アーティストの音楽遍歴を紐解くことで、音楽を探求することの面白さや、アーティストの新たな魅力を浮き彫りにするこの企画。今回は“創作あーちすと”として多岐にわたる分野で活動し、2017年から音楽活動にも注力しているのんにルーツを聞いた。
取材・文 / 湯澤穂波
いたずらっ子の目立ちたがり屋、モー娘。に夢中
活発でいたずら好きな子供でした。同い年のいとこが近所に住んでいて、双子みたいに育ちました。それも、めちゃくちゃ生意気な(笑)。2人でいれば無敵!みたいな感じ。地元は兵庫県の田舎のほうなんですが、山に登ったり、秘密基地を作ったり、田んぼで泥だらけになったりして遊んでましたね。近所の家のまだ青い柿を大量に取ってきちゃって、親にメチャクチャ叱られ、持ち主に謝りに行くこともありました。
初めて意識して音楽を聴いたのは小学校低学年の頃、モーニング娘。でしたね。「LOVEマシーン」「恋愛レボリューション21」「ザ☆ピ~ス!」とか、モー娘。の曲にはお祭り感があって、聴くと楽しい気分になったのを覚えています。あの頃のモー娘。って、今のアイドルとはイメージが違いますよね。衣装もちょっとセクシーだったり、カッコよく見えるところにも憧れたなあ。それで夢中になってカードを集めたり、「なかよし」で連載されていたマンガ(田中利花原作、神崎裕マンガによる「娘。物語 モーニング娘。オフィシャルストーリー」)を読んだりしてました。私は特になっち(安倍なつみ)が好きでしたね。王道センターって感じ。
私、夢がころころ変わって、いろんなものになりたかったんですよ。ランウェイを歩くモデル、イラストレーター、お洋服を作る人……「キューティーハニーF」のナースハニーが好きだったときは看護師さんが夢でした。それからテレビで「吉本新喜劇」を観ていた影響で、小学校低学年のときにお笑い芸人を目指したことも。同級生とトリオを組んで、コントを作って友達に見せたりしてました。「ニコラ」のモデルオーディションを受けたのは、いろんなお洋服を着れて楽しそうだと思ったから。モー娘。にハマっても、アイドルになりたいと思ったことはなかったけど、歌ったり踊ったりするのは大好きで。町のカラオケ大会があれば参加して「忍たま乱太郎」のオープニングテーマ「勇気100%」を歌ったりしてました。とにかく人前に立つのが好きな、目立ちたがり屋でしたね。
役場の職員のコレクションでGO!GO!7188コピー「バンド最高!」
当時、モー娘。は好きだったし、ORANGE RANGEとか大塚愛さんとかヒット曲を聴いたりはしていたけど、音楽そのものにすごく興味があったわけじゃなかったんです。転機は小学6年生のある日、友達に「楽器がいっぱいあるところがあるよ」と誘われて、町のホールの倉庫みたいなところに連れて行ってもらったこと。そこにはエレキギターやアコースティックギター、ベース、ドラム、キーボード、マイクなどがひと通りそろってました。楽器屋もライブハウスもない田舎だったので、役場の職員の“まさやん”という人が「子供たちが楽器に触れられるように」とコレクションして、時間貸ししてくれていたんですよ。そこで私は初めて生でエレキギターを見て、カッコいい!と感動して。ギターに惹かれたのは、一番目立てそうな楽器だったからですね(笑)。そしてそのホールを拠点に、友達とバンドを組んで活動を始めるんです。
中学生になると「ニコラ」の専属モデルとして活動しながら、バンド活動に夢中でした。とにかくギターが弾きたくて、同級生とバンドを組んでは解散して……というのを繰り返してました。小学校6年生から中学2年生までの間に、たぶん5回くらい。大塚愛さんの曲や、「NANA」(2005年公開の映画)の主題歌だった「GLAMOROUS SKY」、小泉今日子さんバージョンの「学園天国」などをコピーしてました。まさやんが作った音楽サークルがあって、そのサークルで地元や隣町のホールを借りたり、地域のお祭りでステージを作ってもらったりして、そういう場所でライブをするのをモチベーションにしてたんです。ライブハウスは近くになかったし、行ったことがなかったですね。
