アーティストの音楽遍歴を紐解くことで、音楽を探求することの面白さや、アーティストの新たな魅力を浮き彫りにするこの企画。今回は2024年7月に約7年ぶりのアルバム「EXTRA」をリリースし好評を得たトリプルファイヤーのボーカリスト・吉田靖直の音楽遍歴に迫った。
取材・文 / 張江浩司
有名な人はみんなギターが弾ける
初めて買ったCDは、ゆずの「夏色」です。新しい感じがしたんですよね。アコギ2人の弾き語りって、当時はあまりほかに知らなかったので。アーティストってロックバンドか歌姫的な歌手かアイドルしかいないと思ってたんですよ。GLAYとかラルクが全盛期でもあったし、普通っぽい人が歌ってるのも新鮮でした。その後のゆずはオーケストラが入ったり、ヒットするポップスみたいな雰囲気になりますけど、初期は渋いというか、若干やさぐれてる雰囲気があった。「夏色」は北川(悠仁)さんの曲ですけど、岩沢(厚治)さんが作る曲は王道J-POPな感じじゃなくて好きでした。バンドで知り合った同世代には、ゆずを好きだった人が意外と多いですね。
それまでもお店で流れてるJ-POPを聴いて「いい歌だ」と思うことはあったんですけど、ゆずを好きになってからは「ギターを弾いたり自分で曲を作ったりしたら楽しいだろうな」と考えるようになりました。路上ライブしたいとまでは思いませんでしたけど。小さいときから有名になりたい気持ちがあって。なんか、有名な人はみんなギターが弾けるって気付いたんですよ。福山雅治とか、所ジョージとか。別にギタリストって感じの人じゃなくても当たり前のように弾けるし、ギターが弾けたほうがいろいろな可能性が広がるんじゃないかと思って練習を始めました。有名になるための具体的なビジョンは何もないけど、弾けて損はないだろうみたいな打算もあったような気がします。
ヒロトとマーシーの天才性をわかってなかった
中学に入るとBLANKEY JET CITYとかTHE HIGH-LOWSを聴くようになりました。それまで聴いていた音楽と比べるとちょっと変な曲だし、親近感を抱いていたんだと思います。初めて聴いたハイロウズの曲は「青春」。この曲はシンプルじゃないですか。バンドスコアを見て練習したんですけど、あんまりギターが難しくないこともあって、(甲本)ヒロトとマーシー(真島昌利)の天才性を全然わかってなかったですね。ベンジーも「変な声だな」みたいな(笑)。この頃はまだ自分で曲を作ったりはしてないんですけど、「自分で作って歌ったらすごく独自なものになるはず」となんとなく思ってたんですよね。だから、ハイロウズとかブランキーを聴いても手が届かないとは感じなくて。根拠はないんだけど、「自分もできるような気がする」という予感をずっと持ってました。
バンドを組んだのは中学2年生になってから。最初はドラムがカッコいいなと思ってました。でもさっき言ったみたいに何かと便利そうだからギターを担当して、やってるうちにギターが一番カッコいいと思うようになりました。バンドでマーシー的な立ち位置にいるのもいいなって。ボーカルをやりたい気持ちはなかったんですよ。ボーカルというものをナメてたというか、「浜崎あゆみの何がすごいの?」「普通に歌ってるだけじゃん」と。そもそも聴いてるサンプルが少ないから何をもって歌がうまいのか、下手なのかもわかってなかったし、「みんな歌は歌えるじゃん」「楽器が弾けるほうがすごい」という考えだったんです。
GEZANのブレイクスルーに「俺は失敗だったのか?」
ほかの人がやってる音楽に「すごい」「敵わない」という感情が湧くようになったのは本格的にバンドを始めてからかもしれないです。トリプルファイヤーに鳥居(真道)くんが入る前、秋葉原CLUB GOODMANとかに出るようになった頃は、対バン相手全員に対して敵わないと思ってました。灰緑(2004年結成の5人組バンド。“パンクサイケデリック演歌民謡ファンクミクスチャーサウンド”で異彩を放った)とかすごかったんですよ。無敵感があった。ギターの西宮灰鼠さんはねずみバンドっていう別バンドもやってて、それもすごくよかったんです。灰緑とは全然違うのに、両方いいなんて天才じゃないですか。
