KEN THE 390をホストに、多彩なゲストを迎えMCバトル史をインタビュー形式でまとめた連載「ジャパニーズMCバトル:PAST<FUTURE」が、2024年12月に小学館から書籍化された。そしてその出版記念として1月16日、東京・ロフトプラスワンにて、ゲストに般若を迎えたトークイベントが開催された。今回は連載のエクストラエピソードとして、そのトークの模様を掲載する。
般若は「B-BOY PARK」のMCバトルに1999年の初回から登場し、「ULTIMATE MC BATTLE」2008年大会ではグランドチャンプを戴冠。「フリースタイルダンジョン」ではラスボスとして数多の名勝負を繰り広げ、ブームを牽引した。また2024年8月開催の「BATTLE SUMMIT II」で優勝すると、賞金2000万円を児童福祉に寄付することをウィニングラップで宣言し、大きな話題を呼んだ。
MCバトル史において間違いなく重要人物である般若だが、彼の口からその件について語られることはこれまでほぼなかった。“般若の見てきたMCバトル”について、KEN THE 390が迫る。
取材・文 / 高木“JET”晋一郎 撮影 / 沼田学 ヘアメイク(KEN THE 390) / 佐藤和哉(amis)
バトルなんてよくない文化ですよ 赤の他人に面と向かってギャーギャー文句言うんだから
──「ジャパニーズMCバトル:PAST<FUTURE」の出版記念トークショーということで、KENさんをホストに、般若さんをゲストとしてお迎えしてお話しできればと思います。
KEN THE 390 今日はありがとうございます。よろしくお願いします。
般若 今日は王からのお声がけなので、王に仕えし身として一生懸命話させてもらいます……だから殺さないでください!
KEN めちゃくちゃ悪いタイプの王じゃないですか(笑)。般若さんのトークイベントに司会で呼んでもらったとき、なぜか般若さんが僕を「我が王」と呼び出したんですよね。
般若 王には「MOGURA」(※般若が主演を務めたABEMAのドラマ「警視庁麻薬取締課 MOGURA」)にも登場してもらって。皆さん、「MOGURA」観ていただけましたでしょうか。
会場 (拍手)
般若 ありがとうございます。王をあのような形で使ってしまい(笑)。
──SNSでも話題になってましたね。
般若 「MOGURA」の制作の中でも一番緊張した部分だったよね。あそこで笑ってもらえなかったらもう走れないから、すげえ重要な役どころだった。
KEN お役に立ててよかったです(笑)。
般若 関係ないけどさ、今日はひさびさに電車で新宿に来て、駅からロフトプラスワンまで歩いてきたんだ。もちろん椎名林檎を聴きながら(笑)。
──「歌舞伎町の女王」を。
般若 そのテンションになってるから、バトルじゃなくて椎名林檎の話がしたいよ。(観客に)何の曲が好き? 俺は「ギブス」!
会場 あ~!
KEN 「あ~!」じゃないよ(笑)。般若さんとMCバトルについてじっくりお話しするのは初めてなので楽しみです。
──バトルについて自体、これまであまりお話しされていないですよね。Amebreakに載っていた伊藤雄介さんが聞き手の「B-BOY PARK 2008」優勝インタビューも、サイトの閉鎖で読めなくなっているし、「フリースタイルダンジョン」の時期も、バトルに関しては基本的にインタビューを受けられていなかったので、今回は貴重なお話になるのではないかなと。
般若 なんか……嫌じゃないですか、MCバトルについて話すのって。MCバトルに注力してるわけでもないし、思い入れもないし。そもそもバトルなんてよくない文化ですよ。赤の他人に面と向かってギャーギャー文句言うんだから。
──身も蓋もない……(笑)。それでも今回はよろしくお願いします。
KEN 般若さんとフリースタイルの出会いっていつだったんですか。
般若 夜の高速を走りながら小室哲哉の曲を熱唱したりはするよ。「今日の気持ちはTKだな……」みたいな。
──フリーウェイで歌ってるけど、フリースタイルではないですね、それは(笑)。
般若 まあ、曲が作れなかったんですよ。10代でラップを始めた頃は。
──今のようにDTMが進化してなかったですしね。
般若 だから、フリースタイルするしかなかった。
KEN グループである般若(※「般若」はもともとグループ名で、1996年にDJ BAKU、YOSHI[般若]、RUMIの3人によって結成された)を一緒に結成したRUMIさんと練習したりもしたんですか?
