インドの打楽器タブラの奏者であり、本場のカレーに精通したU-zhaanが、さまざまなカレー好きミュージシャンに「なぜミュージシャンにカレー好きが多いのか?」を聞いていく連載「カレーと音楽」。第4回はスープカレーの元祖である「マジックスパイス」(※1)の創業者・下村泰山を父に持つ一十三十一が対談相手として登場する。
幼少期から味噌汁のようにスープカレーを食し、「カレーは友達」だと語る一十三十一。「カレーと音楽は共通点がありまくる」と力強く断言する彼女に、カレーと密接した生い立ちや、それらが自身の音楽に及ぼした影響について詳しく聞いた。
取材 / U-zhaan 文 / U-zhaan、鈴木身和 撮影 / 後藤武浩
家の味が札幌名物に
U-zhaan 自分以外のミュージシャンで実家がカレー屋の人って誰か知ってる?
一十三十一 カレーが好きなミュージシャンはいっぱいいるけど、さすがにカレー屋の子供は聞いたことがないよね。
U-zhaan マジックスパイスのカレーって、家の食卓に出ていたものがそのままメニューになってるんだっけ?
一十三十一 うん。私が子供のころ、家族で東南アジアとかいろんな国をよく旅行していたんだけど、現地で食べた料理を家に帰ってから再現してみるということを父がよくやってて。その中でもインドネシアの「ソトアヤム」っていう鶏スープが特に人気で、家庭の定番メニューになってたの。あれがマジスパのスープカレーの元になってる感じ。
U-zhaan ソトアヤムが原点なんだ! “ソト”がスープで、“アヤム”がチキンの意味だったかな。
一十三十一 そうそう! 食べたことある?
U-zhaan 去年初めてインドネシアに行って、そのときに名前を耳にしたぐらい。実際にそれを食べたかどうかはハッキリしないんだけど、マジスパみたいな味の料理を食べた記憶はないな。ソトアヤムって、マジスパのカレーっぽい料理なの?
一十三十一 いや、かなり違うかも。マジスパには北海道の鍋文化の要素もだいぶ入ってるから。
U-zhaan あー、トッピングが無限に選べるあの感じって鍋の具材からきてるのか。
一十三十一 うん、かなり鍋的な料理だと思う。キャッチーだから“スープカレー”って呼んでるだけで。
U-zhaan そういえば“スープカレー”って最初に名付けたのもトイちゃんのお父さんなんだよね。もしマジスパがこれを“スープカレー”と呼ばなかったら、日本におけるカレーの定義も少し狭まっていたかもしれない。「こんなシャバっとしたスープ状の料理でも、スパイスが効いてたら“カレー”って呼んでいいんだ」って、みんな目から鱗が落ちたんじゃないかな。
一十三十一 やっぱり名前って大事だよね。「スープカレー行こうよ!」ってキャッチーだけど、「ソトアヤム行こうよ」だと何か少し違う気がする。
U-zhaan 確かに。俺もユザーンじゃなくて本名のままだったら、今とはちょっと違う感じの活動になってたかもな。“一十三十一”もインパクトあっていいよね。
一十三十一 「これ、なんて読むの?」っていうところから興味を持ってもらえて楽だっていうのはある(笑)。
U-zhaan マジスパっていつ頃オープンしたの?
一十三十一 私が中3のとき。それまでは、もっとドリーミーなレストランをやってた。
U-zhaan ドリーミーなレストラン? どんな感じなんだろ。
一十三十一 ドリーミーっていうか、トロピカルアーバンリゾートレストラン。
U-zhaan もっとわからなくなったよ。
一十三十一 北海道なのにスタッフは1年中アロハシャツ姿で、めっちゃ雪が降ってる時期でもウチだけずっと夏、みたいな。どでかい駐車場があって24時間営業っていうファミレス的な営業形態なんだけど、料理はめちゃくちゃおいしくてトロピカル。
U-zhaan なんだかヤバそうな店だね。
一十三十一 「BIGSUN」って名前で1978年から14年間やってたんだけど、そこを閉めて始めたのがマジスパ。近くに駅もないマニアックな土地の、元スナックみたいな小さい物件を借りて。
U-zhaan なんで前の場所のままやらなかったんだろう?