それで中学2年生のとき、GO!GO!7188だけをコピーするバンドを始めるんです。「ジェットにんぢん」「太陽」「C7」「大人のくすり」「雨上がり アスファルト 新しい靴で」とかを演奏してました。そのバンドは4人組で、私はリードギター担当。親友がベース&ボーカルで、キーが高いところは私が歌う、みたいな感じでした。GO!GO!は、その親友に教えてもらって、すごくカッコいいと思った。初めて自分で買ったCDはGO!GO!の「アンテナ」です。GO!GO!の曲はリードギターの見せ場があるし、ライブでステージに立つのが気持ちよくて、とてもやりがいがあったんですよね。GO!GO!のコピーをきっかけに、ギターを弾くのが本当に楽しくなって、バンド最高!という気持ちが強くなりました。そこからですね、ASIAN KUNG-FU GENERATION、サンボマスター、ザ・クロマニヨンズなどのバンドの音楽を好んで聴くようになったのは。
GO!GO!のユウ(G, Vo / チリヌルヲワカでも活動)さんと一緒のものが欲しかったから、初めてのマイギターに選んだのはテレキャスターモデル。てっちゃんというギターを教えてくれるおじさんがオススメしてくれた、無メーカーのピンクのやつを中学3年生のときにお年玉で買いました。1万3000円くらいで安かったから「安子」という名前で、今もおうちにいます。
ライブハウスをすっ飛ばし、日比谷野音で「リライト」掻き鳴らす
高校生になると同時に、安子と一緒に上京しました。その頃から役者業に熱中し始めるんですが、最初の時期は時間があり余っていて。寮の部屋で安子を弾きまくってストレス発散する、みたいな日々でした。GO!GO!もそうだし、アジカン、サンボとかを1日中コピーしてましたね。直接注意されたことはなかったですけど、今考えると近所迷惑だっただろうなと思います。
そんなギター練習の成果を発揮する日が来たんです。2012年に「閃光ライオット」の応援ガールに就任して、日比谷野音のステージでアジカンの「リライト」のフレーズを弾いたんですよ。応援ガールは毎年、オープニングで開会宣言としてギターを「ジャーン」と鳴らすことになっていたんですけど、私はただ鳴らすだけじゃなくて勝手にフレーズを弾いて(笑)。ライブハウスのステージに立ったこともなかったですし、あんなに大勢の人の前でギターを弾いたのは、あれが初めてでした。すごく気持ちよかったですね。
その後は、役者業のほうをやったり、自主制作で映像を撮ったりしていて、ギターや音楽活動をサボっている時期が続きました。でも22か23歳くらいのときかな? 人生で初めて作詞作曲に挑戦したんです。その頃の私は「これからは自分の作ったものを発信していく」と決めていて。やっぱり中学生のときにやっていたバンドの熱が忘れられず、「音楽やるぞ!」という気持ちになっていたし、音楽を始めるんだったら自分の曲がないとダメだなと思ったんですよ。それでできたのが「へーんなのっ」(1stアルバム「スーパーヒーローズ」収録)という曲。メロディと歌詞を同時に、2日くらいでガーッと作った記憶がありますね。
高橋幸宏に切り開かれた音楽人生、忌野清志郎の歌声を研究
2017年、高橋幸宏さんとのご縁があって「WORLD HAPPINESS」に出させていただきました(参照:のんが豪華バンドをバックにミカバンド熱唱!10年目のワーハピも大盛り上がり)。その頃はまだ音楽活動に向けて動き始めたばかりの時期だったのに、幸宏さんや鈴木慶一さん、高野寛さんが同じステージにいて「なんだこれ」「なんでこんなすごい場所で歌ってるんだ?」みたいな感じで。めちゃくちゃ緊張しながらサディスティック・ミカ・バンドの「タイムマシンにおねがい」を歌ったんですけど、めちゃくちゃ楽しかったですね。お客さんもピクニックに来ているような雰囲気で、その視線が全部自分に来てるっていうのが本当に心地よかった。これが私にとっての音楽デビューです。本当に幸宏さんのおかげで私の音楽人生は切り開かれたと思っています。
