インドの打楽器タブラの奏者であり、本場のカレーに精通したU-zhaanが、さまざまなカレー好きミュージシャンに「なぜミュージシャンにカレー好きが多いのか?」を聞いていく連載「カレーと音楽」。第2回はU-zhaanと親交が深く、カレーマニアとしても知られる小宮山雄飛(ホフディラン)を対談相手に迎え、濃厚なカレー談義を繰り広げる。
偶然にも同じメーカーから自身監修のレトルトカレーを発売することになった2人。特定のレコード会社に属さないU-zhaanは小宮山と「レーベルメイトになったみたい!」だとうれしそうに制作過程について語り合う。ミュージシャンの視点から捉えたスパイスの話や音楽とカレーの構造についてなど、一般的なグルメ記事とはひと味違ったトークをお楽しみに。
取材 / U-zhaan 文 / U-zhaan、鈴木身和 撮影 / 後藤武浩
レトルトカレーのクオリティがすごいことになってる
U-zhaan 監修したレトルトカレーの発売、おめでとうございます。
小宮山雄飛 ありがとう! レトルトカレーの監修は今回が初めてで。
U-zhaan えー、意外だな。とっくの昔にやってそうなのにね。今回はどういうきっかけで監修することになったの?
小宮山 いやもう、お金に困って。
U-zhaan あ、そうだったんだ。
小宮山 冗談だってば。ここ数年はコロナ禍の自粛生活もあってレトルトカレーを食べる機会が多くなったんだけど、レトルトのクオリティが昔と比べて確実に上がっているって感じて。このレベルまで来てるなら、レトルトできっと何か面白いことができると思ったの。
U-zhaan 最近のレトルトカレーのクオリティ、確かにすごいことになってるよね。
小宮山 そうなんだよ。で、僕がプロデュースさせてもらっている東急プラザ渋谷の酒場食堂(※1)で出している「最強!渋谷ブラックカレー」っていうメニューをレトルト化しようということになった。
U-zhaan こないだ食べたんだけど、すごくおいしかった! でも「こう来たか」っていう驚きもあって。雄飛さんと最初に会ったのは渋谷の薄暗いバーだったんだけど、そのときに錦糸町のアジアカレーハウス(※2)を勧めてくれたの覚えてる?
小宮山 あー、そんなことあったな。
U-zhaan あそこが本格的なベンガル料理屋だったし、雄飛さんはそのあとレモンライスの店(※3)を出したりもしてたし、どっちかというとインド料理のガチ勢なのかと思ってたから。
小宮山 いや、それには僕もビックリで。今まで食べてきた感じだと自分が好きなのは確実にインドやスリランカのカレーだと思ってたんだけど、いざレトルトカレーを出すとなったら、ごく普通の日本の人がおいしいと感じるものにしたくなった。福神漬が乗っていて日本米で食べる、いわゆる一般家庭のカレーライス。だけど何かちょっと不思議なところがあって、ついまた食べたくなっちゃうような。
U-zhaan これ「渋谷ブラック」って名付けてるけど、渋谷区生まれ渋谷区育ちの雄飛さんがずっと食べ続けてた、アイデアの源泉となるようなカレーが渋谷にあったことからのネーミング?
小宮山 うーん、渋谷というよりは東京全体かな。東京独特のインド“風”カレーが昔から好きなんですよ。例えばデリー(※4)とかさ。もちろんデリーはインド料理店ではあるんだけど、それを日本人に向けて日本米に合うカレーにアレンジしてるじゃない。
U-zhaan デリーのカシミールカレー、みんな大好きだもんね。渋谷だと、子供の頃からムルギー(※5)に行ったりもしてた?
小宮山 ムルギーも行ってた。確かにムルギーにも同じようなところがあるかもしれない。本場の味をリスペクトしたうえで、日本人にも食べやすいのを作ってるみたいな。新宿中村屋(※6)もそうだと思うんだけど。
U-zhaan 中村屋のカレーは、かなりインドっぽいと思うけどな。あのチキンカレーとか、インドのお金持ちの家にお呼ばれしたときに出てくる料理みたいに丁寧な味がする。
小宮山 インドですごいお金持ちの家に行くことがあるの?
