音楽事務所WACKの代表だった渡辺淳之介が、7月末をもってWACKの取締役を退任したことを明かした。本コラムでは退任発表に併せて、渡辺による独白を全3回にわたって掲載。最終回となる今回、渡辺は10年前に戻れるとしたらどうしていたか、イギリスで試してみたいということ、WACK所属メンバーや読者に向けた思いなどについて、素直な思いを吐露している。
構成・撮影 / 田中和宏
もしも10年前に戻れるなら
ロンドンに行ってから、日本にいるときよりもミュージシャンに会うようになりました。みんな、けっこうロンドンに来てるんですよね。この前も小袋成彬くんに初めて会ったりとかフワちゃん、PORIN(Awesome City Club)もロンドンに来てました。彼らとひさしぶりに会うことによって刺激をもらいました。日本でのせわしない時間から離れて、みんながどういうことを考えているのかをじっくり聞けるから。海外まで行ってるのに日本人とばかりツルんでんじゃねえよとは自分でも思います。でもみんなけっこうロンドンに来るから、結果的に忙しい(笑)。
そういう関わりの中で、潜在的に海外を見据えている人は多いんだなあと感じました。考えていることはたぶんみんな同じだけど、どこまで行動に移すかで違いが出てくる。そういう意味で、僕もそろそろ新しい世界に飛び込まなきゃいけないなと思ったんです。情けない話ですけど、自分で退路を断たないと、ちゃんとやれない気がして。自分自身を信用していないというか、この10年間サボってきたのが事実なので。だから今もし10年前の、「2014年の渡辺淳之介」に戻ったとしたら、きっと軍隊のようなトレーニングをメンバーにさせるんじゃないかな(笑)。10年前のタイミングで日本の地下アイドル業界は、僕を筆頭に間違えちゃったんじゃないかと。もちろん当時は当時で必死だったので「たられば」の話でしかないんですけど、もっと別の道を志向しておけば、時代が変わっていたかもしれないというのは、ガチで思いますね。
僕たちみたいな中途半端な存在があぐらをかいてしまったというところでは反省しかない。アイドルシーンの底上げに失敗したのか?と言われたら、本当にそうだと思いますよ。いろんな人に夢を与えた一方で、悪い影響も与えてしまった。小さいシーンの先頭を走らせてもらっていたんだとしたら、何よりもトレーニングが大事だったという思いが今は強いです。もう1回やり直せるなら、そこです。今の子たちにハードなトレーニングをさせようとしても、慣れてきたものをいきなり変えることはなかなかできないから、けっこう難しいと思います。
業界における立ち位置を自分で言うのは自慢っぽくて批判されると思うんですけど、はっきり言って、僕のインパクトがちょっと強すぎましたね(笑)。昔から知っているアイドルプロデューサーの皆さんが10年経った今も最前線で活躍している状況って、僕は健全ではないなと思うんです。競争原理が働いていないというか、シーン全体に淘汰が起きていない感じ。そろそろ地下アイドルシーンは1回ぶっ壊れたほうがいいんじゃないかって気がしています。
“日本独自”に見る懸念
「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」もそうですけど、先進的な会社って、海外で成功しているシステムを本当に早くから持ってきたりしてるんですよね。ロッキング・オンはフェス公式アプリを導入するのがめちゃくちゃ早かったと思うんですよ。あのアプリでユーザーのビッグデータを分析しているんだと思います。WACKはファンクラブとかにしてもダメ。アプリでビッグデータを取り扱ったり、そういうことができてないので、けっこうヤバいですね。やれよって話ですけど(笑)。でも革新的な部分で言うと、BiSHの東京ドーム公演の最前席はOpenSea(世界最大のNFTマーケットプレイス)で、イーサリアム(ETH)オンリーでチケットを販売しました。NFTとかブロックチェーンを取り入れるなら、やっぱり本家のプラットフォームでやらないと。日本独自のプラットフォームだと本物とは言えないんじゃないかとすら思います。今、NFTを取り入れてる運営がそれをわかってないのか、それともそうせざるを得ないのか、わかりませんけどね。
OpenSeaでの取引は問い合わせにどう対応していいかわからなくて最初は大変でした。みんなわかってなかったけど、やらないとわからないから、自分でやってみたっていう。そういう意味でははなから見ようともしないお客さんが多かった印象でまあそういうもんだよなと思いました。日本は決済系も遅れてる部分はとことん遅れてます。イギリスだと、レストランだろうがコンビニだろうが、もう全部カード払いなんですよ。日本では現金がないと困るという考え方の人がいまだに多いし、カードだと店側が手数料を取られるからなのか「ランチは現金のみです」とか。
