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アーティストの音楽履歴書 第42回 TAKU INOUEのルーツをたどる

TAKU INOUEの音楽履歴書。
1年以上前2022年12月24日 9:06

アーティストの音楽遍歴を紐解くことで、音楽を探求することの面白さや、アーティストの新たな魅力を浮き彫りにするこの企画。今回はクラブミュージックをルーツに持ち、バンダイナムコゲームス社員を経て2021年にメジャーデビューを果たしたTAKU INOUEに話を聞いた。

取材・文 / 森山ド・ロ

アニメにお熱なTAKU少年、X JAPANを観て「音楽ってすげえな」

3歳の頃にピアノを始めたのが、最初に音楽に触れたきっかけです。母が音楽の先生で、父も音楽が好きだったので、家庭の中に自然と音楽があるような環境でしたね。それから6歳の頃にアメリカに行って、現地の幼稚園や小学校に通いました。人生初のライブは、アメリカで父親に連れられて行ったケニー・ロギンスのライブだったと思います。アメリカで音楽に触れた記憶はほとんどなくて、当時テレビで流れてた「ヒーマン」とかアニメの曲を聴くくらいでした。

音楽をちゃんと聴き始めたのは、アメリカから帰国して日本の小学校に入ってから。当時はMr.Childrenやスピッツが流行っていて、J-POPを人並みに聴いていました。初めて買ったCDは小4のときに流行っていたアニメ「SLAM DUNK」の主題歌、BAADの「君が好きだと叫びたい」だったと思います。CDに関しては、アニメの関連作品を買うことが多かったです。その中でも「マクロス7」はアルバムの発売日にCDを買いに行くくらい好きで、とにかく影響を受けました。音楽にハマるまでは、アニメにお熱だったんですよ。

小6のときに、当時NHKでやっていた「ポップジャム」という番組でX JAPANが「DAHLIA」を演奏しているのを観て、初めて「音楽ってすげえな」と思いました。ピアノは小学校低学年くらいで自然とやらなくなっていたんですけど、YOSHIKIさんのピアノ演奏を観て、自分からピアノを触りに行くようになって。それから、いろんな楽器を弾けたらカッコいいじゃんと思い、父のギターを借りて触り始めました。J-POPの楽譜を買ってもらうようになり、Mr.Childrenの「Tomorrow never knows」のピアノから始まるイントロを「ここ弾けたらカッコよくね?」と思って、そこだけ練習したり(笑)。X JAPANからの流れで、LUNA SEAやL'Arc-en-Cielを聴き始めて、ギターをさらにちゃんと練習するようになりました。家に楽器がある環境だったので、手に取りやすかったのは本当によかったと思います。

クラブミュージックに目覚め、バンドを組み、作曲を始めた中学時代

中学時代はLUNA SEAが一番好きで、SUGIZOさんのソロワークスもめちゃめちゃ聴いてました。彼のソロワークスはクラブミュージックを基盤にしていたというか、今思えば、当時日本で流行り始めてたドラムンベースをいち早く取り入れていたんですよね。中2のときに買った雑誌「GiGS」の中で、SUGIZOさんがオススメのCDを50枚紹介していたんですよ。そこにビョークやBeastie Boysなど見たことのなかったCDがたくさん並んでいたので、当時札幌にあったヴァージンメガストアーズやタワレコで探して試聴して、本当によさそうな作品は親に買ってもらうみたいなことをしてました。そんな中、いろいろなドラムンベースの曲との出会いをきっかけに「クラブミュージックってめちゃくちゃカッコいいじゃん」と思って。ドラムンベースってロックっぽいビートなので、ロックキッズにも入りやすくて一気にハマりました。特にビョークのリミックスアルバムは今でも取ってあります。擦り切れるほど聴きました。