U-zhaan あるよ。タブラの先生のお付きをしていると、ときどきやけにセレブなオーガナイザーがいるんだよね。自宅の巨大な庭にトップミュージシャンを呼んで野外コンサートをしたりとか。あっちの金持ちって半端ないからさ。まだインドにハーゲンダッツが売ってなかった頃、孫の誕生日パーティにハーゲンダッツをバンコクから店ごと呼び寄せて孫を喜ばせた人とかもいたらしい。
小宮山 インドのお金持ちすごいね。
U-zhaan もちろん中村屋のカレーは、そういうセレブパーティで出てくるようなものとはちょっと違う方向だけどね。独特の古風な品のよさがあるというか。でもあれを「日本人に食べやすい」って感じるのは、雄飛さんが渋谷育ちだからってとこもあるのかも。川越に生まれ育った僕とは、かなり違うものを子供の頃から食べてきているんじゃないかなって気がする。
小宮山 それは多少あると思う。僕が子供だった1970~80年代って、東京はエスニックブームだったんだよ。インド料理とかタイ料理とか、そういうエスニック料理店がどんどんできてたから小さい頃からスパイスは身近にあったし、その影響は受けてるかも。
カレーもエンタテインメントに
U-zhaan そんなエスニックブームの影響を受けて育った雄飛さん、今や蕎麦を打ってるもんね。
小宮山 レトルトカレーを出しておいてなんだけど、正直、最終的には蕎麦です(笑)。
U-zhaan 蕎麦打ちってそんなに楽しいの?
小宮山 楽しいし、蕎麦の面白さを語り出すと止まらない。でもたぶん、インドの人が毎日カレーを作ったり食べたりしているのと、日本で蕎麦を打つことはなんとなく似てると思うよ。
U-zhaan 日本で毎日蕎麦を打ってるのなんて、蕎麦屋と雄飛さんだけでしょ。
小宮山 いや、昔の日本人は毎日のように打ってたんだよ。信州とかあっちのほうに行くと。
U-zhaan そうなんだ。ところで蕎麦って、食べに行くのと自分で打つのとどっちが面白い?
小宮山 どっちも面白い。もう、いつも蕎麦のことばっかり考えてる。
U-zhaan カレーの対談に来てくれた人とは思えない発言だね。
小宮山 あ、カレーのことも考えてるよ。蕎麦とカレーのことを考えるとよく眠れるんだよね。僕は寝る前に何か考えないと眠れないんだけど、音楽のことを考えるとそれは仕事になっちゃうんで余計に寝付けない。でも「こんな蕎麦があったらいいな」とか「あのカレーはチキンじゃなくてあんな具材を使ったら面白そうだな」とか考えていると楽しくて眠れるから、夜は必ず蕎麦かカレーのことを考えるようにしてる。で、最近なんだけど寝る直前にすごくいいカレーを思いついて。
U-zhaan そんなの思いついちゃったら興奮して眠れなくなりそうじゃん。今後それを商品化したりするの? レトルトカレーとか。
小宮山 そう、いつかレトルトにもできそうなアイデア。どうせそれでまた稼ごうとしてるんでしょ、みたいなことをユザーンには言われるかもしれないけど。
U-zhaan 言わないよそんなこと(笑)。
小宮山 僕は、最終的に商品になったりして人前に出せないとやる気が起きないの。商売にしたいというより、世に出ないと奮い立たない。音楽でもそうで、楽曲を作ったら音源にして聴いてもらって、ライブで演奏してワーッと盛り上がるところまで考えるのがセット。
U-zhaan 雄飛さんはアーティストであると同時にエンタテイナーである部分も大きいから、みんなに楽しんでもらいたくなるんだよね。
小宮山 そう、自分でただ作っているだけって状態はよくわからないんだよ。でもユザーンはそれができるタイプでしょ?
