音楽の仕事に携わる映像作家たちに焦点を当てる本連載「映像で音楽を奏でる人々」。第23回では、YouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」やNHK総合の音楽ドキュメンタリー「おかえり音楽室」でクリエイティブディレクターを務める清水恵介に話を聞く。
2019年11月の開設以来、瞬く間に登録者数を増やし、今や754万人(2023年3月現在)を誇る国内最大の音楽チャンネル「THE FIRST TAKE」。そしてNHK総合で放送され大きな話題を集めている音楽ドキュメンタリー番組「おかえり音楽室」。なぜ清水が手がける音楽コンテンツは人々を魅了するのか。これまでUNIQLOやSHISEIDOといった企業のキャンペーンでアートディレクターを務めてきたものの、映像のディレクションは初めてだったという清水が取ったのは“写真の手法”だった。音楽業界に旋風を巻き起こすコンテンツ作りの秘密を探るとともに、清水のこれまでとこれからについて語ってもらった。
取材・文 / 丸澤嘉明 撮影 / 大槻志穂
目指しているのは“トイレのマーク”
僕は高校生の頃、「STUDIO VOICE」「relax」「rockin’on」など、とにかく雑誌が好きでよく読んでいて、そこで紹介されているカルチャーが大好きでした。その頃はThe Velvet UndergroundとかSonic Youthを愛聴していたんですけど、Sonic Youthのジャケットはキム・ゴードンがアートキュレーター的な役割をしていて、現代アートの巨匠の作品を採用しているんですよね。当時はそんなにすごい人たちだと知りませんでしたが、ずっとカッコいいなと思いながらジャケットを眺めていて。そういう流れでアートの魅力にハマっていったんですが、アートディレクターという職業については、何をする人なのかまったくわからず無知の状態でした。まだ自分に何ができるのかわからないけど、映像をやってみようと決めて映像の専門学校に進学し、そこで学校の先生が作った映像にBGMを付けたことがあったんです。それがいろいろな人に出回って、hide(X JAPAN)さんが立ち上げた音楽レーベル・LEMONedに在籍していた方に「バンドやらない?」って誘っていただいて、19歳の頃から3年くらい音楽活動をしていました。
バンドではギターとベースを担当して、ワーナーミュージックからメジャーデビューもさせてもらいました。でも僕、めちゃくちゃ下手だったんですよね。エンジニアの人に「こんなに下手な人は初めてだ」って言われるくらい(笑)。なのでバンド名は控えさせてください。ただそのときにPro Toolsでのレコーディングの仕方や波形編集、ミックスとマスタリングについてひと通り学ぶことができたので、今に生かされている部分はあるのかなと思っています。今となっては、若い頃から挫折をたくさん味わうことができて本当によかったなと。バンドに誘っていただいた方には、感謝してもし切れないですね。
あと、バンドメンバーがデザイン事務所で働いていたんですよ。僕がそういうのにも興味があるという話をしたら「そこでデザインの仕事をすればいいじゃん」と言われて、CDジャケットのデザインのアシスタントをやったりしていました。さらにその事務所の系列に映像会社があって、その会社にはフィッシュマンズのミュージックビデオを撮っていた川村ケンスケさんがいたり、映像ディレクターのダイシンさんがいたりして。僕も当時フィッシュマンズが大好きだったので、MV制作を横で見ながらいいなあと思ってましたね。
その後、映画配給会社やデザイン事務所でデザイナーとして働いたりもしつつ、アートディレクターとしてちゃんと自立してがんばろうと思いまして。広告代理店に声をかけていただいて、UNIQLOやSHISEIDO、UNITED ARROWSなどいろいろなブランドのキャンペーンを担当しました。野宮真貴さんのデビュー30周年のキャンペーンのアートディレクションをさせていただいたこともあるんですが、それこそ僕は渋谷系も大好きでしたし、信藤三雄さんの本を何度も読んでいたので、信藤さんに捧げるような気持ちで取り組みました。セルフカバーアルバム「30 ~Greatest Self Covers & More!!!~」(参考:野宮真貴 30周年インタビュー )のジャケットは、30周年のお祝いだからフラワーアーティストの東信さんに祝い花を作ってもらい、「笑っていいとも!」の花輪の文字を書いていた人を探してお願いしたんですよ(笑)。そのときに信藤さんとお話しする機会があって、僕のデザインにお褒めの言葉をいただいて、本当にうれしかったですね。