般若 少しはしたけど、めちゃくちゃ練習した記憶はない。そもそもラップをやってる人口自体が少なかったから、セッションをする機会もなくて。
──般若さんは1996年にYOU THE ROCK★さんのラジオ「HIP HOP NIGHT FLIGHT」(TOKYO FM)に電話出演して、フリースタイルをされていますね。
般若 ……その話を止めるにはいくら払えばいいですか?(笑) 本当にあの音声をYouTubeにアップしたヤツを探してもらえない? お金で解決できないかなと思ってたけど、今はもう抹殺しようと思ってる。
KEN 余計に名乗り出られないじゃないですか(笑)。
般若 あのとき俺は高校生で、まだ携帯も持ってないから、夜中の3時に家に電話がかかってきたんだよね。俺は寝てたし、ほぼ寝ぼけながらフリースタイルしてる。
──それだと、そもそもコンディションとしてはよくないですね。
般若 そうなんだよ。だからアップしたヤツとは命のやり取りしかないと思ってる(笑)。
「BATTLE SUMMIT II」で優勝して2000万ゲット 歴史塗り替えちゃってごめんね
──物騒になりそうなので話を変えて(笑)。今日は般若さんのバトルについてのヒストリーを現在からさかのぼりながらお話を伺えればと。
般若 なるほど。今日で俺が「BATTLE SUMMIT II」で完全優勝して2000万ゲットしてから5カ月と2日経つけどなんか質問ある?
──全部言った!(笑)
般若 感想は……歴史塗り替えちゃってごめんね。
KEN 事実だから何も言えないな(笑)。トーナメント形式のバトルへの参加は「ULTIMATE MC BATTLE 2008」以来ですよね。
般若 そうだね。
KEN 「BATTLE SUMMIT II」のオファーを受けたのは、どんな理由があったんですか?
般若 暇つぶしにちょっと遊んでやろうかなって。それでフラッと代々木に行って、気付いたらみんな死んでたのさ!! ワハハハハハ!!
KEN 悪役すぎますよ(笑)。
般若 以前から、それこそ初回の「BATTLE SUMMIT」(2022年開催)の時点でオファーはあったんだよね。でもMCバトルに関わるのはもう嫌だったから断ってたんだ。ただ今回は「出てみようかな」という個人的なキッカケがあったり、自分の中でモヤモヤと思うことがあって、それで出たという部分はあるかな。
──そのモヤモヤの方向はシーンに対してか、もっとパーソナルな部分なのか、どちらが強いですか?
般若 個人的な部分ですね。いろいろ勝手なイメージを持たれたりすることもあるから、これはバトルに出るか、チンコ出すしかないかな、と。「見とけ! これがヒップホップ業界の最底辺だ!」って(笑)。
KEN どういうメンタルですか(笑)。
般若 それで「BATTLE SUMMIT II」のオファーは受けたんだけど、条件に「ほかにどんなラッパーが出るか、俺には教えないでくれ」というのを入れたんだよね。
──それは意識してしまうから?
般若 というか、「MOGURA」や「インフォーマ -闇を生きる獣たち-」の撮影もあったから、気を取られたくなかった。
KEN ドラマの撮影に集中したいと。
般若 だから誰が出るかは本当に代々木第一体育館に入るまで知らなかった。プロモーション用の写真チェックのときにうっかりJ-REXXXの写真を見ちゃって「やべえ! 見ちゃった!」とか、大会の2日前にBenjazzyから「決勝で会いたいっす」というメールが来て「え、Benjazzyが出るんだ」ってことはあったけど。「1回戦は漢と戦ってほしい」という運営からのオーダーはそもそもあったけど、逆に言えば、ちゃんと知ってたのは漢が出ることぐらいだった。
KEN 漢さんとは「B-BOY PARK」(BBP)MCバトルの2002年の決勝でも戦っていますが、同世代だと戦いやすかったりしますか?