中2のときからバンド活動を始めて、LUNA SEAとかJUDY AND MARYをコピーしながら、オリジナル曲も作っていました。作曲を始めたきっかけは全然覚えていないんですけど、父親がコンパックの安いパソコンを買ってきて、その中にプリインされてた音楽ソフトを使ってデモを作り始めたんです。デモをメンバーに渡して「こんなん作りたい」って共有したりして。でも具体的に作曲をやりたいと思ったきっかけは全然覚えてないんですよ。

ベルギーでも日本の新譜をチェック、本当になんでも聴いた

父の仕事の都合で16歳から1年ほどベルギーに行くんですけど、クラブミュージックにハマっていたこともあり、ベルギー行きが決まったときはかなりうれしかった記憶があります。「R&Sレコーズの本拠地に行けるじゃん!」って。ベルギーでは学校でクラブミュージックが好きな友達ができて、そいつの家に行ってレコードを聴きまくったり、オススメの楽曲を交換したり、いろんなレコード屋に連れて行ってもらったり、小遣いでレコードを買ったりして、めちゃくちゃ楽しかったですね。

ベルギーでハマった音楽で印象深いのは、BOOM BOOM SATELLITES。SUGIZOさんのオススメCDに入っていたからもともと存在は知ってたんですけど、初めて1stアルバム「OUT LOUD」を通して聴いたらブッ飛んでいて衝撃を受けました。しかもクレジットをよく見たら「これ日本人かよ!」って驚いて。ほかにはSquarepusherにもハマっていた記憶があります。あとはベルギーにいても日本の新譜が気になっちゃって、親戚に日本の音楽雑誌を送ってもらってチェックして、椎名林檎の「無罪モラトリアム」とかDragon Ashの「Viva La Revolution」とか気になった作品も送ってもらっていました。インターネットが今ほど普及していなかった当時でも、モーニング娘。の「LOVEマシーン」がめちゃくちゃ流行ってるとか、そういう情報は入ってきてましたね。クラブミュージックにハマりつつも、バンドサウンドも相変わらず好きだったし、とにかくいろんな音楽を聴いていました。

日本に戻ってきたのは、ちょうど「AIR JAM」がめちゃくちゃ流行っていた時期。Hi-STANDARD全盛期という感じで、友達と話していてもバンドの情報が自然と入ってくるような環境でした。中学時代に組んでいたメンバーとまたバンドを結成して、ライブもやるようになりました。メロコアみたいな曲もやってたし、BOOM BOOM SATELLITESが好きだったから、そんな感じの曲もやってみたくて、父のパソコンで作った打ち込みパートをMDに録音して、演奏のときにそれを流すみたいな、めちゃくちゃなことをやったりとか(笑)。BRAHMANやハイスタのコピーも趣味でやりつつ、高校のときは基本的にオリジナル曲を披露していました。札幌はヒップホップも盛んで、その流れでラップ系のバンドも組んでいて。特にTHA BLUE HERBさんは札幌じゃ神的な存在だったし、バンドシーンともすごく近かったので、「ブルーハーブかっけー!」とか言って聴いていましたね。それ以外にも海外のヒップホップとか、本当になんでも聴いていました。昔から嫌いな曲とかジャンルがあんまりなかったんですよ。とりあえずちょっと聴いてみようみたいなスタンスでしたね。

applebonkerとして初めて音楽仕事を経験、記念受験のバンダイナムコゲームスに入社

高校卒業後は大学進学で上京するんですけど、札幌のバンドも同時に続けていて、東京と札幌を行ったり来たりしてました。さらに大学の友達とがっつり打ち込みのバンドやろうということになって、applebonkerというバンドを結成したんです。applebonkerの活動はすごくがんばったなと今でも思います。ちゃんとした打ち込み機材がそろってきた頃、Sony Musicがオーディションをやっていて、「送ってみるか」とノリで音源を送ってみたら、受かったんですよ。それでCDを作らせてもらったり、石野卓球さんが主催していた「WIRE」という横浜アリーナのイベントに出させてもらって。本当に小さいステージだったんですけど、当時17歳だったtofubeatsくんとそこで初めて会ったり。ほかにもユニコーンや玉置成実さんのリミックスをやらせてもらって、音楽の仕事でお金をもらうという経験を初めてしました。でもその時点では音楽で食べていこうとかはそんなに思っていなくて。もちろん心の奥底ではそうできたらいいなとは思っていたんですけど「一応国立大に入れてもらってるしなあ……」みたいなことを考え出して、結局大学院に進むんです。