信藤さんのほかにも、音楽とデザインが共犯関係にあるものを作っているアートディレクターが大好きで、「rockin’on」のアートディレクターだった大類信さんをものすごくリスペクトしています。「purple」というフランスのインディペンデント雑誌があって、そこにはSonic Youthのアートワークを手がけていたリチャード・プリンスやマーク・ボスウィックが撮影したポートレート、ホンマタカシさんはじめ日本人の作品もいっぱい載っていました。「purple」は、調べてみると大類信さんがアートディレクターを務められていていたんです。ホント、めちゃくちゃ影響を受けましたね。
そうやってさまざまな案件のアートディレクションを担当してきましたけど、強いワンビジュアルで何かを伝えるようなものが僕自身は好きだし、それが自分のカラーなのかなと思います。とはいえ、ただワンビジュアルだったらいいというわけではなくて、バックグラウンドにものすごい情報量があったうえで余分な要素を削ぎ落としていき、「これだけを見てくれ」と訴えかけるようなものが好き。それは“アイコニック”ということだと思っているんですけど、例えばトイレのピクトグラムってすごいなと思っていて。言葉も関係ないし、年齢も関係なく誰にでもわかるようなマークになっていますよね。僕もデザインをするときは常に“子供にも感覚として伝わる”ことを心がけています。
「THE FIRST TAKE」の考え方は写真
ずっとCDジャケットのデザインもやっていた流れで、新しく立ち上げるYouTubeチャンネルの話を企画の段階から運営スタッフの方にお声がけいただいて、チームの一員として関わらせていただくことになりました。それまで映像のディレクションはやったことがなかったんですけど、「THE FIRST TAKE」の考え方は写真なんですよ。定点カメラで撮影して、スチールを組み合わせることで動画にしている。動く写真は、映像の起源でもありますよね。写真のディレクションはずっとやってきていたので、この手法なら僕にでもできると考えました。そして、運営チームと会話をして「THE FIRST TAKE」のルールを考えていきました。
決まったのは、「白いスタジオで一発撮りのパフォーマンスをすること」。さまざまなアーティストの方がパフォーマンスすることを想像すると、どんなアーティストでも受け止められる器が必要でした。そういう普遍性のあるものを考えたときに、真っ白な器にアーティストが入ってくることで色が付けばいいなと思い「白いスタジオで撮る」というフレームが生まれました。白バック撮影って一番シンプルだからこそ奥が深くて難しさもあるんですけど、余計な情報を削ぎ落とし、アーティストのパフォーマンスに集中できることを第一に考えました。
一発撮りというコンセプトに関して、「THE FIRST TAKE」を始めてからいろいろなカメラマンの方に「あれはすごくよくわかる。写真も最初の1枚を超えられないんだよ」と言われます。2枚目以降はよくしようと理性的になっていって、1枚目の初期衝動を超えられないって。音楽でも最初にレコーディングしたテイクが結局一番いいってよく言いますよね。写真と音楽という違う分野で、同じことを言っているのがすごく面白いと思いました。
白いスタジオで撮影するにあたり、ライティングや質感には非常にこだわっています。僕がUNITED ARROWSやUNIQLOの広告の仕事で長年ご一緒してきたカメラマンの長山一樹さんとライティングディレクターの遠矢和栄さんにお願いしているんですけど、「THE FIRST TAKE」のコンセプトと同じくらい、それを実現してくれるスタッフの存在が重要で。どういうライトにするかは毎回アーティストと曲の世界観を踏まえたうえで決めていて、例えばDef Techの「My Way」は、バックライトがすごく強くて人物側がシャドウになっています。壁に当てるライトと人物に当たるライトを別々に調整しているんですけど、これはご本人たちにとって「My Way」という曲がものすごく大きな存在だろうと思って。背景から光を浴びるようなライティングにすることで、この楽曲の持つ重みやそれまでの歴史を背負ってパフォーマンスしているということを表現しています。