般若 それは考えてなかったな。今回は本当に練習も何もしなかった。フリースタイルは1人でできるけど、バトルの練習は相手がいないとできないじゃん? 俺、友達いないから(笑)。
KEN 昨年末の般若さんのイベントで、僕や裂固、輪入道と一緒にフリースタイルをやったじゃないですか(笑)。
般若 あのときに「こうやって人と一緒にラップができるんだ! ラップっていいな!」と感じたよね(笑)。「BATTLE SUMMIT II」に関しては、“バトルに向けての準備”という部分は何もしていかなかった。ドラマや、9月の自分の20周年ライブのことがあったから、単純に時間が全然なくて。しいて言えば、会場の空気感とか全体的なイメージを頭に浮かべてたぐらい。だから、いつものライブのときと変わらないよね。誰もつけないで1人で会場入りするのも同じだし。
KEN それで優勝するんだから、やっぱりすごいな。
般若 みんなに「今日は勝たせてください」とお金を包んだ甲斐があった。それに2000万使ったからね(笑)。
──優勝してもプラマイゼロですか(笑)。
KEN でも「UMB2008」から、トーナメントで負けなしを更新してることになりますよね。
般若 天才だからしょうがない……もうしょうがないよ……。
KEN 天才の苦悩が(笑)。「BATTLE SUMMIT II」で、ほかの試合は観てましたか?
般若 はっきり言って観てない。だから、次に誰が出てくるかもわかってなかった。
KEN フォーカスしてるのは自分なんですね。
般若 試合の合間は自分の集中力を切らさないマインド作りだね。
──集中が切れるとやっぱりダメですか。
般若 そうかもね。でも俺の集中力は絶対切れないし、普段も切れないからそれは大丈夫なんだけど。
──KENさんはどうですか?
KEN やっぱりトーナメント戦だと次に当たる相手は気になるし、わかった時点でちょっとイメージはしますよね。ほとんどの人はそうじゃないかな。
般若 ミスしなければ行けるかなとは思ってたし。それは自信というよりは、そういうイメージを作ってた。
賞金が穫れたら寄付することは考えてた
──「BATTLE SUMMIT II」の般若さんのバトルはどれも感情が揺さぶられる部分がありました。本人としてもエモーショナルな感情になったりするんですか?
般若 「エモい試合に」なんて全然考えていない。そんなことを考えてバトルしてたら気持ち悪いでしょ。
──それはそうですね。
般若 だから、そのときの気持ちですよね。バトルを振り返ると……SKRYUに関しては、あまり彼のことを深く知らなかったんだけど、彼が服を脱いで出てきたのを見た瞬間は、不利になるかなと思いましたね。
──会場の空気を持っていかれるというか。
般若 そこでこっちが飲まれることはないんだけど。
KEN そこは冷静なんですね。
──決勝のBenjazzy戦も本当に感動的な展開でした。
般若 あの1カ月くらいあとにやったライブで、会場にいた女性に「CDにサインを入れてほしい」と言われて、なんか見たことある人だったんだけど、思い出せなくて。それでモヤモヤしながら帰りの高速を走ってたときに「……あ、セクシー女優だ!」って。
KEN ……なんすか、その話(笑)。
般若 これが「BATTLE SUMMIT」効果というね。大丈夫、個別に連絡とかしてないから。
──DM送ったりするのは……。
般若 それは卑怯ですよ。それはフェアじゃねえ!と。
──ちゃんと自制心がある(笑)。その賞金2000万円は児童福祉に寄付すると宣言されましたね。
般若 それについては、これから正式なアナウンスがあるんで、ちょっと待ってください。ただ、賞金が獲れたらそれを寄付することは考えてたし、だから「BATTLE SUMMIT II」に出たんだよね。そこで言っときたいんだけど……みんなで俺に寄付してくんないかな(笑)。
──俺も寄付したから、みんなも俺に(笑)。
般若 いろんなバトルがちょっとずつ寄付してくれれば、俺も生活が助かる(笑)。
──代々木第一体育館という規模でのバトルについてはどう感じましたか?