一十三十一 大きい店でやるのに父が疲れちゃったみたいで、細々とやりたいって言い出して。それで小さなところを選んだんだけど、あまりにも小さすぎてキッチンとか一歩も歩けないの。ピボットみたいな状態で調理してて。
U-zhaan ピボット(笑)。そんなバスケ用語よく出てきたね。
一十三十一 キッチン内での父の動きが、まさにピボットだったの。あと、私が通ってた中学校のすぐ近くだったから、オープンしたときには教室の後ろにビラを貼らせてもらってたな。
U-zhaan さすが北海道だね! そんなことが許されるんだ。
一十三十一 いや、本来はダメだと思う(笑)。しかも曼荼羅みたいなのがデザインされた、すごくインパクトのあるポスターだったし。でも意外と好反応で、当時の先生たちはいまだに通ってくれてるみたい。
U-zhaan そこからどんどん人気が広がっていくわけだ。
一十三十一 うん、友達もみんな来て「おいしいね」って言ってくれて、徐々に行列ができてきたから大きな店に移って。
U-zhaan そして東京、名古屋、大阪って支店まで出した。自分の家の味が札幌名物になるってすごいことだよね。
一十三十一 私も「絶対においしい!」って思ってたから、みんなが我が家の味を愛してくれてうれしかったな。
カレーは友達
U-zhaan トイちゃんの中で、カレーってどういう存在だったの?
一十三十一 カレーって友達みたいなものだけど、私にとってはもう友達を超えて家族そのもの。
U-zhaan へー、友達! トイちゃんにとってカレーはそんなに身近なものなんだ。
一十三十一 違う違う。カレーは誰にとっても友達でしょ?
U-zhaan 少なくとも俺はカレーを友達だと思ったことがないよ。
一十三十一 本当に? 馴染み深いし、日常的だし、すごく身近な存在でしょ? そういう意味で、カレーと音楽には共通点がありまくると思ってたけど。
U-zhaan え、どんな共通点だろ。
一十三十一 歌を歌うこともカレーを食べることも、その気になれば誰だって簡単にできるじゃん。そのアクセシビリティの高さが似てるよね。しかも、これほど簡単にアクセスできる割にどちらもボルテージが高い。カレーみたいにボルテージ高いフードってほかにある?
U-zhaan 「いや、ないです」って返事をするしかないほどの圧を感じる(笑)。
一十三十一 だってさ、寿司は友達ではないじゃん。そりゃ私だって寿司は好きだよ? でもアクセシビリティは高くない。でもカレーには子供の頃から慣れ親しんでいるよね。家のカレー、給食のカレー、スキー場のカレー、サービスエリアのカレー。どこに行ってもカレーがある。どこにでもあって、どんなへんてこりんなスタイルでも許される、それがカレー、そして音楽なんだと思う。しかも、どっちもボルテージが上がるし。
U-zhaan なるほどねー。じゃあ、例えば友達の親が作ったような実家っぽいカレーでも、食べたらボルテージは上がる?
一十三十一 まあ、ちょっとはね。
U-zhaan 全然上がらなさそう(笑)。トイちゃんの気分を上げるのは、やっぱりマジスパみたいにスパイスをふんだんに効かせた方向性のカレーなんだろうね。
一十三十一 だって、辛さってエンタメじゃん? 音楽もカレーも、エンタメとしての目的地は同じなんじゃないかな。直感的に感情に訴えかけるところが共通点だと思ってる。芸術にもいろいろあるけど、音楽みたいに感動までの到達が早いものってほかになくない?