U-zhaan うん。もちろん聴いてもらえたらうれしいけど、1人で楽器の練習してるだけでも楽しいなって思ってる部分があるかも。だけど、結局は雄飛さんと僕がやってることってほぼ同じだよね。音楽を作って、カレーのレシピ本を出し、レトルトカレーを監修し、カレー皿をプロデュースして、しまいには一緒にこうやってカレー対談してる。
小宮山 確かに(笑)。
ユザーンも大人になったな
U-zhaan 雄飛さんのレトルトカレーを販売してるサイトに「『スパイスが発する“香り”という目に見えないものを組み合わせてつくるカレーと、同じく目に見えない“音”を組み合わせる曲作り。どちらもよく似ている』と考える小宮山」って書いてあったけど。
小宮山 声に出して読むのやめてよ。
U-zhaan 実際、レトルトカレー作りと曲作りは似てた?
小宮山 ミュージシャンって、曲を作るときになんとなく絵が見えてるじゃない。ベースがこう鳴って、そこにギターがこう被って、とか。その絵が、カレーを作ってるときにも見えるんだよね。この具材は大きめに切って、これは深めにローストして、もう少しクミンを入れて、とか。完成系を思い浮かべたときに内部の構造が見えてくるくらいの経験を積み重ねてきたものが、僕の場合は音楽とカレーだったという感じ。
U-zhaan なるほど。
小宮山 車でも映画でもスポーツでも、きっと同じだと思う。車好きの人は1回乗っただけでギアがどうだとかタイヤがこうだとか瞬時にわかっちゃうんだろうし、スポーツチームの監督なんかも、まさにそういうことがわかるからこそ戦略を立てたりできるんだろうし。
U-zhaan レトルトカレーを僕と共同プロデュースしてる石濱匡雄さん、彼もミュージシャンだから音楽とカレーの両方に造詣が深いタイプの人で、商品開発中には音楽に例えたやりとりがお互いに意外とわかりやすかったりした。「ちょっとハイが足りなくない?」って言ってカルダモンを入れたり、「下のほうがもう少しだけ欲しいね」ってクローブを足したり。
小宮山 まさに僕もハイだったらカルダモンかブラックペッパーって印象だし、クローブは絶対に低音。カルダモンでも、ビッグカルダモンならローな感じがするけど。
U-zhaan そうだね、ビッグカルダモンは低域。音というよりもむしろ、ライブハウスの壁のスモーキーな色みたいな感じ。
小宮山 ハイが効いているものが好きなのか、リズムがバキバキ出てるものが好きなのか、そういう好みを形にしていくという意味では音楽もカレーも一緒だと思う。だからミュージシャンがカレーを作ると、きっとその人の音楽に似たものになるんじゃないかな。ユザーンのレトルトカレーだってそうだよ。前作のマトンと比べて、チキンはだいぶ丸くなった。ほら、マトンの頃は触るもの皆傷付けようとしてたじゃない。
U-zhaan いや、そんなことないって(笑)。
小宮山 音楽に例えるなら、たぶん前のやつは本場のインド音楽そのまんまだったんだよ。日本人の味覚とか無視して作ってたでしょ? それもすごいなとは思ってたんだけど、今度のチキンカレーはその尖った雰囲気も残しつつ、万人とは言わないまでもかなりの人がおいしいと感じそうな味わいになっていて、大人になったなと思った。
そもそもカレーってなんですか?
U-zhaan ところで、雄飛さんに初めて会ったときにアジアカレーハウスをリコメンドされたって話をさっきしたじゃない。今日もまた、どこか1軒紹介してくれないかな。
小宮山 カレー屋を?
U-zhaan うん。あの店を紹介された当時、日本にいるときにはインド料理をなるべく食べないようにしてたの。どうせインドに行ったら毎日カレーなんだから、日本にいる間は違うものを食べようと思ってて。でもアジアカレーハウスで本当に現地そのままの料理を食べてインド料理やベンガル料理が大好きになっちゃってることに気付かされ、日本でも積極的にカレーと触れ合うようになった。あれが自分にとってすごくエポックメイキングな出来事だったから、この機会にまたオススメを教えてほしいなと。
小宮山 えー、どこにしようかな。カレーじゃなくてもいい?