般若 全員かはわからないけど、あの場に出た人間のほとんどは、この1万人以上の観客を自分のワンマンに呼びたいと思うはずだよね。MCバトルで1万人集めても、その1万人は自分だけの客ではないじゃん。だから、出場者はあの観客をどう自分の客にするかを考えただろうし、普通はそう思うよね。
KEN 僕もそう思うほうなんですけど、“バトル”と“ソロ / ワンマン”は完全に分けて考える人もいると思うんです。
般若 確かにね。それぞれの価値観だから全然構わないし、好きにすればいいとは思う。でも、それじゃバトルを続けていく人は減るだろうね。
「フリースタイルダンジョン」の推進力となった焚巻戦、そして“闘魂伝承”のR-指定戦
──そしてまたさかのぼると「フリースタイルダンジョン」でのラスボス起用という流れがありました。
KEN 2008年のUMB以来だから、7年ぶりのバトルでしたよね。出演オファーを受けたのは?
般若 たまにはZeebraのオファーも聞いてみようかなって。俺は最後のボスということが決まってたから、出番は少ないと聞いてたし、俺としてもそもそも番組自体がそんなに続かないっていうイメージだった。そしたら収録2回目で(チャレンジャーの焚巻と)戦うことになったし、しかも番組はずっと継続するし「大人に騙された!」って(笑)。正直、出てくるラッパーも知らない人ばっかりだったから、ACEに「あの子は誰?」と毎回確認してた。
KEN MCバトルで名を上げたラッパーが多かったですもんね。俺も会ったことがないラッパーも多くて。
般若 KENですらそうなんだから、俺なんか全然知らないよ。本当に「ダンジョン」はなんだったんだろう……人生返してくれ!(笑)
KEN でも、般若さんがラスボスにいるっていうのは、番組の1つの推進力になってたと思うんですよね。焚巻VS般若戦が番組初期にあったのとなかったのでは、全然違ったと思う。
般若 そうなんだ。「バトルってこんな感じだったか」ぐらいしか思ってなかったし、「なんでみんな泣いてんの?」って感じだったよね。
KEN めちゃくちゃ熱い試合だったからですよ(笑)。
般若 大変な幕開けでしたよ。みんな50万獲って帰りゃいいのに。俺がチャレンジャーだったら1回勝ったら即降りてる。それでまた来るのを繰り返すね。
──小遣いもらいに来てるんじゃないんだから(笑)。
般若 「アイツまた来たわ! 今月携帯代キツいのかな?」みたいな(笑)。
KEN やっぱりチャレンジャーは世代的にも般若さんの音源がラップを始める原点になってる人が多かったですよね。だからこそ感情も高まるし、みんな自分をぶつけにいったと思うんですよ。
般若 「ちょっと落ち着けよ! 冷静になれよ」と思うよ(笑)。
──R-指定との卒業バトルは本当に感動的でしたよ。まさに闘魂伝承を感じました。
KEN バトルで相手の背中を押したり、感謝を伝えたりすることができるのを、あのバトルが一番表現していたと思いますね。
般若 あの日は、実はドラマの撮影が早朝からあって、朝7時から殴り合いのシーンを撮ってそのままバトルだったんだよ。だから、よく見ると顔がめちゃくちゃむくんでる(笑)。風の噂で聞いたんだけど、そのあとすぐ番組終わったんでしょ?
KEN う~ん……そうっすね(笑)。
──終了に関してオフィシャルにアナウンスがあったわけではないですが、ZeebraさんはWREPの番組「Zeebra's LUNCHTIME BREAKS」の中で参加アーティストの不祥事が1つの理由になったというお話はされていました。
般若 だから「MOGURA」の出演者も誰も捕まらないでくれと願ってるよ……って言いながら、俺が捕まったら笑うよな。しかも痴漢とか盗撮とか、人間として下の下みたいなことで(笑)。
バトルはドラッグと同じようなもん
──「ダンジョン」でMCバトルブームが起きましたが、どう感じましたか?
般若 ん~……「こんなもん時間の無駄だよ」かな。
──それはどういった意味で?