U-zhaan どうなんだろう。もしかして、俺らが音楽をずっとやってきてるからそう感じるんじゃないかな。たとえば美術に造詣が深い人だったら別の感じ方があるのかもしれないし。
一十三十一 うーん、でも音楽って老若男女、誰にとってもハードルが低いような気がする。感動へのハードルというか。例えば映画なら感動して泣くまでに、ある程度の尺は必要じゃない? でも音楽は聴いた瞬間に号泣できる。そういう、感情の高まり方みたいなところがカレーと似てるんだよね。スパイスって問答無用に爆発するじゃん?
U-zhaan えーと、感情がってこと?
一十三十一 うん。口に入れた瞬間に爆発する。揚げ物とかもそうだよね。だから、揚げ物とカレーが組み合わさったカツカレーってめっちゃアッパー。マジスパでもやっぱり、揚げ物系のトッピングは特に人気だし。
U-zhaan カツカレーがやたらにアッパーな食べ物だっていうのはわかるな。考えてみれば、トイちゃんの音楽ってどことなくマジスパっぽいところがあるかも。
一十三十一 マジスパっぽい音楽を作ろうと思ったことはないけど、ああいうエキゾチックさを持った曲は多いよね。それこそユザーンに参加してもらった曲(「なでしこレボリューション」)も、すごくエキゾチックだったし。
U-zhaan 俺が参加すると大抵の曲はエキゾチックになっちゃうんだよ。
一十三十一 確かに(笑)。私の音楽にはずっと「ここではないどこか」みたいなテーマがあって、そこはマジスパとシンクロしてるなと思う。父のカレーにも「これはカレーなのか否か」という境目の概念を覆していくところがあるし。刺激的だけど癒し的でもあるという点も父から引き継いでいるのかなと。でも、やっぱりデビュー当時の曲のほうがマジスパ感が強かったかも。最近は、むしろマジスパの前にやってた「BIGSUN」のほうに親和性があるような曲が多いな。
U-zhaan マジスパより、もっとアーバンな感じな店だったのかね。
一十三十一 まさに山下達郎さんの「FOR YOU」のジャケみたいなお店だったの。流れていた音楽もスムースなAORとかで。私が生まれた年にオープンして10年以上やってたから、もう子供時代の記憶そのものと言ってもいいかも。
U-zhaan じゃあ、今やってる音楽は幼少期に触れてたところに回帰してる感じなんだ。
一十三十一 そう。でも、もしかしたらこの往復を繰り返すのかなと思ってちょっと怖いんだよね。ここからまたエスニックでエキゾチックでサイケデリックな、真っ赤な世界観になっていく時期が来るのかもしれない(笑)。
エフェクトがかかって、そこに飛べるんです
U-zhaan ところでマジスパって、辛さのレベルにすごい名前が付いてるじゃない。普通は「辛口」とか「中辛」とかだけど、マジスパは「覚醒」「瞑想」「悶絶」「涅槃」「天空」とか。なんでこういう名前になってるの?
一十三十一 これは、それぞれのエフェクトがかかるってことですね。そこに飛べるんです。
U-zhaan エフェクト? ギターにディストーションやリバーブみたいなエフェクトをかけるみたいに、辛さで味に効果をかけるってこと?
一十三十一 というか、食べた人の体にそういうエフェクトがかかる。
U-zhaan 「覚醒」を食べたら体が覚醒してくるの?
一十三十一 レギュラーしか食べてなかった人が初めて「覚醒」を食べるのは、とても覚醒的な瞬間なんですよ。さらにその上の「瞑想」に挑むと、辛さのあとの癒しゾーンみたいな感じが訪れる。
U-zhaan その次の「悶絶」以降は、ただただ悶絶するレベルが上がっていくだけなんじゃないの?
一十三十一 いや、「涅槃」まで行くと、もう諦めとか受け入れとかの境地に突入する(笑)。
U-zhaan 一番辛いのは「アクエリアス」だっけ?
一十三十一 うん。あまりに辛味成分が足されすぎて、スープカレーなのにスープ状ではなくドロドロしてる。
U-zhaan そんなの食べちゃダメじゃん。
一十三十一 でもすごくおいしいんだよ。「アクエリアス」しか食べないお客さんもいる。
U-zhaan 自分で食べるときはどれを注文するの?