U-zhaan カレー屋を紹介してくれって言ってるじゃん(笑)。
小宮山 いや、そもそも「カレーってなんですか」ってことなんだよ。どこまでをカレーとするか。ユザーンだったらどう答える?
U-zhaan うーん、かなり悩むけど「あなたがカレーだと思うなら、それがカレーだ」って感じかな。
小宮山 そう、僕も同じことを言ってる。でもまあ、最低限スパイスは1種類以上入ってる必要があると思うんだよね。カレーの定義をそのぐらいまでゆるく設定したうえでユザーンに勧めたいのが、大門にある中華料理店、味芳斎(※7)の牛肉飯。
U-zhaan 中華料理?
小宮山 言わば、中国のカレーみたいな料理なんだよ。唐辛子とか八角とかが効いた牛ほほ肉の煮込みがごはんに乗ってて、ものすごく辛いんだけどめちゃくちゃおいしい。ユザーンだったら、これがカレーであるということを食べた瞬間に理解してくれるはず。
U-zhaan えー、興味あるな。ありがとう、近いうちに行ってみる。えっと、最後にひとつだけ聞きたいことがあるんだよね。雄飛さんって、横浜の赤レンガ倉庫で毎年「CURRY&MUSIC JAPAN」ってフェスのプロデューサーみたいのやってるじゃん。あれに僕が呼ばれないのはなんで?
小宮山 あれはプロデューサーじゃなくて「オフィシャル・アンバサダー」っていう親善大使みたいな立ち位置だからブッキングには絡んでないのよ(笑)。
U-zhaan あんなに前面に出てるんだから、きっと1組ぐらいなんとかできるよ。みんなに聞かれるんだよね。「あのフェスにユザーンさん出てないけど、小宮山さんと仲悪いんですか?」って。
小宮山 名前がないのは確かに不自然だよね。わかった、じゃあ次は「1枠だけブッキングの権限ください」って頼んでみるよ。でもユザーン、イベントでのカレー出店って今までにやったことあるの?
U-zhaan レシピで関わったことはあるけど、実際に調理をする出店はやってないかも。いや違う、出店のほうじゃなくてミュージシャン枠で呼んでよ(笑)。
小宮山雄飛(コミヤマユウヒ)
ワタナベイビーとのユニット・ホフディランのボーカリスト / キーボーディスト。渋谷区観光大使兼クリエイティブアンバサダーを務める。カレーや蕎麦を中心にさまざまなグルメにも精通しており、音楽活動の傍らレシピ集の出版、グルメコラムの連載、テレビやラジオ出演など幅広く活躍している。2018年9月にレモンライス専門店「Lemon Rice TOKYO」をオープンさせた。ホフディランとしては2022年9月に10thアルバム「Island CD」をリリース。現在小宮山が監修したレトルトカレー「究極 渋谷ブラックカレー」が東急ストア、イトーヨーカドー、ホフディランのオンラインストアにて販売中。
U-zhaan(ユザーン)
埼玉県川越市出身のタブラ奏者。世界的なタブラプレイヤーであるザキール・フセイン、オニンド・チャタルジーの両氏に師事する。タブラ修業のために毎年インドを訪れ、本場のスパイス料理に慣れ親しんだ経験を生かし、自身が監修したベンガル料理のレシピ集、レトルトカレー、仕切りが取れるカレー皿を発売した。2014年10月リリースの1stソロアルバム「Tabla Rock Mountain」の初回限定盤はスパイスで一部色付けされたことが大きな話題に。
登場したカレーショップ
※1)酒場食堂(もしも食堂)
※2)アジアカレーハウス
※3)Lemon Rice TOKYO
※4)デリー上野店
※5)ムルギー
※6)新宿中村屋
※7)味芳斎