般若 もちろん、MCバトルにはいい面もあると思う。手っ取り早く名前が売れるだろうし、ステージングや空気の把握能力みたいなものは培われるかもなと。でも、そこに出続けるのは何になるんだろう、それしかないのかな、と正直思うんですよね。MCバトルが楽しくて出てるのかもしれないけど、それって続ける意味があるの? 絶対に疲れてるでしょ、って。言い方は難しいけど、バトルはドラッグと同じようなもんだと思うんですよね。
KEN 刺激にはなるし、勝てば気持ちいいけど……。
般若 いずれにしてもメンタルに影響があるような、キツいことだっていうのもわかるから、どっぷりそこに染まったらダメじゃねえかなって。俺が出始めた頃は、今みたいにSNSもなければプロモーションの場もないから、出るしかなかったし、俺にとってはその程度のもの。
──売名の手段というか。
般若 それぐらいのもんだし、それぐらいの関わり方でいいと考えているのは今も変わらない。だから付き合い方が大事だよね。
──1つの手段、余技だったものがメインになってしまうと、バランスが崩れるというか。
般若 そうだね。MCバトルは全然いいんだけど、そこに全力を尽くすのは単純にもったいない。言葉があってラップができるなら、曲を作ればいいわけだからさ。
KEN 「UMB2008」のときもそういうマインドでした?
般若 いろいろ思うところはあったけど、一番はアルバム(「ドクタートーキョー」)のプロモーションだったよね。
KEN その意味でも、作品とバトルの結果を両立させてたと思うし、リリースアーティストとして名前が確立してた般若さんがUMBに出るのは、超驚きだったんですよね。
──ほかにもリリースアーティストで優勝している人は当然いるんだけど、中でも2007年のGOCCI(LUNCH TIME SPEAX)さんと、2008年の般若さんは、特にすでにキャリアが確立されていたラッパーで。
般若 あのUMBの本戦は大阪で開催されていて。その前列にR-指定がいて、俺のバトルを観て「俺もいつかあの場に!」と思ったというね。つまり“R-指定が憧れてるラッパーは俺”ということらしいんだ。
KEN 改めて粒立てましたね(笑)。
──R-指定の単行本「Rの異常な愛情」(白夜書房刊)でも、それはずっと話してますね。
般若 まあプロモーションでもあったし、ちょうど30歳になるタイミングだったから、ちょっと出てみようかなって。結局BBPで優勝できてないというのが、自分の中で1つのコンプレックスでもあったからさ。あとHIDADDY(韻踏合組合)の存在も大きかった。当時、ヒダから「明日、渋谷に行くから会ってくれ」って連絡があって、行ったらビデオカメラを回してて。
KEN ヒダさんのDVD「ヒダディー ひとり旅」の撮影ですね。
般若 そのときに「俺、今のバトルに出たらいけるかな」って聞いたら、真面目に「ほんまにいけると思うで」と。それで出ようかなと思ったんだよね。そしてヤツは本戦で俺に負けるという……。
KEN ヒダさんもあんなこと言わなきゃよかったと思ってるかも(笑)。
般若 皮肉なもんだよ(笑)。それもあって、普通にエントリー費払って出たんだよね。ただ東京予選は大変だった。メンツもそろってたし。
──UMBの当時の公式ブログ(引用:ULTIMATE MC BATTLE 2008 OFFICIAL WEBLOG)に書かれていて、DVDにもなっていますが、PUNPEE(当時はppppppp!!!)やZORN(当時はZONE THE DARKNESS)、DARTHREIDER、鎮座DOPENESS、ISSUGI、TKda黒ぶち、KMCなど、現在も活躍するメンツが登場していますね。般若さんは妄走族のMASARU、そして決勝ではRUMIと当たるという展開で。
般若 体張ったよ。DOTAMAと戦ったのもあれが最初だよね。
──初めての対戦であの強烈なディスり方をするDOTAMAさんはちょっと恐ろしかったですね。
KEN 気合いが入ってたんだろうし、愛が深すぎてめちゃくちゃ言っちゃったんだと思います。
般若 DOTAMAはあのバトルから1年間ぐらい「お前、俺のストーカーなの?」と思うほどイベントに来て。「あの……すいません……CD渡していいですか?」みたいな。
──バトルのときとテンションが違いすぎますね。
般若 「大丈夫か? こいつ」って。いまだにバトルで20も年下の女の子にめちゃくちゃ言ってるんでしょ。怖すぎるよ(笑)。
──その意味ではブレてないと言えますね(笑)。
般若 俺は今だったらUMBの地方大会に出て、日本各地の女性ラッパーにクソミソにディスられたいよね。