でも日本とイギリスって国民性に関して言えば、非常に似ているなと感じます。僕の中で試してみたいことがあって、いわゆる「応援するストーリーを描く」みたいなことって、実はイギリスでもできるんじゃないかという気がしていて。地下アイドルのフォーマットをイギリスで流行らせることはできるかもしれない。でも僕たちが本当に向き合わなきゃいけないのはK-POPだろうなと。イギリス人に限らず、外国人と会って話して「自分はジャパニーズだ」って伝えると、「K-POPが好き」ってめっちゃ言われるのが悲しい。毎回説明するんですけどね、「K-POPのKはKoreaのKだよ」と。日本人の海外進出はいつの時代もなかなか難しい。でもアメリカの「コーチェラ(Coachella Valley Music and Arts Festival)」に行ってみたら、YOASOBIは人気だったし、88risingががんばっているからアジア勢が紹介される場面もありました。僕は観てないですけど、藤井風さんもロサンゼルスとかでけっこういい感じだったみたいだし、ロンドンとかヨーロッパだとBABYMETALががんばってる。僕が高校生だった20年以上前とは違う状況になっているから、もう1回、別の新しい何かを切り拓くチャンスだと捉えて、このチャンスを僕のパワーの1つにできたらいいな。そもそも僕たちは、まったく海外戦略を練れていないので、それはこれからやっていけたらと思っています。
終わりを考えなければいけない
WACKにいるグループについては、僕が去年の11月からほとんど日本にいないので、わからないところもすでにあります。でも彼女たち自身が変化しないことにはグループは続いていかないと思う。BiSH解散前にWACKのメンバーを全員集めて全体朝礼をやったんですよ。そのときに「このままだと、たぶん1年に1組ずつなくなっていきそうだよ」という話はしました。何かしらの変化がないグループは、今後なくなっていく可能性が高い。続けていても、もはや彼女たちのためにならない気がするから。ハシヤスメ(・アツコ/ ex. BiSH)がWACKを出た理由はテレビに出たいからだし、チッチ(セントチヒロ・チッチ / ex. BiSH)もそうですよ。彼女たちはWACKにいる必要がないから出ていったわけで。
今のメンバーはBiSHみたいになりたいと思ってWACKに入ってきたのかもしれないけど、もしかしたら今後、「私はプデュ(PRODUCE 101)を受けたいんで辞めます」という子が出てくるかもしれない。そういう意味ではご自由にと思っています。自分でやりたいことを見極めたうえでWACKにいたいのであればそのままいればいいし、そうじゃないのであれば一刻も早く辞めたほうがいい。最近で言うとカ能セイ(GANG PARADE)が辞めましたけど、彼女はやりたいことがあると言っていたので、それがWACKで実現できないんだったら仕方ないよね、という話になりました。
そもそもでんぱ組.incの“エンディング”が決まったというのを去年目の当たりにしたこともあって、今動いているプロジェクトに関しては、終わりを作らないといけないんじゃないかなって気はしています。その点については、この先、僕の考え方がまた変わっていきそうなので、留学期間であるこの1年が猶予期間になるのかなという気がします。「もう絶対無理。会社を畳む」と言うかもしれないし、それは今の僕にはわからない。もしかしたらロンドンに活動拠点を完全に移すから、行きたいやつだけどんどん移住しようみたいなことになるかもしれないし。まあこの1年間で、彼女たちにもいろいろ考えてもらって、準備できることがあるならしてもらったほうがいいなって。僕はWACKの代表を離れますけど、アドバイザーというか株主ではあるので、“物言う株主”としてやっていこうかなと。WACKを外から見る機会は今の僕にとって大事なことなんでしょうね。イギリスに行って、改めて日本文化の特異さには否が応でも気付かされていますから。
自分の未来を選べるのは自分しかいない
僕は今回思い切ってWACKから離れるという“無茶”をして、勉強することを選びました。6月に渋谷で広告ジャック企画をやったんですけど、「無茶しないと、 WACK WACKできない。」という、あの企画のスローガンにつながってます。
この先何があるかわかんないですけど、自分の未来を選べるのは自分しかいないので、WACKのメンバーも社員も、ひいてはこれを読んでくれている皆さんが選ぶ素敵な未来へのきっかけがこのコラムのどこかにあることを願ってやみません。さあこれから1年で何かが変化するのか、それとも変化しないのか、はたまたぶっ壊れちゃうのか。
また1年後、5年後、10年後に答え合わせできたらいいなあ。ねえナタリーさん。