一十三十一 毎回そのときのマイブームがあるんだよね。「天空」が自分の中で流行ったら、しばらく「天空」ばっかり頼むし、まったく辛くないレギュラーを頼み続ける時期もある。どの辛さも1つひとつ見えるところが違うっていうか、もはや別の食べ物なんじゃないかってくらい印象が違うから、それぞれのシーンで楽しめるっていう感じ。
U-zhaan なんか俺も順番に全部の辛さを食べてみたくなってきたよ。めちゃ宣伝上手だね。
一十三十一 学生時代、ずっとマジスパでバイトしてたから(笑)。
U-zhaan 説明し慣れてるんだ。自分でもスープカレーは作れるんだっけ? あ、そういえば前にトイちゃんが「みんなでお手製のカレーを持ち寄って、カレーパーティをやろう」って言い出したことあったじゃん。
一十三十一 あったね!
U-zhaan あのとき、なぜか言い出しっぺのあなただけカレーを作らずに鶏ハムを持ってきたのはなんだったの?
一十三十一 いやいや、気持ちは誰よりもあったんだけど(笑)。でも、あのとき私の中で鶏ハムがすごい流行ってたの。むしろカレーよりもこれなんじゃないかみたいな、私なりの提案。
U-zhaan 「私のカレー食べるとみんな腰抜かすよ?」とか、さんざん煽っておいてのまさかの鶏ハムだったから本当にびっくりした。
一十三十一 でも、あれおいしかったでしょ?
U-zhaan そういう問題じゃないんだよ(笑)。
ツアーもできるマジスパ
U-zhaan マジスパって今は札幌、下北沢、大阪の3店舗で営業してるけど、かつては名古屋にも支店があったじゃん。その頃俺、東名阪のマジスパツアーをしたことあるんだよね。マジスパをツアーしたミュージシャンって俺ぐらいじゃない?
一十三十一 私もやったことある(笑)。
U-zhaan あ、ツアー経験者がこんな身近にいた。全店舗回った? 俺は札幌店だけやってないんだよね。
一十三十一 私は全店舗でライブしたよ。むしろライブ会場としては札幌店が一番ちゃんとしてるかも。ライブのために新たに2階を作ってあるんだよね。プチ・ビルボードスタイルっていうか、ステージが下にあって、客席のほうは何段か上がってる感じ。
U-zhaan へー、なんかよさそうだね。今でもライブできるの?
一十三十一 たぶん全然できるよ。
U-zhaan じゃあ来年は札幌店にライブしに行かせてもらおうかな。インド古典音楽とかの。
一十三十一 ぜひぜひ! ちゃんとミラーボールも付いてるし。
U-zhaan ごめん、インド古典音楽ではミラーボールあんまり回さないんだよね(笑)。
一十三十一(ヒトミトイ)
北海道・札幌出身のシンガーソングライター。2002年にシングル「煙色の恋人達」でインディーズデビュー。2004年には堀江博久(Neil & Iraiza)プロデュースによるミニアルバム「フェルマータ」でメジャーデビューを果たす。6人組のドゥーワップバンド・JINTANA & EMERALDSのリードボーカルを担当するほか、CM音楽やナレーションを手がけるなど幅広く活躍。2012年6月にリリースした、自身の音楽的ルーツである1970~80年代シティポップを背景にしたアルバム「CITY DIVE」が話題に。2020年には「流線形 / 一十三十一」名義によるアルバム「Talio」をリリースした。
U-zhaan(ユザーン)
埼玉県川越市出身のタブラ奏者。世界的なタブラプレイヤーであるザキール・フセイン、オニンド・チャタルジーの両氏に師事する。タブラ修業のために毎年インドを訪れ、本場のスパイス料理に慣れ親しんだ経験を生かし、自身が監修したベンガル料理のレシピ集、レトルトカレー、仕切りが取れるカレー皿を発売した。2014年10月リリースの1stソロアルバム「Tabla Rock Mountain」の初回限定盤はスパイスで一部色付けされたことが大きな話題に。