──それはもはやバトルでなくプレイ(笑)。
般若 俺がバトルを主催するなら……ずっと女性にディスられるMCバトルだね。正装(四つん這い)になって、それでガンガンにディスられる。そして俺はそれをすべて受け止めたい。
──受け止めたい……バトルじゃないし、もうお任せしますとしか言えない(笑)。
「UMB2008」で優勝 賞金30万円を有馬記念に突っ込んで全負け
KEN 話は戻りますが(笑)、UMBは地方予選に勝って、全国での本戦に進む甲子園みたいな形じゃないですか。
──2008年の東京予選は56人参加だから7回、本戦は16人参加で4回勝つ必要がありました。
KEN だから運や勢いのレベルでは生き残れないんだけど、UMB初参戦の般若さんが、普段からMCバトルに出てるようなラッパーをなぎ倒していくのに、度肝を抜かれたんですよ。
般若 大阪本戦のほうが精神的には楽だったかな。会場がなんばHatchで、ほとんどの出場ラッパーがあの規模の会場に慣れてなくて、緊張とかで自分の力が発揮できなかった気がする。でも、俺はすでにそこに立ってたという地の利があったよね。
KEN 場馴れは実は大きいですよね。
般若 ……いや違うな、俺の覇気にみんな飲まれたんだな! そういうことだ。
KEN 緊張じゃなくてオーラにやられた(笑)。多くのラッパーが仲間を引き連れて登場していた中で、般若さんは1人でしたよね。
般若 俺には連れて行ける仲間がいないから「仲間か……」って考えさせられたよ。子供とか、まったくラップと関係ない人を連れてったら面白かったな(笑)。
──優勝したときの感情は覚えていますか?
般若 やっぱり安堵ですよね。「ちゃんと終われたな」って。後日談なんだけど、あの年の優勝賞金は30万円で、その金は有馬記念に突っ込んで全負けした(笑)。もっと余談だけど、優勝したあとにポケットに手を突っ込んだら、TENGA EGGが入ってたんだ。
KEN どういう話の展開ですか(笑)。
般若 前の日に出たイベントがTENGA協賛で、イベント明けでそのまま直行したから、そこでもらったTENGAが入れっぱなしだったことを今思い出した(笑)。
「B-BOY PARK」第1回MCバトルに参戦 すべてが粗削りだった
──さらにさかのぼるとBBPのMCバトルには、1999年の第1回から出場されています。
般若 第1回は、俺はDEV LARGE(D.L)の推薦枠だったんだよね。でも、今でも不可解なんだけど、俺のバトルは、対戦相手がステージにいなかったんですよ。
KEN どういうことですか?
般若 いなかったというか、バトルが始まっても相手が舞台袖から出てこなくて。それでそいつのターンになったらステージに出てきてラップして、俺のターンになったらまた袖に引っ込んじゃうっていう。
KEN バトルなのに正対しないということか。それじゃバトルにはならないですね。
般若 だろ? それなのに俺が負けたんだよ、審査員のジャッジで。
KEN そうなんですか!
般若 だから……傷付きますよね。
KEN 傷付きますね(笑)。
般若 「出てこないで勝つんなら、俺だって一生ステージに出ないよそんなの」と。
──出なきゃ最強になってしまう(笑)。
般若 いまだに事故だと思ってるんだけど……(当時の雑誌「BLAST」を読みながら)あ! 思い出した! ILLMURAだ、出てこなかったの。
──「BLAST」の記事にはその状況が書いてなくて。
般若 あいつは試合にまともに出てこなかった。そして試合に出た俺はまだラップをやってる。つまりそういうことだよ。これだけは言わせてもらう。
KEN そんな始まりだったんですね。バトルにモチベーションはあったんですか?
般若 もうそれしか手段がなかったという感じだよね。
KEN でも、バトルに出たら名前が売れるという、現在のような登竜門的な側面はまだ未発達でしたよね。
般若 それでも、そこしか名前を売る場所がなかったんだよね。そんな時代。まあ、とにかくすべてが粗削りだった。
──この時期のインタビューで「バトルに賞金を出したほうがいい」と話されているんですよね。
般若 それで「余計なこと言うな」ってBBPを主宰してたAKIRAさん(CRAZY-A)に怒られた(笑)。だから、MCバトルの新しい大会を開いて、賞金を出すようにした漢は素晴らしいし、健全な形にしたよね。格闘技だってファイトマネーがあるし、勝った人間が金をつかめなければ夢がないから。
スナック菓子を食べてるのとあんまり変わらない
KEN 般若さんはMCバトルのルールの変遷を体感してるわけですよね。
般若 そうだっけ?