私は一時期、おうちで忌野清志郎さんの研究をしていたんです。先に矢野顕子さんの曲を好きになり、その関連で清志郎さんやRCサクセションを聴くようになったんですけど、まず「どうやって歌ってんの!?」とすごく興味が湧いて、歌声をずっとモノマネしてました。RCのCHABO(仲井戸麗市)さんは私が初めてリリースした作品「オヒロメ・パックEP」に参加してくださったんですが、もうめちゃくちゃ優しくて。色気がだだ漏れていて、何度お会いしても「スターだ!」って感じです。去年、アーティストの着なくなった衣装を作品として生まれ変わらせるアップサイクルブランド「oui ou(ウィ・ユー)」を立ち上げて、その第1弾として清志郎さんとCHABOさんの衣装を提供していただいたんですよ。自分にとって憧れの人たちと作品を作れたのもすごいと思いますし、RCや清志郎さん、CHABOさんの曲をつないでいけるというか、改めて聴いてもらえるきっかけになったらいいなと思っています。
2018年には坂本龍一さんが音楽監督を務めていらっしゃった「東北ユースオーケストラ演奏会」に初参加させていただきました。「あまちゃん」(2013年放送の連続テレビ小説)の劇伴を大友良英さんがレコーディングしていたときに、坂本さんがスタジオに入ってきて、ちょろっとアドバイスをして出ていかれたという逸話があって。それがきっかけなのか「あまちゃん」も観てくださっていたらしく、だから演奏会に私を呼んでくださったのかなと思っています。そして私はその年に、幸宏さん、矢野さん、大友さんなどそうそうたる方々に参加いただいて、1stアルバム「スーパーヒーローズ」をリリースしました。翌年に発表した1stミニアルバム「ベビーフェイス」には、私がずっとコピーしていたGO!GO!のノマアキコ(B)さんとユウさんが参加してくださって……音楽活動を本格的に始めて6年弱ですが、本当にすごいことだなと思ってばかりです。
明るくユーモラス、そしてぎゅっと心をつかめる人を目指して
私がお芝居や音楽、映像など、いろんなことに情熱を注げるのは、言いたいことがあるから。それを作ることで消化しないと気が済まないところがあって。あと、やっぱり人に見てもらうことがもうめちゃくちゃ好きなんですよね。私は役者よりもバンドで人前に立つという経験を先にしているから、その気持ちよさがずっと忘れられない。舞台でも、観ている人が多ければ多いほど、自分がノッてくるのがわかるんです。自分を観てもらえること、リアクションしてもらえることが、たくさんの人と心を通わせて、つながっているような気分になれる。その感覚が大きいんだと思いますね。
自分が音楽の作り手になってから、リスナーとして聴く音楽は多少変わっているかも。BLACKPINKとか、以前は興味がなかったK-POPも聴いたりしています。あと、ライブを猛烈に観に行くようになって、最近ではRed Hot Chili Peppersやブルーノ・マーズ、レディー・ガガ、ビョークなどの来日公演を観ました。でもやっぱり日々聴く音楽としては、高校時代にのめり込んだ音楽を聴くことが多いですね。
今後の音楽活動では、もっと自分のスタイルを確立していきたい。自分にエンジンかけるときは、怒りがガソリンになってます。悔しいことやムカついたことを楽曲に込めることが多くて、曲を作るときはだいたい怒ってます。憧れはやっぱり清志郎さん。派手なファッションだったり、唯一無二の歌声だったり……清志郎さんの歌声は明るい声色なんだけど、切なさとか痛みとかをすごく感じるんですよ。そういう、明るくユーモラスに振る舞ってるけど、ぎゅっと心をつかめるような人を目指していきます。
のん
俳優・創作あーちすと。1993年生まれ、兵庫県出身。2016年公開の劇場アニメ「この世界の片隅に」で主人公すずの声を演じ、この作品が「第40回日本アカデミー賞」最優秀アニメーション作品賞を受賞した。2022年2月に自身が脚本、監督、主演を務めた映画「Ribbon」が公開に。同年9月公開の映画「さかなのこ」では「第46回日本アカデミー賞」優秀主演女優賞を受賞。10月、映画「天間荘の三姉妹」で主演を務めた。音楽活動では、2017年に自ら代表を務める音楽レーベル「KAIWA(RE)CORD」を発足。2018年に高橋幸宏、矢野顕子、大友良英、真島昌利らが参加した1stアルバム「スーパーヒーローズ」を発表した。2023年6月には2ndアルバム「PURSUE」をリリースする。
のん「PURSUE TOUR - 最強なんだ!!! -」
2023年7月9日(日)東京都 Zepp Haneda(TOKYO)
2023年7月17日(月・祝)大阪府 梅田CLUB QUATTRO