その後は、だんだん「他人はどうでもいいや」というモードになっていくんです。他人と自分は違うことをやってるしな、と。ここ10年は誰が売れてもマジでなんにも感じなくなりました。……いや、GEZANが来たときはちょっと「ヤベえ」と思ったか。GEZANはずっとカリスマっぽい所作をしてたじゃないですか。それが報われてなかったというか、状況に合ってない時期もあって、やっていることが逆に小さく見えてたりもしたんですよ。だから「俺はそういう無理はしないのが正解だな」と思ってたんですよね。でもGEZANには、そのまま突っ張り続けてブレイクスルーするという実例を見せられて、「俺が何もやってこなかったのは失敗だったのか?」と。もう今からカリスマっぽく振る舞うことはできないんで。
ミツメ活動休止で我に返る
今年7月にアルバム「EXTRA」を出して、それに紐付いたインタビューで「最近は特に何も思わない」「目の前のことをやってるだけ」みたいな話をしたら、けっこう周りから心配されまして。自分としては感情に高低差をあんまり付けないほうがむしろいいのかと思ってたんですけど……わかんない。ヤバいのかもしれないっすね。「今の状況が身の丈に合ってるんだ」と思い込もうとして、感覚が死んで痛みを感じなくなってるのかもしれない(笑)。アルバムはありがたいことに好評で、僕も録り終えたくらいの頃はこれまでの音源の中で一番手応えがあってテンションが上がってたんです。でも、それから3、4年くらい時間が経ってのリリースになったんで、今はそのときの気持ちを思い出して取材に答えてるというか。インタビューで「今回のアルバムどうですか?」と聞かれても、正直忘れちゃってる部分もあるし、思い出しながらしゃべってるから、それがちょっとテンション下がってるように見えてるのかもしれない。3年も経ったら忘れちゃいますよね。
最近ミツメが活動休止したじゃないですか。対バンすることも多かったし、同い年だし、「めっちゃいいな」と思ってきたバンドだから、ミツメがいることでなんとなく自分らのやることもまだあるなと思えていたところがあって。それがなくなると、自分がバンドやってることも異常なのかなと思えてきた。バンドって、長いことやるほうが珍しいんだよなと。考えさせられますよね、自分の人生とか。我に返るというか、周りがみんな就活を始めたときの気持ちみたいな(笑)。身近にいる好きなバンドが休止するのはショックなんですけど、バンドを長く続けたほうが必ずしもいいわけではないとも思うんですよね。ただやってても、それはそれで怖いと思うし。
めちゃくちゃにしてくれたら新しい扉が開くかも
最近印象に残った音楽で言うと、今年のフジロックでフローティング・ポインツを観て、圧倒されました。長谷川白紙さんの新譜もすげえなって感じで、自分はああいう若干異様な雰囲気のものが好きなんだなと。バンドアンサンブルが気持ちよくてグルーヴ感があって、音楽最高!みたいな人間じゃないのかもしれない。「怖い」とか「ヤバい」とか「気持ち悪い」とか、そう感じるものに惹かれてしまうんだなと思い出しました。ブランキーを初めて聴いたときも、テレビで「ロメオ」のCMが流れてて「怖っ。なんだこれ」と思ったんですよ。それでもっと知りたくなりました。大学生のときに気持ち悪いジャケットが気になって買ったDAFとかもそうだし、Suicideとか、日本だとオシリペンペンズとかにも同じ感覚があります。自分の中には普通にいい歌が好きな方向性もあるんですけど。めちゃくちゃなだけだと慣れてきちゃうし、にこやかに笑ってるけど実は狂ってるようなもののほうが凄みを感じますね。
テレビ番組に呼ばれたときに、めちゃくちゃでダメなキャラクターを期待されてる気がして、それに自分から寄せちゃうこともあったんですけど、やってみたらそういうのが得意なわけでもないと感じて。無理をしても損をするし続かないですよね。自分は何が得意なのかはよくわからないですけど、言われるままにやっていたら消費されるだろうなと思いました。最近、「藤井青銅とトリプルファイヤー吉田の『人生こわい』」と、「AI vs 吉田」というポッドキャストが始まって、この2つには無理をせずに出られています。