就活する段階になって、ゲームミュージックを作る仕事があるというのを改めて認識して、選択肢としてアリだなと感じたんです。X JAPANと出会って音楽にのめり込んで以来、アニメからはわりと離れていたんですけど、ゲームは一貫してずっとやっていたので。「でも音大出身じゃないとダメなんだろうな」とか思いながら、記念受験のつもりで一番好きだったバンダイナムコゲームスにテープだけ送りました。それで結果的に入社が決まって、ゲーム音楽制作の仕事に就いたわけです。現代のゲームミュージックって普通の音楽と一緒というか。パソコンを使って、ポップミュージックと一緒の作り方をするので、「ゲームミュージックを作っている」という新しい感覚はあったものの、趣味がそのまま仕事になったような感じでしたね。

ハッチャケた「アイマス」作詞で「あ、こういうのもいけるんだ」

僕はもともとナムコの高橋慶太さんというプロデューサーの方が手がけた「塊魂」ってゲームが大好きで、最初に「塊魂」の制作チームに入れてもらったんです。そのチームで作った「のびのびBOY」というゲームの曲が、最初の仕事でした。それから、「RIDGE RACER」とか「鉄拳」の音楽を作ることになるんですけど、クラブミュージックが得意だったんで、その2つとは特に相性がよかったんですよね。周りからは「スカした感じの曲を書くやつ」って思われてたかもしれません(笑)。

それから2、3年後に「アイドルマスター」の仕事が入ってきて、最初は作詞を担当しました。そのときにハッチャケた内容の歌詞を書いたら、「あ、こういうのもいけるんだ」と周りから思われたらしく、アイマス関連の仕事が増えていって。最初に手がけたのは「THE IDOLM@STER 2」だったんですけど、初代「THE IDOLM@STER」の存在は知らなかったんですよ。ただ昔、ゲームショップに行ったときにアイマスの「shiny smile」という曲が流れていて「なんていい曲なんだ」と衝撃を受けたのはめっちゃ覚えていて、それが作詞の仕事が来たときにつながった感じでした。「そういえば、ここに『shiny smile』を作った人がいるんだ……」と感動しましたね(笑)。アイマスで最初に作曲したのは「アイドルマスターシンデレラガールズ」という派生コンテンツのキャラソン。ナムコはいろんなラインの制作を同時にやることが多いので、「鉄拳」「RIDGE RACER」「塊魂」チームの仕事と並行しつつ、たまにアイマスもやるという働き方をしてましたね。音ゲーのディレクターをやらせてもらったりもしたんですけど、僕は1つのチームに所属するというよりも、いろんな仕事をちょいちょいつまんでやらせてもらう立ち位置でした。

MOGRAで広がった交友関係と音楽性、インターネットミュージックは面白い

会社の仕事と並行して個人での音楽活動もやっていました。ライブの頻度はすごく減っていたけど、友達とスタジオに入ったり、DJのオファーをもらったり。「ゲームミュージックでDJやってください」「アイマスの曲でDJしてください」みたいな依頼が増えましたね。