折坂悠太さんの「トーチ」は、折坂さんとの事前セッションの中で「キャンドルの光のようなライトがいい」というアイデアをいただいて、本当に小さい光でギュッとしたものを作りました。背景をグレーにしていると思う方がいるかもしれないですけど、これも白いスタジオで、あくまでライティングで調整して、そう見えるようにしています。光の当て方も、どこに影を作るかでガラッと印象が変わりますし、決められたルールの中でどんな幅を作れるかはいつも遠矢さんと試行錯誤しています。
音楽番組ではなくミニマルなドキュメンタリー番組
「THE FIRST TAKE」はただの音楽番組ではなく、ドキュメンタリー番組であるということをすごく大事にしています。スタジオに入ってきてから歌い終わるまでが1つのストーリーで、アーティストの奏でる音楽も、そのドキュメンタリーの一部という扱い。音楽とそれ以外の部分を分けるのは好きじゃなくて。僕が映画配給会社にいたときに配給していた作品で、Talking Headsの「ストップ・メイキング・センス」というライブ映画があるんですけど、そこで起きている出来事を追体験できるドキュメンタリーのような見せ方をしていたんです。そういう撮り方が好きだったので、「THE FIRST TAKE」もミニマルなドキュメンタリーだということを意識していて。スタジオの中はアーティスト以外に誰もいない状態で、複数台の定点カメラで撮影しています。それはアーティストがカメラを意識した予定調和な固い画になってしまうのを避けたかったんです。人の無意識の状態の動きを撮りたくて。ドキュメンタリーの手法なんですけど、定点カメラにすると被写体はそのうちカメラの存在を忘れた状態になっていくんです。
正面からではなく横顔を映している理由としては、テクニカルな話で言うとマイクが顔に被らないというのもあるんですけど、本人の見えないところからこっそり覗いてる感じにすることで、客観性、すなわちドキュメンタリー感が強くなる気がしていて。あと、荒木経惟さんがよく「顔は究極のヌード。その人の人生が一番出る場所」とお話しされている通り、顔にはものすごい情報量が詰まっているんですよね。なので正面から撮影するより、横顔にすることで余白を持たせられるんじゃないかと思っています。
以前、坂本龍一さんが「ノイズも音楽の一部である」とおっしゃっていたのを聞いて感銘を受けました。パフォーマンスの前後の無音に近い状態での、歩く音、ヘッドフォンを付ける音、衣擦れの音、準備する音。「THE FIRST TAKE」では、その全部の音を音楽として大事に取り入れています。カット割りに関して言うと、アーティストが歌っている姿を至近距離から1アングルでずっと観ることってなかなかないと思うので、間が持つか持たないか、ギリギリのところを攻めたい気持ちはあります。漫才でも同じことをしつこく繰り返していくとだんだん面白くなってくることってありますよね。それと同じで、1アングルを長回しで見せることで、ディティールが見えて、アーティストのパフォーマンスのすごさが伝わると思っていて。まあ、まったく画が変わらないとさすがに観ているほうも飽きてくるので、いろいろなアングルを入れていますけど、気持ちとしてはずっと1アングル長回しで没入感を高めるのが理想ですね。ちなみに楽器を弾く手元の寄りのカットは、教則ビデオが元ネタになっています。僕もギターをやっていたのでお世話になったんですけど、ああいう映像って、手の細かい動きをずっと観ていられますよね(笑)。
パブリックなものになっていくのが理想
サムネイルのデザインは、シンプルで1回見たら覚えられるものを意識しました。先ほども言いましたが、僕がデザインで大事にしているのは、アイコニックで非言語コミュニケーションであるということなんです。とにかくシンプルに、線、丸、三角、四角くらいそぎ落としたものが理想。僕が好きな亀倉雄策さん(※1964年の東京オリンピックのシンボルマークやポスターをデザインした日本を代表するグラフィックデザイナー)がデザインされたものの1つにNTTのマークがあるんですけど、あれ、美術館の展示で大きくプリントされているのを見たときに衝撃を受けたんですよね。あのマークを見たら誰でもNTTだとわかる。無意識に到達しているデザインで、そのことに怖いくらいの魅力を感じました。これを政治的に使うとプロパガンダになりますけど、それくらいデザインの持つ力が強いことを知ったし信じているから、いつか自分もそういうものを作りたいとずっと思っていました。
