、森進一「冬のリヴィエラ」などの大ヒットを生んだ仕掛け人の遺伝子を、「ウイスキーが~」は今なお継承しているとも言える。
「そうなんです。担当した1本目、この企画にはハナレグミがいい、と思いつつ打ち合わせに向かったら、大先輩の大森さんが 『赤松さん、ハナレグミはどうですか?』とおっしゃられて。以心伝心のようになって大森さんと2人、話しながら渋谷駅まで歩いたことが思い出されます。広告や音楽が輝いていた時代、丁寧にしっかりいいお仕事をされてきた方の根っこの部分がたぶんこの曲には息づいているんですよね。それがあるから僕らが自由にCMを作ってもブレないんだと思います。この先もその志は引き継いでいきたいですね」(赤松氏)
街に人が戻り、店での飲食や語らいが以前のように戻ることを祈らずにはいられない2022年夏、GLIM SPANKYの歌声が響く。