でも、誰かにもっと厳しくされることで自分でも気付いてない才能が開花するんじゃないか、という意識もあるんですよね。「吉田くんはこれが得意だからやっといて」だけというのも、それはそれで寂しいという。周りから気を使われることも増えたんですけど、昔はもっと「吉田!」みたいな扱いだったし、高校のときなんて友達とみんなで食堂でメシを食ってたら「吉田、“面白いごちそうさま”言って」みたいな無茶振りをしょっちゅうされてたし。そういう感じでボロボロにされたら、なんか出てくるんじゃないかと。丁寧に接してもらってるときに「もっとめちゃくちゃにしてくれたら新しい扉が開くかもしれないのに」と思っちゃったりすることはあります。さっき言ったことと完全に矛盾するんですけど(笑)。「AI vs 吉田」のプロデューサーの宮嵜(守史)さんは「もっとこういうふうにしゃべったほうがいいよ」とか言ってくれるので、ありがたいです。単発のラジオ出演だと何も言ってもらえないじゃないですか。「AI vs 吉田」で、自分がなんか変われるかもしれないなと思います。
アンビバレントな心
バンドでは全然ダメ出しされてますけどね。「リズムを正確に」とよく言われるんで意識するようになったし、レコーディング前はボイトレにも通ったんで、「EXTRA」のボーカルは前よりうまく録れてるかもしれないです。アルバムのアートワークを担当してくれた人たちのグループLINEとかを見ると、「最高だね!」みたいな感じでめちゃくちゃお互いを褒め合ってて。そっちのほうがクリエイティビティが発揮されるような気がするから、トリプルファイヤーももっと褒め合っていったほうがいい気がするんですよね。僕もまだあんまりできてないんですけど。ファンの人たちの間でも「吉田の歌詞がいいとか言ってるうちはまだ新規だよね」みたいな雰囲気がうっすらある気がしてて。僕はあくまでもキャッチーなだけ、みたいな。軽くいじられてるほうが楽みたいなところもありますけど。
一方では、やっぱり傷付いたり傷付けたりすることを恐れないコミュニケーションに何か可能性があるような気がしてるから、自分でもアンビバレントだなと思います。千鳥のノブに対して大悟と笑い飯が一晩中ボケ続けてツッコミを鍛えたみたいな、そういうのいいなと思っちゃうので。映画の「セッション」とかも好きだし。……あーでも、今、誰かにガツンと言われるところを具体的に想像してみたんですけど、全然言われたくなかったです。本当に言われるのはイヤだな。無駄な時間を過ごしすぎたと思うんで、まず自分でどうにかしろよって話ですよね。でも、自立するのが一番難しいからな……。やっぱり、僕の生活を後ろで見てて、「ちゃんとやれ!」とか「起きろ!」とか言ってくれる教官みたいな人が欲しいです。管理してほしい。メールとかじゃなくて、直に言ってほしい。
吉田靖直(ヨシダヤスナオ)
ロックバンド・トリプルファイヤーのボーカリスト。2006年バンド結成。ソリッドな演奏とシュールな歌詞を組み合わせた今までにない作風で注目を浴びる。音楽活動のほかにもテレビ番組へもたびたび出演しており、2017年10月放送のテレビ朝日系「タモリ倶楽部」では全編にわたり吉田を特集。著書やエッセイの連載などでも活躍する。2024年、ポッドキャスト番組「藤井青銅とトリプルファイヤー吉田の『人生こわい』」「AI vs 吉田」がスタート。同年7月にトリプルファイヤーの7年ぶりとなるアルバム「EXTRA」がリリースされた。
公演情報
トリプルファイヤー EXTRA TOUR 2024 名古屋・大阪 FIRST ONE MAN LIVE
2024年12月11日(水)愛知県 CLUB UPSET
2024年12月12日(木)大阪府 CONPASS
トリプルファイヤー EXTRA TOUR FINAL
2025年2月21日(金)東京都 東京キネマ倶楽部
トリプルファイヤーと沼澤成毅(Key)/ シマダボーイ(Perc)/ 池田若菜(Fl)/ PLASTICMAI(Vo)