2015年にMOGRAの箱イベに呼んでもらってからは、MOGRAによく出入りしてました。僕はいわゆるインターネットミュージックには疎くて、なんならMaltine Recordsも全然知らなかったし、ボカロもまったく通ってこなかった人間だったんです。でもMOGRAのイベントに出るようになってから聴くようになりました。内容はクラブミュージックだったりするし、普通に選択肢の1つとして触れるようになって。あとはMOGRAでボカロ界隈の人とかインターネットレーベル周りの人と話す機会が増えて、それこそひさびさにtofubeatsくんと「実は『WIRE』に出てたapplebonkerのメンバーなんです」みたいな再会を果たしたりもしました。ここをきっかけに友達も増えたし、音楽の選択肢も増えたし、インターネットミュージックはずっと面白いシーンだなと思っています。

そのときに楽しいと思うものを楽しく書く

個人の仕事を受けている中で、Daokoちゃんの曲を制作したときにTOY'S FACTORYとのつながりができて、2018年の頭くらいに「トイズでやりませんか?」みたいな話をいただき、けっこう軽い感じで「やってみようかな」と。後先考えないタイプの人生だったので、そのときも本当に考えてなくて、すでに結婚してたんですけど「声がかかってるんだけど、やってもいい?」と妻に聞いたら「やればー」と言われて(笑)。結局深く考えずに会社を辞めたって感じですね。レコード会社に入ったからといって、特に立ち回りが変わることはなくて、アイマスの曲を作るのも、Daokoちゃんの曲を作るのも、作業内容としてはそんなに変わらなかったです。トイズとアーティスト契約はしましたけど、最初の数年は受託案件をずっとメインでやっていて、それってナムコにいるときとほとんど変わらないんですよ。ゲームミュージックを作っていたときもいろんな音楽を聴いていたので、手がける音楽が変わってもスタンスは一緒ですね。

トイズに入った当初は「受託もいいですけど、アーティストとしてもやってくださいね」と言われてたものの、最初はアーティスト活動のほうに全然興味が湧かなくて(笑)。のらりくらり受託仕事ばっかりやってたんですけど、2021年の頭くらいに、10年後のことをふと考え始めて、「10年先も受託があるのかな」とか急に考え込んじゃったんですよ。「新しいことに挑戦しなくちゃいかんな」という気持ちになって、去年「3時12分」という曲を作りました。なんで急にそんなことを考え始めたのかはわからないんですけど、仕事の山場を越えた直後で、やっぱり暇になるとよからぬことを考え出すというか(笑)。DJをやっていたので今さら人前に出てドキドキすることはありませんでしたが、自分の名義で曲を出すというのはひさびさだったので緊張しましたね。今年Midnight Grand Orchestraというプロジェクトを始動させたのも、新しいことがやりたかったから。ミドグラはポップスの範疇には留めつつ、わりと難しいことをしてもオッケーみたいに思っています。小技を効かせたバンドサウンドが作りたくなったんですよね。

流行は常に追いかけています。「東京トップヒッツ」みたいなプレイリストをめちゃくちゃ聴いて「最近はこういうのがウケるんだ」と思ったり。ポップスも大好きなので普通に楽しく聴きながら、そういうアンテナは常に張っていますね。僕は作曲における一貫したテーマなどが特にないんですよ。「そのときに楽しいと思うものを楽しく書く」というのが唯一の決まりごと。イヤイヤ作って人に響くものはできないと思うので、そこだけは意識しています。

TAKU INOUE(タクイノウエ)

サウンドプロデューサー / コンポーザー / DJ。「アイドルマスター」シリーズや任天堂とCygamesによるアクションRPGアプリ「ドラガリアロスト」などゲームの楽曲をはじめ、DAOKO、Eve、ナナヲアカリ、STU48、月ノ美兎、HOWL BE QUIETといったアーティストのサウンドプロデュースや楽曲提供を担当する。2021年にTOY'S FACTORY内のレーベル・VIAより「3時12分 / TAKU INOUE&星街すいせい」でメジャーデビュー。2022年に星街すいせいとのプロジェクト・Midnight Grand Orchestraを始動させ、7月に1stミニアルバム「Overture」を発表した。

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