KEN BBPは持ち時間制、UMBは小節ターン制になって、審査も審査員から観客審査に変わったり。
般若 今聞いてそうなんだと思った(笑)。「UMB2008」も、地方のイベント明けで二日酔いで会場に入って、DARTHREIDERか太華くんにその場でルールを聞いたぐらい(笑)。俺みたいなヤツは事前にわかっちゃうとダメなんだよね。「BATTLE SUMMIT II」で相手を聞かなかったのもそうだし。
──その場の緊張感というか。
般若 やっぱり「わからないとき」が一番面白いから。
──それは自分にとって?
般若 いろんなことがそうなんじゃない? 「ダンジョン」も「なんだこれ! ワケがわかんないけど面白い!」でブームになったでしょ。だから放送が始まってすぐ話題になったんだしさ。
──確かに、MCバトルを知ってる人間はそこまで興奮してなかったと思います。
般若 だから、バトルを知らない、新鮮に感じる人に刺さったってことだよね。同時に俺はブームになったときに「これがバズったってやつか、早く辞めたい」と思ったんだ。俺が登場した放送回の次の日にコンビニに行ったら、店員に「昨日、観ました!」と言われて、その瞬間に「あ、これはヤバい」って。すごく嫌だと思った。
──それは自分の感覚的な部分ですか?
般若 個人的なマインドの部分もそうだし、MCバトル自体10年以上ある方式なのに、ブームになった途端にみんなそこに飛びついたじゃん。それも気持ち悪かった。なんでもかんでもMCバトルっぽい企画になって「もうなんなのお前ら……」って。だから相手にしなかったし、俺自身、自分を「ダンジョンのラスボス」と言ったことはない。
KEN でも世の中的にはそれだけ新鮮な、刺激的なコンテンツだったということですよね。
般若 だからか、今でもYouTubeとかSNSでバトルの動画がよく流れてくるけど、俺はちょっと気持ちが悪くなる。
KEN 目に入れたくない?
般若 MCバトルを見たいと思わないんだよね。見たいのは犬と釣りとマンガ。
──それは情報としてバトルに興味がないのか、自分とつながるものだから目に入れたくないのか、バトルに出るときの状況を思い出してしまうのか、どれが近いですか?
般若 それよりも、単純に情報量が多すぎて、自分の制作の邪魔になるんだよね。これはずっと言ってることだけど、MCバトルの動画は無料のエロ動画と同じですよ、マジで。そう思うのには理由があって、バトルは“蓄積”するんじゃなくて、“上書き”されていく感じなんだよね。
──新しいバトルや情報のほうが記憶に残ってしまうというか。
般若 消費される速度が早すぎるよね。アーティストは消費されるものの先、蓄積されるものを作りたいし、そこで戦ったり、成功したり、せめぎ合うことが大事だと思うんだ。
──その意味では、バトルはインスタントな刺激が強すぎるというか。
般若 なんというか……スナック菓子を食べてるのとあんまり変わらないのかな。寿司を食ってるのとは違うよね。
KEN その例えは面白いですね。
般若 ポテトチップスは最初はうまいけど、途中から惰性で食べるし、記憶に残らないでしょ。もちろんスナック菓子を否定してるわけじゃないよ。作ってる人は一生懸命だと思うし。
──バトルもまたしかりですよね。戦うほうは懸命にやってる。ただ、刺激物としての側面や過剰な新陳代謝が要求されていたり、消費されている部分は感じます。
KEN やっぱり感情のピークを切り取るものだから、そうなりがちな部分はあるのかな。
般若 俺自身、バトルで興奮しちゃって、疲れてるのに寝れないみたいなこともあったしさ。でも、MCバトルで名を上げた人が、武道館に立つというのは素晴らしい状況だとは思いますよ。
──「MOGURA」でも重要な役どころであるRed Eyeさんは、「BAZOOKA!!! 高校生RAP選手権」をキッカケに飛躍して、武道館までつなげた存在ですよね。だから“名を売る”という機能性と、“消費されるもの”“永続するもの”のバランスが必要というか。ということで、そろそろお時間が来てしまって。
般若 なんだよ、いまからBBPの1回戦目から全部振り返って話そうと思ったのに!