「THE FIRST TAKE」のサムネイルには、雑誌の表紙のイメージもあります。センターにある縦の一本線がロゴで、毎回アーティストが変わるし、それに合わせてロゴの色も変わってフレッシュさを印象付けられるというイメージ。あとは二次創作が生まれやすいように、みんなが真似できる余白も作りたいと思っていて。誰でもあの一本線はデザインできて、「THE FIRST TAKE」っぽく見せられますよね。そうやってパブリックなものになっていくのが理想です。
YouTubeというプラットフォームがある限り「THE FIRST TAKE」のコンテンツはずっと残るだろうし、そうするとアーカイブの価値がこれからどんどん上がっていくと思っています。美術館のパーマネントコレクションみたいなもので、20年後、30年後に「THE FIRST TAKE」でのパフォーマンス映像を誰かが観たときに、また再評価されることがきっとあると信じていて。「THE FIRST TAKE」の映像は語り継がれていくでしょうし、そういうものに関われることができて本当に幸せですね。
人間の本質をあぶり出すフレームを作りたい
僕にできることは、アートディレクターの視点で余白を大事にしつつ、いろいろなものを削ぎ落としたうえで、コンセプチュアルなフレームを作ることだと思うんですよね。僕はバラエティ番組の「はじめてのおつかい」が大好きなんですけど、あれはフレーム作りが成功している素晴らしい好例だと思っていて。番組の枠組み自体は何も変わっていないのに、いまだにまったく色あせないですし、世界で評価されていますよね。その理由を考えると、根本にあるものは親が子を思う気持ちだったり子供の成長だったり、人間の本質を描いているところなんですよね。僕が企画と監督をして、NHK総合で放送された「おかえり音楽室」でもそういうところを意識しました。
この番組はアーティストが過去の自分を振り返りながら帰郷をして、友人や恩師と再会をしていき、最後に到着した母校の音楽室でライブをやってもらう音楽ドキュメンタリーでして、「母校の音楽室でライブをしたら誰しもこういう気持ちになるだろうな」という本能の部分を引き出すようなフレームを作りたいと思って。もちろん映像のディティールやライティングもこだわりますが、僕がやるべきことは人の本質とか本能みたいなものをあぶりだすような仕組みを作ること。それによって出演する人と観る人の琴線に触れるものを作りたいという思いはありますね。1回目はDa-iCEの花村想太さん、2回目はAwichさん、3回目はマカロニえんぴつのはっとりさんに出演していただいたんですけど、アーティストによって毎回全然違う内容になるんですよ。決められたフレームの中で遊んだり、はみ出したりしてくれるのが本当に面白いです。
僕自身、MVを作ったことはまだないんですが、映像監督を本当に尊敬していますし、だからこそ僕が作るとしたら、やはりコンセプチュアルなフレーム作りから考える映像になると思います。単発のMVではなく、ある程度連続する枠組みの中でハプニングが生まれたりして、人間の本質をあぶり出すようなもの。もし複数回を僕に任せてもいいというアーティストの方がいたら、ぜひオファーをお待ちしています(笑)。
清水恵介が影響を受けた映像作品
ジョン・カサヴェテス「Faces」
2002年に映画配給会社で働いていたときに、シネ・ヴィヴァンの元支配人の塚田誠一さんがそこの社長をされていて、「清水くんはきっとこの映画が好きだ」と教えていただきました。即興演技、クロースアップした顔の連続、長回しなどの技法で、表面的な部分ではなく人の本質が映し出されていると思います。自分にとって、最も影響を受けた映画です。
エイフェックス・ツイン「T69 Collapse」
2017年の「FUJI ROCK FESTIVAL」でエイフェックス・ツインのステージ映像を観て度肝を抜かれてから、ビジュアルアーティストWeirdcoreを追いかけてます。学生時代から、いろんなジャンルの音楽が好きでしたが、WARP RECORDSなどのエレクトロニックミュージックのビジュアル表現にはたくさん影響を受けました。
チャールズ&レイ・イームズ「Powers of Ten」
ミッドセンチュリー家具のデザインを牽引したイームズ夫妻が、映像作家として1977年に制作した実験的な教育映画。チャールズ&レイ・イームズやディーター・ラムス、ル・コルビュジエなど、建築やインダストリアルデザインの思想にたくさん影響を受けてきました。視点(カメラ)をどこに置くか、被写界深度を変えてものをどう見るか。いつ見ても、たくさんの気付きがある映像です。