──秘蔵映像も含めて(笑)。
般若 残念だったな~、でも時間じゃしょうがない(笑)。
「俺なんて所詮使い捨てだろ」と思うぐらいでいい
KEN これから、般若さんがバトルに出ようと思う瞬間はあると思いますか?
般若 もう出ないよ。出るわけないでしょ……いや、相手が女性だけなら考えよう。罵ってくれるんなら一瞬考えます(笑)。あとはなんだろ……文春に撮られてその示談金が2000万だったときかな。
KEN 「示談金2000万……どっかで見たぞあの数字!」みたいな(笑)。
──これからバトルに出る人にアドバイスはありますか?
般若 特にないよ、そんなの。
──これまでの話の流れからすると、ないだろうなと思いながら聞きましたが(笑)。
般若 人生を豊かにしてください、楽しくやってください、だけかな。ほかに生きがいを見つけてもいいし。
KEN バトル以外のやり方も考えるという。
般若 やっぱり、とんでもない精神の持ち主だと思いますよ、続けてる人は。そして、そこにいるのが果たして正しいのかは、正直俺にはわからない。出るのもいいけど、少なくとも曲は作ったほうがいい。それだけラップできるんなら。
KEN 今日は改めてお話を伺って、知らないことがたくさんありました。
般若 本当に感覚でやってるから、うまく答えられなかったこともあるけどね。
KEN いや、本当に貴重な話でしたよ。
般若 俺よりラップがうまいヤツなんてゴマンといると思うんだよ。MCバトルだけじゃなくて「RAPSTAR」とかいろんなコンテンツでそう思うし、俺たちがハタチのときよりも、明らかにラップの基本が確立してる。だからこそ俺たちは粗削りで新しい部分を開拓できてたんだなと、逆に思うこともあるよね。
KEN そのうえで般若さんは勝ってるわけで。究極の質問ですけど、なんで強いんですか?
般若 う~ん……あんまり考えたことがないし、自分の強みがわかってないんだよね。自分の直感に素直にやってるだけ。ただ「自分の代わりなんてそのへんにいるだろう」と思いながらやってる。
──悲観的に聞こえるかもしれないけど、そう思ったほうが楽な部分はありますよね。特別な存在であろうとするのは、ラッパーとして大事な部分である一方、大変な部分もある。でも「代わりがいるわ」と思えれば、肩の力が抜けるというか。
般若 みんな重く考えすぎだよね。「俺なんて所詮使い捨てだろ」と思うぐらいでいいよ。ただ、そう思ってきたのに結局、俺の代わりはいなかったけど!
会場 お~!
般若 ありがとう、ありがとう。惚れんなよ(笑)。
般若(ハンニャ)
1978年生まれ、東京都世田谷区三軒茶屋出身のラッパー。2004年から現在までに14枚のアルバムをリリースし、過去に東京・日比谷公園大音楽堂(日比谷野音)や東京・日本武道館でワンマンライブを開催。2024年にデビュー20周年を迎えた。2015年からは俳優としても活躍。2025年1月9日スタートのABEMAオリジナルドラマ「警視庁麻薬取締課 MOGURA」でドラマ初主演を務めた。同作は2025年3月13日よりNetflixでも配信される。
KEN THE 390(ケンザサンキューマル)
ラッパー、音楽レーベル・DREAM BOY主宰。フリースタイルバトルで実績を重ねたのち、2006年、アルバム「プロローグ」にてデビュー。全国でのライブツアーから、タイ、ベトナム、ペルーなど、海外でのライブも精力的に行う。「フリースタイルダンジョン」に審査員として出演。その的確な審査コメントが話題を呼んだ。近年は、テレビ番組やCMへ出演、さまざまなアーティストへの楽曲提供、舞台の音楽監督、映像作品でのラップ監修、ボーイズグループのプロデュースなど、活動の幅を広げている。2025年2月19日に13枚目のアルバム「Last Note」をリリースした。
